闇の魔術師がやってきた件
「ただいま~」
「あっおかえりなさーい」
二人の美女が同時に出迎えてくれるのは嬉しい。
窓から帰らずに玄関を使えれば、さらに嬉しいのだが。
「お昼ごはんとか買ってきたよお」
それを聞いたディートが眉をしかめ、リアが言った。
「え? 買ってきたんですか?」
あっ。リアに対しては僕がダンジョンに隠遁する大賢者という設定になっているのを忘れていた。
どうしようと思っているとディートが誤魔化してくれる。
「トオル様は転移魔法で遠い国の街に行くことができるのよ」
「そ、そうなんですか? 転移魔法なんて伝説級の魔法ですよ」
リアからは見えない角度でディートにお尻を軽くつねられた。
気をつけろということだろう。
「ま、まあね」
テーブルにガディウス金貨が原資になっているお昼ごはんを並べる。
ハンバーガーとフライドポテトだ。サラダは冷蔵庫の野菜で自分で作ることにした。
「見た目にも凄い美味しそうですね。あっこれ昨日食べたハンバーグでしたっけ? それがパンに挟んであるんですね」
「よくわかったね。ハンバーグをパンに挟んだものはハンバーガーって言うんだ」
リアも嬉しそうだったが、意外にもディートが喜んだ。
「それが例のハンバーグなのね。リアから美味しいって聞いて食べたくて」
ほ~。二人は僕がいないうちに結構話したのかもしれない。
性格は真逆のような気もするけど、意外と仲良くできるかもしれないな。
「じゃあ温かいうちに食べよう。いただきまーす」
「いただきます? なにそれ?」
ディートは「いただきます」を魔法の詠唱かと思ったのかもしれない。
「えーと。食べ物って命ですよね。命をいただきますっていう挨拶みたいなものですかね。おばあちゃんがなるべく言えって。今は大きめの声で言っちゃっいましたけどね」
「なるほど。トオル様っておばあちゃんが好きよね」
「僕はおばあちゃんに育てられましたから」
「ふーん」
ディートがさらになにかを聞こうとすると「いただきます!」と大きな声が聞こえた。
「リア……」
「今の話、凄くいいですね。私も真似しました」
「そうね。私も言おうっと。 いただきます!」
二人の美女がおばあちゃんの教えを引き継いでくれた。
こんなに嬉しいことはない。
「ん~~~! これ本当に美味しいわね~! リアが美味しいって教えてくれたけど期待以上だったわ。フライドポテトは私の育った地方にもあったけどね」
ディートもハンバーグを美味しいと思ってくれたらしい。
フライドポテトは向こうの世界にもあるんだな。
「ディートさん。このハンバーガーも美味しいですけど」
「ん? なにリア?」
「昨日、トール様が作ってくださったハンバーグは、もっと、もおおおっと、美味しかったですよ。卵の黄身がトローンってソースに絡まって」
リアが可愛いことをいう。ご褒美にチューしてレベルの成長限界を上げてあげたい。
3ぐらい上げてあげたい。
だが、急にそんなことをしたらビンタを食らう可能性もある。
【筋力】が1上がったら握力が4上がるのだ。
筋力方向にステータスが上がっている人間からビンタをくらったら首が折れてしまうかもしれない。
ご褒美は他のものが無難だろう。
「ごちそうさま」
別世界の二人にもごちそうさまの習慣を教えてから、リアにあるものを取り出した。
トンスキホーテで買って来たのだ。
僕はそれをビニール袋から取り出す。
「あーーー! ディートさんと同じ服だ!」
そう。体操着(ブルマ付き)とスクール水着のセットだ。もちろん部屋に戻る前にブルマとスクール水着を着た女性モデルの印刷物は取り出して捨ててある。
「ディートだけじゃ不公平だからさ。リアにもアーティファクトを作ってきました。あげるね」
「い、いいいんですか。嬉し~~~!」
ああ、こんな美女にコスプレ衣装を渡して喜ばれるなんて事故物件に住んだおかげだ。
ディートが冷たい目で僕を見ていた。
「私も脱衣所で着替えて来ていいですか?」
「もちろん。じゃあ食後の休憩になにか飲みながら畳の上で話でもしましょう」
「いいわね」
ディートも賛成してくれた。
二人からは近々どうするかとか聞きたいこともあるしね。。
和室の畳の上でリアを待つ。
既に僕の隣にはエルフの美女がブルマ姿で座っている。
チラッと見たら「なーに。ふんっ」と目をそらされた。
私だけじゃなくリアにまでブルマを買って。でも確かに私だけが貰うのも……っていうツンだろう。
ブルマ姿でそんな態度をとっても可愛いだけだ。
ツーンとソッポを向いているディート眺めていると和室の引き戸が開てリアが立っていた。
「ど、どうですか? 似合ってますかね?」
聖紺色の女神が立っていた。
ヒップラインはあくまで健康的な程度にボリュームと丸みがあり、スラっと伸びた太ももは誰しもが……。
「枕にしたい」
「え? 枕にしたいですか?」
ブルマのエルフからここで寝る時に使った枕が僕の顔に飛んできた。
似合ってるかと聞いて、枕にしたいと言われたリアは不思議そうな顔をして畳に座った。
まあいい。ティータイムだ。二人になにを飲みたいか聞いたら意外にもコーラだった。
「コーラって最初は薬味だと思いましたけど二度、三度と飲むと結構美味しいですね」
リアはコーラにハマりだしているようだ。
ディートがコーラを飲みながらニヤリと笑う。
「そうよねえ。トオル様から飲ませてもらったコーラの味は格別だったわー。うふふふ」
げっ。ディートは僕がコーラを口移しで飲ましたことをリアに言うつもりじゃないだろうな。
や、やましいことはない。
彼女を救うために毒消しとして口移しで飲ませただけだ。
僕はリアが見ていない隙にディートに両手を合わせた。
エルフはよろしいという顔をする。
まあ、そんなこともあるが、ともかく素晴らしい空間だった。
畳の上でブルマ美女二人とコーラを飲みながらマッタリする。
僕の至福の時間をぶち壊した男が来たのはそんな時だった。
―ピンポーン。ピンポーン。
ドアベルだ。え? 玄関はダンジョンになっているんじゃないのか?
