僕の部屋に帰ったら盗賊の女首領まで虜になった件
帰路も馬車に乗って、孤児院があるセビリダからダンジョンがあるヨーミの街を目指していた。
馬車に揺られながら僕は頭をフル回転させている。
押され気味の盗賊ギルドの勢力を再び盛り返し、孤児院の経営難を解決する方法を考えていたのだ。それはリアやミリィや子供達のためになる。
手っ取り早いのは、異世界では不思議な力を持つ日本の物資を売ることだろう。当面はそれでなんとかなるかもしれない。
しかし、それではダンジョンと僕の部屋がつながっている秘密をいつか知られてしまうかもしれないし、もしドアが使えなくなったらたちまち困ってしまう。
日本の知識は使うのはよいけれど、できれば異世界で調達できるもので儲けたほうがいいだろう。
「トール様、トール様」
「ん?」
「もう! ぼーっとして、どうしたんですか?」
どうやらリアに話しかけられていたらしい。
「ちょっと考え事しててさ」
「そうでしたか。すいません」
「いや、いいよ。どうしたの?」
「セビリダ周辺ではここからの景色が綺麗なので」
馬車から外を見ると、見渡す限りの緑の丘陵地帯にポツポツと牛が歩いているのが見えた。
異世界の自然はやはり素晴らしい。
「ところで、なんで帰り道まで馬車を雇って急ぐの?」
ライズ院長は孤児院に泊まって明日帰ればいいと言ってくれた。
ディートはひょっとしたらもう少しメアリーと一緒にいたかったのかもしれない。
「歩きだと今日中にダンジョンに戻れないかもしれないからさ」
「ヨーミの街に泊まらないですぐにダンジョンに潜るの!?」
「あぁ」
「え~すぐ夜になっちゃうよ。地下の怪しい宿屋に泊まったり、ダンジョンでキャンプしたくない!」
退屈そうにしていたミリィが提案する。
「なら地下一層にある俺の家に泊まる?」
「いいの?」
「いいよ。四人ぐらいなら泊まれるし」
「なら泊めてもらいましょうか」
ディートはミリィの家に泊まるのも悪くないと考えだしたようだ。
きっと宿代が安くなると考えただろう。
「そうじゃなくてさ。すぐにマンションの部屋に帰れるんじゃないかと思って」
リアとディートは急に身を乗り出して嬉しそうにした。ミリィだけは意味がわからないという顔だった。
「たらいのお風呂はもういい。湯船に浸かったり、シャワーを使いたいだろ?」
「え、えぇ。シャンプーとコンディショナーとボディーソープを使いたいです……」
「お風呂上がりに腰に手を当ててコーヒー牛乳が飲みたい~」
女騎士と女魔法使いの台詞は異世界人とは思えなかった。
「でも、地下五層まですぐに戻るのは無理ですよ」
「そうよ。急いだら危ないし」
リアとディートのいうことはもっともだ。来る時は丸二日近くかかっている。
「なになに、俺よくわからないんだけど?」
猫目の美少女が僕らを見回す。
リアとディートが「そういえば、言ってよかったの?」という顔をした。
ミリィを納得させる前にリアとディートを納得させなければならない。
「実はさ。地下一層で鉄の扉の部屋に隠れてた時あっただろ? 二人が来るまでマンションのドアがあるか探してたんだよ」
「そうだったんですか」
「ミリィは他の鉄の扉の部屋も調査してもいいっていうしね」
「なら今日にもトオルの部屋に帰れるかもしれないわね」
僕達が希望を語っていると猫目の少女が立ち上がって馬車のなかで地団駄を踏みはじめた。
「全然、意味わかんない!」
「ごめんごめん。もし目的のものが見つかったら話すよ。首領さんにも相談しないといけないしね」
リアもディートも納得してくれたようだ。
なにも無ければ誤魔化せばいいが、もしマンションのドアが見つかった場合は、その鉄の扉の部屋を借りるなり、あるいは本当のことを話すなり、どうしても首領さんに協力してもらう必要性がある。
ディートが僕に耳打ちする。
「でも盗賊ギルドの首領なんかに秘密を話してしまって大丈夫? 結局、トオルの秘密なんだから私やリアがどうこう言えることじゃないんだけどさ」
