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寺生まれの立石さん

「あ”~ね”む”い”~あ”~た”る”い”~」


 ゾンビのような動きで、僕は職場のファミレスに向かっていた。

 どうしてゾンビ化しているのかというと三日間もほとんど寝ずにクリックでモンスターを狩っているからだ。

 早くレベルを上げたい理由がある。


「江波さんが邪魔してくるから自動レベル上げができなくて困ってるんだけど、手動でついにレベル16まで上げたぞ」


 ポケットからダンジョンでメモした紙を取り出す。


◆◆◆


 【名 前】鈴木透スズキトオル

 【種 族】人間

 【年 齢】21

 【職 業】無職

 【レベル】16/∞


 【体 力】51/51

 【魔 力】67/67

 【攻撃力】132

 【防御力】47


 【筋 力】28

 【知 力】44

 【敏 捷】29

 【スキル】成長限界無し 人物鑑定LV4/10 道具鑑定LV1/10 棍棒技2/10


◆◆◆


 ふふふ。大分強くなったな。きっと皆、ビックリするぞ。

 棍棒技っていうのがちょっと格好悪いけどピッケルばかり使っていたからだろう。

 そういえば握力計ではかると【筋 力】28の数値の4倍になるから……一体、今いくつだろう?

 いかん、思考力が完全に落ちている。帰ったら三時間、いや二時間ほど寝てから狩りをすることしよう。


――ピロリンピロリン


 我が職場ファミレスに入った際になる電子ドアベルだ。

 ウチではバックヤードから入っても防犯のためになるようにしている。


「あ、鈴木君おはよ。ど、どどどうしたのその顔?」

「あ~店長~おはようございます」

「目の下真っ黒だよ。そんなクマ見たこと無いぞ。大丈夫?」

「あ~大丈夫、大丈夫っすよ~」


 大丈夫と主張していたら、なんだかハイテンションになってきた。


「さあ~今日も頑張りますよ!」


 店長と久野さんが僕を見て幽霊物件がなんだとかヒソヒソと話しているけど、どうしたんだろうか?

 考えるのが面倒なので放っとくことにした。

 更衣室に入ると知らぬ間にキッチンの服を着ている。


「あれ? まあいいや。さあ今日もガンガン料理を作りますよ」


 キッチンに立った途端、次々と注文が舞い込んでくる。

 はじめのうちは寝不足からの妙なハイテンションで仕事をこなしていたが、すぐに燃料が尽き始める。

 体が重い、眠くなる。

 いや、いかんいかん。真面目にやらなくては。キッチンで寝るなんて許されないぞ。

 しかし、どうにもまぶたが重い。

 なんだか視界が……暗くなってきた……。


 ………………。

 …………。

 ……。


「お疲れ様です」

「お疲れぃっ」


 あ、あれ? 気がつくとファミレスに来た時の服を着てバックヤードの休憩所に来た。

 どちらが社員でどちらがアルバイトかわからない店長と三十路ぐらいの女性で気の強い久野さんの挨拶が行われていた。

 久野さんはもう職場をあがるのだろうか?

 確か今日は僕と同じ時間に上がるハズなんだけどな。


「鈴木くんもお疲れぃ」

「え? あ、あれ?」

「な、なによ。どうしたの? 鈴木くんホントに変よ。今日ちょっと空いている?」


 休憩所の時計を見ると午後四時だ。あれ、僕もあがる時間だぞ。

 気がつくとバイトが終わっていたのだ。


「なんか鈴木くん、キッチンでも首をカックンカックン体に引っ張られるような動きだったし。仕事は完璧だったけど」


 久野さんがまったく記憶にない僕の仕事の様子を教えてくれた。

 あっ。ひょっとして!


「シズク?」


 僕が名前を読んだ瞬間、着ている服が小さくプルプルッと震えた。

 そういうことか。つまり僕はシズクを着て職場に来てしまったのだ。

 そしてキッチンで寝てしまった僕をシズクが動かしてくれていた。


「シズク、なんて可愛いんだ」


 僕はシズクを褒める。

 ところがシズクはプルプルッと困惑の震えをした。僕はもうシズクの震え方で気持ちがわかる。

 でもなんで褒めてるのに、シズクは困惑してるんだろうか?


