夢見る男の奮闘記(三十と一夜の短篇第2回)
先日から、村はいつになく賑わっている。
うちの村はしがない漁村ではあるが湾が深いため、年に一度だけ外国行きの大きな船が寄港する。その船を待つ旅人たちのおかげで、田舎の小さな村は祭りの日のような賑わいを見せている。
いや、今年は船を待つ人たちの中に旅芸人の一座がいるため、その賑やかさは村の祭り以上かもしれない。
宿もない村の外れでテントを張って船を待っている彼らは、手持ち無沙汰にそこここで様々な技を披露する。そして村人から具沢山なスープだの産みたての卵だのを得て、テント暮らしの単調な食卓を潤している。
その一座の中にひとり、どうにも気になる人がいる。
こんなことを言うと俺が色気づいて異性に興味を持っていると思われるかもしれないが、断じて違う。そんな浮ついた理由ではないとわかってもらうために、ちょっと俺のことを話そう。
俺は至って普通の漁師の息子である。この村にごろごろ転がっている、日に焼けた肌と潮でばさばさになった髪をした少年と青年の間ぐらいにいる男だ。
そんな俺は、物心がついたころから夢を見るようになった。
たとえば、親父が乗っている船が沈んで死んでしまう夢。悲しくて泣きながら起きた俺にわけを聞いた親父は、いつもは着けない浮き具をつけて漁に出て、沈む船の道づれにならずに済んだ。
たとえば、村の祭りで火事が出てたくさんの家が焼けてしまう夢。炎から逃げ惑い息切れしたまま目を覚ました俺の話を聞いたおふくろが、井戸端会議でそれとなく火事に気をつけるようにみんなに意識させて、祭りの日に出た火事はすぐに消し止められた。
その後もしばしば夢を見ては、周囲に伝えて、誰かしらから感謝の言葉と時にはお礼の菓子なんかを受け取った。
そんなことを繰り返していくうち、俺は災厄を予知する夢を見ているのだと自覚する。
興奮した俺が両親の元に駆け込んで、俺って予知夢を見られるんだぜ、すげえだろ。と自慢したところ、二人は今まで気づいていなかったのかと呆れていた。
そして、言ったのだ。
そんな力があるからと調子に乗るな。お前が今日まで無事でいられたのもひとえに、子どもの戯れ言と捨て置かなかった両親や村の人々のおかげだろう。みんなが信じてくれなければ、お前は夢に見たことを生かせずに父親を亡くし家を無くしていただろう。
その言葉は、すとんと俺の胸に落ちた。あ、確かにその通りだ、と納得させ、興奮していた俺の感情を静めてくれた。
素直に頷いた俺に、両親はさらに続けた。
力を自覚したからには、これまでの恩返しと思ってみんなのためになるようにその力を使いなさい。あまり賢くはないお前だけれど、役に立てることもあるだろう。
少し引っかかる部分もあったが、俺はその言葉に賛同した。そして、力を自覚して以降はみんなのためになるように、積極的に災厄の芽を摘んで歩くことにしているのだ。
さて、そんな俺が気になっているということは、くだんの彼女を夢に見たからだ。
はじめは、旅芸人の一座が村に着いたときの夢。軽業師をしている彼女は、屋根付きの馬車が止まるや否や乗っていた屋根の上から華麗に飛んだ。くるくると回転しながら空を飛んでいるかのごとく進み、たぶん飛びすぎたのだろうけど、村人が木陰で休ませていた牛の背に落下した。驚いた牛は綱を引きちぎって暴れ、彼女を乗せたまま船を待つ旅人たちがテントを張る一角に向かって走り出す。慌てて逃げ出す人々には目もくれず、牛はひとつのテントに一直線。テントを破壊し、中に置いてあった檻までつき破り駆け抜ける。壊れた檻からは、異国の偉いさんが所望したという長い牙を持つ四つ脚の獣がおどりでる。ここぞとばかりに牙をふるう大型の肉食獣に、村は血と涙と悲鳴であふれるのだった。
今まさにその長い牙の餌食にならん、というところで目を覚ました俺は、息を乱し冷や汗をかいたまま家を飛び出した。目当ての木の下までやってくると、牛をつなげないように空の木箱を積み、補修中の編みを木に引っ掛けて広げる。いずれも近隣の家に声をかけて借りたものだ。その際に、あの木に牛をつなごうとする人がいたら止めるようにお願いもしておく。
そうして、待つこと半日。到着した馬車から夢のとおりに飛び上がった彼女は、くるくると華麗な回転を見せ、飛びすぎて、木に広げられた網に絡まって笑っていた。どこかで牛がもーと鳴く、のどかな昼下がりのことだった。
大惨事を防ぐことができて胸をなでおろした俺だったが、彼女の夢はそれで終わらない。
ある時は散歩の途中で拾った、と狼の幼獣を連れ帰り、怒り狂った狼の群れが村を襲った。
ある時は海で見つけた巨大な亀の背に乗り、訪れた海底にある都から木箱を持ち帰り、開けた途端にあふれ出た煙で村人たちがみな老人になった。
これらの悲劇を阻止するために、俺は彼女の散歩に同行して見つけた幼獣を連れ帰ろうとするのを止めたり、亀の背に乗る彼女を追って海にもぐり持っていた木箱を亀にくくりつけて返品したりと奮闘した。
そうして村を守るために頑張っているというのに、周囲は俺が彼女に気があるのだと勘違いして生暖かい目で見てくる。
否定しようにも彼女は頻繁に俺の夢に現れ、俺は彼女に付きまとわざるを得ない。
そして一緒にいれば当然、会話も交わす。
話してみれば、彼女はちょっと間が悪いだけの普通の女の子だとわかる。いや、少し聞いただけだが、この村に来るまでにも数多くの不幸に見舞われているのだから、普通ではない。
それでも明るく元気に笑っているのだ。なんとも健気で応援したくなる女の子だと俺は感銘を受け、できる限りの手助けをしようと心に決める。
そうこうしているうちに外国行きの船が到着し、いよいよ明日は旅人たちが出発するという日の夜。俺は夢を見た。
甲板で曲芸をする彼女を気に入った海の魔物によって、彼女たちの乗る船が沈む夢。
船をおりた旅芸人の一座で巡業しているときに彼女が伝染病を拾い、国じゅうに広まった病によって多数の死者が出る夢。
しまいには、この世の終わりを閉じ込めたと言われる祠を彼女が開けて、この世が終わる夢。
一晩にこれだけたくさんの夢を見たのは初めてで、目覚めた俺は疲れきっていた。けれど、布団でぐったりしている間はない。
俺は救わなければならないのだ。船に乗る全ての人を。異国に暮らす多くの人を。この世に生きるありとあらゆる命を。
そして、何より彼女を救うために。
そのために、俺は走る。
港までの道のりを走り抜けながら、彼女を引き止める方法を考える。
彼女に結婚を申し込むための言葉を考えながら、俺は船へと走って行った。
ちょっとお馬鹿な男と間の悪い女のお話でした。
ずいぶん恋愛っぽくなったのでは、と思っています(当社比)。
ただ、恋愛が九割ではないのでファンタジージャンルを選択しましたが、これはもしかしてコメディーに分類されるのでしょうか。