店のコンセプトがむせる件
飲食店で真面目一徹に働いていた店長がメイド喫茶だって。
「ああ。まあメイド喫茶みたいなものというか」
「みたいなものというか?」
「メイド喫茶みたいなもんというか。僕の料理、結構美味しいだろ?」
「ええ」
店長が話題を変えた。
ファミレスの料理はマニュアル通りに作れば、誰でも同じ味である程度は美味しいものだけど、店長は本当に料理も美味い。
よく手料理を持ってきてくれた。
普通はおばちゃんがよくやる行為であまり美味しくもないが、店長の作ってくるものは実際にとても美味しかった。
「いつか自分でカジュアルなイタリア料理店をやりたいなと思っていて、コツコツ貯金してたんだ」
「そうだったんですね」
「うん。でも、今どきは美味しいだけじゃお客さんは来ないんじゃないかって」
「飲食店はいくらでもありますからね」
飲食店は新しいのができては消えていく。
僕でも飲食店を経営することが厳しいことはわかる。
「だから、なにか店に特徴が必要だと思うんだよね」
「それがメイド喫茶ですか?」
「うん。メイド喫茶も色々あったのさ」
「そうなんですか?」
「うん。僕も色々調べたんだけどね」
僕ははじめてメイド喫茶来たので知らない。
話を聞くと単に料理が高くなっているだけの店や席のチャージ料や指名料もついているキャバクラ風のところまであるらしい。
服装も色々で制服はメイド服ではないけど、メイド喫茶のような形態の店まであるらしい。
「本当は料理で勝負したいんだ。値段はカジュアルでも、ちゃんとした本格的な美味しい料理を出したい」
店長に言わせれば、メイド喫茶でちゃんとした料理を出している店はほとんどないらしい。
「なにか特徴付けるのにメイド服ってのはお遊び程度に考えていたし、無理かなあと思っていたんだ」
なるほど。カジュアルでも本格的なイタリアンをやりたいと思う人が、お遊び程度にウエイトレスをメイド服にしようと思ったということか。
でも、そのお遊びを本気にさせた理由があるんだよな。
「どこかのタイミングで本気になったんですよね?」
「うん。ある日、深夜アニメを見ていたんだ」
「深夜アニメ?」
話が飛ぶな。
深夜アニメとどう関係するんだろうと思いながら、メイドの子が運んできてくれたアイスコーヒーを口に含む。
「ああ、最近、アレが流行ってるでしょ」
「アレ? なんのことですか?」
「アレさ。異世界に行っちゃうやつ」
それを聞いた瞬間、アイスコーヒーが気道に入ってしまった。
「ごほっごほっ!」
「だ、大丈夫かい。どうしたの?」
幸い一口だったので吐き出したのは少しで済んだ。
おしぼりでコーヒーを拭く。
「す、すいません。器官にコーヒーが入っただけです。続けてください」
「そ、そう。えっと、なんの話だったっけ?」
「異世界です……」
「あ、そうそう。流行ってるよね。異世界いいよね。昔の冒険ものと違って楽ちんそうだし」
「そうですね……」
僕はかなり苦労してますけど。
不満を押し隠しながら、残ったアイスコーヒーを氷ごと口に含む。
「でも異世界のアニメと店長の新しい店がどう関係するんですか?」
「異世界ものは冒険者の酒場みたいのがよく出てくるじゃない。あれ僕の店のイメージにピッタリかなって!」
またもコーヒーを吐き出しそうになるが、なんとか堪える。
しかし、それは無駄な行為だった。
「料理はちゃんとしたものを出す。でも内装を冒険者ギルド風にして、金髪とかエルフとか猫耳のコスプレした女の子をウェイトレスに」
「ごっほ! ごっほっごっほ!」
「鈴木くん! 本当に大丈夫!?」
◆◆◆
「ペーパーテストの結果は良いようですね」
「まさか本当にテストをやらされるとは思わなかったよ」
ライラの領地経営の講義のペーパーテストをやらされて、その採点が目の前でおこなわれている。
全ての問題のチェックが終わったようだ。
「ん~満点か~残念! ここができてない、こおもできてないって言おうと思ってたのになあ」
ライラは不満そうに言いながらも笑っている。
「最初からケチを付けるつもりだったのか?」
「ふふふ。ごめんなさい」
「あれだけスパルタでやられたら、少なくとも良い点にはなるよ。満点を取れるとは思わなかったけど」
「そうですね。とりあえず今日は終わりにしましょうか」
僕は盗賊ギルド本部のソファーに深々と座り直した。
「ふ~」
「疲れました? 厳しくてごめんなさい。でも領民を幸せにしたり、その前に領民に信用されることが重要ですから」
「あ、いや。ちょっと他のことで」
本当に他のことを考えていた。
店長とファミレスのことだ。
メイド喫茶に行ってから店長はすぐに退職した。後任の新店長は入ってきたのだが、バイトは昔より居心地は良くない。
やはり、店長は影で色々と僕たちが働きやすい環境を作ってくれていたのだ。
店長のお店が成功すると良いけどなあ。
「他のこと?」
ライラに聞かれてしまう。
ちょうどいい。彼女の領地経営の手腕は噂だけではなく本物だと思う。
レストラン経営のことを隠しながら聞いてみようか。
「実はちょっと地下街の個人的な友人が地上にお店を出すって」
「どんなお店ですか?」
「レストランみたいなんだけど」
我ながら上手い聞き方だと思う。
本当は異世界風の店を日本でやるんだけど、ダンジョン地下街の住人が地上でレストランをやるという聞き方にした。
「メインシェフの腕は良いのですか?」
「うん。腕は良いよ。でもちょっと変わったコンセプトにしたいって」
「どのような?」
「うん。ちょっと地下街の店風にしてさ。地下街のエルフとか獣人の女の子とかウエイトレスに雇うんだってさ」
「へ~面白そうですね」
ライラから見てもいけるのか。
なら大丈夫かもしれない。
「スタートを上手く切れるかはウエイトレスに良い女の子を揃えられるかどうかですね」
やっぱり、そこかあ。
瀬川さんは大丈夫だろうか?
どうやらウエイトレスになってくれる子を集めるって気炎を上げるているそうだけど。
 




