成り行きで売られそうになっている子供を助けた件
森の地下二層から地下一層に上がる。
「うわ。話には聞いてたけど……」
床や壁こそ石のブロックで組み上げられた人口の地下遺跡のようだったが、歓楽街が丸ごと入っているような光景だった。
なぜ歓楽街かとわかるかというとキラキラとしたネオンの光が地球とまるで同じだったからだ。
おそらく魔法による照明かなにかだろう。
「この辺りは商人ギルドの支配地区でまだ治安がいいほうです」
「へ~」
リアが教えてくれた。地下ギルドを嫌うリアはその支配地区がどこかなど知らないと思っていたが、ヨーミの迷宮で冒険者するものなら自然と覚えてしまう知識なのかもしれない。
「あ、あれは?」
ディートと同じエルフだ。
エルフのお姉さん達が、酒場の前で手招きしているぞ。
「そこのお兄さん、いらっしゃい」
フラフラと無意識にエルフのお姉さん達のほうへ歩き出した。
「いけません! ご主人様!」
鎧として着ているシズクが僕を正気に戻す。小声で教えてくれた。
「リア様とディート様が冷たい目で後ろからご主人様を見ていますよ」
な、なに? こっそりと後ろを振り向く。うっ……。
「い、いや。エルフなんて初めて見るからさ。ディートの仲間だろ?」
「あっちは何処にでもいるただのエルフ。私はハイエルフなの! それにこんなところで働いてる奴らと一緒にしないで!」
ディートに怒られてしまった。鉄の剣は買って貰えるんだろうか。
しかし、シズクのおかげで最悪の事態は避けられたようだ。
「シズク、よく教えてくれたぞ。あとでナデナデしてあげよう」
「エヘ。嬉しいです。ご主人様」
ディートの話では地上の歓楽街では遊び足りなくなった者も地下に遊びに来るらしい。
地上では許されない娯楽もここではまかり通ってしまうのだ。
歓楽街を過ぎると商店が何十軒も連なっていた。
「へ~さすが商人ギルドの地区だね」
「盗賊ギルドや用心棒ギルドの地区にも商店はありますけどこれほどではありませんね」
「なるほど」
リアが教えてくれた。すぐに武器屋を見つける。
交差した剣の絵が書いてある看板があるのですぐにわかった。
「鉄の剣、買ってくれるんだよな?」
「安いのね」
ディートは約束を覚えていたようだ。
店に入ると鉄の剣は棚に並んであった。さてどれにしようかな。
ディートがすぐに指差した。
「これ! これ格好いいじゃない! これにしなさいよ!」
確かに見た目は鋭く光りを見せて格好いい。いかにも冒険者の剣といった感じだ。
手にとってみる。
「重量感もかなりあるな。うーむ。名剣に違いない……」
ディートは僕から剣を奪う。
「オヤジさん。この剣おいくら?」
ディートは南欧風のでっぷりと腹の肥えたチョビヒゲおじさんと金額交渉をしていた。
もう少しゆっくり決めたかったけど掘り出し物が見つかる時なんてこんなもんかもしれない。
「まいどあり~」
チョビヒゲおじさんの武器屋を出る。
ディートは地上に向かって歩きながら満足そうに僕に買った剣を渡した。
「いっひっひ。相場の半額をさらに半額にしてもらっちゃった。革の鞘はサービスだったし」
「え?」
この名剣が半額の半額で売られていたって?