「大丈夫だと思う。実は首領さんには思うところがあるんだ」
「思うところ? 思うところってなによ?」
拗ねて背を向けて座っているミリィを指差す。
「ミリィがどうしたのよ?」
首を傾げるディートに、僕は意味ありげに笑った。
◆◆◆
僕達はミリィに案内してもらって盗賊ギルドが管理する鉄の扉の部屋を調べていた。
既に五部屋目になる。
「なあ、一体なにを調べているのさ? もう疲れたよ。今日は止めにして明日にしようよ」
僕達のしていることの意味がまったくわからないミリィは不満たらたらだ。
でも確かに地上だったら夜になっている。
不思議なことに日本の時間と異世界の時間はリンクしていた。
だから僕はもちろん疲れていたし、リアやディートも疲れていたに違いない。
それでも飽きっぽいディートすら黙々と日本へのドアを探している。それほど日本の生活は魅力的なのだ。
だが、中々見つからない。
やっぱり、あの地下五層の部屋しかマンションとは繋がってないのかと思った時だった。
「あったー! ありました! ありましたよー!」
リアの喜びの声が響き渡る。
「見つけたのか!」
「ホント!? これで日本のお風呂に入ってコーヒー牛乳が飲める!」
「な、なに? なんなのよ?」
リアの声に皆が集まった。
「ホントだ! 僕のマンションのドアだよ!」
「えへへ。荷物をどかしてみたらその後ろにありました!」
なるほど。この部屋は盗賊ギルドの荷物置き場になっていた。
木箱の後ろにあったらしい。
僕も調べた場所だったが、見つけられたのは木箱を簡単に動かせるリアだからだろう。
「お前達、なに言ってるのさ? ただの石壁じゃないか」
異世界人で部屋の鍵を持たないミリィにとっては僕達の頭がおかしくなったと思ったことだろう。
リアとディートが困った顔をする。
僕は堂々とドアに鍵を差し込んだ。
「ミリィさんの前でいいんですか?」
「ここで立っててもしょうがないじゃないか。リアだって日本のお風呂入りたいだろ?」
「そ、それはそうですけど」
「なら行こうよ」
ドアを開ける。石壁はグレーの壁紙が貼ってある壁に代わり、ボタンを押すと蛍光灯の照明が点いた。
「ただいま~。やっぱり家が一番だね」
旅行から帰ってきた時の定番の台詞を言ってみる。
しかし、異世界から帰ってきた今ほどそう思ったことはない。
「な、なななななにここ? 石壁に急に穴が空いて?? ど、どういうこと???」
ミリィが目を丸くしている。
立って説明するのも面倒なのでミリィの背中を押して部屋に入った。
「はいはいはい。お邪魔されまーす」
◆◆◆
お風呂上がりにコーラを飲みながら説明を聞き終えたミリィは完全にポカンとしていた。
ちなみに僕は未だにシズクアーマーを着装したままだ。お風呂にも入れていない。リアとディートのキャッキャッウフフとミリィの驚く声をお風呂場の反響音で聞いていただけだ。
「絶対にここのことを話さないでよね。ここは私にとっても憩いの場なんだから」
ディートは僕の部屋を勝手に憩いの場にしたらしい。
「話さないよ。どうせ話したって誰も信じてくれないだろうし」
「約束よ。漏らしたらアナタのこと狙うからね」
「はいはい。わかったよ。しつこいな」
二人が喧嘩になる前に僕が間に入る。
「つまり僕は別の世界の人間だと思うんだよね。こっちの世界には魔法がない代わりに文明が発達しているんだ」
「そういうことだったんだ。トオルは変わった奴だと思ってたんだけど、これで合点がいったよ」
「だから僕達は地下一層と繋がっているあの部屋を貸して欲しいんだ。できれば僕達だけで使わせて欲しい」
ミリィは目をつぶって考え込む。しばらくして言った。
「うーん。わかったよ。理由を上手く隠して首領に聞いてみるよ」
「いや、首領には僕が直接交渉するよ」
「え?」
「だってニックとメアリーを孤児院に入れたら報告しに行くって言っちゃったしね」
◆◆◆
前回と同じ様に盗賊ギルドの首領である二代目ドロシアは薄いカーテン越しに面会した。やはりセクシーなシルエットでベッドに横たわっている。
