スライムが正座をしていてもわからない件
「ただいま~」
「おかえりなさ~い」
アルバイトから帰ってくるとリアが迎えてくれた。
「アレ? シズクは?」
いつも出迎えるシズクが居なかった。
「あ、シズクちゃんはお昼寝しているみたい」
「え? そうなの?」
おかしいな。いつも「三分ぐらい寝れば大丈夫です~」とか言ってるのに。
「どうしよっか? お出かけはシズクが起きるまで待ってる?」
帰ってきたらリアとお出かけしようという話はシズクも聞いているけど、それでもなにか言ってから出かけたほうが良いだろう。
「起こさなくていいから。出かけてくださいって言ってましたよ」
「そうなの? でも……」
リアに背を押されて立川の街を出た。
シズクがそう言っていたならまあいいか。
「とりあえず夕飯時だし、まずは何か食べようか?」
「はい!」
時間はちょうど夕飯時だった。
「何か食べたいものある?」
「う、う~ん。私、前に食べた吉山家の牛丼が良いです」
たまのデートで……。
「あれって安いんですよね?」
……金髪美少女に牛丼を食べたいとニコッと微笑まさせてしまう。
いや、僕だって牛丼は大好きなんだけどね。
僕の視界がボケて歪んだ。
雫が流れないように上を向く
リアが急にシングルピースをした。
「ピ、ピース?」
どういう意味だろう? エッチな意味ではないだろうし……。
「ぜ、贅沢に溶き卵を二つにしてもいいですかね?」
僕はハンカチを目に当てた。
「ト、トオル様。どうされたんですか?」
「い、いや。目にゴミが入ってさ。でもせっかく日本に来たんだからまだ食べてないものを食べない?」
「え、えぇ。それならわからないのでお任せします」
「うん。任せて」
なにが良いかなあ。
リアは結構お肉が好きだ。
すき焼きは家で食べたこともあるし、ハンバーグもある。
ケバブっぽいもの、ステーキは異世界にもあるらしい。
日本にしかない肉料理っていうと意外と……
「そうだ。とんかつ! 異世界って揚げ物はないみたいだしね」
「とんかつ?」
「ステーキ状の豚にパン粉の衣をつけて」
「お、美味しそう」
ん? それをさらに卵でとじたカツ丼にしたほうがいいかもしれないぞ。
さっきシングルピースされたしな。
いや、ここは豪勢にお蕎麦屋さんのカツ重にしよう。
お蕎麦屋さんのカツ丼とかカツ重でタレが美味しいのか最高だよね。
駅ビルのお蕎麦屋さんにカツ重があるか確認して入る。
「え? ここってお蕎麦屋さんですよね」
お蕎麦は家でも食べたことがあったかもしれない。
「うん。でもカツ丼とかカツ重はなぜか肉料理なのにお蕎麦屋さんにもあるんだ」
リアはお蕎麦はあまり好きではないのかもしれない。
ちょっと不安そうな顔をしていた。
しばらく待っているとカツ重上1600円が二つ来た。
綴じ蓋をしてあるお重、お漬物、お味噌汁も付いている。
ふふふ。綴じ蓋をしてあるところがナイスだ。
「これは?」
「その黒い箱のなかにカツ重が入ってるんだ」
周りのお客さんはお蕎麦を食べている。
リアもなかにお蕎麦が入っていると思っているのか訝しげな表情をしていたが、お重の綴じ蓋を開けた瞬間、リアの顔がパッと明るくなる。
「わわわ。これがカツ重ですか。それに甘くて凄く良い香りが」
「その玉子の中に入ってるのが豚肉にパン粉の衣をつけて揚げたものなんだ。まあ食べよう食べようか」
「はい! いただきます!」
「は~い。いただきま~す!」
リアがもう手慣れた箸使いでカツを取る。形の良い唇にそれを入れた。
「んんん~とろっふわサクッですね……美味しー!」
「ホント? よかった!」
「私の世界には絶対にない味です! こんなに美味しいもの食べたこと無いかも!」
ふふふ。甘いなリア。日本人にはそれをさらにもう一段引き上げる工夫がある。
「でもちょっと味が濃いと思わないかい?」
「言われてみれば……たくさん食べたら確かに……」
「下のご飯も食べることで味付けを好みに調整できるようになっている」
「な、なななななな」
リアはカツを小さく食べた後、ご飯をちょこっと口に含む。
「ん~!」
またご飯をちょっと口に入れる。またちょっと入れる。
そして咀嚼した。
「んんん! 美味しー!」
「ふふふ。おかずの味の濃さをお米で好みに調節できることこそ日本の食の奥義」
リアは美味しそうにカツ丼を頬張っている。
僕も食べよう。
リアのカツ重が三分の一ぐらいになった時だった。
「あっ不動産屋さんだ!」
リアが僕の後ろを指差す。
またか! デートの度に邪魔をして! 後ろを向いた。元不動産屋、木村さん……いないぞ?
