トオル大激怒の件
クラインさん、バーニーさんとパーティーを組んでからのダンジョン探索は楽だった。
「本当にリアの盾は鉄壁だなあ。今まで防御スキルを持っていない俺が壁役もしてたから攻撃が楽で仕方ないよ」
クラインさんはそれなりの腕前の剣士だった。
私は敵の攻撃を防いでいれば、彼は間違いなく敵を剣で斬り伏せてくれる。
「なに言ってるんだよ。複数の大ねずみから攻撃を受けていた時、クラインが早く攻撃しないからアリアさん大変だったんじゃないか? 俺が魔法で薙ぎ払ったからよかったけど」
バーニーさんの魔法もなかなか冴えていた。本人は支援魔法中心と言っていたが、攻撃魔法も威力があった。
「なにを!? お前だってバーニー」
「まあまあ。アーティファクトも見つかっていい値段で売れたのでよかったじゃないですか」
「だな。今夜はギルドの酒場に行こう。皆で一杯やろうぜ」
冒険者は皆お酒が好きだが、私はほとんど飲んだことがない。
「私はお酒は……」
「なに言ってるんだ。今夜はリアも必ず来いよ」
「ちょっクラインさん!」
クラインさんはそう言って先に宿に行った。残されたバーニーさんが笑う。
「あれがアイツの精一杯なのさ」
「え?」
「とにかく今夜は来てくれよ」
「えぇ。わかりました」
◆◆◆
その夜はなにか特別な話でもあるかと思ったけど、いつものダンジョン探索の話だった。
「俺達の連携もかなり良くなってきたと思うんだ」
「そうですね。私もやっとクラインさんと攻撃と防御の連携が噛み合って来たと思います」
笑顔だったクラインが真っ赤になった。
「え? 私、なにかクラインさんに失礼なことを言ってしまいましたか? 少しだけお酒が入っているのでご容赦ください」
「い、いや。そうじゃねえよ」
私達のやり取りを見てなぜかバーニーさんがニヤニヤと笑っていた。
「リ、リア。それで俺は考えたんだけどさ」
「は、はい」
「五層を探索しないか?」
地下五層? 私の感覚ではまだ早いように思われた。私以外の二人のレベルの向上か、パーティーメンバーの追加、いずれかが必要だ。
「クラインさん。私達では五層はまだ危険です」
「でも五層ならさらに稼げるぜ。リアには金が必要なんだろう?」
「ご存知だったのですか……」
二人に直接は言ったことはないが、ギルドの酒場には私がダンジョン探索をしている理由を知るものは少なからずいる。
きっと誰かから私の事情を聞いたんだろう。背を預けることになる者なのだから当然だ。
私も二人の事情を知ってしまっている。
「す、すまん」
「い、いえ。別にいいんですよ。隠しているわけでもないですし」
クラインさんが気になされないように笑って答える。
「お、俺もさ。金を一杯稼ぎたいんだ!」
「そうですよね。お金は必要です」
「そ、そうじゃねえ! 俺も孤児院を……お前と一緒に……」
「え? お前って私ですか?」
「い、いやなんでもねえ……金だ。ともかく金が欲しいんだよ」
クラインさんの言う事はイマイチ要領を掴めない。それにお金は必要だけど、五層のモンスターは危険だ。
「五層からは敵のバリエーションが増えるんです。万が一を考えてせめてパーティーメンバーを一人追加ししませんか?」
「俺達と組んでくれるヤツなんかいるか!」
クラインさんが急に机を叩いた。
「クライン! アリアさんに八つ当たりするんじゃねえよ!」
「あ、あ……すまねえ」
どうやら私はクラインさんの傷に触れてしまったようだ。申し訳ないという気持ちが先立ってつい言ってしまう。
「五層、行ってみますか?」
「ホ、ホントか?」
「えぇ。でも通用しないと思ったら絶対に退却しますよ」
「そりゃもちろんさ。なあバーニー」
「ああ、馬鹿が調子こいたら殴っててでも連れて帰るよ」
◆◆◆
大ムカデの外殻に弾かれて、クラインさんのヒビが入った鉄の剣が折れる。
「くそっ! 安物め!」
無防備になったクラインさんをオオムカデが襲う。既のところで大ムカデの頭を私が盾で受け止めた。
「アイスウィンドォ!」
バーニーさんの氷雪魔法が発動してオオムカデの足を止めた。チャンスだ!