ミリィと違って、相変わらずの巨乳だ。
ちなみにマンションの玄関からは一層にも五層にも行くことが出来た。鍵を持って一層に行きたいと思えば一層に出れるし、五層に行きたいと思えば五層に出れた。
相変わらずの不思議なマンジョンだ。
一層の鉄の扉の部屋から、盗賊ギルド本部には一時間もかからなかった。
「首領はニックとメアリーを地上の孤児院に送り届けてくださってありがとうございますと申しています」
首領が自ら言葉を発さずにノエラさんを通して話すのも同じだった。
「いえ、二人が安心して育つ環境を提供するというのがお約束だったのに実は孤児院は結構な経営難らしくて」
「なっ?」
僕が言ったことにリアが驚いている。
きっとライズ院長は、経営難であることをそこまで深刻には、リアに言っていなかったに違いない。言い方を間違えれば、リアはさらにハイリスク・ハイリターンな探索をするだろうからだ。
「ニックやメアリーの孤児院の経営状況を改善するために盗賊ギルドの支援をお願いしたいんです。まずは僕達に鉄の扉の部屋を一つ借してくれませんか?」
「なにかビジネスをするのですか?」
ノエラさんの顔がたちまち険しくなる。
「タダとは言いません。こちらも見返りは提供します」
「見返り?」
「それについては首領さんだけに話をしたいんです。二人だけにさせてもらえませんか?」
僕の提案にノエラさんだけでなく、リアとディートも驚く。
「それはできません。えっ?」
ノエラさんは断ったが、どうやらカーテン越しの首領がなにか彼女に話しかけたようだ。
しばらく揉めていたようだが、ノエラさんは諦めたように言った。
「首領はトオル殿と二人だけになることを認めるようです。けれど首領は声を発することができませんから一方的に話しかけるだけですよ。それでもいいですか?」
「はい」
「わかりました。では私達は部屋の外にいるので終わったらトオル殿も部屋の外に出てください」
そう言ってノエルさんはリアとブーブー文句を言うディートを連れて部屋の外に出ていった。
部屋は一言も発さないカーテン越しの首領と僕だけになった。
「ふ~。もういいでしょ」
僕は首領の向かいにあるソファーから歩いて、薄いカーテンの前に立った。
首領のシルエットがベッドの奥に後退する。
「もう誰かわかってるって」
僕の言葉にシルエットの首領は硬直する。そして二つの胸がポロンと胸から転がり落ちた。
そのうち一つの胸はカーテン下からこちら側に転がり出る。正体はたわわなメロンだった。
カーテンの切れ目から綺麗な白い手が出てくる。
僕がそれを掴むと白い手は強い力でカーテンの中のベッドに僕を引きずり込んだ。
「いつわかったの?」
目の前には金色の猫目美少女がいた。不満そうに涙を溜めている。
「報告の時にミリィが別れたから確信したよ。だってミリィは一緒に孤児院に行ったんだし、同席しそうなもんだろ」
ミリィはギルド側だからその場で僕らが首領の前で嘘をつくこともなくなるしね。
「そりゃそうだよね」
「まあ初めて面会した時もそうじゃないかなと」
「そうなの?」
「盗賊ギルドの地区を再開発で発展させることに興味もったりとか、首領が声を発しないとか、初めて面会した時も別れたとか、色々さ」
首領はセクシーだと言ったらミリィが喜んで、胸が大きいと言ったらミリィが怒ったことが、本当の決め手だったとは言えない。
「トオルにはお見通しか。もうわかっているかもしれないけど」
ミリィは身の上を語りはじめた。
伝説の大盗賊と言われた初代ドロシアは沢山の愛人がいて、そのうち獣人の子供を身ごもったらしい。そして生まれたのがミリィだった。
彼女はその後も十年ほど義賊をしていたが、大酒飲みだったらしく酒害で早世してしまったらしい。
「お母さんは人前では私を自分の娘ということは秘密にしてギルドの仲間として接していたんだ。お母さんの親友だったノエラさんは、そのことを利用して私を謎の二代目にして組織を保ったの」
なるほどね。その辺は全然わかってなかった。けど、もちろんわかっていたような顔をして話を聞く。
