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女騎士の思い出の件

 洋室にリアが入ってきた。シズクがササッとベッドのなかに隠れる。

 その姿はクレープの甘みに泣いていたリアではなかった。

 毅然とした態度で騎士然としていた。


「私のことですから私が話します」


 リアの決意を感じられるようなハッキリとした口調にディートが慌てる。


「べ、別に話したくなければ……」

「いえ。聞いて欲しいんです」


 ディートは自分が冒険者ギルドの酒場で噂を聞いたとか口走ったからと思ったのか、まだ止めていたがそういうことでもなさそうだ。


「僕もリアの事情を聞きたい。話してもらっていいかな?」


 リアが静かに頷く。それを見て僕はディートに言った。


「ディート、聞こう!」

「え、えぇ」 


 僕もディートも話を聞く態勢を作った。

 リアは立ったまま、話しはじめた。


「私がこのようになってしまったことの原因を話すには、私がダンジョンでお金を稼ぐ冒険者になった理由を話さないといけません」


 異世界において、このヨーミのダンジョンのあるフランシス王国にはカーチェ伯爵家という名門貴族の家があったらしい。


「私の生家はカーチェ家に仕える軍事貴族のエルドラクス家でした」


 リアはその名門貴族に仕える武門の家だったらしい。男兄弟は生まれずにリアが家督を継ぐことになったらしい。


「ただ私が生まれた頃には名門のカーチェ家は度重なる不作による領民への施しで経済的に傾いていました。そして奇しくもカーチェ家もエルドラクス家のように女児しか生まれなかったのです」


 リアの家のような下級の貴族なら当主が女性でも許されたが、没落しているとはいえ伯爵家の当主が女性ということは認められなかったようだ。

 リアの妹のようにして育ったモニカ・カーチェは公爵家に嫁ぐことになり、カーチェ家の歴史は幕を閉じることになる。


「十六歳のモニカ様が公爵家へ嫁ぐ日、私に剣を下賜なさったのです」


◇◆◇◆◇


「リア。アナタとアナタのお父様のカーチェ家への長年の忠誠にはとても釣り合わないのだけど……この剣を貰ってほしいの」

「こ、これはすべてミスリルでできた真銀の剣? カーチェ家の宝剣では!? 受け取れません! モニカ様」

「嫁ぎ先に剣なんか持っていったら追い返されるわ。リアに受け取って欲しいの」

「……」

「リアも旦那さんを持つことになったら売っちゃってもいいからね。じゃあ」


◇◆◇◆◇


「真銀の剣はあまりに高価で剣の一部にしか使われないミスリルを剣の全てに使った宝剣です。カーチェ家がどんなに経済的に厳しく成った時でも手放さかったのに」


 その日からカーチェ家に仕える騎士はいなくなった。

 代わりにカーチェ家の旧領に溢れた孤児を経済的に支援する冒険者が誕生したのだ。


「形としてのカーチェ家が無くなったからと言って、私にはカーチェ家への忠誠を捨てることができなかったのです。できることはなにかと考えた時、私はどちらかというと頭よりも体のほうが……」


 体はたしかに良い。いやいや。そういうことじゃなくて頭を使って商売するよりも、冒険者として体を使って稼ぐ方が向いていたってことだよね。

 たしかにリアは少し脳筋っぽいというか単純なところがある。


「冒険者なんてほとんどならず者や兵隊くずれよ。元犯罪者も結構いるのに、美人の元女騎士様が冒険者ギルドに登録したのは酒場でも噂になってたわ。そんな事情があったのね」


 ディートはリアが元騎士だとは知っていたらしいが、冒険者になった詳しい経緯までは知らなかったようだ。

 

「ディートさんも有名でしたよ。ダンジョンを管理している〝冒険者ギルドの原則〟では安全のためにパーティーを組んで探索するって書いてあるのにいつも一人で探索しているエルフの魔法使いさんがいるって」

