大陪審で証言する件
僕はリアとディート、そしてビーンさんでフランシスの首都オルレアンの街中を歩いていた。
オルレアンでテシオの大陪審が行われるからだ。
地下商人ギルドのマスターであるテシオはモンスターと結託して麻湯を製造流通させ、ヨーミのダンジョンの地下街の支配を目論んでいた。
先程のヨーミのダンジョン地下一層の一斉摘発でテシオを逮捕したが、奴は地上の大商会であるタ―レア商会と一緒に麻湯の闇取引をしていて、その力で釈放されそうになった。
そこで僕はビーンさんに頼み、フルブレム商会の繋がりのある貴族を通してテシオの大陪審請求をした。
フランシスの大陪審は陪審員の貴族が有罪か無罪かを決定する機関で、早い話、有力者の多数決でテシオが牢に入れるか免れるかを決める。
テシオを牢に入れたいフランシス商会と繋がりがある貴族と、テシオを釈放したいタ―レア商会の息がかかった貴族の数はほとんど同じらしい。
つまり大陪審の場で罪を上手く追求すれば、中立の貴族の票でテシオを牢にぶち込める。
そしてテシオ追求の切り札は……
「コ、コレガ ニンゲンノ マチカ」
街を歩く僕たちのなかには太ったおばさんがいた。
おばさんはオルレアンの街をキョロキョロと見回している。
「ナンテ ニンゲントタテモノノ オオサダ……。ワレワレ ゴブリンガ ニンゲント アラソオウナド イノナカノカワズ ダッタノダナ」
僕は心の中で、井戸の中の蛙じゃなくてダンジョンの中のゴブリンだろとツッコミを入れた。
実はこのおばさんの中身はゴブリンサムライだ。
表面を白スライムのシズクがコーティングしてただのおばさんに見せかけている。
リアが笑う。
「ふふふ。ゴブリンサムライさんもオルレアンの大きさに驚いてるみたいですね」
「リアが日本の街を見た時はもっとキョロキョロしてたよ」
「え~そうですかね~」
リアは不満気に顔を膨らせたが、すぐに笑顔になる。
「それにしてもトール様のアイディアは凄いですね。偉い人ばかりの大陪審でゴブリンサムライさんに証言して貰うなんて驚きました」
ディートはそれでも心配そうな顔をした。
「でもゴブリンサムライが正体を明かしてテシオを追求したら牢にはぶちこめてもゴブリンサムライはただじゃすまないんじゃないの?」
「あ、そっか」
人間とゴブリンは敵同士の種族だ。
王都の中心も中心にゴブリンが現れて生きて帰れるわけがない。
リアとディートが僕を見る。ゴブリンサムライが笑った。
「ハハハハハ。ケンジャドノニハ セワニナッタ。ケンジャドノノタメナラ イツデモ ハラヲキルカクゴダ」
僕も笑った。
「ははははは。大陪審でゴブリンサムライの出番はないよ」
「「「え?」」」
おばさんに扮したゴブリンサムライとリアとディートが声を出して顔を見合わせた。
◆◆◆
翌日、僕とリアとディートは王城の一角の聖堂で行われる大陪審に来ていた。
正面に裁判官らしき人、その左右に陪審員がいて、その前に証言台と被疑者席がある。
厳粛な雰囲気で宗教的な様式も帯びていた。
地球でも裁判の場は神に誓ったり、古来宗教と結びつくことが多いが、それは異世界も同じらしい。
リアとディートもいつもの動きやすそうな冒険者の格好ではなくて、正装をしていた。
そしてゴブリンサムライは来ていない。
「もう! どうやってテシオを牢にぶちこむのよ! きっとテシオは陪審員の貴族に金をまいてるわよ!」
ディートは苛ついているようだった。
「まあ大丈夫だから」
僕は大陪審の様子を見守った。
はじめにランベルト卿という貴族が演説をしていた。
フルブライト商会と協力関係にある貴族でテシオの大陪審を請求した有力者らしい。
麻湯の危険性とテシオがその製造流通の黒幕だったことを話している。
しかし、被疑者席にいるテシオはどこ吹く風といった様子だ。
陪審員の一人である有力貴族であるアルトベッロはテシオの後ろ盾であるタ―レア商会の息がかかっているし、ディートのいうように他の陪審員も買収しているのかもしれない。