ただ一つだけどうしても聞きたいことがあった。
「なんでメロンなんか使って爆乳を装ったのさ」
「だってお母さん凄かったんだもん!」
どうやらミリィは興奮すると男言葉から女言葉になるようだ。
「私は獣人のお父さんの血が出ちゃったんだよ。だからこんなにペッタンコで!」
僕は思い当たることがあった。
「え? ひょっとして人間が猫型獣人を嫌いってそれ?」
「そうよ! ギルドの男達も女の人の胸の話ばっかりしてるし!」
「ぷっ」
つい笑ってしまった。それに言うほどペッタンコってこともない。
そんなことを考えているとミリィが怒った声で僕に言う。
「鉄の扉の部屋を使わせる見返りってなによ?」
急に言われて一瞬なんのことかわからなかった。
「ああ、もちろん盗賊ギルドが発展するように日本の知恵を教えるよ。地下地区の再開発もきっと上手くいくと思うんだよね」
大変そうな仕事だけど、やりがいのある楽しそうな仕事でもある。
手っ取り早く儲けて孤児院も救いたい。
「それだけじゃダメ。成功するかわからないしね」
「え? そりゃそうだけど。じゃあ他になにが欲しいのさ? 僕があげられるものなんかあんまりないよ?」
「私もリア達と同じに扱ってよ」
なるほどね。いつでも僕の部屋に入れるようにしろってことだろう。
ミリィにも鍵をあげればできるけど。うーん。
「わかったいいよ。ただし」
僕の部屋の秘密はミリィだけの秘密にしてね、と言おうとした時だった。
「本当? じゃあ早速」
ミリィがなぜか僕の手を取って胸に当てる。
「なななっ!?」
「リアやディートと比べたら全然かもしれないけど」
ま、まさか。
「リア達と同じに扱ってくれって」
「奥さんなんでしょ? 私も成長したからか獣人はそういう時期みたいで……ギルドのために子種も欲しいんだ」
〝時期〟とか〝子種〟とか獣人の常識はやっぱりちょっと人間とズレてるぞ。
じゃなくて、リアとディートが誤解をされている。別に二人は奥さんじゃない。
だが、僕の右手は、筋肉質で均整の取れた美しい体の上にある脂肪の膨らみを無意識にもみ続けていた。
ミリィは気持ちよさそうに目を伏せている。
「い、いかん! このままだと僕の子供が盗賊ギルドを引き継ぐハメになる!」
残った理性を総動員して右手を強引に乳から引き剥がす。
それに気がついたミリィが涙目の上目遣いで僕を見る。
「トオル……どうして止めちゃうの……やっぱり獣人が嫌いなの……?」
ううう。そう言われたってリアとディートも別に奥さんじゃない。
泣かれても耐えるしかない。
よし! なんとか耐えた!
と思ったが、まったく耐えてないところが一箇所あった。
「ご主人様! 怖い! 怖いです~!」
「げぇっ! シズク!」
「な、なに? この声!?」
シズクアーマーはスライム形態に戻って逃げだしてしまった。
「えええ!? 白スライム!?」
ミリィが驚いてるスキに僕はベッドのシーツで前を隠そうとしたが、両腕を掴まれてしまう。
「なんだ……トオル……やる気満々じゃない」
「いや、ちゃう! 誤解だ! そもそもリアだってディートだって別に!」
その時、シャーと音を立ててカーテンが開く。
そこにはノエラさん、リア、ディートが立ち尽くしていた。
「あ、先妻の皆さん。今日から私もトオルの嫁になるからよろしくね。ノエラももう跡継ぎの問題を心配しなくていいから」
「いや。ミリィは誤解してるだけだからね。なにもかも間違えて取り違えてるだけだからね」
全員からもみくちゃにされた後で僕はやっと通常状態を取り戻すことが出来た。
怖くなくなったシズクがやっと戻ってくる。一部始終を見ていたシズクが説明することで、なんとかその場を収めることが出来た。
こうして僕はまた新しい問題を抱え、その代わりに新しい仲間を得たのだった。
第三章、異世界冒険編完結です。第四章はまた日本中心の話に戻ります。
ここまでの感想、評価、ブクマは更新の励みになります。
これからも僕ダンの応援をよろしくお願いします。