クラインさんの足元に真銀の剣が刺さるように投げた。
「クラインさん。使ってください!」
「っ! サンキュー!」
クラインさんがオオムカデの懐に踏み込んで一刀のもとに首を切断した。
「ふー危なかったな」
「お前がちゃんと武器を整備してないからこんなことになったんだぞ!」
バーニーさんがクラインさんに怒鳴る。それもあるかもしれないが……。
「いいえ、やはり地下五層では私達はまだ力不足なんですよ」
バーニーさんが私に謝る。
「すまねえ。俺達二人がアリアさんと同じぐらい力があったら……完全に足を引っ張っちまっているな……」
「そんなことないですよ。私だって一人だけではここにいれませんし。さあ、食料も少なくなっているし退却しましょう」
いつもは軽い調子で笑っている二人も真剣に頷いた。
「リア、地上に戻るまで剣を借りていいか?」
「もちろんです。私が壁役で攻撃役はクラインさんですから。頼りにしてます」
そう。この時までは実際にクラインさんを頼りにもしていたのだ。
「ありがとう。それにしてもこの剣めっちゃ斬れるな」
「真銀の剣ですから」
「真銀!? そ、それってミスリル100%?」
「はい! 騎士だった時にお仕えしていたモニカ様から賜った思い出の剣なんです!」
「へ~じゃあ大切にしないとな」
そんな会話をしながら私達は帰路に向かっていた。
横穴から一匹のゴブリンが現れる。
「キキ―ッ」
雑談をしていても油断しているわけではない。
クラインさんはすぐに飛び出て逆袈裟にゴブリンを斬った。ゴブリンは一撃で倒れる。しかし私には違和感を感じた。
「この剣ならオークにも楽勝かもな」
「クラインさん。浅いです!」
「え?」
クラインさんの鉄の剣は折れたことを考えて長い間使っていたのだろう。その鉄の剣よりも、真銀の剣は少し短かった。
間合を誤ったクラインさんの斬撃は浅く、ゴブリンを即死にいたらしめなかったのだ。
ゴブリンは死ぬ前にクラインさんに吹き矢を飛ばした。
盾で防ぐのは重みで間に合わない。剣で矢を弾くにもそれを貸してしまっている。私は咄嗟に吹き矢を空いていた右手の手の平で受け止めてしまった。
「ぐっ」
体が一瞬で重くなる。マヒだ。バーニーさんがゴブリンを蹴り上げ、クラインさんが今度は頭蓋を両断した。
「す、すいません……こんな深い階層でマヒ毒を受けてしまったようです」
「リ、リア!」
「どけ!」
私の周りでおろおろするばかりのクラインさんを突き飛ばして、バーニーさんが私に毒消しの魔法を唱える。
けれど体のしびれは強くなるばかりでまるで治らない。
「だめだ。俺の魔法レベルじゃ効果のないマヒ毒だ……」
クラインさんが絶望的な顔をする。
この手のマヒ毒は早くても一日は動けない。寄ってくるモンスター相手に動けない私を守りながら二人で一日以上耐えないといけないのだ。
それはほとんどパーティーの全滅と同じ意味だった。
私を担いでいく手はもっと危険だ。足手まといを守りながら、一人で襲い来るモンスターに対応しなければならない。
「解毒魔法を続けろ! バーニー!」
クラインさんが叫んでもバーニーさんはもう解毒魔法をしなかった。
私にはバーニーさんがもう解毒魔法しない理由がわかる。
「おい! バーニー聞いてるのか?」
「地上に帰るための魔力を少しでも温存しなくちゃらない」
「なっそりゃそうだが? リアを回復させなきゃ戻るに戻れないぞ」
「……アリアさんは置いていくしかない」
クラインさんがバーニーさんを胸ぐらをつかむ。
「って、てめえ!」
普段のクラインさんならきっとバーニーさんを殴り飛ばしたはずなのに、と思うのはもう私が弱くなっているからなのかな。
