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二つの儲けを手に入れた件

 翌日、ミリィと一緒に朝から府中に来た。


「凄い! なにここ!」

「ここが実際のお馬さんのレース場だよ」


 これほどの規模の建物は異世界だと王城でも無いかもしれない。


「日本人はよっぽど馬が好きなんだねっ!」

「うん……まあ……一部の人はね……」


 さてと。ともかく出走前の馬が見れるパドックに行くかと思った時だった。

 ミリィが勝手に走り出す。

 その方向には思い出スタンドがあった。


「いかーーーん! あの中はちょっとしたメルヘンテーマパークのようになっていて食べ物の売店だらけだぞ!」


 走って追いかけるが、周りの人に注目されてしまう。


「はやっ!?」


 いけない。僕はレベルが上がりすぎて筋力だけでなくスピードまで異常になっているのだ。

 早歩きで追いかける。

 結局ミリィは思い出スタンドに入ってしまった。


「うっわ~」


 思い出スタンドはサンリクピューマランド並のメルヘンな建物の中にオシャレな売店が入っている。

 オシャレな売店と言っても外観だけで中身は立ち食いそば、おでん、もつ煮、ビール、燗した酒など、おじさんが好みそうな食べ物も多い。


「アレ食べたい!」


 目の前をビールとフライドチキンを食っているオジサンが通る。


「鳥百のフライドチキンか……」


 確かにあの店のフライドチキンは揚げたてすぐの提供でチェーンのハンバーガー屋のチキンなどとは比べ物にならない。

 競馬場は色んな店が入ってるから美味しいものも結構ある。


「けど軍資金がさ……」

「食べたい食べたい食べたーい!」


 ミリィが子供のように駄々をこねる。

 まあ肝心の予想は彼女頼みなのだ。フライドチキンの一本ぐらいは良いか。

 あまり朝ご飯を食べてこなかったしな。


「あちちっ」


 鳥百のフライドチキンは食べると熱い油が飛び出てくるのだ。


「でもサクサクで凄い美味しいよ!」

「そうだろうよ」


 僕は軍資金の関係でミリィが食べるのを見ているだけだ。

 ううう。美味そうだな。


「トオルも!」


 ミリィは途中で気がついて少しくれた。


「よーし。そろそろパドック行こうぜ」

「うん」


 ミリィはそう言ってすぐ見える出口から出ようとした。


「あ、そっちからじゃなくてこっちこっち。建物中を通ってショートカットを……しまったあああああ」


 そのまま外に出せばよかった。

 ショートカットした先にはラーメン南海が良い匂いを漂わせていた。


「アレ食べたい!」


 テラス席で、若者がラーメンを啜っていた。

 ミリィもディートとラーメンを確か食べたいと言っていたような気がする。


「フライドチキン食べたばっかりじゃんかよ」


 ダメ元の抵抗をしてみる。

 ぶっちゃけ昨日の勝利の二万三千円から引くことのミリィにあげた一万円だから、一万三千円ぐらいしか軍資金がないのだ。

 既に交通費、スポーツ新聞代、フライドチキン代がマイナスされている。


「足りない足りない足りなーい!」

「わかったわかったよ!」


 軍師の気を損ねても仕方ない。


「美味しー!」


 目の前でラーメンをズルズルしている少女を眺める。

 ラーメン南海はとんこつスープだ。

 しかし、とんこつがちょっと苦手な僕でもアッサリとしていて食べられる。

 というか、とても美味しい。

 今は見てるだけで食べてないけどね。


「トオルもあーん」

「え? いいの?」

「あーん」

「あーん」


