誤解のまま、重大ななにかが進みそうになっている件
こうなったら僕の口から彼女の口にコーラを押しこむしかない。
もちろん気道に入る可能性もあるし、コーラは死ぬような毒には効かないかもしれない。
だが、なにもしなかったら確実に死ぬ。
戸惑っている場合じゃない。
僕にとって初めての口と口の粘膜を合わせる行為は女魔法使いさんの血の味がした。
なんとか彼女の胃の中にコーラを流し込むことができたようだ。
「ごほっごほっ。嘘……体が楽に」
女魔法使いさんがしゃべる。どうやら少しだけ回復したようだ。
「万能薬を飲んでもらいました。さあもっと飲んで」
コーラが本当に万能薬かどうかなんて知らない。
でもこういう時は自信満々に言うに限る。現に効いたのだ。
自信満々に言ったからか女魔法使いさんは少しだけ躊躇いながらも全部飲み干してくれた。
「……本当にこの黒い水で毒は抜けたみたいね。薬みたいな変な味。って薬なのか。甘いのに刺激もあるし……」
女魔法使いさんはヨロヨロと立ち上がった。
立てても足元はおぼついていない。
「よかった。でも毒が抜けても体の損傷は残っていると思います。近くに安全に休めるところがありますから行きましょう」
僕がそう言っても女魔法使いさんは疑わしそうな目で僕を見るだけだった。
そりゃそうか。ジャージにヘッドライト付きのヘルメット、ピッケルなんて装備、ダンジョン側の世界の人は見たことないだろう。
だが、彼女が口にしたことはまったく別のことだった。
「もし私を襲うつもりならここでして」
「へ? どういう意味……」
「仲間と集団でされるよりもアナタ一人にされたほうがいいわ。アナタもそっちのほうがいいんじゃない?」
「な、なんの話ですか?」
「もう食料も大したアイテムも無いし、一番はそれ目当てなんでしょ?」
女魔法使いさんは黒いマントからチラリと太ももを出した。
どうやらマントの下も黒革のレオタードだった。
太ももが異様に艶めかしい。
ダンジョン側の世界の人は太ももを出す習慣でもあるんだろうか。
しかし……オオムカデに襲われたり、毒で死にそうになったりで、彼女のことをよく見ている暇がなかったが、この女魔法使いさんも滅茶苦茶美人だぞ。
リアも美人だが可愛らしさがある。
この魔法使いさんはちょっとキツイ感じもあるが完全な美だった。
先ほど奪った艶っぽい唇がなんとも言えない。
そういえば僕はこの人と人生で初キッスをしてしまったことを思い出す。
僕は両膝と両腕を大地につけた。
「あああ、初めてはもっと普通にちゅーしたかったよ。いやいやいや、リア、おばあちゃん、違うんです。ってかリアは関係ないか。アレは違うんだ!」
自分で自分に対して訳のわからないいいわけをしていると、女魔法使いさんがポカンとした顔をしながら言った。
「アレは違う? さっきの口移しのこと? そんなことぐらい……」
僕はドキリッとする。
やばい……あの時、意識はあったのか、この人。
「す、すいません。アレは毒を解毒するために」
「えっ? えぇ? ちょっとなにいってるの? アナタ私を襲うために助けたんじゃないの?」
「襲うって?」
女魔法使いさんは少し赤い顔をして言った。
「アナタ、地上で生きられないお尋ね者みたいな人じゃないの? こんな深い階層では珍しいけど」
「な、なに言ってるんですか! 違いますよ」
「じゃあなんなのよ? そんなおかしな格好で!」
仕方ない。ここで悪人だと思われるとまたややこしいことになる。
この人も体のために早く休んだほうがいいだろう。
「ぼ、ぼぼぼ僕は世俗の生き方が嫌になってダンジョンに身を隠した賢者で」
リアが勝手に誤解してくれた理屈を使う。
女魔法使いさんはしばらく疑いの目でこちらを見ていたが、結局は信用をしてくれたようだ。
腕を出して言った。
「なんですか。この腕」
「安全に休めるところに連れっててくれるんでしょ? まだ歩けないから肩を貸して」
「ああ、はい」
部屋に向かって二人で歩きはじめる。
女魔法使いさんが小さな声で呟いた。
「あの……さっきはありがとね。命を救ってくれたのに変なことを言って」
「ああ、いいんですよ。別に。おばあちゃんが困ったときはお互い様だって」
「あなたって本当に良い人なのね。私なんか一対一のほうが楽って計算してたのに……」
「楽ってなにが?」
さっきからこの女魔法使いさんは言っていることがイマイチわからない。
「……やられるにしろ……殺るにしろね」
「よくわからないけど、ともかく安全な場所に連れて行きますよ」
