ファミレスでシェフを呼んできてくださいとお願いする件
シズクが僕にご飯を作ってくれている。
次々に美味しそうな料理を出来上がっていくのだが、こんな量は食べれない。
ハンバーグ、ビーフシチュー、エビフライ、グラタン、なんだかウチのファミレスにあるようなメニューだなあ。
そうだ。今日はバイトに行く日だった。
――ジリリリリリリリリリリ
「あーうるさい」
古典的な目覚まし音にしてあるアイポンのアラーム機能を止める。アラーム機能にはメッセージが書かれていた。変だな。僕はあまり使わない機能だ。
「ご主人様は寝ててくださいだって? 寝るよ。まだ10時だろ? ……10時?」
今日のバイトは8時~15時だぞ? アラームも7時に設定したはずなのに。ご主人様……まさかシズクかっ!
ファミレスに行ったんじゃないだろうな!?
大丈夫だ……ダンジョン側の世界の住人は日本に出られないはずだ。
「ん? でもシズクはスライムだから体の一部を細長くして僕にタッチしながら外に出れば……」
ベッドから跳ね起きる。ダイニングにリアがいて、話しかけてきた。
「トール様、体調大丈夫なんですか?」
「えぇ? 体調?」
「数時間前にトール様が起きられて体調が悪いから二度寝するって。もう大丈夫なんですか?」
リアに心配そうに聞かれた。それもシズクだよ。
「もう治りました!」
「そ、そうですか?」
そう言いながらおにぎりを四つ握る。
そのウチの一つを食べながらリアに言った。
「リアは朝ごはん食べましたか?」
「トール様がサンドイッチを作ってくださったじゃないですか?」
「そ、そうでしたっけ」
サンドイッチはファミレスのメニューにもある。材料は足りないけど、シズクは近いものを作ったんだろう。
コピー能力だけじゃなくて応用力もかなりあるぞ。
「ちょっと自分、賢者の賢人会議があるから転移魔法で出かけてきます。悪いけどお昼はおにぎりって言うんですけど、これを食べててください」
「は、はい」
洗面所で出かける準備をする。
「行ってきます!」
一瞬、玄関からダンジョンに出そうになるが、靴を取って窓から出る。
日差しは完全にお昼だった。
バイト先に走る。時間はもう10時30分だった。
この時間まで職場からアイポンに電話がないということは、シズクはバレてはいないのか?
わからない。
バイト先にたどり着いた。そのまま店内に入ろうとしたところで気づく。
「待てよ! 僕が二人登場したら大騒ぎに成っちゃうじゃないか!」
とりあえず、店内が見えるガラス窓から中の様子を見る。
「店内に大きな混乱は起きていないな。キッチンまではよく見えないけど、お客さんには普通に料理が運ばれているし……」
帰ってもいいのか? 職場や僕の立場を滅茶苦茶にされたということはないのかもしれない。
けど……特別、代わってもらわないといけないとかならしょうがないけど、人間を信じてくれたスライムを働かすってのはやっぱないよな。
「よし!」
◆◆◆
「いらっしゃい……ませ~」
そう言えば、今日は土曜日だった。
女子高生の立石さんのバイトに入っていることで思い出す。
挨拶は途中から引きつっていた。
そりゃそうだろう。今、僕は100円ショップで買った大きなサングラスとマスクと帽子をかぶっている。
「お、お一人様ですか?」
女子高生なのにキャピキャピしたところのないクールビューティーの立石さんも僕の怪しさにひきつっていた。
ごめん、立石さん。
「はい。一人です」
「で、ではこちらにどうぞ」
明らかに一番端に座らされた。まあこちらとしても都合がいい。
席についたと同時に注文した。
「ミックスグリルセットお願いします」
「かしこまりました」
しばらくしてミックスグリルセットが出てきた。
ハンバーグ、照り焼きチキン、ウインナーが鉄板に乗って出て来る。付け合せの野菜も綺麗に盛り付けてある。
「本当に綺麗に盛り付けてある」
僕はそれを少しだけ食べてから店員の呼び出しボタンを押した。
まだお昼のピークタイムにはなっていない。
すぐに立石さんが来た。
「お待たせいたしました。ご用件は?」
「これ凄く美味しいです」
「え? あ、ありがとうございます」
ここまではたまにいるありがたいような迷惑な客だが、僕が目的を果たすにはさらに天元突破しなくてはならない。
「シェフを……シェフを呼んで下さい」
「え……シェフですか?」
明らかに「ここはファミレスですよ」という顔をしている。
だがどんな顔をされようとも力技で押し切るしかない!