 南海のラーメンはあおさという海苔が入っている。

 とんこつスープの中に香る磯の風味を味わえるぞ。


「うわあちっちっ」

「あ、ごめん! ふーふーしてなかった。ふーふー」


 僕達は思い出スタンドを出た。

 目の前には緑の制服を着たお姉さんがポニーを引いていた。


「し、しまったあああああ」

「アレ乗りた~い!」

「おい! よく見ろミリィ! 親御さん連れのお子様しか乗ってないぞ!」


 府中ではたまにこれをやっているのだ。

 緑の制服を着たお姉さんが言った。


「彼女さん。乗られるんですか? 別に構いませんよ」

「乗る乗る~!」


 お姉さんが笑いを堪えているのはすぐに気がついた。

 は、恥ずかしい……。


「可愛らしい彼女さんですね」

「あ、ありがとうございます」


 緑の制服のお姉さんがニヤリと笑った。


「彼女さん。ちょっとポニーで回ります?」

「うんうん! 回る~!」


 やめろー!

 緑の制服のお姉さんは馬の手綱を持って回りはじめる。

 普段お子様しか乗せないポニーは日本人に見えないしなやかな身体の美少女を乗せて歩き出した。


「出発進行にゃー!」

「彼女さん、本当に可愛らしいですね」

「えぇ……」


 ぶっちゃけ人間と言えるかどうかも怪しい猫型獣人だけど。

 まあでもだんだん気持ちよくなってきた。

 確かにお子様が乗るポニーでこんな喜んでくれる純真な美少女は世知辛い日本では全滅しているだろう。

 緑の制服のお姉さんも微笑んでいた。

 ところがそれは悪魔の微笑みだったのだ。

 ポニーが向かう先には大きな大きな馬が見えてきた。


「げっ!? アレは!?」


 イベント会場などでよく見る空気を入れて中に入ってトランポリンのように遊べる遊具が見えてきたのだ。

 確かエア遊具とか言うんだよな。馬型のエア遊具だ。


「うわー! アレ入りたい!」

「ちょっと待てよ……看板に対象年齢……小学生って……」


 緑の制服のお姉さんがニッコリと微笑む。


「小学生までって書いてありますけど、それ以上の人がやらないだけですから良いですよ。外国の方ですもの。仕方ないですよ」


 こ、このお姉さん。自分が日曜に働いているのに、僕達がデートに来てると思ってイライラしてるんじゃないか?

 ちょっと待て。これでも僕は異世界の麻薬を取り締まったり、孤児の面倒を見てあげたり、誤解されているオークをなんとかしようとする一環で……と言えるべくもなく。


 僕は若いお母さん達に混じって遊具の窓から子供達とミリィの様子を眺めるしか無かった。

 最初は変な目で見られたが、途中からあまりに無邪気に子供達と遊ぶミリィを見てお母さん達もほっこりしたようだ。


「にゃははは。皆かかってこーい!」

「やったな~お姉ちゃん~!」

「あっ」


 ミリィの帽子が取れてしまい猫耳が丸見えになる。


「あれ~お姉ちゃん猫の耳が生えてるよ~」

「にゃははは~。いけない、いけない」


 ミリィが帽子を被り直して猫耳を隠す。

 その時は既に遅かった。

 若いお母さんが不審な目で僕とミリィを見る。


「いや、あの僕の趣味で猫耳カチューシャを」


 若いお母さん達は不審な目から、また変な目に戻ってくれた。

 背中をポンポンと叩かれる。

 30過ぎぐらいの男性がいた。親指を立てて笑っている。


「いや~彼女さん似合ってたよ」


 きっと今ミリィと遊んでいるお子様のお父さんだろう。


◆◆◆


 僕達はやっとパドックに来た。


「だから帽子は絶対取るなって言ったじゃんか」

「にゃはは。ごめんごめん。子供が沢山いたからさあ」


 子供はお前だ!