「私は独りで探索できる実力と経験があるからいいのよ!」


 なるほどね。それで〝独り魔法使い〟って言われてたのか。

 ディートのことも心配になる。事実、出会った時は毒に殺られて死にそうだったのだ。


「ディート。僕とリアと一緒に探索しようよ」

「やーよっ」

「ダンジョンマスター目指すんだろ?」

「ふ、ふんっ……まあ考えておくわ」


 リアがポカンとした顔をしている。


「トール様、なんですか? ダンジョンマスターって?」

「い、いや。なんでもない。話を続けて続けて」

「……」


 リアは言葉を詰まらせた。ここから話したくないことがあるのかもしれない。

 よく考えれば、僕がリアに出会った時、彼女は真銀の剣を持っていなかった。

 そしてディートにパーティーを組むことを勧めているにも関わらず、一人でダンジョンで倒れていたのだ。

 おそらく、ここからがリアが話しにくい本題になるんだろう。

 リアはゆっくりと語りはじめた。


◇◆◇◆◇


「リアさん、本当にお世話になりました」

「いえ、皆さんもお元気で」


 ほとんど指導に終止した初級冒険者達とパーティーを解散した。いわゆる半農冒険者で畑仕事が暇な時期に少しだけお金を稼げれば良かったようだ。

 彼らは良い人ではあったけれど実力的にダンジョンの二層より深い階層は探索できなかった。

 新しいパーティーは強い人と組みたかった。できれば四層か五層を探索できる冒険者が望ましい。


「ディートさん。私と組みませんか?」

「また来たわね。お節介騎士様が。生憎だけど〝冒険者ギルドの原則〟は聞き飽きたわ」

「いや、そうではないんですよ」


 どうやら〝冒険者ギルドの原則〟でダンジョンの探索は安全のためにパーティーを組むことを勧めているから、私がディートさんを誘っていると思っているらしい。

 そうじゃない。お金を稼ぎたいからだ。ここ三週間は半農冒険者の指導のような探索になってしまったため、お金をほとんど稼げなかったのだ。

 間違いなく、孤児院の子供達の食事は貧しくなっているだろう。


「昼間からお酒飲んでないで私とパーティーを組んでくださいよ」

「いやよ。私は誰ともパーティーを組まないって決めているの!」


 その時、二人組の若い男の冒険者が酒場に入ってきた。


「俺達、二人じゃ三層までで限界だな」

「ああ、四層からはどうしてもキツイ。四層に潜れれば稼げる額が全然違うんだけどな」


 二人の会話が聞こえた。私はこの頃には冒険者を見れば、その実力の程が推測できるようになっていた。かなりの手練だと思う。

 しかし、なぜ二人なのだろうか? パーティーは三人以上ではじめて機能すると言われる。

 攻撃、防御、支援といった連携を作ることができるからだ。

 二人パーティーと三人パーティーでは天と地の差ができる。


「ディートさん。あの二人は? あまり見ない顔ですけど」

「あ~あの二人は隣国から逃れてきたクラインとバーニーよ。〝卑怯者〟ね」


 卑怯者というのは徴兵や戦場を逃げて犯罪者になった人のことだ。冒険者にはたまにいる。しかし国に戻れば手配されていることもある歴とした犯罪者なのでパーティーを組んでくれる人は少ない。


「私、彼らに話しかけてきます」

「えぇ? ちょっと止めなさいよ」


 私は二人が座る小さな円卓に座った。


「ご一緒させてください」

「ア、アンタはお節介騎士のアリア……さん」


 私は彼らのことを知らなかったが、どうやら彼らは私のことを知っていたらしい。


「お、おい! クライン」


 なるほど。私をお節介騎士と言った戦士風の若い男がクラインさんで、それをたしなめようとしている魔法使い風の若い男がバーニーさんらしい。


「いいんです。バーニーさん」

「俺の名を……知ってるのか。知ってて話しかけてるってことかい?」

「はい。どうして冒険者をやってるかってぐらいは」

「お、おい。バーニー。こんな高貴な人が話しかけてきてくれてるのにそんな言い方しなくたって」


 クラインさんのほうが単純で、バーニーさんのほうが少し慎重な性格らしい。


「クライン、黙ってろ。それでその高貴なお方がどういったご用件で?」

「私とパーティーを組んでくれませんか?」

「「え?」」


 クラインさんとバーニーさんが顔を見合わせている。


「ちょっちょっとアリアさん。わかってるのか? 俺達は故郷に帰れば犯罪者になってるかもしれないんだぜ」


 クラインさんが酒場中に響き渡るような声で犯罪者と言ってしまう。

 バーニーさんは渋い顔を見てからクラインさんもあっという顔をしてから頭を伏せた。


「だからアリアさんとパーティーを組むことなんかできないぜ」

「クラインさん。戦争を避けることのどこが卑怯で犯罪なんですか?」

「卑怯なことは罪だぜ」

「人を殺さなかった勇気でもありますよ」


 クラインさんと私のやり取りはずっと続いたが、彼らに罪があるかないかの結論は出なかった。

 それを見ていたバーニーさんが笑いながら手を叩いた。


「ははは。そんなことどうだっていいじゃんかバーニー。人手不足で困っていた俺達が剣の腕で名を馳せる騎士様を断る理由はないだろう?」

「そりゃそうだが」

「しかも、こんな綺麗な人の申し出なんだぞ。断ったら罰が当たる」

「い、いや……お前そんな……ま、まあな」


 こうして私はクラインさんとバーニーさんとパーティーを組むことになった。

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