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着装! スライムアーマーの件

「そ、それはありがたいけどシズクを働かすなんて悪いしさ」

「でもご飯をたくさん食べてしまいました……人間の世界でいう食費がかなりかかるんじゃないでしょうか?」

「それはまあ確かに」

「私はお金を持っていませんからお返しさせて欲しいです」


 う、うーん。気持ちはありがたいんだけど。


「リアの相手はともかく、仕事はさすがに無理じゃないかな。ひょっとしたらいずれはできるかもしれないけど」

「すぐにできると思いますけど」


 シズクはそう言うと台所に行った。


「ちょっちょっと何処に?」

「食材を使ってもいいですか?」

「いいけど」


 なにをするんだろうと思っているとシズクはまだ残っている食パンを叩いて伸ばしはじめた。

 それにオリーブオイルを塗ってピザソースをかけて、いろいろな具材をのせた。

 まさか……!

 シズクはオーブンで焼いたそれを取り出して話し方まで僕を真似る。


「食パンを使った本格ピザ!」


 僕がさっき作った料理と見た目はまったく同じだった。


「味も美味しい……」

「コピーできるということは記憶力がいいってことなんです。行動のコピーもできます」


 そ、そういうもんなのか?

 けど確かに今までの行動を見ててもシズクは本当に賢い。

 ダンジョンのことで、急にバイトが行けなくなる可能性はある。

 ウチのファミレスは24時間営業だし、今の時間なら暇だから行ってみていろいろ教えてみようか。

 明日はともかくどうしても代わって欲しい時もできるかもしれない。


「じゃあ、ちょっと見に行くだけでも行ってみる?」

「はい! ありがとうございます!」


 だが、僕はある問題点に気がついた。


「そういえば、シズクはもう大きいからポケットに入らないな……どうしようか」

「リア様の姿で行ってはダメですか?」

「部外者は入れないところを見せたいんだよね。だからリアじゃ」


 それに僕がリアのような金髪美人を連れて行ったら大騒ぎになってしまうだろう。


「つまり隠れられればいいわけですね。そしたら服になるので私を着てください」


 な、なんだって?


「正確には私がご主人様の体をおおって服に変身します。ご主人様は裸になって貰うだけでいいです」

「そ、そんなことできるんだ。でもかなり太っちゃうんじゃ?」


 シズクの体積は服よりもかなり大きい。


「服と体はかなり空間がありますから。その分、密着しますから大丈夫ですよ」


 み、密着するのか。なんか面白そうだし、とりあえずやってみるか。

 その前に……。


「まずリアの姿に変わってくれないかな。自分の姿とくっつくの辛いから」

「あ、はーい」


 リアの姿になったシズクとお風呂場に行く。


「じゃあ、裸になってください」

「う、うん……」


 なんだかかなり恥ずかしい。リアの姿のシズクが僕に抱きついて体を覆っていく。

 すぐに見た目は完全なシャツとジーンズになった。とはいえ、身体中にゼリーが付着している感覚がある。

 

「あうっちょっ!」


 シズクに股間をもぞもぞされた。


「ご、ごめんなさい。この子……なんか可愛くて……つい……」


 か、可愛くなくなったらどうする?


