野生の力士が現れた件
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「やっと徹夜でのバイトが終わったよ~」
くたくたになってバイト先のファミレスからマンションに戻る。
事故物件め、と思いながら和室の窓を覗いた。
シズクに帰る時間を伝えて、その時間はリアを和室に来させないようにお願いしている。
どうもシズクはリアの扱いが非常に上手い。
帰ってくるといつもリアの機嫌よいのだ。女性の扱いの参考になるのではないかと聞いてみた。
「薄い本の知識です!」
シズクは自慢げにプルプル震えて答えた。具体的な方法を聞くのが怖い……。
念のため覗いたが、もちろん今日も和室には誰もいなかった。
ダイニングと繋がる引き戸も閉まっている。
安心して窓から入って押し入れのなかに隠れる。
しばらくするとシズクが入ってくるというのがいつもの手はずだ。
「押し入れの中で待っていると暗くて眠くなるな」
けど寝る前に自動ツール試したい。
……。
寝る寸前にシズクがやって来た。
「ご主人様!」
「よし! 交代しよう」
シズクが押し入れに入って代わりに僕が出る。
リアも後から和室に入ってきた。
「なにされていたんですか?」
「いや……実は禁書に書かれたアーティファクトの調整方法を調べてまして」
「き、禁書に書かれているアーティファクトの調整方法……大丈夫なんですか?」
「もちろんですよ」
ダンジョンは運営もいなければ、ルールもないからね。
「でも、なんだか疲れた顔されてますよ」
「だ、大丈夫です」
それはただ単に寝不足なだけ。
「ちょっとダンジョンに行ってますね」
「は、はい」
とりあえずダンジョンにステータスチェックと餌の補充に行こう。
玄関を出て早速ステータスをチェックする。
◆◆◆
【名 前】鈴木透
【種 族】人間
【年 齢】21
【職 業】無職
【レベル】9/∞
【体 力】34/34
【魔 力】50/50
【攻撃力】123
【防御力】44
【筋 力】19
【知 力】33
【敏 捷】20
【スキル】成長限界無し 人物鑑定LV2/10
◆◆◆
「お~上がっとる。上がっとる。ふふふ」
レベル9かあ。【筋 力】が後1上がれば、握力が80kgになる計算だぞ。
ひょっとして格闘マンガみたいにリンゴを握り潰せるかもしれない。
借りた部屋がダンジョンに繋がっているとわかってから一週間も経ってないのになあ。
この上、自動クリックツールで24時間レベル上げしたらどうなるんだろうか?
オリンピックでメダルかっさらえるんじゃないだろうか?
まあ万が一そんなことができるようになったとしても、目立つことはしないけどね。
鉄の扉の前に着く。
残っているドライタイプのペットフードはすべて撒いてしまおう。
扉の前ギリギリにペットフードの山が帯状にできた。
「これでよし!」
走って部屋に戻る。
洋室のパソコンチェアに座る。
つけっぱのパソコンの検索エンジンにワードを打ち込んだ。
「フリーソフト、スペース、自動クリックツールっと」
あるある。やはりいくらでもあるぞ。
うん。このソフトなんか良さそうだぞ。
ユーザーによる星の評価も上々だし、コメント欄もシンプルで使いやすいという書き込みが多かった。
「やっぱりシンプルなほうが使いやすいよね。これをダウンロードしてみよう」
ダウンロードしたツールを開いてみる。
設定画面が出てきた。
リアがやってきて後ろから聞いてきた。
「これなんですか?」
「あ~これはですねえ。この部屋から自動で鉄の扉を開け閉めする命令書みたいなものなんですよ」
