女魔法使いに会ったけどすぐ死にそうになっている件
ポケットの中のアイポンがバイブレーション機能で、僕に起きるべき時を告げた。
といっても外はまだ暗い。午前三時だ。
僕の腕に絡みつくリアの腕をそっと外す。
やはり疲れていたのだろう。腕を外しても完全に彼女は眠っていた。
音をたてずにそっとベッドから降りる。洋室からもそっと出てドアを閉めた。
軽く深呼吸をする。
「すーはー。行くか! ダンジョンへ……」
ダンジョンは危険だが、レベルアップや単純な好奇心には逆らえない。
潜らざるを得ない魅力。それがダンジョン。
ヘッドライト付きヘルメット、ピッケル、メモ帳。
ポテチ、ピートロのドレッシングをかけたサラダのタッパー、そしてコーラ。
他にも携帯できるチーカマ、コンビニのおにぎり、クリームパンなど、いくつかリュックサックに入れた。
体操着の上と握力計も持っていくことにした。
さすがにブルマは穿きたくないので持っていかない。
玄関のドアに耳をつけて慎重に物音を探った。
音はせずシンとしている。だがスライムはもともとそれほど音をたてないだろう。
慎重にドアを開けた。近くにスライムはいなかった。
実はゴブリンについてはもう心配はしていない。
食後の雑談でリアにモンスターについて聞いたのだが、壁抜けしたり、なにもないところから現れるモンスターというのは基本的にはいないらしい。
例外的にステルス的なスキルを持ったモンスターが急に現れるぐらいとのことだ。
では一度モンスターがいないことを確認をした密室になぜスライムが現れたのか。
スライムは小さいので単純に見落としていたか、スライムは消しゴムぐらいの大きさでも時間が経つと成長して人を襲うほどの大きさになるというものだった。
盾の影に隠れるぐらいの大きさなら成獣と幼獣の中間のようだ
だから小さなスライムを見逃して少し成長したという簡単な理由だろう。
スライムはなにを食べるのかすぐに大きくなるらしい。
「ま、そのスライムも玄関付近にはいないみたいだ。ならばやることは一つだな。ステータスオープン!」
◆◆◆
【名 前】鈴木透
【種 族】人間
【年 齢】21
【職 業】無職
【レベル】2/∞
【体 力】20/20
【魔 力】30/30
【攻撃力】115
【防御力】44
【筋 力】11
【知 力】20
【敏 捷】13
【スキル】成長限界無し
◆◆◆
出た出た。心のなかにイメージとして数値が出た。毎度のことながら驚く。
レベルがあがってからのステータスはメモを取ってなかったからゆっくりとメモを取った。
「【防御力】が減ってるな。昼間とは服装が違うからかな。Gパンはジャージよりも強いのかもしれない」
メモを取り終わってから思ったことはスライムいないかなだった。
「リアルでレベル1から2になるのがこんなに嬉しいとはね。目に見えて筋力とかが上がっていくし。まあスライムを探すにしてもその前に……」
ポテチの袋を開けて食べる。
「ん! マジかよ。やっぱり、リアの感じたとおりだったか」
ステータスの確認する【敏 捷】の数値が19(+6上昇中)になっていた。
「凄えな。日本の食い物はどうなっているんだ? これはのりしおだけどピザ味とかだったらどうなるのかね」
ピートロのドレッシングがかかったサラダも食べてみた。
すると【魔 力】の数値が30/45(+15上昇中)になってる。
「サラダは魔力か。リアは体力も上がった気がするって言ってたからハンバーグは体力だったのかもな。念のためコーラも飲んでみよう」
なんの変化もないみたいだ。やはりコーラはマヒ毒に対しての解毒作用なのか。
上昇率はどちらも50%で小数点は切り捨てかな。
重複はしないみたいだけど50%上昇ってめっちゃ強力なんじゃ……。
適当にチーカマ、おにぎり、クリームパンなども食べてみる。
チーカマは……おお!