 しかし、ついに肝心のお金儲けが出来るかもしれない。

 目の前では次のレースに出る馬が回っていた。

 映像の馬ではない。しかも最前列なので馬のいななきも聞えるほどだ。


「で、どうなのよ? 行けそう?」

「あの馬、今こういってるよ」


 ミリィが馬を指差す。名前は……コンヤクハーキか。新聞では三、四番人気になりそうだ。


「なんて?」

「絶対勝つ! って気合入ってるね。実際の調子も良さそう」

「マジか!」

「うん。他に強そうな馬はアレだけど」


 おお、一番人気のチシキナイセーイか。


「もうやってられるか。なんで人間乗せて走らなあかんねんとか言ってるよ。他の馬も文句が多いかな」

「どうして変な大阪弁なのかとか気になるけど、ともかくコンヤクハーキで間違いなさそうだな」

「うん!」


 ミリィをパドックにしばらく居てねと言って馬券を買いに行く。


「よーし。自信満々みたいだったし残っている一万円をかけるか」


 五百円ぐらいまでは賭けたこともあるけど単勝で一万円も買うなんてはじめてだぞ。

 せっかくだから実際のレース場で見るか。

 ミリィにはしばらくパドックで待っててくれって言っといたし。



――数分後



「よし! 行け行け行けっ! やった! コンヤクハーキだ!」


 コンヤクハーキがぶっちぎりで勝った。やっぱり凄いなミリィは。

 早速、オッズを見に行くか。

 楽しみだ。オッズは12.6倍!


「やった……12万6千円になったぞ!」


 僕はパドックに急いで戻る。


「ミリィやった。めちゃくちゃ勝ったぞ!」


 ところがパドックに戻るとミリィは男に話しかけられていた。

 ミリィは人を殴ってはならない、パドックで待てと言っていたので嫌そうな顔をしているが、大人しくしているようだ。

 男の方はミリィを向いているのでどんな男かはわからない。

 しかし、やはりナンパのようだ。


「お嬢ちゃん。馬のことなんもしらないんだな」

「わかるもん! 次はアテクシムソーだよ!」

「ないないない。アテクシムソーなんか絶対ない。俺が教えてあげるよ」


 どうやらミリィを初心者だと思ってナンパしているようだ。

 馬鹿な奴だ。まあ早く助けないと。

 でも何処かで聞いたことあるような……。


「あ、トオル」

「ちょっちょっと。僕の連れなんですけど」


 あっ。


「不動産屋……じゃなくて木村さん」

「あ、あれ? 鈴木さん?」


 ミリィをナンパしてるのは例の元不動産だった。


「えーこの子、また鈴木さんの連れ? そんな~どうして鈴木さんはそんなにモテるのよ」

「いやまあ……そんなことより木村さんはなんでまたここに?」

「ここにいる理由なんかただ一つじゃない」


 そう言って彼はパドックの馬を指差した。

 だったらナンパなんかしていないで欲しい。


「俺の予想はちょっとしたもんなのよ。次は大本命のイカイハメシマズーがくるよ。全財産賭けてもいいぐらいだぜ」

「あははは。そうですか。でももう僕、今日の軍資金は無くなっちゃったので帰ろうかと」

「え? そうなのか? まあさっきのコンヤクハーキも予想するのは意外と難しかったからね」


 ミリィの手を取って軽く挨拶して木村から離れた。


「鈴木くーん。今度その子とディートちゃんとりんご飴の子を呼んで一緒に飲もうね~」


 僕は曖昧な笑顔で手を振る。帰宅するために駅の方に歩く。

 ミリィは少し驚いた顔だ。


「もう帰るの?」


 まあこういうことは少しだけ儲ければ良いんじゃないかと思う。

 これで金貨と馬、二つの儲けの手段が見つかったわけだ。


「結構儲かっちゃったしね。午後は立川で一緒にノエラさんの服を買おうよ」

「うん。そうする!」


 腕に掴まるミリィに聞く。


「ところで次のレースはアテクシムソーが勝つんだろうけど、イカイハメシマズーはどうなの?」

「ビリッケツに近いんじゃないかな」


 僕は笑った。

 元不動産屋の呆然とした顔が浮かぶようだ。

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