さっき持った時の重量感、鋭い光り具合、絶対に名剣かと思ったが、段々自信がなくなってきた。
リアが僕に手を出した。
「ちょっと剣を見せていただきますか?」
確かに騎士のリアは剣にも詳しいだろう。
リアは鞘から剣をすっと抜いて目の前に剣身を掲げた。
「ど、どう? 掘り出し物の名剣じゃない?」
「……」
リアは真剣な表情で剣を見ていた。そしてため息をついた。
「鉄の棒ですね」
「え?」
「見てください。ここ」
ここと言われても素人の僕にはわからないと思ったが、すぐにわかった。
「刃がない?」
剣であれば、切れ味を増すために刃の部分は紙のように薄くなっていると思う。
ところがこの剣は刃があるはずの部分は五百円玉よりも厚かった。
「おそらく元々粗悪な剣を使いすぎて刃が無くなったのでしょう。表面だけ研いで光らせただけです」
「この名剣っぽい重量感は?」
「名剣はもっと重くてもバランスが良いので軽く感じますよ。斬ることは出来ません」
真銀の剣を渡される。
「か、軽い。でも買った剣よりも重量があることはわかる」
「でしょう」
僕はショックだったが、ディートはそれを聞いても満足そうだった。安い買い物ができると喜ぶタイプなのかもしれない。
「最悪だな。地下商人ギルド……」
「はい……」
多少、私怨が混じっているような気がしないでもなかったが、リアは同意してくれた。
まあ凶器なんか持たないにこしたほうがいい。
鉄の棒だって十分威力はあるだろう。でも同じく腰にさしているピッケルのほうがマシっぽい。
「ところでリア。五層以外にも宿ってあるんだろう?」
宿とは隠語で内側から開閉できる扉がついていてモンスターが入ってこれなくなるような部屋のことだ。
僕達はひょっとしたら他の階層の宿がマンションの部屋と繋がっているのではないかと仮説をたてた。
「もちろん一層にもありますよ」
「あるのか」
「でも、一層の宿は三つの地下ギルドのいずれかが抑えていますよ」
「なるほど。そりゃそうか」
そんな便利な場所、この地下層を牛耳っている地下ギルドが放おっておくわけがない。
一層にはモンスターがほとんどでないとはいっても、安全な倉庫に休憩所にと利用価値は大きいだろう。
「でも本当は一層の宿を調べたいんですけどね」
「どうして?」
「すぐに地上に出れるじゃないですか」
どこかのギルドが使わせてくれればいいんだけど
「確かにね。地上に着くのに一泊二日かかる旅をしている。そろそろ二泊目だ」
「ディートさんはとりあえず宿の確認はしないで一直線に地上を目指しているみたいですね。正解だと思います」
「確かにいくら寝袋の寝心地が良くても地上の宿に泊まりたいね」
「そうですよね」
ディートは色々と考えてくれているようだ。
それにいつも忘れそうになるけど江波さんの討伐依頼も早く取り下げて貰わないといけないしね。
ディートの指示で歩いていると商店が連なる地区は終わるようだ。
しかし、最後に一際大きな店があった。レンガ造りで窓にも鉄格子がかかっている。
「なにこの店」
「なんでも買い取ってくれる店よ」
どうやら商人ギルド最大の店は地上の商品からダンジョンの発掘品まで文字通りなんでも買い取る店だったようだ。
人々が列をなして思い思いの品を持って列をなしている。
きっとこの店で少しでも高く品を買ってもらうために並んでいるのだろう。その列を誘導する店員もいた。
「コミケよりすごい熱気だ」
「なにそれ」
「いや、なんでもない。ん? なんだアレ?」
「嫌なもの見つけちゃったわね」
見るからにガラの悪そうな男が小さな男の子に首輪をつけて最後列に並んでいた。
「用心棒ギルドの男ね」
「え? そっちじゃなくて子供のほうだけど。あの人って用心棒ギルドなの?」
「肩に剣と盾の入れ墨があるでしょ?」
確かにタンクトップの服から露出した肩に剣と盾の入れ墨があった。
「体か服のどこかにあのマークがあったら用心棒ギルドだから絶対に揉めないでね。わかった?」
「あぁ。でもあの子供泣いてるぜ」
「いいから!」
ディートが無視をして先に行こうとする。
ところがリアが用心棒ギルドの男に歩をすすめた。
