結局、皆に鍵を作ってあげた件
「え? なにどういうこと? 私は全然見えないんだけど?」
「私も見えません。リア様にはそこにドアがあるように見えるんですか?」
ディートもシズクもやはり見えないようだ。だとするとそれって。
「は、はい。見たことのないような……これがトール様の部屋に入るドアなのでしょうか?」
ディートとシズクは見えなくてリアだけが見れる。
となると、やはり。僕は合鍵ではなく、本鍵をディートに渡す。
「ディート。これ持って玄関のドアが見えるか試してよ」
「鍵? あっ! そういうことか!」
ディートは僕から鍵を受け取って凄い速度でドアがある方を振り向いた。
「あ~見えた~! この鍵があればいつでも好きにトオルの部屋に入れるってことじゃないの!? そうだよねトオル?」
思った通りだ。勝手なことを言っているディートは無視してもう少し試してみるか。
「ちょっと玄関のドアを鍵で開けられるか試しみてよ。リア」
「あっはい! やってみます!」
リアはドレスアーマーをカチャカチャさせながら玄関のドアに走り寄った。
「えっとこの鍵はこの穴に入れて回せば良いのですか」
「うん。そうそう」
異世界にはディンプルキータイプはないのかリアは少し戸惑っていたが、鍵なので入れて回せばいいと判断したらしい。
「あっ開きました」
リアが玄関のドアを半分開ける。
「やっぱり鍵を使えば、異世界人でも僕の部屋に入れるみたいだ」
他にも鍵にはなにかの効果があるんだろうか?
「あ~! 外! 空!」
「え?」
玄関から部屋を覗いているリアが指差していた。
「ひょっとして部屋の中の窓から外が見えるの?」
「はい! あれが日本ってところなのですか?」
どうやら部屋の鍵を異世界人が持つと日本人と同じ様にダンジョンからでも玄関のドアが見えたり、窓から日本が見えるらしい。
ディートも僕らの後ろから部屋の中を覗いた。
「ホントだ~トオルの部屋の鍵、すっごい便利ね」
「ディート。シズクにも見えるか試したいからシズクに渡して」
「うん」
白スライムのシズクにも見えるのだろうか?
「見えます! 日本の外の景色が見えます!」
「おお~モンスターでも効果はあるみたいだな。そうだ! ひょっとしたら! シズク鍵! 鍵頂戴!」
「は、はい」
僕はシズクから鍵を受け取る。走って鉄の扉のほうに行った。後からリア達がついてくる足音がする。
「どうしたんですか? トール様」
「リアは念のため盾を構えてモンスターが出てきたら防いでくれないか?」
「は、はい」
「ディートは鉄の扉の開閉ボタンをちょっと押したらもう一度押してよ」
「へ? どうして?」
「いいから」
リアは盾を構えて、ディートは不思議そうな顔をしながら鉄の扉を開閉ボタンを押した。
鉄の扉が徐々に上がっていく。
「お~もういい。わかった! もう一度押して閉めて閉めて!」
「う、うん」
鉄の扉が閉まり切る。
「どうしたの?」
「実はさ。ディート達が部屋の鍵を持ったらさ。今まで異世界人には見えなかった日本に行くためのドアや窓の外が見えただろ?」
「そうね。あっひょっとして」
「今までの異世界側に行けない石壁が僕にはあったんだけど鍵を持っていたら無くなっていたんだ」
どうやら事故物件の鍵は日本と異世界をフリーパスにする鍵らしい。
リア達も顔を見合わせている。実は僕にはさらに推測していることがあった。
「ところでさ。モンスターの巣穴やトラップだらけになっている時もあるけどダンジョンの中にはまるでキャンプに使えと言わんばかりに内側からしか閉められない部屋ってあるんだよな?」
ディートが教えてくれた。
「そうね。ここにそっくりな場所もあって〝宿〟って言われてるわ。あっまさか!?」
「うん。ひょっとしてそこも僕の部屋とリンクしてるんじゃないか?」
「あ、あり得るわね。調べてみる価値はあるかも」
「いやー鍵便利だなあ。ひょっとしてそっちの世界でいう貴重なアーティファクトなのかもな。リア絶対なくさないように持っててね」
「は、はい!」
リアは真剣な表情で頷いた。僕は気を引き締めて一行に行った。
