若い貴族たちと有力貴族と会う件
「もぅっ! なにやってんのよっ!」
「い、いや、リアを助けようとしたら」
「なら遊んでないで、とっとと助けてきなさいよ」
ディートに怒られてしまった。
リアを囲む若い貴族の男たちはさらに数を増している。
「社交界ははじめてですか?」
「賢者殿とどのような関係で?」
「よろしければ我が家に仕えてエルドラクス家を再興なされては?」
人垣を強引に割って入る。
「リ、リア」
「トール様」
リアはほとんど棒立ちだった。
僕はリアを背に隠すように立って小さく両手をあげる。
「リアは僕の連れでして」
リアを背に隠すと僕にも若い貴族の男たちが殺到した。
中でも特に若く恰幅のいい男性が眼の前に押し入ってきた。
「賢者殿、私、ヨーデルン子爵が長子のウィリアム・ハイムと申します」
「ど、どうも。鈴木……いやトオル。トールです」
「トール殿、今日はお会いできてよかった。お尋ねしたいことがあるのだが」
「なんでしょう?」
「アリア殿はまだ結婚なされてないようだが、トール殿とは婚約をされていらっしゃるのか?」
「こ、婚約? そ、そんなことはありませんけど」
ウィリアムの顔は柔和だが、真剣そのものだ。
「そ、そうか。な、ならばアリア殿との間を取り持っていただけないだろうか。正妻として迎えたい」
「せ、正妻?」
「貴殿はアリア殿によほど信頼されているご様子。もしトール殿が仲立ちしてくださるなら、このウィリアムどんなこともお礼もいたしますぞ」
念のため僕は後ろのリアを振り返った。
首を左右に振っている。さらに僕の服の背中を握っていた。
「い、いや。その脈は無いみたいですよ」
「わかっている。先ほど既に聞いてみた」
「え? それなら」
「今度ゆっくりとした席を別に設けてアリア殿の真意を聞き、また私の言い分も聞いていただき、その上で断りをいただくようであればきっぱりとあきらめますので」
「いいっ?」
「先ほどの礼ですが、ヨーデルン子爵領を譲ってもいい」
そもそも爵位というのは領地に付随している場合が多い。
つまりウィリアムさんの貴族の身分を保証するものだ。
他の爵位や領地も持っている可能性はあるが、それほどに真剣ということなのだろう。
リアをチラッと見る。
確かにドレス姿は魅力的だった。純白のドレスがサイドで束ねた金色の髪の毛を輝かせている。
見とれているとむさくるしいウィリアムさんの顔が視界にはいった。
「トール殿、何卒!」
「僕に言われても……」
「アリア殿が申されるにはトール殿に聞いて欲しいと」
「え? えぇっ~」
ウィリアムさんに詰めよられているとディートとビーンさんもやってきた。
これで助かったと思ったのもつかの間だった。
「ディート殿もトール殿の知己なのか? 私はオットー。ヤーグ伯だ」
近くにいた他の貴族が聞いてきた。
それに子爵の息子であるウィリアムよりも伯爵のほうが大分偉い気がする。
多分、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順番で偉い。
リアが昔持っていた騎士爵は、それらよりもずっと下のはずだ。
「ま、まあ」
「頼む。彼女との仲を取り持ってくれ」
ディートが凄んだ。
「アンタ、今度私に関わったら踏むって言ったでしょ」
「構わない! むしろ踏んで欲しい!」
オットーはディートの深紅のドレスの膝にすがった。
「ドレスがめくれちゃうでしょ。離して」
僕は予想される光景を止める。
「ディート待てっ」
「このっこのっ!」
ディートは有無を言わさず、〝伯爵〟の顔を足蹴にしていた。
「痛い、痛い! もっと踏んで~!」
ひょっとして止める必要はないのだろうか?
