変態紳士
「い、いや、ぼ、僕たちは、たまたま召喚されちゃっただけで…」
近づいてくるリザードマンに必死に説明をするが、こんなこと信じてもらえるわけがない。
「何を言っているんだ。召喚魔法を使える者など、神話でしか聞いたことがないわ。それとも、お主は神に召喚されたとでもいうのか?」
やはり俺のことを疑っている。勿論、俺も嘘を言わずに真実を伝える。
「おお、そうだよ! その通りだよ! 分かってもらえて助かったわー。」
しかし、本当のことを言っただけなのに、結果として余計怒らせてしまうことになる。
「フッ、変な冗談を言うやつもいるものだ。そんなことあるわけがないだろう! 魔王城の警備兵となって早10年。いまだに昇進できずに城周りを任されている… だがそんな日々も終わりだ! 今ここで貴様を殺して城内警備に上がってやる!」
リザードマンの世界も色々大変なんだな……って、そんなことを考えている場合ではない。これはもう、戦うしかないのか? ウインドスピアでこいつを倒せるのか?いや、やるしかない。
俺は地面に突き刺さった槍を抜き、両手で槍を構える。リザードマンは金属製の胸当てをしているので、さすがに風の力で心臓は貫けないだろう。なら、狙うは一つしかない。
股間だ。股間にウインドスピアを一発食らわせることができれば、ひとたまりもないだろう。RPGでもよく「きゅうしょにあたった!」って大ダメージを与えてるし。きゅうしょ=股間かどうかは定かではないが。
リザードマンはさっきのようにゆっくりではなく走ってこっちに向かってくる。チャンスは一回だ。ミスは許されない。
「よし、今だ! ウインドスピア!」
リザードマンの股間の方向へ風が巻き起こる。
しかし、リザードマンはこれを軽々避けてしまった。
「俺の人生終わりだ…」
「魔王城に侵入した自分を責めることだな。」
リザードマンは俺に剣を勢いよく振り下ろした。
俺はビビって目をつむる。人生、俺のこんなんで終わりか…
「待って!」
リザードマンの剣が俺に当たるまでわずか数cm。彼女がリザードマンに叫んだ。
剣は頭のスレスレの所で止まり、とりあえずまだ死なずにすんだ。それにしても、何かいきなりどうしたのだろうか。
「なんだ、お前から先に殺して欲しかったのか?」
「いや、違うの。交渉をしましょう。」
そういって彼女は俺が預けた袋の中から一冊の本を取り出した。
見覚えのある表紙だった。その本のをよく見ると、「スライムまみれのぬるぬるリザードウーマンのティータイム」と書いてある。
「俺、そんなの袋の中に入れてないぞ……?」
「私がいれといたのよ。だって、あなたが欲求不満になったら私のこと犯したりするかもしれないじゃない? だから、欲求不満にならないために持ってきておいたの。」
少し中身を見ただけでひどい偏見だ。そもそも俺がそこまで悪人に見えるだろうか。
「いや、欲求不満になっても犯さないから! てかそんなエロ本で欲求解消されないから! 本当にそういうの趣味じゃないから!」
「じゃあさっき見てたのはなんだったのよ。」
「いやそれは…」
またしてもさっきと同じパターンにはめられてしまう。もう面倒くさいから変態ってことでいいかな。
「まあいいわ。それで、交渉の話よ。」
「この本をあげるから見逃してくれないかしら。この本は魔王城の宝物庫にたった一冊だけあったものよ。強そうな武器や防具と一緒に保管されているということは、城周りを警備してる下級リザードマンにとっては一生お目にかかれないような、貴重なものなんでしょう?」
やはり図星のようで、リザードマンは頭を抱えて悩み始める。独り言で「エロと昇進…エロと昇進…」とつぶやきながら。
悩むこと約3分ほど。彼の中で決心したようだ。
「エロ本を貰おう。」
…………………助かった。
このリザードマンがむっつりでよかった。それにしても、昇進よりエロ本をとるなんてどんだけエロに飢えてるんだよ。
「あ、でも、ここからどうすればいいんだ? 脱出ルートを教えて欲しいんだけど。」
リザードマンは困った顔で答えてくれた。
「ここには船くらいでしかこれないのだが… なら魔王城にどうやってきたのだ? まさか本当に召喚魔法で来たのか?」
「だからそうだって! さっきから嘘ついてないから!」
リザードマンは笑いながら言った。
「ハハハハ。実に変な奴だ。気に入った。名は何という?」
「橋本アキラ。リザードマンには名前とかないの?」
「私はルティという。それと、さっきは悪かった。召喚されてきたなら魔王を倒す意思なんてなかっただろう? こういう仕事をしている以上、魔王に歯向かう敵は殺さなくてはいけなくてな。」
もしかしたらこのリザードマン、ただのまじめな警備兵ってだけで根は悪い奴じゃないのかもしれない。いや、そもそも警備してる人の大半はそうか。人間の世界で言ったら俺は家に侵入してきた泥棒みたいなもので、リザードマンはアル〇ックみたいなものだもんな。
「最近は連勤130日目でストレスが溜まっていたのもある。本当はこんなところの警備はやくやめたいのだが…」
「魔王城ってブラック企業なんだな…」
魔王の世界に労働基準法とかないのだろうか。いくらなんでも働かせすぎでしょ…
「それで、私が密かに作っていた脱出用の木の船がある。私が乗るにはまだ補強が必要だが、人間二人が乗るくらいなら壊れないだろう。」
「そんなもの使っちゃってホントにいいの?」
さっきまで話の蚊帳の外にいた彼女が言った。
「いいんだいいんだ。素敵なものを頂いたしな。それにもし、お主達を見逃したことがバレたら私はステーキにされてしまう。私からしたらこのボートを使って逃げてもらわないと困るのだ。」
そこまでしてエロ本が欲しかったのか… リザードマンの性事情にはつくづく驚かされる。
そして、ルティは近くの木々から隠してあった木造船を持ってきてくれた。
「さぁ、誰かに見つかる前に早く乗り込め。数日あればどこかの島につくだろう。」
俺たちは船に乗り込み、ルティが船を海へ押してくれた。
最後まで変態紳士ルティの気遣いに感心させられる。
「ありがとう!襲われた身がいうのもなんだけど、あんたは命の恩人だよ! 侵入者が言うのは変かもしれないけど、これからも警備頑張れよ!」
「それを言うなら、お主達は私の性の恩人だ。もうこんなところ来るんじゃないぞ!!」
俺とルティは手を振りあいながら別れを告げ、魔王城を後にした。
船はゆらゆらと、どこに着くのかも分からないまま、ただひたすら前に進んでいる。