「この音なんですか? 怖いです」
リアが電子的な音に怯える。そりゃ中世世界には無い音だ。
訪問者だろうが、一体誰だろう?
「鈴木さーん。いますよねえ? NNKの契約に来ました~」
な、なんだって? ダンジョンにNNKあるのか?
二人の顔を見る。わけがわからないといった顔だ。
やはり無い。ということは外から入る時は普通に日本なのだろうか?
ま、まあいい。僕はTVは見ないし、ゲームはパソコンとアイポンだ。
NNK恐れるに足らずだ。
「な、なんですか? 契約って?」
リアは恐れている。当然だ。不可思議な電子音を鳴り響かせ、ダンジョンの奥にいる大賢者に、なんらかの契約を一方的に迫る謎の人物が現れたのだから。
「闇の魔導師かもしれない。二人は和室にいてよ。僕が対処する」
NNKにブルマ姿の金髪美女とエルフ美女を見せるわけにはいかない。
絶対におかしな性癖持っている人物と思われてしまうだろう。いやおかしな性癖は誰だって持っているが、それを無理矢理に実現するとんでもない輩だと勘違いされてしまう。
最悪、ニュースになってしまう。
「ひ、一人で大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。僕は大賢者ですよ」
玄関に近づくと勝手にドアが開いた。
外はやはり排ガスの匂い溢れる日本だった。
「どうもーNNKから来ました。鈴木さんは引っ越しでここにいらしたようで~。TVがありましたら契約していただかないと~」
「勝手に開けないでくださいよ!」
ヤバイ。鍵もかけ忘れていたか。さすがに不用心だな。
それにしてもNNKはどうして引っ越ししてきたとすぐにわかるんだろうか。まあTVはない。
「TV無いんですよ」
「ええ? 本当に? TVが無い?」
「ネットで十分でしょう」
「でも携帯でワンセグを見れたりするんじゃないですか?」
「スマホのアイポンだからTVが見れないんですよね」
僕はニッコリと微笑んだが、NNKは引かなかった。
「こんな立派なところに住んでて。本当はあるんでしょー? TV」
「いや、本当にないですよ」
「じゃあ、ちょっとだけ」
なんとNNKは半開きで日本の景色を映すドアから勝手に室内に入り込もうとするではないか。
「ちょっちょっと」
「TVが無ければ無いでいいんで。ちょっとだけちょーとだけ」
「ダ、ダメですよ! 勝手に家の中に入っていいんですか!」
奥にはブルマ姿の二人がいるのだ。絶対に見せたくない。
だがNNKの力は強かった。さすがは大相撲を放映しているだけのことはある。
僕はすぐに土俵際に押し込まれてしまった。このまま部屋の中に入られてしまう。
玄関に完全に入られ、ドアが閉まった時だった。
ブルマ姿の金髪の美少女がやって来て僕の後ろからNNKを押したのだ。
NNKは吹っ飛び、一旦は完全にしまったドアを再びぶち開け、真っ暗の部屋に転がっていった。
「あ、ダンジョンだ。なるほどね。外から来てドアを開けっぱだったら日本で、閉めてしまったらダンジョンになるのか」
そういや引っ越しの時は家具の搬入があるので最後まで扉を開けっぱだった。
だから引っ越し業者さんは大丈夫だったんだな。
「それにしても大丈夫かな? 死んだんじゃないだろうか?」
肉弾系職業でレベルを上げているリアのツッパリの威力は、おそらく朝紺龍を超えているハズだ。
「闇の魔術師ですからきっとこの程度では」
そうだろうか。そうだといいな。頑張れNNK。
本当にリアの言うとおりだった。
「鈴木さーん。困りますよ。本当はTVあるんでしょ。契約は必ず……ってなんじゃここは~~~!」
そりゃそうなるだろうな。ダンジョンなのだから。
それにしてもNNKはタフだった。
「NNKと契約したくないからってイリュージョンまで。そりゃちょっとやり過ぎなんじゃ~ギャピピピピ!」
NNKの後ろにはいつの間にかディートが立っていた。
「スタンショックよ」
魔法の名前でわかった。スタンガンのような魔法だろう。
とりあえず、ディートとNNKを部屋に入れる。
ドアは歪んでいて力を入れないと閉まらなくなっていた。
リアは怒らせないほうがいいようだ。
「この魔法って体にダメージ残る?」
ディートにこっそりと聞く。
「大丈夫よ。しばらく痺れるけど」
それを聞いた僕はNNKを外に運んで、車に轢かれないように道の端に置いた。周りにゴミ置き場からビールの空き缶を拾って並べておいた。
「こ、ここここ今度こそTVがないか確認させてもらいますからね!」
本当に筋金入りの男だ。ブルマ姿の美女よりもTVがあるかないかのほうが重大らしい。
「あの……二人がいない時に来ないと死んじゃうかもしれないですよ」
彼女達を殺人者にはしたくないのだ。まあ彼のおかげでまた一つこの物件の仕組みがわかった。