「ひゃっ大きくなった! 薄い本に書いてある通りなんですね……さっきは可愛かったのに今はちょっと怖いです……」


 だから言わんこっちゃない。 


「あ、あの……悪いけど恥ずかしいからおパンツの部分は空洞にしてくれるかな?」

「はい……す、すいません」


 うん。スライム服はかなりいいぞ。最初は変な感触でアクシデントもあったけど、慣れれば着心地も悪くなかった。


「温度もある程度調整できます。エネルギー燃焼による保温、揮発による冷却、程度ですが」

「程度なんてもんじゃないぞ」

「その分、食事や水分が必要になります」


 温度調整をすると食事量が増えるのか。

 つまり僕の場合は食費がかさむと考えていいだろう。


「ともかく、引っ越しで二日休んじゃっているし、顔見せだけでもバイト先に行ってみるか」

「はい!」


 僕はスライム服を着ながら外に出た。


「わ、私が仲間達から聞いていた地上の世界と随分違います」

「あー。実は別の世界なんだよね。それについては後で説明するよ」

「わかりました」


 細かい質問をしてくるということもない。賢い証拠だ。


「とりあえず先に覚えてほしいことを言うね」


 僕は車を指差す。


「アレは車っていうんだ。馬車みたいなものなんだけどスピードが違う。轢かれたら死んでしまうから気をつけてね」

「はい! 薄い本にもありました」


 薄い本で出てくる車は乗り物じゃなくてホテルのような気もするが。

 歩道、車道、信号機などを教えながらファミレスに向かう。


「ここが僕の職場だよ」

「わかりました。和室から外に出てご主人様の足で左に20歩、右に123歩、正面の信号を渡り……」


 驚いた。距離については歩数だからわからないが、方向については正確だ。

 深夜3時なら人もほとんどいないだろう。油を売りにいくにはちょうどいいかもしれない。


「じゃあ店に入るからシズクは服のフリだよ」

「はい!」


 バイト先のファミレスのドアを開いた。

 店員に来客を伝える電子ベルの音が響く。


「いらっしゃいませー。なんだあ、鈴木くんじゃん」


 久野さんが出迎えてくれた。


「すいません。休ませてもらっちゃって。明日から出ますから」

「引っ越しだもん。しょうがないでしょ~。ところで例のマンションどうだった? 本当に幽霊出た?」

「い、いや。幽霊なんか出ませんよ」

「なんだ~つまんな~い」


 女騎士、女エルフの魔法使い、スライムは出ましたけどね。

 久野さんは30歳ぐらいの女性でアルバイトだ。

 口は悪く気は強いが、面倒見はよい。

 深夜帯は暇で時給が高いという理由でこの時間に入っていることが多い。


「明日からシフト入るんで、ロッカーの整理でもしようと思って」

「ほ~感心ねえ。でも鈴木くんってそんな仕事熱心だったかしら」

「僕は料理好きですよ」

「まあそうね。料理は好きよね」


 納得して頂けたようだ。


「ところで今日キッチンって誰はいってます?」

「店長よ。瀬川くんだったんだけど急に用事がはいったとかで。女でしょうね」


 なるほど。瀬川さんは女関係で急にバイトを休むときがある。

 そのツケを可哀想な店長が払うことになる。


「ちょっと挨拶してきますね」

「いってらっしゃい」


 久野さんと離れてホールからキッチンの店長に話しかける。


「あ、店長。どーもー」

「あー鈴木くん。明日からってかもう今日から復帰できそう?」

「はい。出したシフト通りで」

「よかったよー。凄いところに引越ししたって話だからさ。もう来れないんじゃないかって噂してたんだよね」


 いろんな意味でいつそうなってもおかしくない気がする。

 ちなみに店長はこのファミレス唯一の社員だがバイトには頭があがらない、もとい優しい。

 バイトに入る前は店長は偉いものだと思っていたが、この店ではバイトの尻拭いをさせられる可哀想な存在だった。

 久野さんのほうが立場は上だ。


「けど店長も大変ですね。瀬川さんの代わりに深夜帯に入るなんて。昼間も入ってたんじゃないですか?」

「そうなんだよ。でも瀬川くんは大学生だから。ファミレスのバイトなんかよりも女の子のほうが優先だよねえ。辞められる方が困るしねえ」


 これはチャンスかもしれない。いい加減な店長のことだ。


