エルフの女魔法使いのご機嫌取りは難しい件
ベッドに寝かせたリアの手首をディートが慎重に診ている。
僕とシズクはベッドの傍らでその姿を眺めていた。
「大丈夫……呼吸も心音も正常よ」
僕とシズクは顔を見合わせて安堵の息を吐いた。
もっともシズクの顔がどこにあるかは正確にはわからないけれども。
「ふぅ。よかった」
抱え上げて運んできたときは呼びかけても反応がないから肝を冷やした。
とりあえず安心だ。
「でも……じゃあなんで倒れたんだろう?」
「きっと精神的なものね」
僕の疑問に対するディートの回答には少しだけ驚いたが、思い当たる節もあった。
リアはダンジョンに対して恐れを見せるときがある。
「精神的か……一人でダンジョンに剣を振りに行くぐらいだから大丈夫なのかと思ったよ」
「大丈夫じゃないから克服するために一人で剣を振りに行ったのかもね」
そういえばリアが一人で修行したいと言っていたのを思い出す。ディートの言う事はきっと正しいのだろう。
「トラウマなってしまったのかな」
「それならここでゆっくり治せばいいわよ」
ディートは優しく笑った。僕は温かい気持ちになる。
この際、ここが僕の部屋ということと、時間が経てば経つほど江波さんの危険が増すことは忘れることにしよう。
「とりあえず、また人が増えちゃったな。ベッドはリアが使うとして布団を買ってこようか」
出かけようとした僕はちょっと考えからシズクに頼んだ。
「僕がいなくなるとリアが気がついた時に心配するかもしれないから、僕に変身してリアの傍にいてくれ」
それを聞いたディートが驚いたような口調で話した。
「白スライムって本当に変身ができるのね。高値で取引されるわけだわ……」
「高値って……?」
「売れば貴族が住んでいるような邸宅が何件も建てられるわ」
どうやら白スライムが人間に悪用されるというのは事実らしい。
いや、悪いエルフか。ディートが物欲しそうにシズクを見ていた。
「ダ、ダメだぞ」
賢いシズクを売るなど絶対に許さない。
「わ、わかってるわよ。そんなことより変身するのを見せて」
ディートは変身を促したが、シズクは僕に変身しなかった。
「ご主人様」
「ん? シズク、どうしたの?」
「私、ご主人様の姿になるよりもディート様の姿になったほうがいいと思うんです」
「え? なんで?」
シズクが言うにはこういう場合は同性が傍に居てくれたほうが安心するのではないかという。
ディートもそれに同意した。
「そうかもしれないわね。トオルに弱った姿を見せたくないってこともあるかも」
確かにそうだ。じゃあ、ディートにリアの傍にいてもらえれば、僕は買い物に行ってもいいか。
するとシズクがある提案をした。
「私、ディート様の姿になってリア様を見ていますので、ご主人様とディート様でお買い物に行かれてはどうでしょう? お二人でお話しされたいこともあると思いますし」
なんという賢さだ。そしておそらくアレがはじまるぞ。
僕は畳に腹ばいになって肘をついて手で頭を支える。ディートとシズクを楽に眺められる体勢をとった。
「この子、超可愛い!」
ディートが感動したのかシズクを抱きしめた時だった。ディートの体が抱きしめたシズクにズブズブと沈む。
ディートは目を丸くして驚いたが、僕はにやりと笑う。
シズクはディートの体に一瞬で広がった。
「やだっちょっとなに……」
ディートが胸の先端を手で押さえている。
シズクは自分の体を薄く広げてディートの体や服をスキャンしていた。
シズクは上半身のスキャンを終わらせて、魔女っ子服のスキャンに取り掛かった。
そしてついに……ミニスカのスキャンが終わったのか張りの良い白い太ももから、スルンと中に入っていった。
「そっそこはくすぐっ……やぁっ!」
「ふふふ。ディートの身体をシズクにスキャンさせるためには仕方ないのだ」
しばらくすると足を放り出してぐったりと畳に横たわるディートの足の指先からシズクがプルンと飛び出した。
「ディート様に完璧に変身できるようになりました! 内部構造はスキャンしませんでしたが、表面的なところまではバッチリです!」
「よくやったぞ! シズク!」
リアは寝てる間にスキャンされたから見れなかったが、ディートのスキャンが見れて僕は大満足だった。
「トオル~~~!」
あれ? なぜかディートは僕に怒っている。
僕じゃなくてシズクがやったんだぞ?
