大賢者と勘違いされた件
「ぐおおおお! はぁっはぁっ!」
なんとか女騎士さんを玄関まで運びきり、後ろ手でドアの鍵を閉めた。
U字ロックも閉めたいところだが、まずは女騎士さんを寝かせないととても無理だ。
2LDKには自慢のリビングダイニングキッチン他に二部屋ある。
洋室と和室だ。
「問題はどちらの部屋に騎士さんを寝かすかだが……」
和室はオタクグッズ置き場。そして新たに現在世界に出るための窓がある。
洋室は寝室にする予定だ。組み立て式のベッドとマットレスも届いてはいる。
「オタグッズは真っ先に開けてしまっているから和室は使いたくないんだが、今からベッドを組み立てるのは不可能だ。和室の畳に寝かすしかないか……」
騎士さんを畳に寝かしてベッドシーツをかけてあげる。
「緊張と肉体労働で疲れきったよ……」
玄関のドアに耳を当てて物音がしないことを確認した後にU字ロックも閉めた。
これからどうするか……。決まっている。
「和室に戻るか」
案外、和室に戻ったら騎士さんは煙のように消えていてすべてが夢だと思えるかもしれない。
もちろん消えていなかった……。
騎士さんは置いたままの姿勢で気を失っていた。
救急車を呼んであげようかとも思ったが、なんと説明していいかわからないし、救急隊がダンジョンに巻き込まれる恐れもある。
それに彼女の容体も悪化しているように見えなかった。
胸の上下運動……もとい呼吸も荒いようには見えない。
「鎧や濡れた服を外してあげたいが、それはセクシャルハラスメントだろうか。それにしても……」
美しい。しかも気品がある。
まるで整った人形のような顔だ。
これで瞳が開かれたらどうなってしまうんだろうか。
「けど引っ越しと極度の緊張と肉体労働の疲労で眠く……」
畳の上で女騎士さんを見ていたら眠くなってしまった。
彼女さえいなかったら確実に寝ている。
女性を連れ込んで寝るわけにはいかない。
誤解の……もとだ……。
◆◆◆
「大賢者様、大賢者様」
遠くでハープのような音が聞こえる。
ハープの音色を知っているかって? 知らない。
とにかくそれぐらい美しくて優しい音だということだ。
ずっと聞いていたい。
「大賢者様!」
「うひっ!」
ハープの音が急に大音量になる。
「あ、起きられましたか?」
どうやら寝てしまって変な夢を見ていたようだ。ダンジョンに行ったり、女騎士さんを運んだり。
まぶたをこすって視界を確保しようとする。ああ、引越し先の和室だ。
引っ越しで和室に棚を作り、そこにフィギアや薄い本や漫画を入れながら寝てしまったのか。
それにしてもこんな素晴らしい枕あったっけ。
柔らかくて暖かくて。とても気持ちいい。
ちょっとおしっこ臭い気もするけど、とてもとても気持ち……。
「イィッ! 枕じゃなくて女騎士さんの太ももじゃんかっ!」
跳ね起きて下を見る。女騎士さんは目覚めていた。
本当は女騎士さんを見ながら畳の上でくつろいでいたらその上で寝てしまったようだ。
しかも露出している太ももの上で。
女騎士の鎧のデザインが今日ほど恨めしかった日はない。
動きやすさとかあるのかもしれないけど、太ももも差別せずに守ったれや!
「すすすすす、すいません。つい寝ちゃっただけなんです」
「そ、そんな、わかってますよ。気持ちよさそうに寝ていらっしゃったのに起こしてしまって、私のほうこそ申し訳ございませんでした」
どうやら怒っていないようだ。変な誤解もされて……。
「上に乗られていたので申し訳ないと思いながら声をかけさせて頂きましたが、このような寝心地の良い場所に居れば眠くなるのは大賢者様でも詮なきことでしょう」
変な誤解をされてるよ。
なんだよ。大賢者って。
それと寝心地の良い場所っていうのは畳のことなのか太もものことなのか。
「い、いや大賢者じゃないし。ゴブリンよりはずっとマシですけど」
「あああ。も、申し訳ございません。大賢者様のご尊顔が見えなかったことと、モンスター語を話されるので。失礼ながら……ゴブリンかと」
「へ? モンスター語」
「えぇ。今も話していますよね?」
オーケー僕はすぐにわかったぞ。つまり女騎士さんの認識……というよりダンジョン側の世界の認識じゃ日本語がモンスター言語なんだな。
ゴブリンと間違われるわけだ。
そして今は大賢者と間違われている。
「大賢者でもないのですが」
「ち、違うのですか? ダンジョンの深奥にこれほど不可思議な場所を作り住まわれているので、てっきり隠遁された大賢者様かと」
なるほど。そういう解釈か。
盾や鎧という防具からしてダンジョン側の世界はおそらく中世レベルの科学技術なんだろう。
現代だったらケプラー繊維の防弾チョッキだ。
この文明の利器に溢れる日本の部屋を見たら大賢者の創りだした場所と考えるのも無理はない。
「適度な硬さのどこでも寝れる床。本当に素晴らしいですね。しかも……いい匂いがします。あぁ……いつまでも寝ていたい」
……女騎士さんは文明の利器のなかで畳をお気にめしたようだ。
いや僕も新しい畳の匂いは大好きだけどね。
「それにあの精巧な人形の数々。剣を持っている方もいますね。きっと魔術的なものとお見受けしましたが……大賢者様ではないのですか?」
「いやー大賢者! 大賢者です! もちろんこれは魔術的な物で怪しい物ではありません! あははは!」
「で、ですよね。実は人間に仇なす、闇の魔導師かもしれないと思って少し不安だったのです。人形がすこし……その……半裸のようなものもございますし……」
「まさか、まさか。正義の大賢者ですから!」
僕がそう誤魔化すと女騎士さんは満面の笑顔で微笑んだ。
「そうですよね。私をここまで運んできて命を救ってくださったんですから。本当にありがとうございます」
や、やばい。この笑顔は……。
僕は大学を中退してからまともに女の人と話してないのだ
女騎士さんの笑顔は天上から舞い降りる天使のように光り輝いていた。
……もっとも未だに彼女は体をほとんど動かさないで畳の上に寝ているので、先ほど跳ね起きた僕は見下ろす形にはなっているが。
「ところでなんでまだ寝てるんですか?」
「ダンジョンで強力なマヒ毒を受けてしまったみたいで……でも、もう動けるようになると思います」
なるほど。予想はしていましたがそういうことでしたか。
「助けてくださらなかったら今頃死んでいました。大賢者様は命の恩人です。お礼になんでもします!」
「えええ!? なんでもする!?」
ゴ、ゴブリンみたいなこともしていいのだろうか。いかーん! なにを考えている透!
おばーちゃんが悲しむぞ!
「はい! 私、こう見えても騎士ですから!」
いや、そりゃ見ればわかるけども。
彼女は寝ながら胸を張った。
「御恩は一生忘れません!」
……一生……忘れないだって?