「そうだ店長。僕も急に無理言って休んじゃったんでちょっと休んできたらどうですか? 一時間ぐらいキッチンやりますよ」


 店長が嬉しそうな顔をする。


「ホ、ホント? でも時給は出せないよ」

「いいです。いいです。明日からのカンも取り戻したいんで。ちょっと着替えてきますね」


 そう言ってロッカーに行き、シズクに厨房服を見せる。


「これに変身すればいいんですね」

「そそ。さすがだね」


 シズクは一瞬で厨房服になった。キッチンに行く。


「じゃ店長休んできてくださいよ」

「そ、そう? 事務仕事もあるから頼んじゃおうかな。さ、三十分ぐらいで戻ってくるからね」


 店長は押しに弱いから着替えて来ればそうなると思った。

 多分、ギリギリ一時間にはならない程度に戻ってくる。

 キッチンを去りゆく店長を見ながら、シズクに言った。


「じゃあ、よく出る料理から教えるね。作り方はここに書いてあるんだけど」


 まあウチのファミレスはセントラルキッチンで調理されたものを盛り付けることがメインと言ってもいい。加熱もオーブンやIH調理器具がほとんどだ。

 だから覚えることがほとんどだ。

 シズクの記憶力を信じて一気に全部教えてしまう。静かに聞いていた。


「どう?」

「はい。全部覚えました」

「そっか。さすがだね。シズクは」

「ご主人様に褒められて嬉しいです!」


 ふふふ。本当にそうだったらありがたいけどこんなにごちゃごちゃしたことを一気に覚えられるわけないよ。

 そんなことを考えていたときだった。


「鈴木くーん。例の『深夜の若者グループ』が来ちゃった」

「げっ店長は?」

「それがタバコを吸いに行っちゃったのかいないのよねえ。早めにお願いねえ」


 『深夜の若者グループ』は別に暴れるわけではないが、多人数で来てともかく早く注文を持って来いと言ってくる。


「無給で対応したい客じゃないけど、自分で言ったんだからしょうがないか」

「私やります!」


 え? 厨房服、いやシズクから元気のいい声が聞こえる。

 そう思ったのと同時に体が勝手に動き出した。


「ちょちょちょっ」

「ご主人様は見ててください」


 体にフィットしたシズクが僕を動かす。

 なにをするのかと思ったら注文通りに料理をはじめた。


「マ、マジか。すべての料理が的確に作られていく」

「エヘヘへ」


 本当にあの一回とマニュアルで覚えたらしい。

 すべて任せていいと思ったときだった。


「あ、そのグラタンをオーブンに入れるのちょっと待って」

「す、すいません。間違ってましたか?」

「んーん。正しいよ。けどチーズをもう二摘み足してオーブンの時間を10秒増やそう」

「チーズの分量もオーブンの時間もマニュアル通りかと思いますけど」

「あの客はいつもグラタンを頼んでくれるんだ。焦げているチーズが好きなんだって。ちょっと増やせば彼にとって美味しくなって毎回来てくれるなら裁量の範囲だよ」

「わかりました! ご主人様ってやっぱり優しいんですね」

「そかなあ?」

「はい! 素敵です!」


◆◆◆


 結局、帰ってきたのは5時だった。

 お風呂場でシズクを脱ぐ、というか分離する。


「明日はバイトが8時~15時にあるっていうのに。昨日もあんまり寝てないしな」

「やっぱり、ご主人様は家でリア様と遊んでいてくだされば……」

「そういうわけにはいかないよ。やっぱり仕事は僕がいかなくちゃ。それに帰ってきたら監視カメラの業者にも電話しないとなあ。まだ大丈夫だろうけど鉄の扉閉めたままだとディートが帰ってこれないし」


 ともかく早く寝ようと思ってリアが寝ているベッドにそっと入った。

 スライム形態のシズクがツツツとやってくる。


「私も一緒に寝ていいですか?」

「うん。いいよ。リアに見つからないようにね」


 シズクはプルプルと震えて喜びを表した後にベッドに入ってくる。


「はい。ご主人様のベッドの中……暖かくてとっても気持ちいいです」

「え?」

「ダンジョンの石壁は冷たかったですから。私、ダンジョンの奥から上がってきてご主人様に会えて本当に良かったです」


 シズクのそんな話を聞きながら、僕はだんだん深い眠りにいざなわれていった。

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