「店長、鈴木くんがついに独り言を」

「やっぱり間違いなく幽霊物件だね」

「うん。目の下に真っ黒なクマ作ってるし、キッチンでの動きも変だし、シズクが可愛いとか独り言を」


 げええええええ。店長と久野さんが心配そうに僕を見ていた。

 変だと思われたに違いない。 

 シズクがなにも話さずに困惑の震えをするわけだ。


「鈴木くんっ」


 久野さんが話しかけてくる。


「空いてるなら、ちょっと一緒に帰らない?」


 こりゃ完全に誤解されている。


「あ、あーいや。別に大丈夫ですって。ははは」

「大丈夫ですじゃないわよ。いくわよ」


 久野さんは僕の腕を掴む。


「じゃあ、店長!」

「うん。鈴木くんを頼んだよ」


 彼女は店長に挨拶して僕はバックヤードの出口からファミレスを出るのだった。


「ちょっちょと、どこに行くんですか?」


 引っ張られる方向は僕の家のほうだったが、微妙に遠回りをしていた。


「寺よ」

「寺?」


 聞いた瞬間は意味がわからなかったが、しばらくして話が読めてきた。

 どうやら店長と久野さんは僕が事故物件の霊障にでもかかっているとでも思っているのだろう。

 そんな厄介な人間にここまで優しくしてくれるなんて嬉しくもあるけれども、完全に誤解だ。


「大丈夫ですよ。幽霊とかそういうの出ませんから」


 ゴブリンとかスライムとか女騎士とかエルフの女魔法使いとか出てきますけど。


「いいから。付いてきなさい。本格的なお祓い、場合によっては除霊をしてもらうからね」

「えええ?」


 本格的なお祓い? 場合によっては除霊だって?

 気がつくと視界には立派なお寺が見えてきた。普段は気にしていなかったがそんなお寺もあった気がする。

 いやいやいや。誤解されてオカシイと思われるだけならまだよかったけど除霊とか……。


「莫大なマニーがかかるのでは?」 


 古来宗教はお金がかかるものと相場が決まっている。


「大丈夫、あやめちゃんが無料でやってくれるそうよ」

「あやめちゃん? あぁ……」


 久野さんがいうあやめちゃんとはバイトの同僚の女子高生、立石あやめに間違いないだろう。

 女子高生なのにまったくキャピキャピしたところがなく落ち着いている。だが美少女だ。クールビューティーと言っていいだろう。

 僕にはちょっと冷たかったような気もする。最近はそうでもないのだが。


「ん? もしや? 寺でTATEISHI……」

「そう。彼女は寺生まれよ」

「な、なんだって? 完全に寺生まれのTじゃないか!」

「あやめちゃん、霊感とか凄いから」


 まあ本当に霊感があるならすぐに誤解だとわかってくれるだろう。

 久野さんは境内けいだいに入っていく。

 寺のお堂の裏はちょっとした森のようになっていた。


「あっ」


 立石さんが僕らをじっと見ていた。

 なんと白装束である。しかも濡れている。彼女の後ろには井戸らしきものが見えた。


「し、白装束……その上、この時期に井戸水で水浴び……」


 本格的だった。本格的な除霊だ。久野さんが彼女に近づいていく。


「ね? 休憩時間に電話でも話したけど鈴木くん目の下とかヤバイっしょ?」


 いや。これただの三日間徹夜した寝不足のクマだからね。

 霊感があるならわかってくれるよね?


「鈴木さん、このままではマズイですよ」


 立石さんの霊感が疑わしくなってきた。


◆◆◆


 寺の本堂の木の床に正座する三人。真剣そのものだった。

 でも僕の服になっている一匹スライムはお寺の雰囲気が好きなのか、興味深いのか、楽しそうに微妙に震えていた。

 寺の本堂でノリの良いリズムを刻む悪霊がいるわけがない。


「いやだから誤解だって」

「いえ完全に霊です」


 お寺の本堂のなかで、水浴びをした白装束の和風美少女から霊だと言われたら多くの人が信じてしまうだろう。

 僕だってシズクが無意識にダンスをしていなければ、うっかり信じてしまいそうだ。

 それに立石さんは無料らしいが、もしお金好きの僧侶だったら莫大なマネーを要求したに違いない。

 異世界でも日本でも神殿は儲かりそうだった。


「なにか霊が悪さをしているって証拠みたいなものあるの?」

「以前、マスク帽子にサングラスの怪しい人物がファミレスで食事を取った後、シェフにお礼を言いたいと鈴木さんに会いに来ましたよね。覚えていますか?」

「あったね……そんなことも」


 よく覚えていますとも。


「実はあのマスク帽子にサングラスの人物はこの世ならざる者です」


 え? この世ならざる者?

 恐る恐るなのか久野さんが小さい声で聞く。


「ほ、本当なの?」

「いや……あれは……」


 どう説明しようか? あれは、僕に変身したシズクがキッチンの仕事をはじめちゃったから、マスク帽子にサングラスを着けて客に扮してシェフに会いたいと呼び出したことが真相だ。

 この世ならざる者っていうか……単純に僕……。


「本当です。あれは間違いなく、霊です」


 立石さんは僕を霊にしたてあげた。久野さんがゴクリをつばを飲む。

 ダメだ。立石さん……寺生まれだけど……明らかに霊感ゼロだわ。


「今から私が鈴木さんの家に行って霊を払います」

「えええええ?」


 どうやら立石さんは僕の住むマンションをお祓いだか除霊だかするつもりのようだ。

 確かに問題は多いが、霊現象とは違う気がする。あの胡散臭い不動産屋ですら、霊じゃないとわかっていたのに。


「い、いや。でも」

「鈴木さんはなにも心配しないでください。これでも一応……」

「一応?」


 僕がなんとか断ろうとすると、立石さんはニッコリと微笑んだ。


「私も寺生まれですから」


 いつもクールな立石さんの笑顔は物凄く可愛い。きっと僕を安心させるための笑顔だろう。

 どう考えても霊感はゼロの寺生まれのTだけどね。


「じゃあ、鈴木くんの幽霊物件に行きましょう!」


 久野さんの気合の言葉に二人が勇ましく立ち上がった。僕はゾンビのように立ち上がった。


◆◆◆


 マンション前の道路にたどり着く。


「ここがそのマンションですか。禍々しい気を霊が放っています」

「そ、そうかなあ」


 白装束の上からコートを来た立石さんが真剣そのものでつぶやく。

 彼女は風邪をひかないのだろうか?


