ハイエルフの歌は心が洗われる件
※歌詞らしきものが出て来ますが、作品の内容に合わせて作った完全オリジナルです
「それにしても鈴木さんはいつも美人の外国人を連れてるよな~どこで見つけてるんすか?」
元不動産屋は僕らしか客がいないのを良いことに厨房を出て客席に座っていた。
「そんなことどうでも良いじゃないですか。あのマンションに引っ越した人はやっぱり行方不明になったか、怯えて出ていったんですか?」
「そうなんだよね。あのマンションはなんなん?」
聞いているのはこっちなのに。
「ところでディートちゃんチャーシューいる?」
「チャーシューって?」
「さっきラーメンに肉が入ってたでしょ」
スープの味は流行りのものを兎に角入れているだけからイマイチだけど、チャーシューやメンマは普通の味だった。
つまり十分に美味しい。
「タダ?」
「もちろんサービスだよ」
「いるっ」
元不動産屋はディートにチャーシューを分厚く切ってディートの丼に入れた。
「僕もチャーシューいいですか?」
「……はいよ」
元不動産屋はチラリと嫌そうな顔を見せた後にペラペラのチャーシューを僕の丼に入れた。
凄い技術だ。向こうが透けて見えそうだぞ。
ラーメンも適当に流行り物を全てぶち込むとかしなければ結構美味しいのではないだろうか。
「そんなことよりさあ。皆でカラオケ行こうぜ」
「カラオケ? カラオケってなに?」
「ディートちゃん知らないの? カラオケたのしーよ。歌を歌う所だよ。そうかルーマニアにはないのか」
「へ~歌かぁ」
ディートはいつぞやの様にルーマニア人になっていた。
本当にルーマニアにカラオケがないのか。まあそんなことはどうでも良い。
元不動産屋が後で調べるなんてこと絶対にないだろうし。
今はマンションのことが聞きたい。
「いやいやいや元不動産屋さん。なんか例のマンションのことで他に思い出したことはないんですか? オーナーのこととか。そうだオーナーだ!」
「うーん。俺は言われて仕事してただけだからなあ」
「言われって誰に?」
「兄貴だよ。そんことよりディートちゃん、煮玉子いる?」
「いるっ」
会話の途中に……ナンパが挟まってよくわからんっ!
「兄貴って誰ですか?」
「社長だよ」
段々わかってきた。
つまり不動産屋やら的屋やらラーメン屋とかグローバル(多様)にビジネスを展開している兄貴分がいて、元不動産は子分……もとい社員なんだな。
そうこうしているとお客さんが来た。
「ディートちゃん。メンマいる?」
「メンマいるじゃないですよ。お客さんですよ」
「わかってるって……」
元不動産屋は客から横柄に食券を受け取って厨房に入っていった。
リアやディートを連れてきたら話にならないな。
今度は僕だけで行くか。
「ふぅ……」
「なんなのアイツ?」
「あぁ。日本にはたまにああいう人がいるんだよ。帰ろうか?」
「けどカラオケってところには行ってみたいなあ。トオル二人で行こうよ」
どうやらラーメンの具はあまり効いていなかったようだ。
「ちょっと帰っちゃうの~? ディートちゃんライン交換しよーよー」
本当に呆れる。他の客もいるのに。
ん? でもこれチャンスだぞ。
「ディート。ちょっと」
「なに?」
◆◆◆
ディートはよくヨーチューブで聞いている心音ミルの曲を歌っている。
「出会ったの~マンション♪ ドアを開けたら~そこはダンジョン♪」
「う、上手い……」
「そ、そう? カラオケって超楽しいね。あっ99点だって」
僕はこの採点システムで90点以上出したこと無いぞ……。
「トオルももっと歌ったら一回しか歌ってないじゃん」
「良いんだよ。ディートの聞いてる」
「そう?」
「歌上手いね」
「ハイエルフは皆森で歌っているの」
ディートはそういうと僕には全くわからない言語で歌いはじめた。
「~♪~~~♪~♪」
素晴らしいメロディだ。
心の中が洗われていくようだ。
それにしても……。
アイポンがピコンピコンとうるさかった。
ひっきりなしにメッセージが来ている。
『ディートちゃん今何してんの?』
『明日暇?』
『お酒とかって飲む?』
元不動産屋は僕のアイポンをディートのアイポンだと思って必死にラインを送っていた。
これでいつでも連絡が取れるだろう。
うううう。それにしてもこれをチラッとでも見ると心が汚れていくようだ。
「どう。トオル?」
「いいよ。凄く良い。もっと歌ってくれえええ」
「え? えええええ!? どうしたの!?」
「いや実は……さっきの元不動産屋、いやラインで木村さんってわかったけどさ。木村さんからディートを誘うメッセージが沢山来てて」
「あ~そういうことか」
ディートは優しげに笑って膝を揃えた。
その上をポンポンと叩く。
「ん?」
「寝ていいよ」
「え?」
「も~膝枕」
ディートが少しだけ顔を赤くする。
そこまで言われてやっと気がつく。
「じゃ、じゃあお邪魔します」
「どうぞ~」
僕が彼女の膝を枕にして横になる。
「~♪~~~♪~♪」
ディートが僕の頭を撫でながら森の歌を歌ってくれる。
いつの間にか寝てしまったのかもしれない。
僕達はカラオケの時間が終わるまでずっとそうしていた。




