異世界でもプリクラは人気な件
「「えええっ? 王宮での晩餐会!?」」
ビーンさんは笑顔だった。
「はい。大陪審の有力貴族の方々がトールさんにお会いしたいと」
リアが頓狂な声を上げる。
「宮中晩餐会って言ったら貴族とその子弟だけしか来ていないですよね?」
「ええ。普通はそうですね」
「すごいすごいすごい」
リアが興奮しているので、宮中晩餐会についてディートにこっそり聞いてみた。
「宮中晩餐会に招かれるって結構凄いこと?」
「私はエルフだから人の国のことはよくわからないけどね。でもこれぐらいは知っている。貴族もピンキリなのよ」
「というと?」
「むかしリアがやってた地方貴族に仕える騎士なんてのはキリのほうで宮中晩餐会に来るような貴族は王室と血縁もあったりするピンの貴族たちってことね」
「ふむふむ」
「アルトベッロとか地方に大きな領地があって力を持っている貴族なんかも、宮中晩餐会に招待されるようなピンの貴族ね」
「なるほどねえ。時代劇で例えるなら御三家、幕臣、大大名とかしか参加できない江戸城での食事会みたいなもんかな?」
ディートはせんべいをかじりながら暴れん坊老中を見るのが好きだった。
「うん、そうね。それであってると思う」
「た、確かにすごい……」
僕は賢者って言われてるけどそれでもただの一般人だ。
その辺の町民だか農民だかがそんな会に招かれるとは予想外だった。
それに大丈夫だろうか。
テーブルマナーとかミスったら切腹……なんてことに……。。
どうやらゴブリンサムライよりも自分の身の上の心配が必要かもしれない。
――ふっふっふ。でも僕にはシズクがいる。
「ご主人様?」
膝の上に乗っている白スライムの頭をなでた。
シズクは変装の名人なので動きも完璧に覚えることができるし、トレースもできる。
予めビーンさんにテーブルマナーを教わっておけば、粗相をしてしまうこともないだろう。
ほっと安心するとリアが僕の方を見ていた。
「トール様はすごいな~……。でも私も一生に一度でいいから行ってみたいなあ」
かわいそうだけど僕一人で行くしかないだろうな。
「リアさんとディートさんも呼ばれてますよ」
「「「えええっ?」」」
リアとディートと一緒に僕も声を上げてしまう。
「力のある貴族はトールさんに会いたいといっていましたが、若い貴族はどうもリアさんやディートさんに興味があるようですよ。ははは」
「なんだと? 若い貴族だって?」
貴族イズ金持ち……。
最近そうでもないけどお金に苦労している僕は若い貴族と聞いてをつい反発してしまった。
そんなに大きなつぶやきでも無かったと思うが、隣のディートに聞こえてしまう。
「どうしたの? そんなにトオルが不満なら行かないわよ」
ディートに手を握られる。
「あ、いや。あはは。行くならディートも一緒に行こうよ」
「もぉ~どっちなのよ」
エルフのディートはそれほど興味はなかったようだ。
ただ人間で騎士をしていたリアは興味津々だった。
「私は騎士爵の地位すらなくなったただの冒険者なのに本当にいいんですか?」
ビーンさんがうなずく。
「もちろんですよ。招待されたのですから」
リアはかつては貴族に仕える騎士だったが、主家ごと消滅して今はただの冒険者になっている。
もちろん騎士だった時も王宮の晩餐会には招待されることはなかっただろう。
リアにとっては宮中晩餐会に招待されるのは名誉に直結するのかもしれない。
「行くかどうかはもちろん皆さんの自由ですが、アルトベッロ卿をはじめとした有力者の方々が是非にと」
ビーンさんが僕を見る。
目線もこちらに向いているので、少なくとも僕は参加してくれたほうがありがたいと思っているようだ。
大陪審で証言台に立ったり、ヨーミのダンジョンで地下ギルドの会合に参加したときから、この世界の有力者に接していかなければならないことは半ば覚悟していた。
それなら賢者という立場を利用しよう。
「皆で行こうか」
リアが笑顔になる。
◆◆◆
フランシスの王都、オルレアンは城塞都市だ。
港以外は都市ごと壁で囲んである。
そのなかにある王宮は防御の機能をほとんど持っておらず、絢爛で華美なものだった。
大陪審がおこなわれた大聖堂はいわば離れだったようで本宮殿はさらに大きかった。
まだ会場についてない廊下で圧倒された。
まるで巨人が歩くための廊下のように天井が高く、横幅も広かったからだ。
きっと僕もリアもディートもポカンとした顔をしていたのだろう。
「ハハハ」
ビーンさんがこちらを見て笑った。
笑いで意識を取り戻した僕と二人が案内役の侍女さんについていこうとした時、ディートがひっくり返った。
「いったーい」
リアもディートもドレスを着ていた。
商館からここまでは馬車で来たので、まだ歩き馴れていないのだろう。