「やめてください。クラインさん」
「リ、リア」
「バーニーさんの言うとおりです」
クラインさんがバーニーさんの胸ぐらをつかんだ手を離してしゃがみ込む。
「〝冒険者ギルドの原則〟のなかにこのような緊急事態についてあったを覚えていますか? 動けなくなった仲間から必要なものをとって、モンスターが集まるから一刻も早く立ち去れと」
バーニーさんが立ち上がった。
「さしずめ必要なのは食料と……剣だな……」
私は壁役なので三人分の食料を運んでいた。それをバーニーさんが受け取る。私は満足に動けないので見届けるだけだが。
「さようなら。アリアさん。色々とありがとう」
「こちらこそ……バーニーさんも帰路決して油断しないでくださいね」
二人も地上まで辿り着けない可能性はだって高いのだが、冷静なバーニーさんがいれば大丈夫だと思える。
今の自分には彼らがいなくなってからも、無事を願える余裕があるかはわからないが。
「クライン。お前もアリアさんに最後に挨拶していけよ」
クラインさんはまだ座り込んでいた。
上げた顔は涙でクシャクシャだった。
「リア! 俺はお前のことが●☓▼□※◯!」
聞き取りたくなくて言葉が入って来なかったが、意味は理解できた。
どうやら私は物凄く鈍感な女らしい。思い当たるフシは色々あったのに、言われるまでそれにまったく気づけなかった。
しかし、捨て置かれる状況で言われてもまったく嬉しくない。「そんなこと今言わないでよ。卑怯者!」と叫び返しそうになるのを耐えるので精一杯だった。
「じゃあな。リア」
クラインの最後の挨拶に痺れる顔でなんとか笑顔を作る。ぎこちなくても罪はないよね。
バーニーさんがクラインの腕を掴んで地上がある方向に歩き出す。
ひょっとして余裕のあった私だけが地上への道を把握してるのではないかと淡い期待を抱いてしまったが、バーニーさんも把握していたらしい。さすがだ。
二人が消えた。私の方も、私のすべてが恐怖とマヒ毒に支配される前に足掻かなくてはならなかった。
「嘘か本当かわかりませんが、最後にゴブリンやオークに襲われるのは避けたいです」
石壁を杖になんとか体を起こす。
歩きながら涙が零れた。
「クライン。剣はモニカ様との思い出だって言ったじゃないですか。置いていってくださるものだと」
理性では剣が無ければ、二人が確実にこの状況を切り抜けられないことはわかっている。
しかし愚痴らなければ、足に力ももう入らなかった。
「ア、アレはひょっとして〝宿〟かも!」
宿とはダンジョン内にあって内側から扉を閉められる構造の空間のことだ。
だれが用意したのかヨーミの迷宮にはそういった場所が時たまあって安全にビバークできるのだ。
「けどモンスターの巣穴になっていることもありますよね。トラップだらけの場合もあるし」
それでもゴブリンやオークの巣穴になってなければ当たりだ。
完全に感覚を失った足をなんとか引きずってなんとか宿の中に入る。
やはり扉を閉めるボタンがあった。
そのまま倒れ込んでそろそろ油のきれる松明で部屋内を見る。
「奥までは見れないけどどうやら大当たりみたいですね」
ひょっとしたらマヒ毒が直るまでここで倒れていられるかも。それでも剣もなく食料も無いので死は確定ですが……ゴブリンに汚されてから死ぬよりはずっとマシです。
◇◆◇◆◇
「あははは。お恥ずかしい。それからはただただ暗闇とモンスターに怯えていました。マヒ毒は意識はしっかりしていて別に眠りは阻害しないんですが、眠るのはとても無理でした」
ディートはずっと無表情でリアの話を聞いていた。
