一生を左右する冗談もある件
一生、忘れない御恩……なんでもする……。
こんな綺麗な人にそんなことを言われたら嬉しいし、ラッキーだけど……。
「名前も知らない人じゃないか」
僕は無意識に口に出してしまった。
「も、ももも申し訳ございません。失念していました。私の名前はアリア=エルドラクスと申します」
「アリア、エルドラクスさん? 結構ごつい名前ですね」
「気軽にリアとお呼びください」
気軽にって言われても……。
こんな美人に難しい相談だ。
リアさんはなんとか上体を起こそうとしている。どうやら座ることはできたようだ。
「はぁはぁ……大分、マヒ毒が消えてきました」
「そうですか。よかったです」
「ところで大賢者様のご尊名を教えて頂けないでしょうか?」
「ごそんめい? あー名前か。すず」
鈴木透と言おうとして踏みとどまった。
アリア=エルドラクスという名前に鈴木ではいかにも不釣り合いなのではないだろうか。
日本中の鈴木さんごめなさい。
と、心のなかで謝りつつ言った。
「トオル……いや、トールです」
「トール様。素敵な名前ですね」
決して女性から名前で呼ばれたかったわけではないんです。
嘘です。名前で呼ばれたかったんです。
日本中の鈴木さんに再度謝る。
「それにしてもトール様はこれほどのアーティファクトを開発なさっている大賢者様でいらっしゃいますのに随分とお若いんですね」
「え? アーティ?」
あー現実世界で急に言われたからわからなかったけど、僕がよくやるゲームやラノベに出てくるアレか。
要は魔術師が作るマジックアイテムのことだ。
中世の人がこの部屋を見たらきっとアーティファクトだらけだと思うに違いない。
しかし、話はアーティファクトについてでは無かった。
ダンジョンの深奥で隠遁生活を送る大賢者たる僕の年齢が若いということだ。
天使のキョトンとした顔が、不審の恐怖を見せる前に誤魔化さなくてはならない。
「えーとえーと……旧帝をやめて……それで……」
「宮廷?」
「あーそうそう。宮廷魔術師に六歳でなったんだよね!」
まあ実際は地方の旧帝大に入ったのにとある事情で中退して、東京に出ればなんとかなると考えて立川市に移り住んで、さらに家賃の安いここに引っ越したわけだが。
「でも中退して……辞めてですね。それで趣味、いや魔術に打ち込もうとね」
「そうだったんですか」
「だから僕はまだ21ですよ」
「そんなにお若かったんですね! それなら私と三つ違いです」
ん? リアは24歳なのか。
いや違う。あまりに綺麗で気品があるから年上かと思ったが、笑顔は可愛く幼さも残っている。
24歳ということはない。なら……。
「リアさんは18歳?」
「はい!」
へ、へぇ。18歳か……いいね。
命がけで助けてよかった。そう言えば。
「体は大丈夫?」
「ええ。マヒ毒ですので時間が経てば直ると思っていました」
なるほど、マヒ毒とは時間が経てば直るのか。
自宅とダンジョンが繋がっている僕としては重要な情報だ。覚えておこう。
もっとリアから情報を聞き出してもいいかもしれない。
「いつモンスターに襲われてもおかしくない状況下で、意識があって目も見えるのに体が動かなくって……本当に本当に怖くて……」
リアはブルっと体を震わせた。
そりゃ怖い。それでおしっこをしてしまったのか。
あっそうだ。
彼女は動けない体で、きっと気持ち悪い思いをしているに違いない。
「ちょっとお風呂にお湯張ってくるね」
「え? お風呂? ダンジョンに!? でもそんな、悪いですよ」
「いーからいーから」
まさか引っ越しして初めてのお風呂を女性、いや、女の子に使わせることになるとは。
いつか彼女を作って使わせたいとは思っていたけれども。
ありがとうダンジョン。
「ふむふむ。追い焚きはできるけどお湯はりは自動じゃなくてカランでするタイプか。お湯を入れて……」
リアのいる和室に戻るか。
そろそろマヒも抜けて歩けるようになっているかも。
「って、えぇぇ!? なんで土下座!?」
和室に戻るとリアは土下座をしていた。
しかも思いっきりプルプルしとる。マヒがまだ抜けきってもいないのになんでそこまでして土下座!?
「も、もももももも申し訳ございません。お風呂と言われたので気がついたのですが……私なんてみっともないことを……」
どうやらお漏らしをしてしまったことに気がついたようだ。
「いや……マヒしたらトイレもできなかったでしょ。僕も驚かせちゃったからしょうがないですよ」
そう言うと彼女は急に真っ赤な顔をガバッとあげて僕の腰の辺りを弄りだした。
「ぬ、濡れている」
びっくりした。謎の行動は僕の服が濡れてるかの確認だったようだ。
「あぁ……リアさんを背負って運んだからさ」
「だ、大賢者様のお召し物に……なんということを……」
「ま、まあまあ。そういう時もあるよ」
「ありません!」
そりゃそうだ。
大賢者におしっこをひっかけるとか無いだろう。
彼女は急にボロボロと泣き出した。
「す、すいません。大きな声を出してしまって……」
「いや、いいんだよ」
「お召し物を汚してしまったことを許して頂けても……もうお嫁には行けませんね」
あ、あー……なるほど。大きな声出したり、泣いてしまった理由はこれか。
厳格な騎士の家とかだったらそういうこともあるのだろう。
「行けなかったら僕が貰うよ……」
「えっ?」
げええええええええええ。なに言ってるんだよ。
彼女があまりに凹んでいるから元気づけるためについポロと言っちゃったよおおおおおぉ。
こりゃ嫌われるぞ。最悪、闇の魔導師が復活する恐れまである。
現に彼女は先ほどに輪をかけてキョトンとしている。
「な、なななななななに言ってるんですか!? 大賢者様」
彼女は真っ赤な顔をして顔をそらしてしまった。
いかん完全に怒らせたかもしれない。
「いや、ま、まあさ。冗談……かも……ねえ……」
急に彼女が振り返る。
その顔は美しいが、肉食獣の獰猛さを見せていた。
これが女騎士の本性なのか。
「冗談……なんですか?」
「いや、言っていい冗談と悪い冗談ってありますよね」
彼女は笑った。だがなにか威圧感を感じる笑顔だ。
「そうですよ。男子に二言は無いですよね」
「そ、そうそう男子に二言はない」
リアはとりあえず笑っているのだ。
理解は追いつかないが、合わせておくしかない。
彼女はまた真っ赤になってそっぽを向いた。
「お風呂行って来ます。何処ですか?」
「ああ、待って待って。いろいろ教えることがあるから」
僕は彼女の手を引っ張って立たせてあげる。
顔をそらしてはいても手を引っ張っても撥ね除けられたりはしなかった。
「あ、ありがとうございます……」