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味噌一番の報酬の件

「とりあえず、ご飯にしようか?」じゃあディートはここに待っててよ。

「冒険中もトオルが作ってくれるんだっけ?」

「戦闘は任せっきりだからね。すぐに作れるものをリュックに色々と入れてきてるよ」

「へ~楽しみね」


 おあつらえ向きにここは水場だ。飲料水を消費しないで済む。

 早速、固形燃料の携帯用コンロを使って鍋に水を沸かす。

 へっへっへ。どれにしようかなあ。リア達と生活するようになってからはちゃんと自炊をしていたから食べることのなかったジャンクフードを食べようと思っている。


「袋麺の味噌一番! 今日はお前を食べてしまうことにしよう!」


 五人前も入っているのに300円だ。麺と粉末スープを鍋に入れてフリーズドライの乾燥野菜も入れてみた。

 リアがその様子を見に来る。ちなみにリアはいつも興味津々に僕の料理を見てくれる。シズクは一回見たら料理を覚えてしまう。ディートはもっぱら食べること専門だった。


「すっっっごくいい香りですね。これはなんですか?」


 リアの言うとおり、ずっと歩かされてお腹ペコペコだったからたまらない香りだ。


「味噌一番っていうんだ」

「あーお味噌汁だったんですね」

 

 リアもディートもお味噌汁が大好きになった。


「まあこれは味噌汁っていうよりはラーメンなんだけどね」

「ラーメン?」

「出来てからのお楽しみさ……もう出来るんだけどね」

「はやっ! もうですか?」

「早いのも利点なんだ。さあ取り分けよう」


 鍋で一度に作った五人分のラーメンを発泡スチロールの丼に取り分ける。プラスチックのフォークも配る。どちらも軽いから携帯に便利だ。

 シズクは僕のあぐらの上で食べさせることにした。

 暗いから大丈夫だとは思うけど、シズクは一応、僕の体を盾にして先ほどの冒険者パーティーからは影にする。


「いただきまーす」


 リアもディートもいただきますは言ったが、僕がどのように食べるか見ていた。

 少しオーバーにプラスチックのフォークで麺を巻き取り、口に入れ、すすった。


 ―ズズッズズッ。


「うーん、美味い。さすがジャパニーズインスタント麺」


 リアとディートはポカンとしていたが、やがて僕の真似をして麺をすすりはじめた。


「ん~! 食べたことない複雑な味ですけどっ」

「うん。すっごい美味しい……」


 化学調味料がタップリ入ってるだろうからねえ。

 僕のあぐらの上に乗っているシズクも味噌一番をあげるとプルプル震えて喜んだ。

 リアは少し遠慮しながらすすっていたが、ディートは遠慮なくすすっていた。大盛況だ。


「こんな早く作れるのにこんな複雑な味でこんなに美味しいなんて」

「ね~野菜もタップリはいってるし」


 二人は美味しそうに食べていたが、ちょっと作りすぎてしまったかもしれない。

 鍋に五人前入れちゃったからなあ。シズクは食べようと思えばいくらでも食べられるそうだが、普段は僕達の半分ぐらいしか食べないし。

 かなり余ってしまった。

 そういえば、例の冒険者グループも食事を食べてたようだ。

 様子が気になってちょっと後ろを振り向いてみた。


 ……見てる! 


 めっちゃこっち見てるぞ!

 そりゃそうだろう。味噌一番は麺をすする音も大きいし、香りも強い!


