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神田明神で参拝客の列に並んだ良介たちは予想していたより時間をとられてしまった。
「ちょっと時間を過ぎちゃったわね」
「幹事が到着していないのなら、みなさん待っておられるでしょうね」
「齋藤さん、それは甘いですよ」
「そうね。大橋さんの言う通りだわ」
「どういうことですか?」
「行ってみればわかりますよ」
そう言って午雲は苦笑する。齋藤と水無月は顔を見合わせる。
場所を勘違いした香穂里は走っていた。
「あなたも日下部さんに誘われたんですね」
「はい。私、coachといいます。初めまして」
「ああ!福島からだとおっしゃるからもしかしてと思っていたんですけど、やっぱりそうですか!ワカコイいいですよね。私は…」
「沢木香穂里さんですよね。ワル子ちゃん好きですよ」
香穂里とcoachはどうにかギリギリ間に合った。
糸香は偶然声をかけた女性が場所を知っていると言うので迷わずに来ることができた。
「関西の方のようですけど、東京にはよく来られるんですか?」
「結婚して神戸に行く前は東京に住んでたんよ」
「そうでしたか。私は九州からなので助かりました。それじゃあ、今日は里帰りってところですか?」
「ちょっとこちらで新年会があるもので」
「偶然ですね。私も新年会…」
「あっ!もしかして」
「日下部さんの…」
「私、糸香と申します」
「私はかおりです」
見知らぬ女性に拉致された弥欷助は席に着くなり無理やり飲まされて、困っていた。
「ところで、あなたはどちら様なんですか?」
「なに!私のことを知らないの?あんたもぐり?」
「いや、もぐりも何もボクは小説家になろうっていうサイトの新年会で…」
「みきすけらろう」
彼女は既にろれつが回っていない。
「えっ?あ、はい。そうですけど、どうしてそれを?もしかして、あなたも…」
鉄人の知り合いにこんな酒癖の悪い人がいたなんて…。
「あっ!」
「なんらぁ」
「もしや律子さんでは?」
「りつこぉ!下の名前で呼ぶなんて生意気らなあ」
そう言って律子は弥欷助におしぼりを投げつけた。
「りったん、盛り上がってるね!」
そこへ現れたのは若い女性を連れた調子のよさそうな男だった。
「りっき!遅い、遅い。まゆゆも早くおいれ」
「りったん、まだ始まっていないのに飲みすぎだよ。ところでその人だれ?」
「行きずりの男らぁ~」
「い、いや、ボクも鉄人に声を掛けられて…。呂彪弥欷助と言います」
「なに?ナガトラ?知らねえねな」
「ちょっと、りっきさん、失礼よ。日下部さんの作品に良く感想を入れてらっしゃる人よ」
「感想?人の感想なんか知るか!まあ、いいや。りったん、俺にも注いでくれ」
「りったんも、りっきさんもまだ幹事の日下部さんが来ていないんだからちょっと待ってたらどうなの?」
「そうか!日下部ちゃんが幹事だったな。でも、関係ないにゃん。俺はりったんに酒を注いでもらえりゃそれでいいにゃん」
「何よ、それ」
「あれ?まゆゆ、妬いてる?」
「まさか!」
香穂里は席に案内されるなり、立ち止まってUターンした。
「どうされたんですか?」
coachが尋ねると香穂里はcoachに耳打ちした。
「今、行かない方がいいわ。外で日下部さんが来るのを待ちましょう」
「???」
coachは訳が解からないまま、香穂里と一緒に外へ出た。同時に二人組の女性が店に入って行った。
糸香とかおりは席に案内されてギョッとした。糸香は恐る恐る声を掛けた。
「ここ、『なろう』の新年会会場ですか?」
振り向いた女性は目が座っている。同時に一升瓶を握りしめた男と目が合った。二人は思わず後ずさりした。
「おっ!キレイどころの登場にゃん!コンパニオンを呼ぶなんて日下部ちゃんも気が利くにゃん」
一升瓶の男が手招きする。
「ごめんなさい。もうすぐ、日下部さんも来られると思うから。この二人は無視していいですから」
良介たちが店の前に到着すると、外で香穂里とcoachが待っていた。
「香穂里さん、それにcoachさんも。どうしましたか?」
「日下部さん!良かった。予想はしていたのだけれど、りっきさんとりったんが…」
「ほらね」
大橋が齋藤と水無月に向かって、笑いながら言った。二人はここに来る前に大橋から大体の話を聞かされていた。
「まあ、でも、そういうのも楽しみの一つじゃないですか」
「齋藤さんは知らないですからね」
そう言って苦笑する午雲をみて齋藤は微笑んだ。
「望むところです」
「とりあえず、行きましょう。ちょっと時間も過ぎてますし」
良介はみんなを引き連れて地下の宴会場へ降りて行った。
まあ、予想通りの構図だった。
いちばん奥の席で閉伊と律子が向き合って既に一升呑み干そうとしている。その脇で真っ赤な顔をした弥欷助が律子に頭をポカポカやられながら正座している。三人から離れたいちばん手前の席でまゆが糸香とかおりの相手をしていた。
「みなさん、お待たせしました」
「あ~!鉄人、遅いろ~」
「おう!日下部ちゃん、早く始めようぜ」
既に始めているくせに…。良介は苦笑して頷いた。