床までついているスカートの裾を踏んでしまったようだ。
「こんなの戦闘になったらどうするのよ。動けないじゃない」
頼むから戦闘はしないで欲しい。
リアが胸を張った。
「もぅっ、ディートさん。私のように優雅に。あっ」
リアも派手な五体投地をきめた。
ディートが低い声を出した。
「なにが優雅によ」
「うううっ」
案内役の侍女さんが笑いを堪える微笑みで立っていた。
ビーンさんは笑えていなかった。
「こちらでお待ち下さい」
「え?」
侍女さんに案内されたホールは既に十数人の貴族とその子弟がいたが、テーブルも椅子もなかった。
燕尾服を来た男性が飲み物も運んで配っていた。
ビーンさんが説明してくれる。
「ここで待機して、正式な会場に案内されます。食前酒もありますが、ここで有力者との交流もありますので、あまり飲ま……」
「このお酒、美味しいっ! え?」
ディートはちょうど空になったグラスを給仕に返して、両手に新たなグラスを持ったところだった。
待機場になっているこのホールに早く来ている貴族はフルブレム商会の後ろ盾になっているランベルト卿やアルトベッロ卿と比べると身分の低い貴族や子弟のようだった。
若い貴族も多く次々とリアやディートに寄ってくる。
ディートは冒険者ギルドで出していた、話しかけてきたら殺すオーラで防いでいたが、リアは複数の正装をした男性に囲まれていた。
「アリア殿はカーチェ家に仕えていたと?」
「ひょっとしてエルドラクス家?」
「エルドラクス家といえば、騎士爵だったのでは?」
王宮の晩餐会には呼ばれないとは言え、リアはかつて軍事貴族として大貴族に仕えていた。
その繋がりと(ディートに比べれば)温和な態度が男性を集めたらしい。
すぐに引き離そうとしたのだが……なんと僕も貴族の女性に話しかけられる。
年の頃は十六~十五歳ぐらいに見えた。
「私、ブラン子爵の三女のライラと申します。トール様ですよね?」
「あ、は、はい」
「お父様から見たこともないようなアーティファクトを開発される大賢者様とお聞きしてます」
リアやディートに比べれば……ということはあるが、それでもライラという若い女性の金髪縦ロールは十分に魅力的だった。
子供っぽさもあるが、コケティッシュでもあった。
「ねえ。賢者様。私にも大陪審でお見せになられた〝シャシン〟っていうアーティファクト見せてくださらない? ね?」
「ええっ?」
しかも、顔が近い。
コルセットのドレスで強調された胸も僕の腕に微妙にあたっている気がする。
「大きな魔力とか使われてしまいます? それとも高価な触媒を使用したり?」
「いえ、そんなことはありませんけど」
「じゃあ、お願いします」
有力者の娘かもしれない……ここは断るのは得策ではないだろう。
僕は会場の写真をアイポンで撮って見せた。
「きゃー! こんなアーティファクト見たことない!」
「ははは」
「これって紙に絵画のように印刷することもできるんですよね?」
「ま、まあ」
ライラは現場にはいなかったらしいのに。
興味を持って父親から詳しく聞いたのだろう。
「ねねね。賢者様ぁ。記念に私と二人のシャシンを作ってくださりません?」
「なっ?」
この子は日本の女子高生か!? この世界にも肖像画はあるようだが、プリクラのような発想をされる。
「お願いぃ~」
左腕を両手で掴まれて頼まれる。
有力者の娘かもしれない。大事なことなので、二回心のなかで確認してからアイポンを自撮りモードにして二人で写真を取る。
「きゃああああ~素敵~! 私と賢者様が写ってる!」
その声を聞いた他の貴族の女の子たちも三人ほど集まってくる。
僕は逃げようとしたが、ライラにアイポンを取られて見せびらかされる。
「なにそれ~すっごーい!」
「ずるい! ライラ!」
「賢者様、私も!」
面倒なことになったぞ……。
女の子たちから詰め寄られる。
ライラもまた僕の腕を撮って頼んだ。
「もう一回撮って~! お願いします! なんでもするからぁ~!」
この子たちも有力者の娘かもしれない……。
仕方なく再びアイポンを自撮りモードにして写真を撮る。
――カシャッ
撮影した画像を表示すると僕が確認する前にライラが手を出した。
「きゃー見せて見せて!」
ライラたちに笑顔でアイポンを渡す。
ところがライラたちは青い顔をして僕にアイポンを返してきた。
どうしたのかと言う間もなく、彼女たちは散っていく。
「ま、まさか心霊写真とか?」
写真を見る。すると……
はしゃぐライラたちと僕の後ろには恐ろしい顔をしたエルフが写っていったのだ。
「ト・オ・ル♪」
ゆっくりと後ろを振り向くとドレスを来たディートが満面の笑みで立っていた。
コミック版の第二巻が7月の27日に発売します。よろしくお願いします。