◆◆◆
僕は頭のたんこぶを撫で撫でしながらディートと一緒にトンスキホーテに歩いていた。
僕だってシズクにスキャンされたのに。
ディートはまだ怒っているのか目つきが鋭い。
ディートは前のように僕のジーンズとシャツと帽子を来て、髪型でエルフの尖った耳を上手く隠している。
美人のエルフが男物の服を着るとこれはこれで凄くイイのだけど、布団を買ってくるついでにもう少し可愛い服を買ってあげようか。
機嫌も直るかもしれない。
「この布団四点セット。サンキュッパなのにふかふかだ! ディートこれどうよ?」
「ふんっ!」
ディートは目も合わせてくれない。
だが後ろ手に布団のフカフカを楽しんではいるのが見えていた。もう一押しか。
そういえば前に来た時は一つのクレープを分け合って食べたんだよな。
ディートがほとんど食べちゃったけど。
「またクレープ食べる?」
「え?」
「好きだったでしょ?」
「う、うん」
ディートは嬉しそうに目を輝かす。
どうやら機嫌が直ったようだ。
「ディートのおかげでお金に余裕ができそうだから、リアとシズクの分も買って家で食べるか。ディートはこないだのバナナチョコクリームでいい?」
「いらないわよっ! ふんっ!」
……さっきまで機嫌が良かったのにまた急に悪くなる。
「本当にいらないの?」
「いらないわよ!」
「そ、そう! じゃあ、いちごショコラクリーム、プリンショコラクリーム、ブルーベリークリームください」
僕がクレープを売っているお姉さんにそういうと、
「バナナチョコクリームも!!!」
テレパシー言語の叫びが響いた。
お姉さんは目を白黒させてキョロキョロしている。
「す、すいません。バナナチョコクリームも追加してください……」
「えっ。あ、はい」
ディートは適当にトンスキホーテをぶらつく。
僕は四人分のクレープと布団セットを二組持ってフラフラだ。
「トオルってどうしてこう私の気持ちをわかってくれないの?」
いや……わかるよ。これは大荷物を持つ、僕への嫌がらせだろう。
しかし、そんなことを口にしようものならまた怒られる。
お口にチャックだ。
ん?