「石壁から石ころ一つ崩れる音に……怯えて泣いていました」
僕は自分がどんな表情をしていたのかわからない。
「だからトール様をゴブリンと間違えちゃったりして……実際にはここで凄く優しくしてもらって……気がつくとダンジョンに入るだけで怖くなっていたんです……剣を持つともう……」
ディートが憎々しげに言った。
「クラインが〝冒険者ギルドの原則〟でアナタの剣を受け継いだってギルドの酒場の噂になっていたから知ってたんだけど、詳しい状況を聞くと返す返すもクズね」
「でも私の方だって倒れてからは去った二人の無事を考えられなくて。いえ、逆を願ったかもしれないです」
リアはそう言って顔を伏せた。
「リア、当たり前じゃない。そんなことを気にしてるの?」
「……」
「呆れた。そんなことよりもクラインをぶん殴って剣を奪い返してあげる!」
「ちょっちょっとディートさん。もう剣はクラインのものですよ。〝冒険者ギルドの原則〟はフランシス国の法律にだって認められてるんですからディートさんのほうが罰せられますよ」
「だって許せないじゃない! ねえトオル!」
「トオル様もディートさんを止めてください!」
ディートが僕に話しかけてきた。だが僕はなにも答えられなかった。
「ト、トオル、トオルってば。小刻みに震えちゃってどうしたの?」
「ト、トール様、トール様、大丈夫ですか?」
「許さん……」
「「はい?」」
僕のつぶやきに二人が顔を見合わせる。もう自分を止めることができなかった。
「その二人許さあああああああん!」
二人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして驚いていた。
「い、いつものほほーんとしているトオルがキレた」
「ト、トール様。許さないと言われても冒険者ギルドもフランシス国の法律も許しているので」
そんなこと知るか!
「冒険者ギルドが許そうが、フランシス国の法律が許そうが、天国のおばあちゃんと俺が許さあああああああああああああああん!」
リアが声をあげる。
「えええええ? おばあちゃん? 俺? 許さないってどうするんですか?」
「痛い目を見せてやる!」
「痛い目を見せてやるってトール様、彼らは別に」
ディートも僕に賛同した。
「私もやらせてもらうわ!」
俺は頷いてからベッドの方に声をかけた。
「シズク、お前もやるだろ?」
ベッドからシズクがプルンと飛び出る。
「ご主人様が決起するのを……シズクは……一日千秋の思いで……待ち望んでいました!」
「えええ!? これ白スライム!? 白スライムがなんでこんなところに!?」
俺はディートと手を重ね合わせる。その上にシズクが乗った。
「リアを泣かせた卑怯者に痛い目を見せて剣を取り戻すぞー!」
「エイエイオー!」
奴ら許さんと気勢を上げてると俺は急に横からタックルを受けてベッドに押し倒される。
「いっててて、誰だよ!」
かなり、というか物凄く痛かった。力は江波さんよりも強い。
「トール様、トール様!」
よく見れば、リアだった。
顔を僕の胸に押し付けてくる。僕のシャツは濡れていた。
ディートとシズクは僕に決意の表情を見せてから洋室を出ていった。
二人が出ていってからリアが僕の胸に顔を押し付けたまま聞いてくる。
「もしトール様だったらどうしてたんですか?」
やや唐突だったが、僕はリアの聞いたことの意味がわかる。
「モンスターに一緒にやられてもリアを背負っていたよ」
リアが胸から顔を離す。優しい笑顔だった。
「もちろん知ってました。ふふふ」
リアは軽く髪を整えて騎士としての表情を作った後に口を僕の口に重ねた。