「す、凄いですね! どういう仕組なんですか?」
「命令書をパソコンって呼ばれるアーティファクトが理解して、鉄の扉の石のボタンの近くに設置したロボットアームを命令書の通りに動かしてくれる……とでも言えばいいんですかね」
「へ~。でも、どうして自動で開け閉めするんですか?」
そういえばリアにはまだ鉄の扉の罠のことも話していなかった。
昨日は作るのに時間がかかったのでリアは先に寝てしまったのだ。
軽く説明してあげる。
「そ、そんなことをしてたんですか?」
「ははは。はい」
リアの驚きが気持ちよくてつい自慢気に笑ってしまう。
「トール様は大賢者様ですし、レベルも限界かそれに近いと思うのに凄いですね」
「え? えぇ……まあ。こないだも言ったように日々研鑽です。それにモンスターが減れば、助かる冒険者さんも多いでしょうしね」
無職でいくらでもレベルを上げられるんですとも言えない。
それはそれで凄いような気もするけど。
ともかく時間を設定するか。ほうほう。押す間隔までループで指定できるのか。
なら最初は扉は閉まっているのだから一回目のクリックは20分後にすれば、扉は20分閉まっていることになる。
今までの経験からすると20分ぐらい閉まっていたほうが匂いでモンスターが集まる。焦らしたほうがモンスターが一心不乱に食べてくれるかもしれない。
扉が開いてモンスターが餌にかぶりつく時間は何分にしようか。ちょっと短めの2分にしよう。
餌がなくなったらこの罠は終わりだからだ。
「このクリックのサイクルを無制限のループに設定して。よし! これで22分毎に罠が発動するぞ」
後はぼんやりとモニターを眺めてテストする。
クリックのタイミングはこれが最適か。餌は何回分ぐらい持つか。
しかし、まだ一回目の発動も見ていないうちにもの凄く眠くなってきた。
1時間半ぐらい寝ようかな。そうすれば4回罠が発動することになる。
僕はアイポンのアラームを1時間半後に設定した。
「リア。すいません。ちょっと眠いんでお昼寝しますね。夕飯はその後に作ります」
「じゃあ私モニター見てますね」
え? それは助かるけど他人のボット行為を見てるだけなんて退屈じゃないんだろうか。
「いいんですか?」
「はい。モニター見てるの楽しいので」
「そうですか。じゃあ餌の減り具合とかどんなモンスターを倒せたかとか軽くチェックしてもらってもいいですか?」
「わかりました! アーティファクトで細かくメモしておきます」
リアは笑顔でボールペンを手に持った。
僕は安心してベッドに入る。
ZZZzzz…………。
◆◆◆
「きゃああああああああああ!」
僕が完全に眠っていると急にリアの悲鳴が響き渡った。
「ど、どどどどうしました?」
見るとリアがダンジョンを映すモニターを指さしていた。
「オ、オーク」
オーク? 目をこすりながらモニターを見る。
おお! 腰布をつけた体の大きな人形の魔物が二匹いた。明らかにゴブリンではない。
きっと経験値も高いことだろう。
しかし、なんでリアは悲鳴をあげたんだろうか。
やっぱ女騎士はオークに襲われたりするんだろうか。
「大丈夫ですよ。リア。モニターはあくまでモニターですから。ここは……」
安全ですと言おうとした時だった。
「オークと……闇の魔術師」
「闇の魔術師?」
僕はもう一度モニターを見る。どっちのオークも美味そうにペットフードを拾って食べている。
ん? よく見ると一匹は少し体が小さいか。でも、どこかで見たような?
「え、江波さんじゃないか!」
「そ、そうです! 闇の魔術師です!」
自動ツールは扉を開けている時間を何分に設定した。たったの2分だぞ……ヤバイ!
