大きな神殿と小さな神殿の件
異世界の巨大な神殿に入る。
神殿の内部は静謐な雰囲気を醸し出していたが、あまりにも訪問者が多く、実際には喧騒に包まれていた。
ぱっと見、一番多いのは、やはりなんらかの怪我を負っている訪問者だった。
男女に別れて列をなしている。
「なんで男女にわかれてるの?」
嫌な予感がする。リアが教えてくれる。
「怪我の治療の魔法は外科的処置も含まれるので男女で別々に治療するのです。男性の怪我人には男性の僧侶が、女性の怪我人には女性の僧侶がつくはずです」
嫌な予感が的中した。もし僕が怪我を負ってここに来たとしても男僧侶によって治療されることだろう。
「ところで外科的処置も含まれるってどういうこと?」
「えっと例えば、折れた骨にそのまま神聖魔法系列の治癒の魔法をしたとしても曲がった状態でくっついたら大変なことになりますよね」
「なるほど」
この辺もリアルだった。少なくとも僧侶の使う神聖魔法系列の治癒の魔法は、元の形に体を治してしまうというわけではないらしい。
ある程度、外科的な処置をした上で治癒の魔法をするならば、確かに男女を別けたほうが問題は少ないだろう。
「ちょっと! アンタ! どうして傷に入った砂利も洗わないで治癒の魔法を使ったのよ!」
「ご、ごめんなさーい」
「私がやるから向こう行って!」
女性の列から怒鳴り声と謝罪が聞こえてきた。
リアはそれに合わせたように言った。
「だから治癒魔法は魔法のセンスだけではダメなんです」
「よくわかったよ」
声しか聞いていないけど、さっき謝罪していたような女僧侶さんからは治療はされたくない。
それにしても本当に訪問者がとぐろを巻くように列を作ってる。魔物がいる世界だから怪我をする人も多いのだろう。
これなら治癒の魔法ができるならば、冒険者などやらなくても十分に稼げるだろう。
怪我人の列は混雑していたが、言語にテレパシー効果を付与する列は三、四人しか並んでいなかった。
すぐに自分の番になった。モンスター言語を話すのは警戒されそうなんでリアに代わりを頼んだ。
「すいません。この方は辺境の地の出身なんですが〝共通言語〟を使えるようにしてあげてください」
「わかりました。その場合は金貨二枚を神殿にご寄付ください」
リアが出そうとしたが、僕は日本で換金しなかった金貨を出す。
「はい。女神ナリアの祝福によってそなたは〝共通言語〟を使えるようになりましたぞ」
「なにもされた感じがしないぞ。日本円にして二万円をタダ取りされたんじゃないだろうな」
「こ、これ……もう聞こえてますぞ。罰当たりな。ところで日本円ってなに?」
げっ。どうやらそれと意識せずに、もうテレパシー言語になっていたらしい。
リアと平謝りして神殿を出る。
「凄いな、〝共通言語〟。これで聞き取りはできなくてもアマゾンの奥地にいる部族にも意思を伝えられるのか」
「どうですか? トール様の世界も便利なものが一杯ありますけど私の世界も凄いでしょう」
リアが嬉しそうに言った。
「うん。凄い凄い。でも戻ったら日本人に間違って使わないようにしないとね」
「すぐに慣れますよ」
どうやらリアは僕に喜んで貰いたくて、まず神殿に連れて来てくれたようだ。
「なあ。リア」
「なんですか?」
「リアがこの世界で僕と行きたいなあって場所ない?」
「え? 神殿も行きたかったですが」
「うんとそうじゃなくてさ。僕のためっていうよりもリアが楽しめる場所に行きたいんだ」
リアは小さく頷いた。言いたいことがわかってくれたようだ。
「私が行きたいところ……そうですね。騎士団はもう解体してしまいましたし」
「他には?」
「冒険者ギルドは皆で行ったほうがいいでしょうし、子供達がいる孤児院は隣町ですし」
「もうちょっと遊びっぽいところでもいいかも」
真面目な性格が災いしてかリアにとっての義務や仕事がらみの施設しか出てこない。
