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東京都千代田区外神田二丁目。正式名称は“神田神社”。平将門などを主祭神とする神田明神。江戸時代には江戸総鎮守として尊崇された。
一足早く訪れた良介は参拝客でごった返した参道で露店を眺めながら時間を潰していた。
「鉄人!」
いきなり、後ろから両目を覆われた。
「だーれだ?」
「律子さん?」
「ブッブー!」
良介が振り向くと、そこに居たのはなんとりきてっくすの妖精こと閉伊。
「りっきさん!今の声…」
「似てた?日下部ちゃんを引っかけようと思って練習したにゃん」
「相変わらずですね」
今日は『小説家になろう』の親しい仲間たちとの新年会。号令を掛けたのは閉伊。昨年暮れにいきなり良介に声をかけた。
「日下部ちゃん、新年早々新年会やるから幹事やってちょ!参加メンバーは任せるから」
「ボクがですか?」
「そうにゃん!旅行の時もやってくれたでしょう!」
「分かりましたよ。その代わり、あとで文句言わないで下さいよ」
こうして、今日、新年会をやることになった。
会場は神田明神参道半ばにある“きやり”というそばや。こんな時期に予約が取れたのは奇跡に近い。
「あけましておめでとうございます」
「あ…」
桂まゆと河美子が着物姿でやって来た。その艶やかな姿に良介はただ見とれるばかりだった。
「馬子にも衣装って言うのは…」
そう言われるのは予測済みだと言わんばかりに、まゆの平手が閉伊の胸元にヒット。
「か、桂さん…」
目を点にして固まっている美子。
「いつものことですから気にしない方がいいですよ」
良介の言葉を肯定するように、一目散に逃げて行く閉伊。まゆはそんな閉伊を追いかけて行ってしまった。
「よっ!ご両人。お似合いですよ」
続いてやってきたのは大橋秀人。美子の誕生日の一件以来、大橋は二人の仲を誤解している。
「大橋さん、なんか勘違いしていませんか?」
「勘違い?俺、何か変なこと言いましたか?」
「いや、なんでもないです」
良介と大橋のやり取りを聞いていた美子は思わず苦笑した。
「みなさん、お早いですね」
午雲さんの登場だ。
「あけましておめでとうございます」
「ねえ、まだ少し時間があるからみんなで参拝しましょう」
「いいですね!将門公ゆかりの神社ですからね。一度来たいと思っていたんですよ」
突然、背後から声がした。齋藤一明と水無月上総だった。
「みなさん、初めまして。日下部さん、お誘いありがとうございます」
齋藤は丁寧に挨拶をし、水無月もそれに従った。そうして、6人は参拝客の列に並んだ。
糸香は焦っていた。慣れない東京で目的地を探すのに苦労していた。事前に地図をプリントして来たのだけれど、秋葉原で電車を降りてからどっちへ行けばいいのか全く判らなかった。自分が今、どこの出口に居るのかさえ、見当がつかなかった。
「あの…。神田明神に行きたいんですけど…」
たまらず、そばにいた女性に尋ねた。
「今から私も行くところやから、ご一緒しましょう」
「あ、ありがとうございます。助かります…」
糸香は内心、ホッとしたのと同時に関西弁で答えられたことに多少の不安をよぎらせた。
呂彪弥欷助はこの新年会が楽しみで仕方なかった。兄貴分として慕う良介から仲間内の新年会をやるからと声を掛けられたからだ。
余裕を持って早めに家を出た。おかげで30分前には店の前に到着した。けれど、先に入って待っていようかどうか迷っていた。弥欷助にしてみれば、良介以外のメンバーとはほとんど面識がないのだから、躊躇するのも仕方がない。
「何してるの?早く行くわよ!」
「えっ?」
躊躇していた弥欷助の首根っこを掴んで彼女は店へ入って行った。
河野夜兎は迷っていた。着物にしようかどうかを。活動報告で良介に『うさぎさんはきっと着物が似合う』と言われたものだから。着物を着て行ってがっかりされたらどうしよう…。
「ええーい!そん時ゃそん時だわ。女は度胸よ」
夜兎は覚悟を決めて着物に袖を通した。
湯島聖堂を散策していた沢木香穂里は不安になっていた。良介からのメールには『参拝客でごった返しているから』と、あった。ところが、実際に来てみたら閑散としている。会場の“きやり”などというそばやはおろか、露店や茶店もない。
「おかしいわね…。神田明神って他にもあるのかしら…」
そう思って、一旦、外に出て通りすがりの人に聞いてみた。
「神田明神って、ここの他にもあるんですか?」
「えっ?今、神田明神って言いましたか?ここ、湯島天神ですけど」
「うそ!どうしよう、間違えちゃった」
香穂里は時計で時間を確認した。そろそろ、新年会の開始時間だ。
「どうしよう!新年会に遅れちゃうわ」
「神田明神へ行くんですか?大丈夫!すぐ近くですから。私も神田明神へ行く予定なんですけど、違えてここに来ちゃったんですよ。なにしろ、福島から出てきたものですから。ところで、今、新年会っておっしゃいましたよね?もしかして…」
参加人数15名。それぞれの思いを秘めて新年会が始まろうとしている。
さて、どうなることか…。