バナナチョコクリームはやはり半分以下になっている件
更新遅くなってすいません。
月間1位になりました。ありがとうございます!
こっそりと和室の窓から自宅に戻る。
「ディートは押し入れに隠れててよ。シズクと交代してもらうからさ」
「うん」
ディートを押し入れに隠して洋室に行くとリアはもうベッドから起きていた。
「あっただいま~」
リアは僕に気がつくとすぐに頭を深々と下げる。
「申し訳ございません。また運んで頂いたり、寝かせてもらったり」
「いや、そんなことは別に。体は大丈夫?」
「はい! もう大丈夫です! ご心配かけて申し訳ございませんでした」
いつもの明るく、かつ凛としたリアに戻っていた。
「よかった~それならクレープというデザートを買ってきたから皆で食べましょう」
「はい!」
遅い時間に女性にデザートをすすめていいのか迷うが、リアもディートも戦っているので無駄な肉はない。ちょっとぐらいいいだろう。ちなみに無駄な肉はなくても胸やお尻には素晴らしいお肉がついてる。
ディートに変身しているシズクにディートを呼んできてもらう。
ちなみにシズクはネットで知ったプリンを以前に食べたいと言っていたので、クレープはプリンショコラクリームをあげた。
ダイニングテーブルの席に僕、リア、ディートで座った。
三種類のクレープをテーブルに並べる。
「とっても良い甘い香りです」
どうやらリアは食欲もあるようだ。やはり体のほうは心配ないのだろう。
「皆はどれを食べる?」
「はいはいはい! 私、バナナチョコクリーム!」
僕が呆れた目をディートに向ける。
「うっ……なによ?」
リアに選ばせてやろうという意味の視線だ。リアが笑う。
「ディートさん、お好きなの選んでいいですよ」
「ありがとー♪」
ディートが嬉しそうにバナナチョコクリームを受け取った。まあいいか。
「リアはいちごショコラクリーム、ブルーベリークリームのどちらがいいですか?」
「トール様が先にお決めになってください」
「うーん。僕はどっちも好きだし、どっちでもいいですよ」
「それなら、いちごショコラクリームをいただいてもいいですか?」
「うん。どうぞ~」
三人がそれぞれ選んだクレープを手に取る。
同時に「いただきます」を言って、僕はブルーベリークリームにパクついた。
「うん。ブルーベリーの酸味が利いてて」
「ん~~~! 私のバナナチョコクリームもこの黒いチョコっていうのの苦味が甘みを際立たせてたまらないの!」
ディートは本当に美味しそうにパクパクと食べていた。
リアも喜んでくれるといいんだけど。ところがリアを見ると一口も食べていない。
「リア……どうしたんですか? お腹一杯ですか?」
確かに倒れる前に皆ですき焼きを食べているけどクレープぐらいは入ってもおかしくない。
やはり体調が悪いのだろうか?
「あっいえ。食べます」
リアは一口、クレープの端を食べる。
「う。うぅぅ……」
リアが急に泣き出す。
「え? ど、どうしたんですか?」
理由を聞いてもなかなか返ってこない。
ディートが慌てて自分のクレープをリアに差し出す。
「ご、ごごごごごめんなさい。バナナチョコクリームのほうがやっぱりいいよね?」
ディート……それは違うんじゃないか。
しかもディートのクレープは半分以上食べてあって、リアはまだ一口しか食べてない。
「い、いえ違うんです。ディートさん」
「え? そ、そうなの? じゃあどうしたのよ?」
リアは少し間を置いてクレープを食べながら言った。
「クレープがあんまりに美味しくて……足手まといの私なんかに皆さんがあんまり優しいので……」
ディートと顔を見合わせる。
「い、いや、誰でも調子悪くなる時はあるんだから気にしないでください」
「そ、そうよ。私なんかお酒飲む度に他の人に飲め飲めってしつこく強要しちゃうし」
ディートと酒を飲む時は注意しよう。リアは泣きながらクレープを食べていた。
ディートと二人で慰めていると最後には笑ってくれた。
◆◆◆
リアの体調はなんの問題も無かったので、買ってきた布団でディートと二人で和室で寝ることになった。
洋室の立派なベッドには僕が寝てくれという悲しい気の使われ方をした。
布団を三組買ってくればよかったかな。
ベッドに入ってもリアの泣き顔が思い出されてなんとなく寝れない。ぼうと横になっているとスタイルの良い女性のシルエットがやってきた。
なにか抱えてもいるようだ。
「トオル、寝ちゃった?」
「ご主人様~」
どうやらディートとシズクがやって来たようだ。女性のシルエットからプルンとした影が落ちて僕のほうにすり寄ってきた。
「起きてるよ」
「少し話せる?」
「ああ、うん。いいよ」
話はリアのことだった。
僕がベッドの端に腰をかけるとシズクが膝の上に乗った。ディートも隣りに座る。
「どうもリアはトラウマ自体も気にしているみたいなんだけど、それで私達に迷惑をかけていると思っているみたいなの」
「別に……迷惑だなんて。江波さんのことは根拠はないけど急がなくても大丈夫だと思うし」
話を聞けば、オークは相当強いモンスターらしい。江波さん自身も元力士だしな。
「まあ私も大丈夫だと思うわ。賞金が上がっていくと怖いけどね」
「そ~そ~。僕もリアが回復する間にパソコンでレベル上げできるしね」
「え? 前に言ってたこの部屋でレベルを上げる罠はもうできたの?」
待ってました! ディートに見せたかったんだよね。