「あ、そうだ。今日は……アレやってるかな。もしアレをやってたらトール様と見に行きたい……です」
「なになに? アレって?」
リアは顔を赤めて目をそらす。
「場所は神殿です……」
「また神殿?」
「もっと小さな神殿です……」
「ところでアレって?」
「いえ、やっぱりいいです。トール様には楽しくないと思いますし」
「え? いくよいくよ。連れて行ってよ」
リアは「でも」とか「やっぱり」とか言い続けていたが、本当は小さな神殿に凄く行きたいようだ。
なにが行われるのかはわからないが、僕も行ってみたい。
どうやら先ほどの神殿や僕達が止まった宿はヘラクレイオンの街の中心街にあったようだ。
リアの案内で段々と庶民の街、もっとはっきりと言えば、貧しい人がいる住宅街へと足を運ぶ。
少し不安になってきた頃に地球で言うところ教会のような鐘楼が見えてきた。
巨大神殿とは比べ物にならない小さな神殿だったが、音楽が聞こえてきた。
「なんだろう? なにかの楽器の音楽が聞こえてくるけど」
「やった! やった! 今日は休日だからひょっとしたらやってるかもって思ったんですけどベストタイミングです!」
ずっともじもじしながらここまで僕を連れてきたリアが大興奮している。
僕の手を引いて神殿の入口にいた受付の人に銀貨を二枚渡す。
「行きましょう! 行きましょう!」
ひょっとして異世界のバンド演奏かなにかだろうか。
意外とリアはミーハーなところもあるんだなと微笑ましく思う。
神殿に入るとそこまで広くない聖堂の扇状の席には多くの人が座っていて、僕らは最後尾に座った。
さきほどの音楽はこのパイプオルガンのような楽器が奏でていたのだろうか。
「しかし、バンド演奏にしては厳かで落ち着いた……」
「あ、来ます! 来ます!」
「来ますって? あっ?」
どうやら僕は完全に勘違いしていたようだ。
聖堂の視線が集まる中央の右手からは地球とは少し違うが白いドレスを来た若い女性が、左手からはやはり正装と一目でわかる衣装を来た若い男性がやって来た。
「結婚式……だったのか……」
「はい! この地域の市民の方の結婚式は銀貨一枚で誰でも入れるんです」
地球でも牧歌的な地域で知らない人でも飛び入り参加できる結婚式があったような気がする。
「ひょっとしてリアは何回か来てるの?」
そう聞くとリアは恥ずさを取り戻したようにもじもじした。
「たまに……休日で……催されてる日は毎日……」
それはたまにとは言わないだろう。
主家がお取り潰しになって、その主家の元領民の子供達の面倒を見ているリア。
彼女にとって銀貨一枚で見ることのできる結婚式は唯一の娯楽だったのかもしれない。
「では新郎新婦は女神ナリアの前で誓いの儀式を」
誓いの儀式? なんだろうと思っていると新郎と新婦が顔を近づける。あ、それが誓いの儀式ね。
重なった瞬間。
「ひゃあっ!」
リアがおかしな声をあげる。彼女を見ると真っ赤な顔を下に向けながら新郎新婦を上目遣いでチラチラ見ては、また下をむいていた。
「ひゃんっ……」
ただ新郎新婦が顔を近づける度にリアに無意識に握られている腕がかなり痛かった。
◆◆◆
「今日も新婦さんのドレスは本当に綺麗でしたねえ」
「うんうん」
僕とリアは冒険者の宿に向かっていた。
ちなみに僕は腕をさすりながら歩いている。なんとか大きな神殿には行かずにすんだようだ。
「でも……トール様は……結婚式なんて……あんまり楽しくなかったですよね?」
「そんなことないよ。また行こうよ。今度は僕が金貨を払うよ」
銀貨なら結婚式だけしか参加できないが、金貨を払えば飲食ができる宴にも参加できるらしい。
「トール様……」
「後さ、僕もリアを日本の色んな所に連れてくからね」
ヘラクレイオンの街が柔らかい赤に染まるなかでリアは僕の腕にそっと手を回してきた。