【筋 力】のようだ。おにぎり、クリームパンは効果なし。
ひょっとして重複しているのか、体力回復なのかもしれない。
よし、次はコスプレ服の体操着の上だ。
ジャージの下のTシャツを脱いで代わりにコスプレ服を着る。
【防御力】が1減って1増えただけだった。Tシャツと同じく【防御力】は1で特殊効果も無いのかもしれない。
「いやいや。わからないぞ。リアが着たら特殊効果があるかもしれない」
そこは希望を捨てないようにしよう。
料理で一時的にアップしたステータスもメモしておくことにした。
◆◆◆
【名 前】鈴木透
【種 族】人間
【年 齢】21
【職 業】無職
【レベル】2/∞
【体 力】20/20
【魔 力】30/45(+15上昇中)
【攻撃力】120
【防御力】44
【筋 力】16(+5上昇中)
【知 力】20
【敏 捷】19(+6上昇中)
【スキル】成長限界無し
◆◆◆
いいぞ。いいぞ。問題はここのステータスが本当に現実世界に影響を与えるかだ。
それを確かめるアイテムも持ってきている。そう、握力計だ。
「【筋 力】が5上昇すれば、握力にして20ぐらい上昇するはずだ。やってみるか。ぐっ!」
握力計の示した数値は64だった。
「やった! 計算通りだ! やっぱりステータスの上昇は現実的な能力も上昇させるんだ!」
そうと決まれば、レベル上げをしたい。
まだこの密室にもスライムはいるだろうか。
部屋の隅々までスライムを探す。小さなスライムがいたらサラダを入れたタッパーに入れて大きく育ててもいい。
リアの話では分裂増殖説もあるそうだから増やせるかもしれない。
しかし、どれだけ探してもスライムはいなかった。
「いないな~やっぱりアレが最後のスライムだったんだろうか……」
やはりあの鉄の扉を開けるしか無いのだろうか。
分厚い鋼鉄製のようで覗き穴すらない。
ちなみにこの鉄の扉が開いている時は天井に少しだけその姿を残しているそうだ。
石のボタンを押せばそれが下がってくる。
リアはそれを見つけて少しでもモンスターに襲われる確率を減らすために扉を閉めた。
このダンジョンには扉を閉めれば、こういった安全を確保できる部屋がたまにあって、冒険者はキャンプを張ったりするらしい。
もっともトラップがあったり、スライムが増殖したり、水や食料が切れたりと危険はいくらでもあるとのことだ。
リアは扉を閉めたところでマヒ毒が全身に回って倒れる。
だが幸いにもそこは僕の部屋に繋がっている以外は密室で、モンスターはまだ小さなスライム一匹しかいなかったのだ。
「つまり僕のレベル上げに貢献してくれるスライムももういないってことだ。この鉄の扉を開けない限り……」
どうする。開けるか? レベルは上げたいという気持ちが勝った。
「鉄の扉は下から上に上がっていくそうだから、下から覗いて強力なモンスターがいそうだったら、またすぐに石のボタンを押せばいい。そうすれば上がっていく扉もすぐに下がって閉じるだろう」
そういう安全マージンを確保できたので石のボタンを押した。
下から覗いてとりあえずモンスターが居ないか確認するつもりだ。
ゴゴゴゴゴと音を立てて鉄の扉が上がっていく。
「え? なにこれ?」
僕はまたすぐボタンを押した。
鉄の扉の向こうはまたすぐに石壁だったのだ。
鉄の扉はなにごとも無かったようにまた閉まった。
「ど、どういうことだ? リアはここから来たって言ってたし、嘘なんかつかないと思うけどな」
その時、似たような状況を思いだした。
リアを窓から出そうとしたら石壁が見えて日本の外に出れなかった……もしかしてそれと同じなのか。
もう一度調べてみたいが危険だろうか?
