異世界の宗教もお金次第な件
「ついに地上かドキドキするな」
僕達はミリィに連れられて地上に出る階段を登っている。
「え? どうして? トオルは地上に出るのが珍しいの?」
「まあ色々と事情がありましてね」
階段を登っていくと陽の光が見えてきた。
ディートは二日目の夜には地上に着く予定にしたようだが、鉄の扉の部屋に隠れていたり、盗賊ギルドの首領に面会したりで日が昇ってしまったのだろう。
ついに異世界の地上に足を踏み出した。そこは木々の多い茂る小山の中腹だった。
木々が刈ってある場所があって、眼下の少し先に街が見えた。
リアが小さな声で教えてくれる。
「あそこがヘラクレイオンの街です。ヨーミのダンジョンがあるんでヨーミの街って皆言ってますけどね」
「冒険者ギルドもあの街にあるんだよね」
ミリィは出入り口にいた二人の男に挨拶していた。
僕が様子を見ているとこちらに気がついた。
「この出入り口は山の中だから盗賊ギルドしかしらないのさ」
どうやらヨーミの地下一層はヘラクレイオンの街よりもはるかに大きく、秘密の出入り口もそこかしこにあるようだった。
「ウチのギルドは守秘義務タイプだ」
「どういうこと?」
「出入り口を見つけたら守秘義務だけ守ってもらう。代わりに出入りに使っていい」
「なるほど。つまり他の地下ギルドは」
「商人ギルドは金をとる場所がほとんど。用心棒ギルドは金をとる場所と使わせない場所が半々だ」
以前そんなようなことを聞いた気がする。
「ちなみに守秘義務を破ったら?」
「どうにもできないけど自分達の利益を損なうことになるだろ? 話したことで公然の出入り口になってしまった場所も多いよ」
なるほど。この調子では盗賊ギルドが他の地下ギルドに押され気味なのもしょうがないかと思う。
「とにかく山を降りて街に行こうよ」
賛成だ。空気は美味しいし、自然は美しいけど、ここではまだ異世界を感じられない。
僕達は歩いてヘラクレイオンを目指した。
◆◆◆
ここが異世界の街か。
感動をリアやディートに伝えたいのだが、僕が日本人であることを知らないミリィがいるのでそうもいかない。
けれども興奮は抑えきれなかった。
金髪のみならず、赤髪や青髪、ピンク髪。それにミリィよりももっともふもふの獣人や二足歩行のトカゲまでいる。
往来には車の代わりに時たま馬車が通った。
――異世界だな。おそらく地球人類史上はじめて異世界の地上に来たんだ。
「まあ、やることは冒険者ギルドで江波さん討伐依頼を引き下げてもらうっていう小さな仕事なんだけどね」
「え~行き成り冒険者ギルド行くの~?」
ディートが不満を言いだした。
「もう疲れたよ。とりあえず宿で休まない?」
「いやいやダメでしょう。早く冒険者ギルドにいかないと。江波さんが討伐されちゃったら終わりだよ」
興奮で全く眠くならない。色んな所を回ってみたい。
「でもさあ。ほら」
ディートが後ろを向くとニックよりさらに幼いメアリーが背におぶさって寝ていた。
リアと手をつなぐニックも眠そうだ。
とりあえず、二人を置くために宿に行くしかなさそうだった。
冒険者用の宿について二人を寝かす。石造りの宿で部屋には四つのベッドがあって居心地も悪くない。
「悪くないね~四つもベッドがあるってことは冒険者パーティー用の部屋ってことか」
「でもトオルの寝袋のほうが気持ちいいわ~この宿は夕飯が出るからそれまで寝ましょう」
どうやらディートはベッドの上でさらに寝袋を使って寝るつもりらしい。
「なにそれ! この素材なに!」
ミリィがディートの使っている寝袋を見て興奮している。
「うるさいわねえ。眠いんだから静かにしてちょうだい」
まあ寝袋はあったとしても化学繊維でできている寝袋なんて異世界にはないだろうからな。
「僕のを使っていいよ」
「いいの?」
ミリィもベッドの上に寝袋を置いてその中に入り込んだ。
「あったかーい。なにこれぇ……」
ミリィは早くもスヤスヤと寝息をたてて寝てしまった。