いや、そういうわけにもいかないだろう。
僕はディートの膝にすがりつくオットーさんの足首を掴んで引っ張った。
しかし、オットーさんは顔を踏まれながらもディートの膝にすがっている。
「このこの」
「もっと~」
「ディート止めろ! ヤーグ伯も!」
オットーさんはなかなか離れない。
「私も手伝います。片足ください」
「ありがとう」
僕が左足を引っ張って、リアが右足を引っ張る。
「せーの!」
二人で掛け声をかけて引っ張るとすぽっと抜けた感覚があり、僕は尻もちをついてしまう。
だがオットーさんはまだディートに踏まれ続けていた。
手を見るとオットーさんの足が……。
「うわってただのズボンか」
「このこの」
オットーさんはパンツだけになった下半身をくねらせながら踏まれる感触を楽しんでいるようだった。
「くそ! なんてしぶといんだ!」
こうなったらクリックレベル上げで鍛えた力を解放してやる!
ところが今度はウィリアムさんに取りつかれた。
「トール殿、聞いているのですか? アリア殿を」
ウィリアムさんはこの惨状が目に入らないのか。
他の若い貴族の男たちも負けじと続いた。
「トール殿、実は私もアリア殿を」
「吾輩もディート殿に踏まれたい」
「トール君、晩餐会の後、空いてる?」
いつの間にか、さっきプリクラ風の写真を一緒に撮った金髪縦ロールのライラもいた。
大挙して押し寄せてきた貴族たちにもみくちゃにされてしまう。
こ、この国の貴族は本当に大丈夫なのか。
ところが急に貴族たちはモーゼが割った海のように僕たちの前に一本の道を開けた。
「ど、どうしたんだ?」
すると貴族が左右に割れた一本道からニコニコ顔の老紳士が二人歩いてきた。
フルブレム商会の後ろ盾であるランベルト卿と、テシオと関係が深かったターレア商会の後ろ盾だったアルトベッロ卿だ。
「ははは。さすがは賢者様。凄い人望であらせられるな」
アルトベッロ卿に笑われる。
ビーンさんによれば、ランベルト卿とアルトベッロ卿はフランシス国でも有数の貴族で王室と縁戚らしい。
あれほど無茶苦茶だった貴族たちが大人しくなり、あのオットーさんですらディートの膝から離れてズボンを穿いていた。
日本のクラスカーストより厳しいぞ。そんなの当たり前か。
「どうもこんばんはアルトベッロ卿。大陪審ではありがとうございました」
僕が挨拶をすると暴れていた若い貴族たちの目が一斉に集まる。
どうしたんだろうと思っているとライラがつんつんと僕の腕を突く。
「あのアルトベッロ卿にそんな挨拶して」
小さい声で忠告された。
そ、そんなにいい加減な挨拶だっただろうか?
それに〝あの〟というからには厳しい人なんだろうか?
ゴブリンの土地も用意してくれたし、結構気さくな人かと思っていたんだけど。
こっそり顔色を窺ったが、やはり笑っている。
ライラが僕の前に出た。
「ア、アルトベッロ卿。賢者様はこのような席に出たこともなく、決して悪気があったわけでは。かようなご無礼をお許しください……」
女子高生のようだったライラが今は完全に淑女だった。
けれども声が震えている。
「ははは。お嬢さん。どなたか存じ上げないが、心配には及ばないよ。晩餐会には陛下もおわすのでそうはいかないが、今はパーティーのようなもの。無礼講だよ」
若い貴族たちとライラの間に弛緩した空気が流れた。
アルトベッロ卿が続けた。
「テシオのような輩は我が国のためにならない。こちらこそ賢者様に礼を申し上げる」
今度は貴族たちがどよめく。
アルトベッロ卿が賢者殿に礼を言ったぞというひそひそ話が聞こえてきた。
「フランシスの未来をになう貴公らに伝えておこう。私はランベルト卿と共に王陛下に進言するつもりだ」
若い貴族たちが「陛下に進言ってなにを?」という顔をした。
それは僕も同じだったろう。
「賢者殿にヨーミのダンジョンを領地として贈られるように上申するつもりだ。つまりトール殿はヨーミ伯爵になる」
全員の顔が僕とアルトベッロ卿を交互に見比べた。
どの顔も目をパチくりさせて驚いている。
「ひょ、ひょっとして、それって僕が?」
「うむ。我々と同じ貴族になる。ダンジョン卿とでも呼ばれるになるのではないかな? ははは」
コミックス第2巻が本日(7/27)に発売しました。どうぞよろしくお願いします。