迷ったが、やってみることにした。
扉の上下は結構ゆっくりなので、先ほど膝上ぐらいの隙間しか開かなかった。
ひざ上の隙間なら仮にモンスターが居てもそれほど強力なモンスターは入ってこれなそうだ。
ボタンを押す。扉が少しずつ上がる。
僕は素早く鉄の扉の向こうにある石壁を調べた。
映像だけで先にすすめるということも考えたが、完全に石壁だった。
「くそ。やっぱりリアの時と同じだ。きっと向こうからはパントマイムでもやってるように見えるんだろうな」
ピッケルで石壁を軽く叩く。その時だった。少し離れたところからなにか走ってくる音が聞こえる。
僕はモンスターかと思って扉を閉めようとした。
ところがそれはリアと同じ不思議なテレパシー言語で僕に話しかけてきた。
「どいて!」
誰だと思った時には石壁から白い足がぬっと出ててきて、僕は蹴り飛ばされていた。
何事かと思って辺りを確認すると、黒いとんがり帽子、黒いマント、木の杖といった女性がスライディングで入ってきたようだ。
見るからに女魔法使いだった。
どうやらあの女性の足に蹴られたらしい。
女魔法使いは片膝をついて鉄の扉の方向を睨んでいた。
どうも体調が良くないようだ。それも物凄く。
口の端から赤いものが流れていた。血だ。
「早く扉を閉めて! オオムカデが来る!」
オオムカデ? はっと気がつく。間違いない! モンスターのことだ!
素早く立上がって石のボタンを押した。鉄の扉が下に降りていく。間に合うか。
鉄の扉はゆっくりと閉まっていく。切羽詰まった状況での鉄の扉の遅さにイラつく。
それでも隙間はもう膝下ぐらいしかない。大丈夫かと思った時にそれは顔を出した。
オオムカデは平べったかったが、体の幅は電柱ほどもあり、長さは1メートルほど鉄の扉をくぐっても、まだ奥に長そうだ。
こんなん絶対に勝てないと思ったが、鉄の扉は閉まりきろうとしてムカデの体を捕えた。
うまい具合に胴体を扉と石床に挟み込んだのだ。
閉まろうとする鉄の扉の力は強いようでムカデは悶え苦しんでいる。
「やった! マグレだけど!」
僕がそう言うと女魔法使いが叫んだ。
「コイツはこの程度じゃ死なない。離れて! インフェルノ!」
鉄の扉に胴体を押しつぶされようとするオオムカデがさらに業火に包まれた。
そしてすぐに黒焦げになっていく。
こ、これが魔法かよ。凄え……。
だがムカデは明らかに弱って体を丸めながらも、まだギャーギャーと気色の悪い悲鳴をあげていた。
ピッケルを取り出して頭部を叩く。
「こんにゃろ! こんにゃろ!」
万が一にもまた元気になられてしまったら危険過ぎる。
完全に動かなくなるまで叩き潰した。
急に体から力が湧いてくる。そんなことはすっかり忘れていたが、オオムカデを倒して目的のレベルアップを果たしたらしい。
つまりモンスタームカデは死んだのだ。
レベルが上がったのでやったとも思ったが、僕はすぐに後ろを振り向いた。
例の魔法を放った女魔法使いはさっき血を吐いていた。
ステータスチェックをしている場合じゃない。
振り向くと、案の定というか女性は倒れていた。
「だ、大丈夫ですか?」
女魔法使いを仰向けにして呼びかける。
「……オオムカデなんかの毒にやられちゃったわ」
「毒? マヒ毒ですか?」
「オオムカデの毒はマヒ毒じゃないわ……死ぬ毒よ。もしアナタが高レベルの解毒魔法ができるなら助かるけど」
もちろん、そんなものできない。
顔に出てたらしい。女魔法使いは笑った。
「さっきの戦いぶりからしてできそうにないわね。私も解毒薬はすべて失くしちゃった……」
女魔法使いは苦しそうで、もう話す力もないようだ。
脂汗を流しながら辛そうに目を閉じて小さなうめき声をあげるだけだった。
即効性の毒なのか。早くなんとかしなければ。
「そうだ! コーラだ!」
リュックサックから急いでコーラを取り出す。
マヒ毒には効いた。オオムカデの死ぬ毒にも効くかもしれない。
「早くこれを飲んでください!」
呼びかけても反応はない。
ペットボトルを回し女魔法使いの口にコーラを流しこんだが、そのまま流れ出るばかりだった。
「だめだ。飲み込む体力がないのかもしれない。それならっ!」
僕は自分の口にコーラを目一杯含んで女魔法使いさんの口元を見た。




