レベルも上がってますけど、平和な日本人な件
地下三大ギルドとの会合から一週間経っていた。
会合があったことや暗殺騒動についてはフルブレム商会のヘラクレイオン支部に伝えてある。
本当は直接フルブレム商会のビーンさんやエリーとも会って善後策を講じたいと思っていたが、同行しなければならないだろうミリィとノエラさんは会合で決まった麻湯を扱わない代わりに商人ギルドと傭兵ギルドもショッピングモールに店を出すための細かい取り決めに追われていた。
僕は盗賊ギルドの主要メンバー、特にノエラさんとミリィの安全に気を使っていたが、あれからは特別なことはなかったようだ。
しかし、テシオが一度で諦めるはずはないと思う。
やはりビーンさんと手紙ではなく直接会う必要性を感じていたので、手が空いたミリィを捕まえてビーンさんがいるフランシスの王都オルレアンに向かおうとした。
「気をつけてくださいね」
「大丈夫、大丈夫っ。俺の感知スキルもあるし、トオルもクリックゲーでレベルを上げて少しは強くなってるみたいだし」
僕とミリィは盗賊ギルドの本部で、オルレアンに向かう準備をしていた。
ミリィはノエラさんから色々と注意を受けている。
ノエラさんの小言も終わってさあそろそろ行けるかなと思った時に盗賊ギルドで受付をしている人がやって来た。
「あの~キャット様と賢者様に会いたいという方が来てるんですけど」
賢者という触れ込みの僕に会いたいと言ってくる人はたまに来る。
でもキャット、つまりミリィと一緒に会いたいと要求してくると言うことはひょっとして。
「なぜそんな人を一々取り次ぐんですか?」
ノエラさんが叱責する。
「その……なにか立派な人で……」
「どなたなんですか?」
「それがともかくキャット様と賢者様に会いたいと」
受付の人も誰でも取り次ぐわけではない。ノエラさんも少し折れた。
「これからミリィとトオル様は出かけるので、お客人の名前と連絡だけ聞いておいて」
「は、はい」
僕は聞いた。
「そのお客はキャットと賢者って言ったんですか? それともミリィとトオルって言いましたか?」
「え? ミリィさんとトオルさんって言ってましたかね」
ははぁ。僕は気がついた。
「その人ここに通してください」
ミリィとノエラさんが「え?」という顔をした。
受付の人がノエラさんを見る。
「ま、まあトオル様がそういうならお通ししてください」
しばらく待っていると受付の人に案内された身なりの良い40代の男性が入ってきた。
「いや~お久しぶりです」
「あ~ビーンさん!」
ミリィがそう言って少し驚いたノエラさんが僕を見る。
「多分そうなんじゃないかなって」
「ん? よかった~すれ違いになるんじゃないかと思ってましたが、まだいらっしゃいましたか」
「実はちょうど僕達もビーンさんに会いに行こうとしてたんですよ。というか時間ができたら会いに行くって支部に伝えたのに」
「ははは。もしトオルさんとミリィさんとノエラさんが長くいなくなったらテシオに警戒されてしまうかかなと思いまして」
会合や暗殺のことについては事実を簡単にまとめて書簡にしただけだ。
しかも、フルブレム商会の支部の人に伝えただけなので細かいことや会合での空気感などは、ビーンさんには伝えられていない。
もちろん僕の推測は伝えていなかった。
「ビーンさんもテシオだと思いますか?」
「間違いないでしょう」
それでもビーンはテシオだと言い切った。
ノエラさんが席を勧めると同時に僕が切り出す。
「やっぱりこの機に乗じてモールのビジネスも手中に収めるつもりでしょうか?」
「でしょうね。我々はあくまで出資してるだけですので、少なくとも地下街部分には手が出せませんしね」
「手が出せる部分は?」
僕が聞くとビーンさんはニヤリと笑った。
「ほとんど完璧に。今はフランシスの大臣のなかにも表向きは麻湯を認める人はいません」
ミリィとノエラさんが顔を見合わせた。
「どういうこと?」
ミリィの質問に僕が答えた。
「僕とミリィがエリーに会ってからフルブレム商会はずっとフランシス国で麻湯が禁止になるように働きかけてくれていたんだよ」
「んにゃ? それとテシオがどう関係あるの?」
「テシオは結局、麻湯のビジネスから手を引く気なんかさらさらないだろ」
「あ、そっか! 国の役人にテシオを捕まえさせるのか」
ビーンさんが笑った。
「テシオもこの地下街のことは上手くやっているつもりでしょうが、国の当局が本気になったことには気がついていません。最初の麻湯の一斉取締は彼らになるでしょう」
取り締まりは日本も異世界も静かにしといて一斉にはじまるのは同じらしい。
「そこで盗賊ギルドというよりもトオルさんにご協力頂きたいのですが」
「はい?」
なんだろう。盗賊ギルドというよりもビーンさんが僕個人にお願い?
ノエラさんが僕個人になにか頼むならパソコンで地図を作ってくれとか、日本の物品をくれとか色々考えられるけど、ビーンさんはそれは知らないはずだ。
一体、僕個人に頼むこととはなんだろうか。
「今回の一斉取締作戦なんですが、フルブレム商会が調べ上げたところ商人ギルドと傭兵ギルドにかなり検挙しないといけない人間が出そうなんです」
「そうでしょうね」
「同時に地下六階のゴブリンが作ってる麻湯畑と製造工場も叩きます。バラバラにやると証拠を隠蔽されたり、人が逃げますから」
「なるほど……それで今まで証拠は送ったりしたのに放置したままだったんですね」
ドローンを使って証拠を集めたり、巨大なゴブリンに追われたりした冒険を思い出す。
「ええ。ただ商人ギルドや傭兵ギルド、巨大な地下街にも人員をかなり割かないといけません。主要な人物を全員検挙するには官憲は全員そちらに回さないといけないでしょう」
話が少し見えてきたぞ。
「そこでトオルさんの恋人で有名冒険者のリアさんとディートさんと一緒に、冒険者を集めてゴブリン達の麻湯畑と麻湯工場を一斉攻撃して証拠を集める指揮を取ってくれませんかね? もちろん当日まで作戦内容を話さないで」
「え? えええ!」
「危険も伴うことはわかっているのですが、我々は海戦ならともかく、ダンジョンでの戦いは馴れていないのです……。冒険者への資金は十分に用意します」
う、うーん。そりゃ毎日のようにボットを動かしてレベルもあがってますけど、平和な日本人ですよ。
それに冒険者って頼もしい人が多いのかと思ってたら、意外とただの食い詰め者とか貧農の出稼ぎの集まりなんだよなあ。
大っぴらに強力な冒険者に募集かけることはできないし。
盗賊ギルドに手伝って貰うか?
いや、盗賊ギルドは地下街に詳しい。テシオやソロッツォ達を逃さないためには一斉取り締まりの際に協力が必要だろう。
あ、そうだ! こんな時に頼れる人とその仲間達がいるじゃないか!
先週は10月10日の『ゼロ能力者の英雄伝説 ~最強スキルはセーブ&ロード~』の発売で、一週お休みさせていただきました。毎週末更新、できないときは月曜日に投稿しています。




