テシオの謀略の件
「どうしてテシオだと?」
ノエラさんが聞く。
盗賊ギルドを実質的に取り仕切っているノエラさんからしてみたら、最近はビジネスで協力することもある商人ギルドのマスターであるテシオさんが黒幕だと言っても、にわかには信じることが出来ないのかもしれない。
「ノエラさん。ちょっと思い出して欲しいんです。」
「何をですか?」
会合でのことだ。
「会合で護衛のリオが剣を預かる預からせないの騒動を起こして、傭兵ギルドのソロッツォが席についた時の第一声を」
「え~っとおめえが噂の」
「その後です」
「トオル様を見て皮肉っぽく大賢者がお越しくださるとは、でしたっけ? 別に不自然ではないような?」
確かに僕は会合にいたメンツとは空気が違う。
地下スラム街の非合法ギルドの代表者達と平和な日本人だ。
前々から噂があったなら異質な空気から賢者と思われても仕方ない。
ただ問題の発言はその前だ。
「大賢者が来たのかの前ですよ。ソロッツォはなんと言っていましたか?」
ノエラさんが少し考え込む。
「あっ」
ノエラさんは気がついた。
ミリィがイライラしたように聞いた。
「なに? なんて言ったの?」
ノエラさんが低い声で答える。
「ポーリーが風邪をひいて……それで賢者のトオル様が来てくださったのかと」
その場にいたミリィを覗く全員が気がついたようで沈黙していた。
さらにそこから推測できることに思いを巡らせているのだろう。
ただミリィも自分だけが何かわかってないということだけはわかったようだ。
「え? なになに。俺はわかんないにゃ」
「なんでソロッツォはポーリーさんが風邪を引いたと知ってる?」
「んにゃ……あっ」
つまり、だ。
「ノエラさんはポーリーさんが風邪を引いたというのをいつ知りました?」
「会合に行く少し前です。彼の部下から連絡があって」
「ポーリーさんはソロッツォと繋がっているんでしょう」
リアやディートにとっては縁の薄い人だ。
僕などは顔もわからないが、ミリィとノエラさんにとっては盗賊ギルド員だ。
深刻な顔をしていたノエラさんが聞いた。
「でもそれなら暗殺未遂はソロッツォでは? 何故テシオなんですか?」
ノエラさんの疑問はもっともだ。
「テシオの証拠はないが……状況はそう物語っている」
「状況?」
「うん。ソロッツォがポーリーさんの風邪を口にした時に僕は違和感を感じたんだ。今みたいに明確に裏切りがあったのではと思ったわけではないけれど」
皆も聞き入っている。
「けれどソロッツォがポーリーさんの話をしていたら、テシオがお前が会合を招集したなら早く要件を言えと打ち切ったんだ。僕達とはニコやかに談話していたのに」
ディートが頷く。
「なるほど。でもそれだけじゃ状況証拠と言っても弱いわね」
こんな時に良い方法があるのを知っている。
「シズク!」
「はい!」
上半身の鎧から元気の良い返事がしてするするとスライムになってテーブルに乗る。
「きゃっ」
リアが僕の裸の上半身を見て目を両手で覆う。
「こっちじゃなくてシズクを見て」
シズクがグニュグニュと形を変えて初老の男を形作った。テシオだ。
シズクが変化したテシオが会合での話を再現していく。
◆◆◆
シズクの再現が終わった。
ディートが呟いた。
「なるほど。テシオって奴の話はどうもソロッツォもよく聞いてるようね」
「そうなんだ。麻湯のことはソロッツォも退いてこないと思った。だがテシオがモールのビジネスの代案を持ちかけるとすぐに退いたんだ」
「ひょっとして傭兵ギルドは商人ギルドに資金援助を受けているのかも」
ディートの発言は有り得そうに思えた。
傭兵ギルドのメインのビジネスは冒険者に強引に傭兵を斡旋することだが、警戒されてしまっている上に商売と比べて圧倒的に利幅が小さい。
傭兵ギルドは商売も上手くいっていない。
傭兵ギルドがほとんど借金という形で商人ギルドから資金援助を受けていてもおかしくないだろう。
ノエラさんが顎にこぶしを乗せた。