「とても美味しかったんでお礼をいいたいんですうぅぅぅ! シェフをおおおおお!」
「は、ははははい。呼んでみます」
おそらく一ヶ月、いや三ヶ月は『ファミレスでシェフを呼んだ客』として職場の話題をかっさらうことになるだろう。
キッチンからニコニコ顔の僕が出てきた。
もちろん正体は「料理が美味しかったからお礼を言いたいっていう客が……」という伝言を額面通りに受け取ったシズクだろう。
他の人が出てきたらアウトだったが助かった。
「お待たせしました……ご主人様?」
白スライムのシズクにはサングラスにマスクに帽子でもすぐに僕とわかったらしい。
「このミックスグリル美味しかったよ。僕なんか三ヶ月ぐらいはメニューを作ることだけに必死だったけど、これはお客さんのことを思って作られてる」
「あ、ありがとうございます!」
「トイレの個室にいるから」
「え? でも」
シズクがなにか言う前に僕はトイレに行った。
しばらくしてシズクがやってくる。
二人で個室に入る。
「もう! シズク! なにやってんのさ」
「す、すいません……でも皆さんにはバレてませんよ」
「そうじゃなくてさ。まあ後は僕がバイトするから」
「ひょっとしてご迷惑でしたか?」
「そんなことないよ。ともかく代わろう」
僕はなるべく笑顔でシズクに言う。僕のためにやってくれたことだ。
サングラスとマスクと帽子を渡した。
「僕は先に出るけど、シズクはちょっとしてから個室を出てね。残ったミックスグリルセットはシズクが食べちゃって。先に帰ってリアの相手しててよ」
ミックスグリルセットの代金の千二百円も渡しておく。
「あう……すいません……」
「じゃ、お願いね」
僕は厨房に向かった。
◆◆◆
バイトを終えて帰宅する。
「あー疲れた。でも妙に僕の評判が上がってた気がする。いつも冷たい感じの立石さんすら優しかったし」
シズクがなにかしたのだろうか? 聞くのが怖い。
幽霊物件に来たいって言われたし。どう断るべきか。
そのマンションが見えてきた。
「よく考えたら今部屋に入ったら、僕が二人になってしまうぞ」
まあリアならシズクのことがバレても仕方ないかと窓から和室をのぞく。
和室には誰も居なかった。
畳を踏んだらフニャッとした。
「うわっ」
僕が悲鳴をあげると和室の引き戸がパシーンと開いてリアが現れた。
「あ、トール様。こんなところに隠れていたんですか?」
なるほど。シズクは畳に変身しているのか。
僕が二人にならないように帰る時間を見計らって隠れていたようだ。
踏まれたのはわざとでそれを教えるためだろう。
「あははは。ごめんごめん!」
「トール様って本当に消えるのが得意ですよね」
どうやらシズクは背景に変身してリアと遊んでいたらしい。
僕が部屋に帰るための布石だったのかもしれない。
「もう! 私、甲冑を磨いてきますね!」
リアは日課の甲冑磨きをしにダイニングに行った。
畳に変化しているシズクが僕に小声で話しかけてきた。
「ご主人様、ごめんなさい。私、勝手なことしてご迷惑かけちゃいましたか?」
「いや、いいんだよ。でも、どうしても必要な時があったらこっちから頼むから、もういいからね」
「はい。でもどうしてなのですか? 仲間達に聞きました。人間は私達に働かせるって。食費もかかっているのに」
僕もシズクの身の上話を聞いていなかったらそうしていたかもしれない。
でも人間を信じなくなった白スライムのなかで、たった一匹シズクだけが人間を信じてくれているんだ。
「自分の仕事は自分でするよ。シズクには他のことをお願いするからさ」
「ご主人様……」
僕の良心の半分はおばあちゃんでできています。
「皆もご主人様をご主人様にすればいいのに……」
「え?」
皆ってひょっとして白スライムの仲間達か。
「皆、地下深くの過酷な環境で生きてるんです。ご主人様が皆のご主人様になってくれれば……」
「そ、そんな沢山の白スライムの面倒みれないよ」
「そうですか……残念です」
残念がられてしまった。
でもまあ、そんな奥まで行くかどうかはわからないが、ダンジョンの探索はするつもりだ。
一応ダンジョンマスターを目指すことにもなっているし。
それにはレベルを上げなければならない。
夕食までは時間もあるし、そろそろ考えていたパソコンでのレベル上げの仕掛け作りに挑戦することにしよう。