ニックとメアリーも二人で一つのベッドを占拠しているので残ったベッドは一つしか無い。
リアと顔を見合わせる。
マンションの部屋では二人で寝たこともあったが、真銀の剣が戻ってきてからは一度もない。
「ど、どうしましょう? 私、寝袋で床に寝ましょうか?」
「い、いや。そんな。ベッドも結構広いしさ」
「ベッドも広いし?」
一緒に寝よっか。
「せ、せっかく街に来たんだから夕飯までリアに街を案内して欲しいなあ……なんて」
「はい! いいですよ!」
リアの満面の笑みが返ってきた。
夕食には帰ると書き置きして、冒険者の宿を二人でそっと出た。
ああ、やっちまった。確かに自分は異世界の街を散策したかったが、リアは疲れてるかもしれない。
「トール様に街を案内できて嬉しいなあ」
「え?」
「ほら私、トール様にお世話になりっぱなしで」
「いやそんなことないよ」
「そんなことありますよ。だから今日は一緒に私の世界を楽しんでくださいね」
色々あってまだリアと二人で日本の街を歩いたことはない。
今度、リアが来た時は絶対に案内してあげよう。
「まずは神殿に行きましょう」
「え? 神様には興味があんまり……」
女騎士と異世界デートかと思ったらいきなり宗教の勧誘をされた。
「ううう。これが現実か……悲しい」
「なに言ってるんですか? まずは早く神殿に言って〝共通言語〟を身に付けましょうよ」
「え? なんだって?」
リアの話を詳しく聞くと異世界人のテレパシー言語は一種のスキルらしい。
元々持っている自分達の国や地域の言語に翻訳するテレパシー効果を付与しているのだ。
モンスター言語=日本語でもスキルによるテレパシー効果を付与すればいいだけらしい。
「ニックやメアリーとも普通に話せるようになる?」
「はい。そうです」
ニックやメアリーは冒険者ではないのでモンスター言語がわからなかった。
神殿にいけば、すぐに話せるようになるらしい。しかも意識してオンオフが可能とのこと。日本に帰ったらオフにすればいい。なんて便利なんだ。異世界。
地球もAIに囲碁を打たせたり、小説を書かせたりしている場合じゃないだろう。
早く実用レベルの翻訳機を作ってくれ。
「まずは神殿に行きましょう」
デート商法じゃなくてほっとした。
しばらく異世界の町並みを歩くと進路上に一際大きな建物が見えてきた。
どことなく地球の教会を思わせる。
「ひょっとしてあれが神殿?」
「はい」
「大きいんだねえ」
「お布施がたくさん入りますからね」
なるほど。聞かなくてもわかった。
きっと共通言語を付与してもらうのにもお布施を払わないといけないのだろう。
「神殿には僧侶の方もいて神聖魔法で傷を治してくれますからね」
どうやら病院の役割もしているらしい。
「じゃあ僧侶の冒険者とかもいるのかな?」
僕はちょっと期待に胸を膨らまして聞いた。女僧侶、それは女騎士に勝るとも劣らぬロマン。
しかし、リアは驚いたような顔をする。
「う、うーん。僧侶の冒険者ですか? 聞いたことがありませんね。いるかもしれませんが」
「え? だって治癒の魔法をできる人が冒険のパーティにいたら凄く助かるじゃない」
「たしかに助かりますけど神聖魔法を使える人なら危険な冒険しなくてもいくらでも仕事はありますので。それこそ神殿なら絶対に雇ってくれますし」
「た、確かに……」
地球の医者だって命がかかった本当の最前線に行く人は少ないだろう。衛生兵は医者ではない。
難民支援とかもあるけど、難民は困っている人達だ。冒険者はモンスターと戦うことを自分から選択している。
「でもレベルは? レベルを上げるために冒険者やる僧侶さんはいないのかな?」
「治癒魔法で傷を治していけばわずかながらに経験は入りますし、スキルレベルは普通に上がっていくので」
そういえば、スキルレベルについてはそんなことも聞いた気がする。
お金になるスキルを持っている人は危険な仕事はしない。妙にリアルな異世界だった。