しかたなく僕もディートも後を追う。
「その子、売るのですか?」
「ああ、そうだよ」
この異世界でも子供を売るのは犯罪らしい。異世界にも奴隷がいるが、子供は奴隷の家族と一緒に売らないといけない。
そして奴隷の職業は農奴か使用人だった。それが最低限の権利だった。しかし地下に法はない。
リアの声には怒りが含まれていたがディートの言うように揉めるつもりまではないようだ。
「私が買います。おいくらですか?」
「ちょっとちょっとリア」
ディートは止めたが、リアは男の子に目線を同じにするためにしゃがみこんで話しかけていた。
「もう大丈夫だからね」
「……ひっく」
男の子はリアの微笑みを見て泣き止んだ。
こりゃ止めても聞かないだろうなと思って聞いてみた。
「どうすんだよ。その子」
「私がお金を支援している孤児院に入れます」
そういえばリアは支援している孤児院があるんだった。
それならなんとかなるか。リアが自分の懐から革袋を出して数枚の金貨を取り出した。
けれども男の子がそれを拒否した。
「孤児院? 困るよ。盗賊ギルドには妹がいるから一人になっちゃうよ」
「え?」
「僕は妹と盗賊ギルドに拾われてここで暮らしてるのに……傭兵ギルドのおじさんが……」
僕は用心棒ギルドのタンクトップを見る。下卑た笑いをしていた。
この子は奴隷でも食えなくなった保護者のいない孤児でもないじゃないか。
「へっへっへ。俺達の縄張りに入ったのがいけないのさ」
僕すら男を睨みつける。ディートは「頼むから揉めないでよ。一層で用心棒ギルドと揉めたらダンジョン探索できなくなるのよ」と言い続けている。
「このガキは男娼館に売り飛ばしてやる」
「待ちなさい。私が買うって言っているでしょう」
リアは明らかに腹を立てている声だったが、袋ごと金貨を男に差し出した。
やはり一層で用心棒ギルドに目をつけられるのは困るのだろう。
ところが……男はリアの革袋を撥ね除けた。
「いらねえよ。このガキを変態オヤジに売れば、少なくともその倍にはなるぜ」
この野郎~用心棒ギルドに目をつけられても知ったことか。
地上に逃げればいいし、喧嘩程度では冒険者ギルドの正規の討伐依頼が人間に出されることはないらしい。
つまり殺さなければいいってことさ。さっき買ったばかりの正義の鉄棒うけてみろ!
「ちょっと揉めないでって言ってるでしょ!」
どうやら僕はよほど怒気を出していたらしい。ディートが叫ぶ。
僕は無視して鉄棒を手にとるため腰回りを探った。
「ん?」
ところが鉄棒の感触がない。腰を見ると鞘だけ残して消えていた。
どういうことだと思って辺りを見ると、なぜかディートの手には鉄の棒が握られている。
そしてタンクトップが額を押さえながら悲鳴を上げていた。
「ギャアアアアアアア。なにしやがるてめえええ!」
「ちょっと揉めないでっていってるじゃない! あ、あれ?」
どうやらディートは自分で気が付かないうちに僕の腰にある鉄の棒を抜いてタンクトップの額を打ち抜いてしまったらしい。
僕とリアが同時に褒める。
「いいぞ。ディート」
「見事な上段です。ディートさん」
「ひーん! どうしてこうなるのよ!」
タンクトップが額から血を流しながら叫ぶ。
「傭兵ギルドの兄弟! いるか~っ!」
どうやら仲間に呼びかけたようだ。大丈夫だ。
剣と盾のマークなんて見ていない。
「げっ!?」
後から後からぞろぞろとガラの悪い男が出てきた。
人物鑑定スキルを使うとレベルはせいぜい10前後でディートとリアなら楽勝だろうと思う。
しかし、この人数と争ったら誰か殺してしまうのではないだろうか。
そうしたら正規のお尋ね者だ。
少なくとも大問題になるのは間違いなかった。
僕もピッケルを構える。どうすればいい。
その時だった。何かの爆発音がしたと思ったら辺りが煙に包まれる。
煙は辛い成分がはいってるのか目に染みる。
「げっほげっほ! なんだこれ!」
僕が視界を奪われてむせていると聞いたことのない女性の声が言った。
「こっちだよ!」
声がしたと同時に腕を体を引っ張られる。引っ張られた方向に走った。




