三人にはお金を稼ぎたい理由があった件
飲食店にはアイドルタイムというものがある。
ランチタイムとディナータイムの間、具体的には14時から17時頃の時間で、お客さんが少なくなる。
店的には、その時間で清掃をしたり、販促をしたり、新人教育をする。
今日はアイドルタイムの14時半から16時半までリアとディートがウエイトレスとしてメグメルに体験入店する。
怖いので僕も一緒にキッチンに入ることにしているが……。
「楽しみです~」
「ね~日本のお店で働くなんて」
僕が恐れているのとは反対にリアとディートは楽しそうだ。
「ちょっと遊びに行くんじゃないんだよ」
店長の人生がかかっているのだ。
「わかってますよ。でも楽しみなんです」
「日本のお金も貰えるしね~」
ううう。大丈夫なんだろうか。
◆◆◆
リアとディートと一緒に立川の街を歩いて『メグメル』を目指す。
ミリィは先に店に入ってる。
街を歩いていると二人はまだコスプレもしてないのに女子高生から写真を撮っていいかと聞かれていた。
それを躱して店につく。
時間は30分前の14時。
この時間ならもう空いてるだろうと思いながら、いつもの木のドアをカランカランと、ベルを響かせながら開ける。
「げっ。この時間でもこんなに」
本来ならアイドルタイムになるはずの時間にも関わらず、メグメルはピークタイムのように混み合っていた。
「へ~ダンジョン地下街のメインストリートにあるお店みたいじゃない」
ディートが気楽なことを言っている。
新人研修を受けれるような状況じゃないな。
僕が二人と帰ろうとすると店長が小走りにやってきた。
「あ~助かるよ。よく来てくれたね」
「今日は忙しそうだから帰りますね」
「何冗談言ってるのよ。鈴木くんは早くキッチンに入って。二人はミリィちゃんに着替えを教えてもらって。ミリィちゃーん」
「はーいにゃ」
この混み方では研修は無理かと思ったが、店長は今から入って欲しいということらしい。
ミリィもいつの間にか語尾にハッキリにゃを付けて馴染んでいた。
ともかくキッチンに入る。
キッチンに入ると次々にオーダーが入ってくる。
「トオルくん、トオルくん。そのメニューはこうするんだ」
「あ、はい。なるほど」
一応、来る前に主力メニューの作り方は何となく学んだつもりだったが、メグメルの料理なので店長の工夫が凝らしてあって、ファミレスの料理より遥かに難しい。
リアとディートの様子を見ながらキッチンの仕事をこなそうと思っていたのだが、これはとても無理だ。
自分が足手まといにならないように必死に頑張るしかない。
◆◆◆
「ふ~。ファミレスより全然ハードだな……」
やっと自分の仕事に馴れて、客の入りが少なくなったかなと感じたときは、もう15時半を回っていた。
リアとディートは大丈夫だったんだろうか。
キッチンに入っていた限りでは、皿が割れる音や怒号や悲鳴は聞こえてこなかったが。
「店長、ホールのほうに行って、ちょっとリアやディートの様子を見てきていいですか?」
「あ~そうだよね。僕も全然見てないんだ」
「そうなんですか?」
「うん。全部ミリィちゃんに任せたから。友達なんでしょ?」
「ええ。そうですけど」
ミリィ、信頼されてるな。
「ともかく行っておいでよ」
「はい」
エプロンと帽子を脱いで、こっそりとホールを覗く。
リアとディートは例のポニーテール、バンダナ、指空き手袋の常連客と会話していた。
その間にも他のテーブルの客の注文を受けたり、相手をしていた。
「どう? ちゃんとできてるだろ?」
急に後ろから話しかけられたので、振り向くとミリィだった。
「驚いた。普通だよ。いや、普通よりも目配りとか気配りとか凄いかも」
「そりゃね。二人共、ずっと昔から冒険者として働いてるし……あ、はーいにゃ」
ミリィがお客の呼びかけに早歩きで応じる。
どうも僕は最近いらない心配ばかりしていたようだ。
◆◆◆
リアとディートは何とディナーのピークタイムまで体験するということになった。
僕はダンジョン伯としての領地経営の仕事があったので先に自分の部屋に帰っていた。
「大丈夫かなあ?」
「きっと大丈夫ですよ!」
書類を見ながら心配するとシズクが大丈夫と言ってくれた。
「そうだよね」
「はい!」
そんな話をしているとちょうど三人の話し声が玄関のほうから聞こえてきた。
「「「ただいま~」」」
「あ、おかえり~」
「おかえりなさい!」
落ち込んでいる感じでも、疲れている感じでもない。
リアもディートもまだまだ元気と言った感じだ。
「大丈夫だった?」
「も~トオルは心配しすぎよ。ねえリア?」
「はい。私たちも日本に馴れてきていますし」
やっぱり問題無かったようだ。
「でも、疲れなかった?」
「全然、ダンジョンの冒険もできるわよ」
「ええ。私も冒険も孤児院の仕事にもいけます」
よく考えたらダンジョンの冒険はバリバリの肉体労働だったよな。
それに一瞬でも気を抜けば、自分や仲間の命が危うくなる時だってある。
二人を軽く見てたかもしれない。いやミリィもか。
「じゃあ、リアとディートもメグメルで働く?」
「はい!」
「やるやる!」
二人が満面の笑みで答える。
異世界人とバレてしまったり、他にも色んなリスクが考えられるけど、こんな顔をされたら断るのは難しい。
ふと思った疑問を口にした。
「でも、三人とも何でそんなに働きたいのさ」
「仕事も楽しいけど、お金が欲しいからに決まってるにゃ」
ミリィはお金と答えるが……。
「前に教えただろ? クレープが食いたいとか牛丼が食いたいとかすき焼きが食いたいとかなら、もう十分だって」
「俺は盗賊ギルドの借金のカタにゃん」
「その効果は絶大だったよ。ノエラさんが慌てて税金滞納分を分割で払ってきたよ」
「にゃにゃにゃ」
元々は盗賊ギルドがあまりに税金を滞納するから借金のカタにミリィを働かせていたのだ。
「トオル様、最近良く寝れていますか?」
ミリィとそんなやり取りをしているとリアが言った。
「え?」
「ダンジョンの領地経営とファミレスのバイトであんまり寝れてないんじゃないの?」
今度はディートだ。
言われてみるとどちらも忙してあまり寝れていない。
「だから私たちが日本での生活費を稼ごうと思って。三人で話し合ったのよ」
「え? えええええ?」
更新遅れていて申し訳ございません。
後ほど活動報告で色々と連絡させていただきます。
よろしくお願い申し上げます。