「じゃ、じゃあ、男の一人暮らしなんでパパっと部屋片付けてくるね」

「はい」


 二人をマンション前の道路に待たす。

 まさか久野さんはともかく、女子高生の立石さんが僕の部屋に入ることになるとは。


 ちなみに三日前まではとても日本人を招待できる状況ではなかった

 なぜならリア、ディート、ミリィという異世界人が居たからだ。

 しかし、今、その彼女達はいない。

 リアは孤児院に入れるためのお金をダンジョン探索で稼がないといけないし、ディートはダンジョンマスター情報を集める目的があったし、ミリィは盗賊ギルドの首領としての仕事と立場があった。

 あの焼肉は皆と一時的に別れるための宴だったのだ。

 

 僕のほうから彼女達に会いに行こうかなとも思うが、異世界の旅には危険がともなう。

 安全のためにレベル20になってから会いに行って、皆をビックリさせようと思っていたのだ。

 だから必死にレベル上げをしていて、ハマってしまったのだ。


「いればいたで困ってもいたんだけど、いなくなったらいなくなったで寂しかったんだよね」

 

 だから立石さんや久野さんが遊びに来てくれるのは嬉しい。主に立石さんが。

 そんなことを考えながら鍵を部屋のドアに差し込んで回す。

 ん? 変だな? 

 鍵をかけないで来ただろうか。鍵がかかっていなかった。

 僕は結構それをやってしまうので珍しいことじゃない。

 そのまま部屋に入った。


「誰もいないだろうけどただいまーって。あ、あれ?」


 なんだか……人の気配? 


「う、うーん」


 洋室の方から聞いたことあるような声が。

 洋室の電気をつける。

 ベッドの枕元にはウルトラドライとポテチの袋があり、誰かが寝ていた。

 ほとんど誰かわかっているが。


「ま、まぶしぃ~」


 豊かな髪をボサらせてブルマ姿のディートがベッドから出てきた。


「あら。トオル。帰ってきたのね。おかえりなさーい」

「な、なななんでディートが」

「いちゃいけないの? ダンジョンの深層に潜るからここに来たのよ。一層から五層に一気に行けるじゃない」

「そりゃわかるけどディートなら鍵があるんだから地下一層から入ってすぐに五層に行けるじゃないか」


 ビールとポテチを食べてベッドで眠る必要性は無いはずだ。


「もう。トオルに会いに来て上げたんじゃない。私がいなくなって寂しかったでしょ~?」


 ディートが首に手を回して顔を近づけてくる。

 かなり酒臭い。よく見るとベッドの下には赤鶴、料理酒に使っていた日本酒のパックも転がっていた。

 このエルフはどこまで日本の生活に馴染んでいるんだ。

 その時だった。


「きゃああああああああああああ!」


 浴室のほうから叫び声が聞こえる。これまた聞いたことのある声だった。


「リア!?」

「ああ、そういえば、あの子も後から来たんだけどどうしたのかしら?」


 言ってる場合じゃない! 悲鳴をあげたのだ! 浴室に走る。


「どうしたリア!」


 浴室の磨りガラスを開けた瞬間、暴れまくるシャワーの水攻撃を食らってしまった。


「ト、トール様。すいません。久しぶりなものでまたシャワーのお湯と水を間違えちゃって。水量も最大に……」

「い、いやいいんだけど……その……」

「きゃあああああああああ!」


 リアがしゃがんでたわわなバインを隠す。


「へっくしゅ! 気をつけてね」

「は、はい」

 

 浴室を出ると水浸し顔にタオルが飛んできた。今日の先発投手はディートだった。


「もう! トオルはすぐにリアにエッチなことをするんだから! 私にはなんもしないのに!」

「いや、わざとじゃないし」

「ふんっ! 私は夕飯まで寝てるから起こさないでよね!」


 僕の部屋は休憩所なのか? 

 けど、たとえ休憩所としての利用であったとしても二人に会えたのはやっぱり嬉しい。

 本当は二人が少しの間でも僕に会いに来てくれたということもなんとなくわかる。

 いいものも見れたしね。

 しかし、なにか重要なことを忘れてるような気がした。


――ピンポーン、ピンポーン


 インターフォン。誰か来たんだろうか?


「鈴木くん、鈴木くん! 大丈夫? 悲鳴が聞こえたわよ! 幽霊なの!?」


 げえええええええ。久野さんだ!

 僕は立石さんと久野さんのことをすっかり忘れていた。

 やはり寝不足で思考力が落ちているのだ。


「誰?」


 ブルマのエルフが不審そうだ。

 僕はこの窮地を乗り切ることができるのだろうか。

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