「おお。夏服の投げ売りフェアがやってるぞ。しかも90%引きだ!」
それにしても遅い投げ売りだ。90%引きになるのもわかる。
ハロウィンの服が売られている季節だ。もっともハロウィンも一ヶ月先だけどね。
最近の日本は季節感がない。
「よーし! なんかディートに似合う服を選んであげるね」
「ちょっと。トオル!」
ディートの声を背に受けながら夏服の投げ売りワゴンに近づく。
「おお。いいねいいね」
さすが夏服。露出が多い。
しかし、よく考えれば、ディートは黒革のレオタードとブルマ、チラパンの魔女っ子服という経歴をたどっている。
今は男物のジーンズとシャツと帽子だが、ここはセクシーさよりも清楚なほうがいいかもしれない。
「なに見てるの?」
「日本の服さ。ディートに買ってあげようと思って。選びなよ」
「日本の服!? やった!」
ディートもやはり女の子だ。ファッションには目がないようだ。
「きっとまたステータスが上がるのね」
どうやら現実的な理由のようだ。
◆◆◆
「ジーンズのショートパンツに小さめの黒タンクトップ……」
ディートはセクシーな外国人のような服を持ってきた。
やはりというかなんというか彼女の服の趣味がわかってきた。
けど僕は清楚なのも逆に似合うんじゃないかと思っている。
「ディートそれもいいんだけどこういうのどうよ?」
「な、なにそれ……」
「麦わら帽子と白いワンピースっていうんだよ」
もちろんスカート丈は長いし胸元が開いていることもない。
「なんか恥ずかしいよ」
ディートの恥ずかしさの基準はわからない。
普段、お尻や太ももを出しているのに。
「でも似合うと思うんだけどなあ。麦わら帽子で耳も隠せるし。あっちに試着室もあるんだけど着てみたら?」
「試着室?」
「日本では買う前に服を着て男は主に着心地、女性は主に似合うか確認することができるんだ」
僕がそういうとディートはいくつもの服を手に持つ。
最後に麦わらとワンピースを手に取った。
「一応だからね。これは試着しないかもしれないからねっ!」
「わ、わかったよ」
それからミニファッションショーがはじまった。
「どう?」
「似合うっていうか」
「っていうか」
「いや……なんでもない」
「もうっ! なんなのよ!」
このエルフちゃんはわざとやってるんだろうか。
試着室のカーテンが開く度に、胸を強調したタンクトップ姿で出てきたり、太ももとヒップラインが強調されたショートパンツで出てきたり。
「全然。私に興味なんてないんでしょ」
「そういう意味じゃ」
「返事が適当だもんっ!」
カーテンがシャッと閉まる。着替えている摩擦音が聞こえてくる。
今度はどんなセクシーな服装で出てくるのか。
ディートの機嫌は悪くなるばかりだった。
そんなこと言ったってあんな服見せられたらどう返事しろと言うんだよ。
女っ気のない僕にはわからない。
カーテン越しにディートが言った。
「もう帰るわよ……」
「あぁ。じゃあ帰ろうか」
どうやらセクシーブランドデザイナーのミニファッションショーは終わったようだ。
ちょっと残念な気もするが、確かにそろそろ帰ったほうがいい。
けれども帰ろうと言ったディートはなかなか試着室から出てこなかった。
「……? 帰るんじゃないの?」
「最後に一着……」
まだ一着あるのか。
「それなら早くしようよ」
そう促すと試着室のカーテンがゆっくり開いた。
「えっ? ディート?」
僕は思わず間の抜けた声でディートの名を呼んでしまった。
最後の服を着たディートが、一瞬、彼女とわからなかったのだ。
「や、やっぱり……変でしょ……?」
ディートが最後に着た服はいつもの露出の多い服ではなく、ワンピースと麦わら帽子だった。
いつも露出が多い服を誇らしげに着ている彼女が、純白の服を着て、顔を真っ赤にし、目をきつく閉じて、口をへの字に結んでいた。
「ト、トオル……私にはこんな服に合わないよぉ……」
ディートが涙声でそういった瞬間、僕は無意識に口に出していた。
「◯◯◯◯だよ」
や、ややややばい、今なにかを無意識に口走った。
な、なにをしゃべってしまったんだ僕は!
目の前にいる白いワンピースのエルフの尖った耳がピクピクしている。
「えっちょっとやだ! トオル!」
違うんだ! と言いたかったが口を閉じた。
なにをしゃべったか本当にわからないが、責任逃れのようで無意識だったとも言えない。
無意識というとそれはそれで本心っぽいし、本心だろうし……。
◆◆◆
帰り道ずっとディートは機嫌がいい。
満面の笑顔で僕の顔をジロジロと覗き込んでいる。微妙にからかわれている気もしてならない。
でもいいか。ディートが帰ってきた感じがする。
ディートの手にはワンピースと麦わら帽子の入った袋が大事そうに抱えられていた。
本当は布団セットも一個持ってほしいけどね。