「できたよ。プロトタイプだけど」
「見せて見せて!」
ダンジョンの様子を映すモニターとパソコンの電源を入れる。
「え? これって白黒だけどひょっとしてダンジョンなの?」
「ピンポーン。これが鉄の扉で、その前になにか落ちているだろ」
「ゴミ?」
「ゴミじゃないよ。ペットフードだよ。犬や猫の餌さ」
「あー貴族や猟師がたまに飼ってるわね」
「そうそう。これがモンスターを集めるのに効くんだよ」
鉄の扉を開閉するようにセットしたロボットアームを動かすソフト起動する。
「見てろよ。オープン・ザ・ドア!」
右クリックを一回押す。
モニター上の鉄の扉が開き出す。
「え? え? え? どうなってるの?」
ディートはここから扉を開けるだけでも驚いている。
「驚くのはまだ早い! さあ、食べに来いモンスター! やった!」
ペットフードを撒いたままで放置していたので、匂いが充満していたのかモンスターはすぐにやってきた。しかもオオムカデだ。
「オオムカデじゃない。玄関前で襲われたらトールじゃ危ないから倒しに行くわね!」
「慌てない、慌てない。今だ!」
もう何十回とやっているのでオオムカデがどれぐらいペットフードを食べれば夢中になるかタイミングを掴み始めている。
もう一度、右クリックをすると鉄の扉が閉まりだす。それでもペットフードを貪っているオオムカデは逃げない。
「え?」
ディートは鉄の扉がムカデの頭を押しつぶすモニター映像を食い入るように唖然とした顔で見ていた。
ん? 体から力が湧いてきたぞ!
「やった! またレベルが上がったみたいだぞ」
「こ、こここここんな方法でレベル上げてたの?」
「そうだよ。これでレベルが上がるか少し不安だったんだけどマウスをクリックしても僕がモンスターへの攻撃したってことになるみたい」
「どんだけアーティファクト使ったの?」
「アーティファクトじゃなくて機材だけどね。カメラとかロボットアームでガディウス金貨二十枚以上かかったかも」
機材に二十万円以上かかっている。ガディウス金貨は金買取りで店で一枚一万円だから二十枚以上だ。
「これがたったのガディウス金貨二十枚……凄すぎるわ……」
ディートが食い入るようにモニターを見ている。
「ご主人様。自動でレベル上げができるシステムのこともディートさんに教えてあげたら?」
シズクが思い出させてくれた。
「そーそーそれも言いたかったんだよね。江波さんがペッシャンコになっちゃうからできなくなちゃったんだけど自動クリックツールを使えば、寝てる間も勝手にレベルが上がったんだよね」
「な、なななななんですって?」
僕は自動クリックツールのことについて説明する。ディートは意味がわかってるのかわかってないのかポカンとした顔で聞いていた。
「鉄の扉を開閉するためのクリックとかいう動作を自動でパソコンにさせるのね」
どうやら放心しながらも僕の話をほとんど理解してくれたようだ。
「それでトオルは今、レベルいくつになったの?」
「9だよ。いや10か。今1上がったからね」
「10!? 嘘でしょ!?」
「ホントだよ。徹夜でやっちゃったりしたからね。バイトが辛くて辛くて」
ディートが急に両手で僕の頬を抓ってきた。
「なふぃをするだよ~」
「私がレベル1から10になるのに死ぬような思いして戦って何年かかったと思ってるのよ~! このこの!」
完全に八つ当たりだ。
「ディートもすれぇふぁいいじゃないかぁ~」
ディートの手が急に止まって僕の頬から離れる。
パソコンチェアから立ち上がるとディートはふらふらと僕と入れ替わりで座った。
「ど、どこをクリックすればいいの?」
ディートはネットサーフィンを自分でやったこともあるのでクリックぐらいはできる。
「このアイコンっていうちっさい絵がロボットアームを動かすプログラムだよ。それを素早く二回クリックして……そう。後はここをクリックすれば鉄の扉が自動で開閉するから」
ディートは真剣そのものでモニターを凝視している。たった一回で撒き餌に寄ってきた複数のモンスターを潰した。
「キャーキャーキャー! 超楽しい!」
「あんまりはしゃぐとリアが起きるって」
◆◆◆
1時間もレベル上げを続けるディートに話しかける。
「まあ、江波さんもほっとけないよ。聞いてる?」
「聞いてる」
本当かなあ。ディートは前から江波さんを助ける気があんまりない気がする。
「だからリアのトラウマが癒やされたら皆で冒険者ギルドに行こうと思うんだ」
ディートはモニターを見ながら言った。
「……リアのトラウマは中々回復しないかもしれないわよ」
「え? そうなの?」
「うん。私ちょっとだけ冒険者ギルドの酒場で噂を聞いちゃったのよね。それが原因だとするとちょっと根深いかもね」
「冒険者ギルドの噂……教えてくれないか?」
「私が言っちゃっていいのかどうか。トオルには聞かれたくないかもしれないし」
ディートは意外とリアに思いやりがあった。
「そりゃそうだよね」
「ごめんなさい」
「いや、いいんだよ。俺の方こそ聞いちゃって」
僕とディートが沈黙する。洋室にはクリック音だけが響いた。
急に女性の綺麗な声が聞こえた。
「ディートさん。いいんです。話してください。あ、いえ、私が話すべきですよね」
「え?」
洋室のドアは閉まりきっていなかった。そして向こうからリアの声が聞こえた。
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