冒険者達も誤解をときはじめた件
とある日の未明。ヨーミのダンジョンの地下一層、つまり地下三大ギルドが支配する地下街にどっと人が押し入って来た。
麻湯のビジネスに関わっている地下ギルドの主要人物を逮捕するための武装した官憲だ。
先導は盗賊ギルドがしてるので、ミリィとノエラさんも協力している。
思考力が鈍る夜明けの時間に準備万全の兵士がやってきて、荒事に馴れた商人ギルドや傭兵ギルドのギルド員もおろおろと逃げ惑っていた。
「この様子なら大丈夫かな」
僕はその様子を見て地下一層の玄関ドアからマンションの部屋に戻り、それからまた地下五層に出た。
いつもの石張りの部屋を出て、廊下を歩いて少し広いホールを目指す。
普段はガランとした空間には百人ほどの冒険者が集まっていた。
リアとディートは冒険者たちになにやら指示を出している。
リアは元騎士としての軍隊の指揮の訓練もしたことがある。
集団戦のノウハウを冒険者達に伝えていた。
今回の敵は少数のモンスターではない。多数のゴブリンなのだ。
僕に気がついたディートが寄ってきた。
「トオル、地下街はどうだった?」
「うん。商人ギルドも傭兵ギルドにも作戦は漏れなかったみたい。大慌てだったよ」
「そう。ならテシオも捕らえることができそうね」
「うん。そっちは皆さんにはもう話した?」
冒険者の人達は納得してくれたかという意味も含まれている。
今日集めた冒険者は仕事内容を話さずに集められている。
数百はいるだろうゴブリンの集落を襲うというのは危険が伴う。
準備万全で奇襲をするこちらが基本的には負けるということはないのだが、冒険者というのは雇われて身分が保証されている官憲と違って状況が不利になればすぐ逃げてしまう。
「なんとかね。ヨーミのダンジョンを俺達の力で良くしようって」
「うーん。フルブレム商会の大金で集まってるだけなんじゃないかなあ」
フルブレム商会はゴブリンの麻湯畑と製造工場を叩く冒険者を集めるために大金を用意してくれた。
そのおかげで依頼内容を言わなくても来てくれた冒険者がこれだけ集まったのだ。
ただ事前のディートの話によれば、冒険者百人では、ゴブリン数百を相手に完全に圧勝するにはまだ少し心細いらしい。
「確かに今は皆もリアの指揮のもとに燃えているけど少しでも怪我人とか出始めたらわからないわね。ゴブリンは毒の吹き矢も使ってくるし」
「まあコーラも持っていくしかないよ。それに頼もしい仲間達もいるだろ」
「まあね」
冒険者達を引き連れて五層から六層を目指す。
六層の階段を見つけて降りていく。
ちなみに冒険者の皆さんが五層までたどり着くのに二人の先導で二日かけている。
だから一層の地下街の人達には全く怪しまれていなかった。
五層から六層に降りていく。
「皆さん、こちらです」
六層はオーク、コボルト、ゴブリンなど群れるモンスターが多い階層だ。
ほとんどの冒険者はここまで深い階層には来ない。五層になると死亡確率が飛躍的に高くなると言われているのでベテランでもせいぜい四層だ。
もちろん六層に降りている冒険者など今集まっている中にもほとんどいない。
冒険者は冒険をしないというのが鉄則になっている。
大金と人数、そしてリアやディートという界隈で最強のクラスの冒険者が引率しているから参加している。
野外でモンスターに遭遇するのとモンスターの住処に潜入するのはわけが違うのだ。
百人の冒険者がそろりそろりと歩を進める。
「ト、トオルさん。ゴブリンの麻湯畑と製造工場はまだですかね」
「もうちょっとだよ」
開拓村の出稼ぎ冒険者のマロンちゃんが話しかけてきた。
駆け出しの僕は冒険者集めをしてないので、どういう経緯で彼女が来たのかは知らないが、ハッキリ言って相当弱い。
できるのは荷物持ちと数合わせだろう。
良くて後方支援だ。
マロンちゃんは不安そう顔をしていた。
「大丈夫だよ。安心していいよ」
「え?」
僕が力強く声をかける。
「心配しなくても大丈夫だって」
「で、でも。ここはオーク、コボルト、ゴブリンの住処なんですよね。それにゴブリンのコロニーは大きければ数百って聞いてますから全面的に戦うには少しだけ人数が足りない気も。ん? あれは隠し通路?」
マロンちゃんと話しているとリアが先導している前方を歩いていた集団が部屋の壁を触ると壁がクルンと回転して先に進める道ができる。
ちなみに後方の集団はディートが、僕は中央の集団を受け持っている。
前方の集団はその中に入っていった。
中央の集団の僕達も中に入る。
「な~んだ。安全な隠し通路を見つけていたんですね」
「ま、まあね」
マロンちゃんはどうやらここに来るまで、よほど心細かったようで今は打って変わって笑っている。
どのモンスターにも女の子が敗れればひどい目にあうという噂がある。
「とりあえず、安全な場所から奇襲できるのかぁ。そうならそうと早く言ってくださいよ」
実はそういうことではない。
この先にあるのはもっと別の場所だ。
しかし……初めからそれを言うと冒険者の皆さんが来てくれるかどうか……。
「うわああああああああ!」
前方から叫びが聞こえる。着いたかと僕は思った。
「トオルさんあの悲鳴は?」
マロンちゃんが僕に何事かと聞いたのと同時に答えが聞こえてきた。
「オークの待ち伏せだあああああああ!」
「ひっひいいい。トオルさんオークの待ち伏せです。逃げなきゃ」
やはり、この調子では冒険者だけでは難しかっただろう。
「みなさーん! 心配しないでください! このオーク達は仲間です!」
リアの声が前方から聞こえていた。
「へっ? オークどもが仲間? ど、どうなっているんですか?」
冒険者の集団は僕達とオークに誘導されてビクビクしながらオーク村に入っていった。
オーク村の広場では武装した江波さんが炊き出しを配っていた。
「おにぎりと七色魚が入ったチャンコ鍋ですよ~腹が減っては戦は出来ませんからねえ」
「お、おい。どうする? 変なオークが変な飯配ってるぞ……」
「まあ、リアさんやディートさんも親しげに話しているし……」
「最近じゃ盗賊ギルドはオーク村と交易もしてるとかも聞いてたぜ。本当だったのかな?」
あれはオークじゃなくて人間さんなのに……。冒険者達は疑わしい顔をしながらもおにぎりとチャンコの鍋が入ったお椀を受け取っていく。
冒険者達は食事を取りながら、この村のオークは人を襲わないことやオークが今回の作戦に協力するという話を聞かされていた。
最初はどの冒険者も戸惑っていたが、オークから歓待を受けたり、そもそも協力してくれれば戦力的に圧倒的有利になれることもあって受け入れ始めていた。
「ニンゲンカラゴカイヲトキタイトオモッテイタガ、ウマクイキソウジャナ」
「なんとかなりそうですね」
オークの長老が話しかけてきた。
既に盗賊ギルドはオーク村と物々交換の交易もしていたからオークが危険という誤解も解け始めていたが、冒険者だけはそうはいかなかった。
他の地域では人間にとって危険なオークもいて駆除対象だったりする。
「作戦が上手くいったら帰りがけに村によって、島芋の焼酎で打ち上げの宴会をしてもいいですかね?」
「ソウジャナ。ワレワレオークモゴブリンガオトナシクナッテクレレバタスカル。オオキナウタゲヲヒラコウ」
ベジタリアンでオーク達の神というルーインの像はニッコリと笑っていた。




