店長が意外なお店を作ろうとしている件
店長って、もちろん僕がバイトしているファミレスの店長だよな。
バイトの僕たちよりも腰が低くて真面目で優しい……。
何かの間違いじゃないだろうか。
「バイトしてた時は店長、今日も普通でしたけど?」
「実は昨日バーで酒を飲んでたら店に店長が来てさ」
遊び回って大学六年生になってしまっている女好きの瀬川さんが話はじめた。
バイトでは主にキッチンを担当している。
僕と店長と瀬川さん、三人の時に、つまり女性スタッフがいない時にとあるバーによくナンパしに行くと言っていた。
そこで店長に出くわしたのかな。
「一人で飲みたかったんだけど、やあ瀬川くんいたの? とか言われて隣に座られたんだよね。店長はもう既に出来上がってて」
「ふむふむ」
「店長は上機嫌でお酒は好きだけどこういう店には来たことなくってって。だから俺は聞いたんだよ。ナン……じゃなくて何しに来たんですかって。そしたらさ」
いつもヘラヘラしている瀬川さんも真面目な顔で続けた。
「バーとかレストランを自分ではじめようと思っていて見学しにきたらしい」
「えええええ? まあ、確かに長年ファミレスの店長してたんだからレストランとか出来るかもしれないですね」
「近々、退職して自分の店を作るんだってさ」
「あの店長が辞める……でもリストラなんですか?」
そう聞くと瀬川さんは久野さんのほうを見てバトンタッチした。
「リストラよ。間違いないわ。ほら」
久野さんはスマホでニュースサイトを開き、僕に見せてきた。
そこにはファミレスグループが大幅に店舗を整理することが書かれていた。
「でもウチの店は大丈夫じゃないですか? 結構、お客さん入ってるし」
「店が減れば店長の数は余るわ」
「そ、それは……そうですね」
「ウチの店長。椅子取り競争とかに向いてると思う」
どう考えても人に譲ってしまうようなタイプだ。
「でも明るかったんでしょ?」
「いや~アレは一時のハイテンションだと思うなあ。かなりお酒入ってたし」
説明が瀬川さんに戻る。
「それにさ。新しい店を作ったら俺にもスタッフとして来て欲しいってさ。鈴木くんも誘われるかもね」
「ええっ? でも、やっぱり前向きな退社なんじゃ」
そんなに話が盛り上がるぐらいならリストラでもないかもしれない。
「いや~店長だよ。職場を愛してたじゃん。形としては引き抜きだよ」
確かにそうだ。この手の飲食業界は常に人手不足で困っている。
そして僕たちバイトが休んじゃった時も代わりに穴埋めしているのがほかならぬ店長だった。
僕もダンジョンの関係で結構休んでしまっている。
人員の確保は常に死活問題なのだ。
『もし店長が独立したら鈴木さんも助けてくれますよね?(T_T)』
この四人で作ったライメのグループチャットに立石さんがメッセージを打った。
立石さんは元々、店長が好きだったらしい。
店長はまともな人なのでJKの立石さんを相手にしなかったらしいが。
それか店長のことだから気が付かなかったのかも。
フラレて凹んだ立石さんを僕に変身したシズクが格好良く慰めてからは……何となく僕に……。
まあ、それは置いといて、立石さんも店長を助けたいと思っているのだろう。
「もちろん!」
店長には普段からお世話になっている。もちろん応援したい。
久野さんと瀬川さんもうなづいた。
◆◆◆
それから数日後、またライラに領地経営のスパルタ教育から僕の部屋に逃げ帰ると店長から電話がかかってきた。
『もしもし、鈴木くん』
『あ、店長どうしたんですか?』
どうしたんですかと言ったものの、あれから店長リストラの状況証拠は増々追加されて、あの時の四人の中では既成事実になっていた。
『今、大丈夫?』
『ええ』
本当はスパルタ教育を受けて来たところだが、
『鈴木くんはハートっていう喫茶店に行ったことある? 立川駅のすぐ近くなんだけどさ』
『ハート? 行ったことないです』
『時間あったら奢るから、そこで話しない?』
僕の部屋も立川駅の近く、ファミレスも立川駅の近くだ。
急に人がいなくなった時に僕に電話が来ることがあるので店長はもちろんそれを知っている。
その喫茶店も近いのだろう。
『いいですよ』
『じゃあハートが入ってるビルの下で待ってるね。場所は……』
案の定、歩きでもすぐだ。
『今からでも大丈夫ですか?』
『うん。悪いね。ありがとう』
電話を切って出かける準備をした。
立川の街を歩いて指定のビルの下に行くと店長がもう待っていた。
「あ、鈴木くーん」
「どうも」
「悪いね~急に呼んじゃって」
「いえ、全然。家でダラダラしてたんで」
本当はライラのスパルタ教育から逃げ帰って来たところだけど。
「じゃあ、お店に行こうか。このビルの二階なんだけど」
「はい」
階段を上がるとお店の前に女店員の画像がプリントされている立て看板があった。
へ~可愛い制服だな……ってこれ。
「て、店長。ここってメイド喫茶ですか?」
「うん。そうだよ。最近ハマっててさ」
僕は一度も入ったことが無かった。
少し躊躇してしまう。
「さあ。入った入った」
店長が入っていく。僕も一緒に入った途端
「ご主人様。おかえりなさ~い」
とメイド服の女性店員に言われた。
一瞬、シズク? と思ってしまう。
どういうことだろう?
「このお店はご主人様が出かけていて今帰ってきたという設定なんだ。だから店員さんがご主人様、お帰りなさい言ってくれるんだよ」
「やだ~ご主人様、設定なんてないですよ~」
「あ、ミクちゃん」
「今日は新しいご主人様を連れてきてくださったんですか?」
「そうそう」
確かに店長はこの店に大分来ているようで、メイド店員さんと親しげに話していた。
席に座るとメイド店員さんがやってきた。
どうやら一緒に話したりしてくれるようだが、店長は二人で話したいと伝えた。
僕はメイド店員さんが去っていく姿を見ながら、それなら店長はどうしてこの店に呼んだんだろうと思う。
「いや~実は……」
店長はリストラされたことをおもむろに話しだした。
自分でお店を持とうとしていることも。
「驚いた?」
「久野さんが大体予想していて、瀬川さんもスタッフとして誘われたって」
「な~んだ。鈴木くんやみんなにはお見通しか~」
二人で笑いあう。
「僕も店長がお店を作ったらファミレスやめてそちらに行きますよ」
「いや瀬川さんに頼んだ時は僕も酔っ払って言っちゃったけど、今までお世話になったお店に迷惑かけるなんて出来ないよ」
「え~でもリ」
リストラさせられたんでしょうと言いかける。店長は察してくれたようだ。
「あははは。それでもね」
「じゃあ、なんで僕を呼んだんですか?」
「今までのお礼と挨拶だよ」
店長らしいな、と思う。
利害関係が無くなるバイトに対して、そんな気遣いしてくれる人はなかなかいないと思う。
「それと……僕のお店のことも話して置きたくてさ。スタッフとしては無理でも、お客としてならたまには来てくれるかなって?」
店長の新しい店か。
どんなお店なんだろう。
「ちなみにどんなお店なんですか?」
「うん。いわゆるメイド喫茶みたいなお店をやろうと思ってるんだ」
「えええええ! メイド喫茶!?」
感想の返信、「修正のしました」のお返ししかできてないですが、全部読んでます。
ありがとうございます!