現にランベルト卿の後に発言の機会が与えられたテシオは、地下街に麻湯が蔓延っていることを認めながら
「私が製造や流通に関わっているという証拠は?」
と発言した。
ところがアルトベッロ司教が立ち上がる。
「その証拠を提出したい」
「な?」
テシオを顔が歪む。
アルトベッロは陪審員のなかでもっともテシオの味方になってくれると思っていただろうから当然だろう。
リアやディートも驚いている。
アルトベッロは陪審員たちに紙を配り始めた。
「な、これは?」
「一体どのような技法で書かれた絵なのだ?」
「しかも、全く同じ絵が何枚もあるぞ」
「アーティファクトか?」
陪審員が動揺しはじめる。
ディートが僕を見る。
「まさかトオル?」
「ああ、僕がアイポンで撮影した麻湯の製造工場をプリンターで印刷したものさ」
僕は鞄から陪審員たちに配られているだろう紙をリアやディートに見せた。
絵しかない世界の人間が写真を見たら驚くに決まっている。
大陪審の裁判官が叫ぶ。
「静粛に静粛に。アルトベッロ卿、ご説明ください」
「それらはヨーミのダンジョンにテシオが作らせた麻湯の工場です。ゴブリンを使って製造していたのです」
テシオが青ざめた顔で反論する。
「ち、違う。なんだこれは? こんな変な絵が証拠になるか! そもそもお前も!」
アルトベッロは笑っていった。
「大賢者殿、証言を」
裁判官が不審そうな顔をした。
それはそうだろう。急に大賢者と言われても裁判官も訳がわからない。
「大賢者殿とは?」
「あそこにいるトール殿です」
アルトベッロは傍聴席に座る僕に顔を向ける。
リアとディート、そして大陪審に集まった貴族たちの視線が集まる。
その様子をアイポンであえてフラッシュをたいて撮影した。
「い、今のは?」
「な、なんだ」
「なにか光ったぞ!」
リアとディートが心配そうに僕を見る。
「トール様」
「ちょっちょっと」
僕は安心させるために笑顔を作った。
「大丈夫。アルトベッロとは話が済んでる。僕とゴブリンサムライとビーンさんでね」
ゆっくりとアルトベッロが立つ証言台に向かう。
アイポンで撮った写真を表示させてアルトベッロに渡した。
「大賢者がアーティファクトで描かれた絵です。写真といって状況が寸分違わない絵になります」
アルトベッロが陪審員たちにアイポンを見せて回る。
「こ、これはワシらか……」
「だ、大聖堂もまるで本物のようじゃ」
「どうなってる? こんなアーティファクト見たこともないぞ」
僕は息を吸い込む。
アルトベッロが大賢者と触れこんでくれたおかげで、僕の発言を聞き漏らさまいと会場はシンとなる。
「え、えっと、さきほどの紙に書かれた麻湯工場はこのアイポンというアーティファクトで撮影した写真です。ここにはありませんが、設備があれば、写真はいくらでも紙に印刷できます」
陪審員が僕を見ながら話し合っていた。
「よく世から隠れた賢者の伝説があるが、本物ははじめて見た」
「確かに。少年のようにも見えるが凄いアーティファクトじゃ」
「これは決定的な証拠だ!」
会場は再び騒然となった。
裁判官が静粛に、静粛に、と言っても静まらない。
テシオがふらふらと近くに寄って来た。
「け、賢者殿、なんとかしてくれまいか? 監獄に入れられたら俺は口封じされてしまう」
「テシオさんは僕を暗殺しようとしましたよね?」
「あ、あれは……単なるビジネスだったんだ……」
暗殺とビジネスが区別も付かない奴と組むことはない。
気がついた係の者がすぐにテシオを被疑者席に引きずっていった。
判決は満場一致で有罪。
テシオは終身刑となったが、暗殺をさけるためフルブレム商会の手引きで監獄の隔離棟に収監されることになった。
更新遅れてすいませんでした。
今後につきましては活動報告に書いてあります。
よろしくお願いします。
 