「だとすると傭兵ギルドの麻湯の販売、盗賊ギルドへのちょっかいは……」
「全部、商人ギルドが仕組んでいるのかも。商人ギルドは傭兵ギルドに危険なビジネスをさせて影で利益を得ているのかもしれない」
それが事実だとすると、傭兵ギルドは商人ギルドにとって日本で言うフロント企業のようなものなのだろう。
「それに。ノエラさん」
「はい」
「会合のメンバーが賢者の話を聞きたいって言ってたんですよね? 具体的には誰が?」
「商人ギルドの交渉人を通してテシオが常日頃から言っていると」
僕は一拍置いて言った。
「暗殺未遂事件の絵を描いたのはテシオだね。ソロッツォに会合を開かせて、支配地区の交換をすることで僕達が冒険者ギルドに行くルートを固定させて、ポーリーさんに風邪をひかせて、ノエラさんと賢者である僕を始末しようとしたんだ」
リアが不安そうな顔をする。
「冒険者ギルドはどうなんでしょう?」
「もし冒険者ギルドも敵だったら今頃ノエラさんも僕も命がない」
ミリィがまた立ち上がって何処かに行こうとするのをディートが止める。
「放してっ!」
「どこに行くつもり?」
「ポーリーのところ!」
僕が割って入る。
「なにか理由があるのかもしれない。今は警戒して監視をつけて置くだけでいいよ」
ノエラさんも言った。
「そうですね。積極的に裏切ったというよりはなにか弱みを握られてその日休めと言われたんでしょう。もしそうでなかったら私だけが死体になっていたかも」
その通りだと思う。しかし、ミリィの怒りはまだ収まらない。
「なら、ぶって誰に言われたのか吐かせる!」
「いやテシオの用意周到さからすると本人が出てきて言ったとはとても思えない。地下街の金貸しか、あるいは酒場か娼館のお姉さんに言わせているか。しかも傭兵ギルドを通しているだろう」
「ううう~」
「ひょっとしたら本人は裏切った自覚すらないかも。いや多分そうだな。傭兵ギルドが風邪引いたってことを知っていたんだから」
ミリィとノエラさんから明らかにほっとした空気が流れる。
本当は自覚があるかどうかはわからないが、ギルド仲間なのだし、自覚がないほうが嬉しいのだろう。
だから僕は敢えてそう言った。
「でも暗殺者はテシオが直接手配したと思う。逃げ足が早かった。失敗しても成功しても自分の影は出さずに傭兵ギルドに罪をなすりつける気だったんだと思う。だからミリィが傭兵ギルドに殴り込んでも知らぬ存ぜぬって言ってくるし、裏で笑うのはテシオだ。漁夫の利を得て地下ギルドを支配してモールのビジネスも奪うつもりなんだろう」
「んにゃにゃ! じゃあ商人ギルドに行く!」
「商人ギルドに殴り込んでも明確な証拠ないよ。こっちが悪者にされてしまう」
「んにゃにゃ!」
ディートだけでは抑えきれなくなりつつあるミリィにリアも加わる。
ノエラさんが僕に頭を下げた。
「ありがとうございます。テシオの狙いがわかりました。トオル様がいなかったらどうなっていたか?」
「いやまあ。たまたま暇していたし、面白そうだからついて行っただけで」
「本当に命の恩人ですよ。でもこれからどうしたら良いのか……トオル様……」
頼られるのは少し嬉しいけど、ノエラさんは事務方で女性なのだ。
伝説の大盗賊と言われた先代はこういう事態にも馴れていたかもしれない。
しかし、ミリィのリアとディートを引き剥がして暴れに行きそうな様子を見ると、まだまだ成長をまたないといけないようだ。
「公的機関でもある冒険者ギルドが向こうについていないならまだまだ大丈夫ですよ。当面は気をつけつつ、商人ギルドとも笑顔で付き合いましょう。モールを成功させないといけないし」
「そうですね。でもそれだけでは……」
もちろん、僕はそれだけで済ますつもりはない。
「いい手がありますよ。フルブレム商会のエリーとビーンさんに相談しに行きましょう」
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