「うん。アナタだったらそれ目的でも……もういいわ……」
女魔法使いさんが僕に急に全体重を預けてきた。
「だ、大丈夫ですか?」
「ごめん。お陰で毒は治ったみたいなんだけど結構辛くて限界だったの。私のこと全部任せるからどこでも好きなところに連れてって」
相変わらず、女魔法使いさんは言っていることがイマイチわからない。
だが【筋 力】が上がるチーカマを食べたからか、レベルがあがったからかそれほど重くはない。
むしろ余裕がありすぎて緊張している。
頭と頭をくっつけあって進んでるんだけど、なんて美人なんだ。
彼女の胸元には光るブローチがあってそれが洞窟を照らすようだ。
ヘッドライトとは違って指向性がなく全体が明るいので胸元もよく見える。
黒革の服のそこにはバインバインのはち切れんばかりの男の夢が詰まっていた。
「もう……後でいくらでも見ていいから……早くそこに連れていってよ……」
「あ、す、すすすすすいません。もうすぐです。ほらあそこに変なドアがあるでしょう?」
僕が玄関の石壁を指差すと女魔法使いさんが怪訝な顔をした。
「え?」
「どうしました?」
「変なドアって石壁しかないじゃない」
「なんだって?」
「ちょっと! アナタ本当はやっぱり賊なの!? やっぱりさっきの無し! 離して!」
女魔法使いさんはなにやら非力に暴れていたが、僕はそれどころではなかった。
強引にドアの前に連れて行く。
「これが石壁に?」
「どう見たってそうとしか見えないじゃない!」
ドアを開ける。マンションの部屋の中が見えた。
「まだ? 石壁?」
「だからそう……」
僕は彼女を抱えながら強引に部屋に入る。
「な、なにするの。わわわわわ。石に吸い込まれ……ってアレ???」
女魔法使いさんは目を見開いて部屋内を見ている。
なるほど。そういうカラクリか。
リアの時は彼女が気絶したからわからなかったけど、どうやらこの部屋に入る時もダンジョン側の世界の人は玄関が石壁に見えるらしい。
でも今、女魔法使いさんと一緒に部屋に入ることができた。
それはつまり、リアが窓から日本に出たり、僕が例の鉄の扉の向こうの石壁の先のダンジョンに行ったり、できるんじゃないか?
そしてその方法はおそらくそれぞれの世界の人に触れながら、だ。
「ど、どうなってるの? ここはどこなの?」
まあその検証は後だ。
とにかく女魔法使いさんを畳の部屋に寝かせるか。
本当はベッドを使わせてあげたいが、リアが寝ている。
「じゃ、じゃあこっちに」
「う、うん」
ヘッドライトを消して女魔法使いさんのブローチの光だけにする。
もうほとんど女魔法使いさんを抱えるように和室に運んで横にする。
一番大きなバスタオルを掛け布団代わりにかけて、クッションを頭の下に枕代わりして置いてあげた。
しゃがんで手を彼女の額におく。熱はないようだ。
「気分はどうですか?」
「大丈夫よ。すっごく驚いてるけど……」
そりゃそうだろう。ダンジョンにこんな訳のわからない場所があるなんて思わないだろう。
こっちもダンジョンがあるとは思わなかったが。
「アナタ、本当に賢者様なの?」
「い、いや。あのその……」
さっきはこの人の体のために嘘をついたが、とりあえずその必要はなさそうだ。
リアは勝手に誤解してくれているようなものだが、本当に賢者かと聞かれると返答に困る。
「まあアナタが賢者かどうかなんてどうでもいいわ……ふふふ」
「あ、そうですか。そりゃ助かります」
大雑把な人らしい。安心していると彼女は黒いとんがり帽子とマントをゆっくりと外した。
黒革の水着みたいな服装が顕になって目のやりどころに困る。
僕は顔をそらした。
「わかってたけどウブなのね、あんなの着てたら私と寝にくいでしょ」
ああ、そりゃそうだ。確かに寝にくいだろう。
また安心して女魔法使いさんの様子を見る。
あくまで治療行為のためだ。
あ、あれ? よく見ると女魔法使いさん耳が尖ってらっしゃるぞ。
「え? え? 女魔法使いさんってひょっとしてエルフの女性?」
「そうよ? 気がついてなかったの? 人間の男は皆、お好きでしょう? さあ、いらして」
僕が驚いていると女魔法使いさんは僕の首に両腕を絡ませて自分の体に引き込んだ。
「ちょっちょっと! なにするんですか!」
「私の誤解だったみたいだけど命を助けてくれたお礼と思ってもらっといて」
もらっといてって、なにを?
よくわからないが、エルフの女魔法使いさんはとにかく美人で色気がある。
リアが隣の部屋で寝ているのに誤解のまま、重大ななにかが進みそうになっていた。




