いずれ無敗の無職のコーチの件
日本であれば、そろそろ夕食の時間であることをアイポンが表示したころ、大樹の根に侵食された地下四回層を上がって三階層に到着する。
「え? ここは?」
「驚きましたか?」
リアが少し笑っている。
「ここがダンジョンの地下なのか。調度品とかはないけれど……まるで……」
三階層はダンジョンというよりも巨大な城の内部に思えた。
「数十年前にダンジョンが見つかった時は調度品とかもあったらしいですよ」
ディートが大きくうなずく。
「このダンジョンが見つかった時はそりゃ凄かったわよ。ゴールドラッシュね。この層には金製の調度品もあったから」
「へ~。ってディートはその当時も冒険者だったの?」
さっきリアが数十年前って言ってたよね。
「そうよ。悪いの?」
「いや悪くありません」
話題を変えよう。
「しかし、こんな巨大な城が地下にあるなんてこのダンジョンはどうなってるんだ?」
リアが教えてくた。
「元々あった城が地下に沈んだとも、時空が歪んでどこかの城が顕現しているとも言われています」
凄いな異世界。まあリア達に言わせれば、日本のほうが凄いということになるんだるけど。
「ところでもうヘトヘトだよ」
「もう少し歩いたらキャンプが可能な場所に辿り着けますよ」
「宿のこと?」
「いいえ、牢です」
「牢?」
リアの話によれば、巨大な城の内部と思われる地下三階層には牢が現存していてそこが冒険者達の宿泊所になっているらしい。
「ありがたいような。ありがたくないような場所だな」
「モンスターに襲われる心配が激減しますからね。もっともこの階層はスケルトンとか青スライムとか弱いモンスターしかいませんけど」
「え? スケルトン? 結構強いんじゃ」
スケルトンといわれると僕は武装したガイコツ兵士をイメージする。
ディートが呆れた声をだす。
「あんなの強いわけないじゃない。筋肉もないんだし、剣を装備していても今にも折れそうなほどボロボロだしね」
合理的な説明を受ける。そりゃそうだ。
筋肉がある生身の人間のほうが機敏で力も強いに決まっている。武装だってサビサビだろう。
「トオルの訓練に丁度いいわよ」
「え~……大丈夫かな」
弱いといわれても今まで青スライムやおばけキノコとしか戦っていない自分にとってスケルトンのような大きなモンスターを相手にするのはできることなら遠慮したい。
「レベル上げでステータスでは伸びても、クリックゲーじゃ戦闘のカンやセンスは育たないでしょ」
「ううう。一緒に冒険することもある以上やるしかないか」
リアが背負っていたリュックサックを肩から外してくれた。
「これは私が代わりに持ってますね」
背中が大分軽くなる。けれども代わりに盾を受け取る。
「お、重い。リアは普段からこんなに重い盾を装備してたのか? よほど【筋 力】があるんだろうね」
背中は軽くなったが、それは盾の重さでかなり相殺された。
リアが恥ずかしそうに小さな声で言った。
「力が強い女はお嫌いですか?」
「い、いや、そんなことはないよ」
「盾防御スキルのおかげもあります」
なるほど。リアはそういうスキルもあって盾を自在に扱えるのか。
ディートのイライラした声が飛んできた。
「ちょっとアンタ達なにイチャイチャしてるのよ。早速、お出ましよ」
「え? げっ」
二体のスケルトンがカタカタと悲しい音を立てながらこちらに向かってきていた。
「まだ、心の準備ができてない!」
「大丈夫よ」
「大丈夫って言われても!」
「心の準備時間はあるから」
「だってもうスケルトンは……え?」
お、遅え。こちらに向かってきているスケルトンの歩みはほとんど進んでないように見えた。
「心の準備ができたら自分から行ったほうがいいわよ」
「わ、わかった」
僕は盾を前面に構えてジリジリと接近する。ジリジリと接近したつもりだったが、こちらの歩みのほうが速いぐらいだ。
二体のスケルトンが同時に剣が振り上げる前に少なくとも一体のスケルトンを攻撃したほうが良いと直感する。素早く踏み込んで頭部にピッケルを振り下ろした。
スケルトンはピッケルが接触した骨を陥没させて脆くも崩れ落ちた。
「よし!」
だがもう一匹のスケルトンはさすがにサビサビの剣を振り上げる時間があったようだ。ピッケルで先制することも出来たかもしれないが、ここは慎重にリアの盾で受けることにした。
剣の衝撃は……弱い。僕は受けた盾でそのままスケルトンを押し、バランスを崩してやる。そしてスケルトンが体勢を戻す前にピッケルを振り落とした。
やはりスケルトンは崩れ落ちた。二体のスケルトンは沈黙した。
自分で自分の戦果に驚く。凄いぞ、僕。
「ど、どうよ。リア、ディート、シズクも。勇者みたいじゃない?」
自分の驚きを隠すためにちょっと茶化して見せる。これほど戦えるなんて思っていなかった。
「私の初戦よりずっと様になってたと思います」
「カッコいいです~ご主人様!」
リアとシズクが相槌をうってくれた。
ディート的にはどうなんだろうか。チラッとディートを見る。
彼女が軽く息を吐く。
「まあまあね。戦闘センスは悪くないわ。ステータスが良くても戦闘センスが悪いやつって多いから」
「だ、だろ? ははは」
まさかディートにまで本当に褒められるとは思わなかった。
「でも勇者には程遠いわよ。なんてったって無職だし」
「ほっといてくれよ」
皆で笑う。やっぱりオチが付いたか。スケルトンは弱いって話だしな。
「この調子なら荷物持ちから支援要員になれるわよ。しばらくパーティーの先頭をしてね」
荷物持ちでも別にいいんだけどな。
そんなことを考えながら進もうとするとディートが近くに来て耳打ちする。
「センスが良くて驚いたわ。トオルはレベル上限がないんだし、いずれ勇者にも勝てるようになるわよ」
「マジですかい?」
「マジマジ」
それならとっとと荷物持ちからは卒業しようかな。
お、スケルトン発見!
◆◆◆
「はぁっはぁっ。弱いけど数が多い……」
本当の本当にヘトヘトになってきたころ、目の前のスケルトンにリアが飛び出した。
「代わりましょう!」
真銀の剣が一瞬でスケルトンを両断する。
今まではただぼーと見ていただけだったが、戦いを経験してみるとリアの凄まじさがわかる。
しかも彼女は重いリュックサックを背負ったままだ。
正直、見とれてしまう。
「トール様もすぐにこれぐらいにはなりますよ」
「つまりわかりやすくお手本を見せてくれたのね。差があるなあ」
「ええ。でもトール様の才能は本当に素晴らしいと思いますよ」
「どっちかっていうと魔法のほうがよかったんだけど」
ディートが笑った。
「あら。魔法の方は私が鍛えるわよ。物理はリアね」
「ええ? そうなの?」
「無職なんだから物理も魔法もどっちもできるようになるって言わなかった?」
「マジかよ。無職、侮れないなあ~」
「まあ、本来習得が遅いはずなんだけどね。トオルはそれも無いみたい」
どうやら僕はリアとディートによって、いずれ無敗にされるコースに乗ったらしい。
それはありがたいといえば、ありがたいけど……二人の教え方は厳しそうだ。
「やはりシズクを使うしかないな」
「え? ご主人様? なにかおっしゃいました?」
「いやいや、なんでもないよ」
ふふふ。そのうちシズクのトレース能力を使って。
きっとリアもディートも僕の上達に驚くぞ。