「リア、いないよ?」
「お、おかしいですね」
◆◆◆
「美味しかったね~」
「ホント、美味しかったです~もっと食べたかったかも」
ん? 1600円だけあって結構満腹になったんだけどな。
リアと僕は食べる量、同じぐらいだし。
「次は何処に行きましょう?」
うーん。
ホ、ホテルにはまだ早いもんなあ。
「私は日本のことわからないから案内して欲しいです」
「えっとそうだなあ」
うーん。アニメフレンズ、ライオンの穴、ゲーマー野郎……いかん。
とても行きたいが、女の子と一緒に行く場所ではない。
もう少しオサレな場所となると。
「そうだ! 小説バーがある!」
「小説バー?」
「うん。冒険者ギルドの酒場、じゃないけど、前に行ってたバーがあるんだよね。小説が置いてあるんだ」
「へ~素敵ですね。私、あまり日本語の本は読めないですけど大丈夫ですか?」
「うん。読んでる人はほとんどいないよ。雰囲気を楽しむ感じかな」
「なら行きたいです」
小説バーに入る。
「わ~すっごいオシャレですね」
「うん。ここはオツマミも美味しいしお酒の種類も豊富なんだ。しかもかなりリーズナブル」
席に座るとマスターがコースターを選ばせてくれる。
このバーのコースターは文豪が印刷されている。
僕は漱石、リアはなぜかお笑い芸人の梅本人志を選んでいた。梅本は文豪なんだろうか。
「これがリアの世界でよく飲まれてるエール類かな。日本ではビールって言ってるけど」
「凄い20種類もあるんですね」
僕達は適当にお酒を頼んでカウンターで楽しい時間を過ごす。
マスターが適度に話しかけてくれた。
「ところでマスター。あの奥にいるブツブツ言いながら紙の束をチェックしているお客さんは?」
「あ~売れないラノベ作家さんらしいですよ。息詰まったらここで原稿のチェックするとかなんとか。確か……東なんとかさんって言ったかなあ」
「へ~嘘臭いですね」
マスターは苦笑いした。微妙に迷惑してるのかもしれない。
◆◆◆
「あ~楽しかった」
僕とリアはほろ酔いでまた街に出た。
「じゃ、じゃあ、そろそろホテルに行こうか」
「あ……は、はい」
リアの顔や首筋が少し赤いのはお酒のせいだろうか。
僕達は自然と腕を組んで歩いた。
リアはほろ酔いでも無いかもしれない。
泊まるホテルは駅とくっついているホテルだ。
そういうホテルではない。ちょっと高いが金貨とお馬さんという二つの収入源を得たから良いだろう。
「鈴木様ですね」
ネットで予約してある。ちゃんと高層階の部屋を!
きっと夜景が綺麗だと思う。
日本人なら見慣れていても異世界人には凄い光景になってくれるんじゃないだろうか。
けどリアはあまりお酒が強くないのか部屋に入る前から既に僕に寄りかかっていた。
部屋のドアをあけてリアをベッドに運んだ。
「大丈夫?」
「大丈夫です。楽しくてちょっと飲みすぎちゃったかも……」
昔麻痺した彼女を和室に運んだことを思い出す。
夜景を一緒に見るのはちょっと休んでからかも知れない。
「じゃあ僕はちょっとお風呂でも入ってくるから」
僕がお風呂に行こうとするとベッドに横になっていたリアが僕の手をつかむ。
「え? な、なに?」
「ヤダ……いかないで……」
腕をぐっと引き寄せられる。
「わわわ」
ベッドに横たわるリアの上に乗る形になってしまう。
「んっ……ん」
リアに更に腕を引っ張られて顔を寄せられた。
少しお酒臭い互いの唾液の味を交換する。
「トール様……」
「リア……」
リアが僕の腕から手のひらを持ち直し、胸に当てる。
「あんっ」
うおおおおおおおお。やわらけえ! プルップルだ!
うおおおおおおプルプル。
しかし、いくらなんでもコイツはプルプル過ぎないだろうか。
「まさか。リアの上着は……スライムアーマー?」
リアの身体からスライムがプルンッと分離した。
「う、うーん」
酔っ払って寝ているリアの胸が露出されプルンプルンしていた。
「バ、バレてしまいました……ごめんなさい」
「な、なんだ。シズクもいたのか」
「はい。カツ重……美味しかったです……ごめんなさい」
「い、いや、いいんだよ。でも来たいなら言ってくれれば良かったのに」
シズクが申し訳なさそうに言った。
「シズクは……見たこと無いから見たかったんです」
「見たかったって……ひょっとして」
確かによく考えるとリアとの時はシズクはいなかったし、ミリィの時は異世界を冒険中だ。
「ご主人様とその時のために勉強したいんです」
ご主人様とその時ってどんな時さ。
「さあ、どうぞ。シズク端っこで正座して見ていますので」
「できるかー!」
第一巻好評発売中です! WEB版とは展開が異なります。書き下ろしもあり。
コミカライズの企画も進んでいます。
新作の『異世界帰りのネクロマンサー ~地球に戻ったらゾンビだらけ~』も是非よろしくお願いします。
http://ncode.syosetu.com/n5201dv/