「じゃあ地上に向けて出発するぞー!」
おー! という返事が返ってくると予想していたのだが。
「欲しい! 私も鍵が欲しい! 欲しい! 欲しい!」
ディートが駄々っ子のように鍵が欲しいと言いはじめた。
「え~今から異世界側の地上に行くのに……リアにだって預かってもらっただけで別にあげたわけじゃ……」
「ト、トール様、我儘いってもいいですか? ほ、欲しいなあ……なんて」
え? リア……。小さな鍵を甲冑の胸とガントレットで守るように抱きしめている。目をうるませて上目遣いで見つめられる。
「ど、どうぞ。あげます……」
「本当ですか!? 嬉し~い!」
「なんでリアだけ! 差別! トオルの差別だ!」
シズクもプルプル震えながら言った。
「ご主人様~その鍵は二つしかないんですか? 私も欲しいです~」
「う、うーん。日本の鍵屋さんで複製してもらえるだろうけど」
あっ、つい言ってしまった。ディートが気合の入った声を出した。
「鍵屋さん!? 行きましょう! 鍵屋さんへ!」
どう考えても江波さんを助けに行くよりも気合が入っている。
まあいいか。ディートにはリアを助けてもらったり、金貨を持ってきてもらったりとなにかとお世話になっている。
◆◆◆
結局、リアとシズクを部屋に置いて、またディートと日本の街へ繰り出していた。
鍵屋に入って合鍵を作れるか聞いてみる。
「二本だったら30分ぐらいでできますよ」
「そうですか。それならお願いします」
少し時間を潰さないといけなくなった。
「近くに公園でもあるから行ってみるか?」
「日本って公園なんかあるんだ」
「そりゃあるさ」
「車が通る道とビルばっかりかと思ってた」
「駅前はそうだけど少し離れれば畑もあるぐらいの街さ」
ここ立川は都内とはいえ、新宿まで30分ぐらいかかる郊外だ。都心からは結構遠い。
「そ、そうなんだ。そうよね。どこかで食料を作らないといけないものね」
「とにかく公園に行くか」
公園に着く。なにもないだだっ広い公園だ。看板を見ると紅公園という。子供達が元気に遊んでいた。
二人で芝生の上に腰をおろす。ディートは警戒しているのか耳を隠すための帽子を深くかぶり直した。微妙に僕とも距離がある。
一人でずっとパーティーを組んでいた魔法使いの習性かもしれない。
「日本って本当に発展してるのね。人や建物だらけ」
「まあね」
「戦争とかないの?」
「70年ぐらいはしてないはずだよ」
「それでこんなに発展してるのね。でも亜人もエルフも一人も見ないけど、そういう国なの?」
ああ。それで警戒していたのか。
「こっちの世界には日本以外の国も亜人やエルフはいないよ」
「え? 嘘でしょ?」
「本当だよ」
「人間が滅ぼしたんじゃないの?」
ディートの舌鋒が鋭い。ディートの人嫌いは人間嫌いということなのかもしれない。
「いや人間同士の戦争の歴史はあるけど亜人やエルフと戦った歴史なんて聞いたことないよ」
「ホントかしら」
確かにそんな歴史はないが、いや待てよ。
「神話には巨人や亜人が出てくるな。でもそれは本当の話じゃないって考えられてるんだけどな」
「そっか。いいわ。信じてあげる。ところでごめんね」
「え? なにが?」
「鍵が欲しいとか我儘言っちゃって。トオルの家なのに」
本心を言えば、ディート達だったらまた異世界に帰ってしまっても、いつでも僕の部屋に来てくれて構わない。
「僕も皆にはいつでも部屋に来れるようにしてあげたかったんだよ。鍵があればそれができる」
「トオル……ありがとう」
「日本の街も案内してあげたいしさ。立川はトンスキホーテだけじゃないんだ。映画もプールもBBQができるところもあるんだよ」
よく考えれば、異世界ではそこら中でBBQしてるかもしれないな。
「楽しそうね~」
「ディートもさ。ダンジョンは危険なんだし、パーティー組んだほうがいいよ。リアや僕も暇な時なら一緒に組むしさ」
「そうね。考えとく」
ディートは帽子を更に深くかぶって赤い顔を隠しながら僕の座っている場所に静かに寄ってくるのだった。