「ねえ。こっちの世界の冒険者って冒険の時はなにを食べてるんだっけ?」


 前に少し聞いた気がするが、今一度、聞いてみる。

 ディートがうんざりした顔で言った。


「一番いい時は乾燥フルーツに乾燥肉ね。たまにパサパサの白身魚の塩漬けとか」

「なるほど。悪い時は?」

「乾燥肉と乾燥したパンをお湯で戻したものかしら? 次は乾燥したパンを水に浸して食べる。最悪は乾燥したパンだけね。あーなにも食べられないときだってあるわ」


 それは辛い。味噌一番をすする音と香りはたまらないだろう。


「向こうの冒険者さんは四人か」

「?」


 僕はリュックから四つのプラコップに取り出して、鍋の中に残った味噌一番を入れる。

 コップになみなみとちょうど四杯分はあった。

 ディートが不思議そうな顔をしている。


「なにするの?」

「向こうの冒険者さん達にわけてあげようかと思って」

「え~やめなさいよ」

「どうせ余っちゃったんだし」


 リアはパッと顔を明るくした。


「いいですね。私も手伝います」

「おお、ありがたい」


 熱いラーメンが入った四つのプラコップを一度の運ぶのは難しかった。

 それにリアが来てくれると最悪、揉め事になったときに安心だ。


「やめといたほうがいいと思うけど」

「じゃあディートはここで待っててよ。シズクを預かっててね」


 シズクがディートの影に移動する。

 僕は精一杯の笑顔で冒険者達に近づいた。

 どうやら皆さんの食事事情は最悪の一歩手前のようだ。固いパンを水に浸して空腹をしのいでいた。


「あ、あのー。こ、こんにちは」


 十文字傷のダンさんをはじめ皆さんは明らかに疑いの目を向けている。


「お、おう」


 一応は返事をしてくれる。


「皆さん、スープを作りすぎたんでもしよかったらどうぞ」

「え?」


 ダンさんが呆けた声を出してから聞いた。


「いくらだ?」

「い、いや、お金なんか取りませんよ」


 僕はダンさんと盗賊風の男の二人に味噌一番が入ったコップを渡す。リアも他の魔法使い風の男と戦士風の男にコップを渡した。

 だが、皆、コップを凝視するだけで一向に食べようとしない。


「どうされたんですか? 伸びますよ」

「ど、毒でも入ってるんだろう?」

「えええええ」


 先ほどのディートの言葉の意味がわかりかけてきた。

 よく見るとリアも少し微笑みに影がある。こうなることを予想していたんだろうか。


「毒なんか入れてないですよ」

「な、なんでお前、モンスター言語なんだよ。それに見たこともねえ格好とアーティファクトだぞ。というか、そもそもこんな食いもん自体見たことねえし」

「あっ」


 そういや忘れてた。日本語はモンスター言語だったのだ。リアにゴブリンと間違えられた主原因だ。


「い、いやその。でも冒険者ギルドの規則で冒険者同士が争うなって決まりがあるんでしょ?」

「そりゃな。だがダンジョンの地下四層に受付嬢の目があるわけじゃない。死人に口なしって言葉もあるしな」


 死人に口なしって言葉は異世界でもあるのか。

 言っていることもまったく正論だった。他の方法で攻めよう。


「リアって冒険者ギルドのおせっかい焼きとして有名なんでしょ? 大丈夫。美味しいですよ」


 盗賊風の男が言った。


「俺はギルドの手続きでアリアさんに少しだけ世話になったことがある」


 おお。本当か。それならと思ってリアを見た。

 びっくりした顔をしていた。きっと忘れてるんだな。噂によれば、あらゆる初心者におせっかいを焼いてるらしいし。


「でもアリアさんは死んだって聞いたぜ……」


 これも忘れていた。冒険者ギルドではリアは死んだって噂になっているんだっけ。


「私、生きてますからほらこの通り」


 リアは屈伸運動をして謎の生きているアピールをしていた。

 こりゃダメかもわからんね。

 モンスター言語を話す変な格好の男、死んだと噂の騎士、そもそも見たこともない食い物。


「まあ、もし疑うなら捨てちゃってもいいですから」


 僕はトボトボと戻ろうとした。


「いや食う」

「え? だって毒って」

「この香り、さっきのズルズル音、たまらん! 死んだって構うもんか!」


 仲間の冒険者が慌てて止めるが、十字傷のダンさんはプラコップに口をつけて麺をズルズルとすすった。


「うめえええええええええ! なんだこれ!」

「でしょでしょ!?」

「おう! なんだこれ! なんだこれ!」


 香りと、ダンさんが音を立てながら味噌一番を食べ続けたからか他の冒険者達も我慢できなくなったのあろうか。


「本当だ。なんだこれ……マジで美味いぞ……」

「異様な美味さだな」


 そんななかリアに世話になったという盗賊風の男が言った。


「お前ら待て! 全部食うな!」


 ギョッとする冒険者達。毒なんか本当に入れてないと僕が言おうとすると。


「多分、このスープにさ。さっきまで食ってた岩みたいなパンを浸したらすげー美味くなるぞ」


 僕とリアは顔を見合わせてニッコリと笑った。

 冒険者達はきそって味噌一番に乾燥したパンを浸して食べていた。


◆◆◆


 休憩した僕らは冒険者達に軽く挨拶をして、地上を目指して先に出発をした。


「いやあ。驚いたわ。あのレベルの冒険者は疑り深いのよね。もっとレベルが高くなるとどこで疑えばいいか疑わなくてもいいのか判別がつくようになるんだけど」


 ディートは冒険者達が僕が持っていった味噌一番を食べたことに驚いていた。


「トオルの平和そうな感じが良かったのかもね」

「褒められているんだか貶されているんだか。花も貰ったんだよ」

「花?」


 冒険者達にお礼にと貰った花をディートに見せた。


「それ! 古代樹の花じゃない!」

「ん? 珍しい花なの? さっきの冒険者が一杯持ってたけど」

「ミドルポーションの材料よ。なるほどそういうことか」


 ディートの話によれば、古代樹の花は結構な値段がつく花なのだが、一部の冒険者しか採取場所を知らないらしい。

 ダンジョンに限らず、冒険者には他の人が知らない儲けのネタを持っていることが有る。


「つまり、これは彼らのメッセージよ。多分このフロアに古代樹の花が咲く場所があるから探せってことね。古代樹の花はきっと根に咲くんじゃないかしら」

「なるほど。味噌一番の報酬か」

「よっぽど嬉しかったんじゃないの? まあ私がいれば古代樹の花よりも効率よく稼げるけどね。また味噌一番を振る舞ってあげなさいよ」


 どうやらディートもあの冒険者達に味噌一番を振る舞った意義を認めたようだ。

 僕達は古代樹の花の香りを嗅ぎながら意気揚々と歩いた。

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