そう思ったと同時にモニター上の鉄の扉がゆっくりと下りはじめた。
江波さんもオークもまったく気づく様子はない。
このままでは江波さんが罠にかかってしまう。
「うわああああああああああああああああぁ!」
僕は慌てて自動ツールを解除してクリックボタンを押しまくった。連打してしまったのだ。
モニター上の鉄の扉は江波さんとオークの頭上で上がったり下がったりを繰り返している。
一回押せば扉は上がり、二回押せば扉はまた下がり、三回押せば扉はまた上がる。
わざわざ扉が上がる状態か下がる状態か表示されるようなプログラムなど組んでいない。
もし僕の連打が運悪く……えーと……偶数回だったら、哀れ江波さんはペッチャンコだ。
「こうしちゃいられない!」
僕はまた指がつかれるぐらいクリックを連打してからヘッドライトと付きヘルメットとピッケルを持ってダンジョンに走った。
リアも盾を持ってついてきてくれている。
ダンジョンをかけながら江波さんに叫ぶ。
「おおおおおおい! 江波さん逃げろ!」
上げ下げする鉄の扉の下で江波さんとオークは未だにペットフードを食べていた。
しかし、しばらくするとこちらに気がついてくれたようだ。
「うん? あー鈴木氏! 久しぶり!」
江波さんは腰布一丁で野生化していても僕のことは覚えていたようだ。
「江波さん。逃げてください!」
「なにTVを買ったって? そうですか! やっと受信料契約をしてくれますか!」
江波さんが嬉しそうに立ち上がった。
立ち上がったので鉄の扉が頭上スレスレで上下しているが、あまりの嬉しさからかそれでも気づかない。
パソコンに繋いでいるロボットアームが未だにボタンを押し続けている。
破壊することも考えたが、結局、ボタンを押した回数が天国の奇数か地獄の偶数かはわからないから意味がない。
それにロボットアームは1万円だった。壊したくない。
「TVなんか買ってないですよ! そんなことより上を見てください!」
「あーわかりました。私が上を向いている間に、オーク殿と見つけた美味しい食料を奪うつもりでしょう? その手には乗りませんよ!」
「違ーう! そのペットフードは罠なんだって。そんなもんいくらでもあげるから上を見てください!」
「罠~?」
江波さんが不審そうに上を見る。
「な、なんだこれは!?」
「早く逃げないと。僕のクリックした回数が偶数だったらペッシャンコです!」
江波がオークの腕を取る。
「オーク殿。ここは一旦退きましょうぞ!」
「エナミドウシタ? コレウマイ、モットタベタイゾ」
「この美味しい食料は罠です!」
「ム、ソウナノカ! オマエノイウコトナラシンジル」
江波はオークと肩を組んで鉄の扉の向こうの石壁に溶けるように逃げ去ってしまった。
僕は疲れ切ってその場に座り込んだ。
扉はしばらく上げ下げを繰り返した後に最終的には上がっていった。
どうやらなにもしなくても江波さんはペッシャンコにならずに済んだらしい。
「……逆に疲れたよ」
しかし江波さんをこのままにしとくわけにもいかない。
レベル上げに自動ツールを使って夜寝ようものなら、朝起きたら江波さんのペッシャンコを見てしまうかもしれない。
いや、そうじゃなくて日本人をこのままダンジョンに放置するわけはいかないだろう。
今ならまだ江波さんをすぐに捕まえられる。
「江波さんを追おう! リアも協力してくれ!」
僕はリアに触れていないと鉄の扉の向こうにある石壁を抜けることができない。
危険もあるが、無理そうだったらすぐに戻ろうと覚悟を決めた。
ところがリアの様子が変だった。
彼女は無表情のまま動かない。
「は、はははい……」
声が震えていることに気づく。よく見れば、体も震えていた。
女騎士だからオークが怖いのか?
いやいや僕もシズクのことを言えないぞ。薄い本の読みすぎだ。
まだマヒ毒でダンジョンのなかで倒れた記憶が残っているのかもしれない。
しかし彼女がなにかを恐れていることは間違いなかった。
とても一緒にいけるように思えない。
「い、行きましょう」
「もう江波さんも遠くに行っちゃったかな。また今度にしよう」
僕はなるべく優しい声でそう言った。
「私のせいで!」
リアは自分の震えが江波さんの探索を諦めた原因になったことに気がついているようだ。
騎士である彼女には辛いことかもしれない。
「いやそうじゃないよ。江波さんもこっち側に逃げてくれれば良かったのになあ」
泣きそうになっているリアを見ずに背中で慰める。
僕は彼女に視線を向けないように鉄の扉の向こうにある石壁を見ていた。
その時、急に石壁からセクシーな女性の白い太ももがぬっと出てきた。
「うへっ?」
はっきり言ってリアが来てからというもの蛇の生殺し状態が続いている。
ついにピンクの幻覚を見るほどになってしまったんだろうか。
ところがそれは幻覚でもなんでもなかった。
「アンタ達、こんなところに突っ立ってなにしてるの?」
「ディート!」
「ディートさん?」
ハロウィンの魔女っ子服を着たエルフの女魔法使いが戻ってきたのだった。
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