第ゼロ歩・大災害マイナスほにゃらら 其の壱
以前、活動報告に書き記しました物を、訂正追加などの改稿を致しました。
改めまして、ヤマネ様。ユウタ氏とヤエ嬢の出張を御許可下さいました事に、御礼申し上げます。
それは、<大災害>が発生するよりも、一ヶ月ほど前の事。
その日の夜10時頃、ゲーム内時間ではお昼過ぎ。
レオ丸は<書庫塔の林>で、アヤカOとユイAをお供にしながら、久々の秘術書漁りをしていた。
「おお~~~っ! ひっさびさに見たぁ~~~!!
<獅子女>と<首無し騎士>だぁ!!」
未だ若さが感じられる、女性の嬌声がした。
レオ丸が、視界画面をグルリと回すと、小柄な<妖術師>が少し離れた所でピョンピョンと飛び跳ねていた。
どうやら声を上げたのは、彼女のようである。
何者かとステータスの確認をすると、名前は“ヤエザクラ”。
レベルは、レオ丸の半分以下だ。
一瞬、新人さんかと思ったが、「ひっさびさ」という発言に間違いなければ、ド素人ではなさそうである。
恐らく、セカンドかサードの予備アバターのレベル上げをしている、プレイヤーなのだろう、とレオ丸は瞬時に考えた。
スフィンクスにしろデュラハンにしろ、海外サーバへ遠征しなければ出会わない、ヤマト・サーバには存在しないモンスターだ。
ある程度、遣り込んでいるプレイヤーでなければ、海外遠征など企図も実行も出来得るはずもないのだから。
蜂蜜色のフワフワした髪の下で、円らな瞳を輝かせている、(レオ丸がモニター越しにそう感じただけの事だが)、ハーフアルブの女の子。
見知らぬ相手に対し、無防備な感じで話しかけてきた彼女に、レオ丸は呆気に取られる。
<PK>かもしれへんって、躊躇するんが普通ちゃうん?
此処は、“安全地帯”とちゃうんやで?
モニターから眼を離さず、器用に首を振るレオ丸。
「物怖じせん子やねぇ、お嬢ちゃんは。最近にしては珍しいタイプやな?」
「ぶ~、お嬢ちゃんじゃなくて、お嬢さんだもん」
「ありゃ、そいつは失礼、御免やで」
「モフモフさせてくれたら、許してあげても良いよ?」
「ワシ、そないに毛深い方やないけど、それでもエエかいな?」
「あ~~~ッ! セクハラな人だ! ユウタ君、殺っちゃっていいよ!!」
落ち着いた紫色を基調としたローブを翻した小柄な<妖術師>は、背景である廃墟の陰から現れた、背が高くガッシリとした体型の青年の、背後に素早く隠れる。
新しいアバターの登場に、レオ丸は当然の如くステータス確認をした。
青年のメイン職は、見掛けまんまの<武闘家>。
名前は、ヤエが呼びかけた通り、“ユウタ”。
レベルはやはり、中庸の下であった。
「あっはっはっは。お騒がせして済みません」
短めの髪を軽く掻きながら、<武闘家>は優しそうな声で場を取り成した。
こうして、双方が予想だにせずに始まった、独りと二人の出会い。
済し崩し的な邂逅、であった。
契約従者のモンスター故に、危険は微塵も無いと判断したヤエが、スフィンクスの上に登り、跨り、尻尾を引っ張るなどの好き放題を重ねる間、様々な情報交換をするレオ丸とユウタ。
調子に乗ったヤエが、デュラハンの首を奪い取ろうとしていた時。
独りと二人とモンスター達は、<緑小鬼>集団の不意打ちを受けた。
三人が三人共に、ベテランだったからこそ起こりえた、ミスであった。
此れが初心者達であれば、必要以上に警戒をするであろうから、こんな処で不意打ちを受ける事など先ずないであろう。
だが、咄嗟の事態に対し、即座に対応出来るのが“熟練者”だ。
初撃は喰らってしまうが、臨時パーティーを組み連携プレイで反撃を開始。
忽ちの内に、六匹のゴブリンを撃滅する。
残る二匹のゴブリンに、スフィンクスが<呪縛の咆哮>を浴びせ、そのスフィンクスの背に跨るヤエが<フロストスピア>で止めを刺した。
戦闘終了後、散らばった金貨を回収するヤエを見ながら、レオ丸は首を傾げつつ隣に立つユウタに訊ねる。
「あの、お嬢さん。……“廃人級”やろ?」
金貨を集めていたヤエの動きと、嬌声がピタリと止まった。
直ぐに再起動するが、妙にカクカクとしたその動きに同調した、不自然なまでにぎこちない口調で返事をする。
「違ウ、ヨ? ワタシハ、初心者デス、ヨ?」
「外道照身霊波なビーム、正体見たりヤクルト尾花! 今の行動が全てを物語っとるやないかい。じっちゃんも、ばっちゃんも、全部まるっとお見通しやで!
どう見ても、パーティープレイに慣れきっとったやないかい!
きっとどこぞのギルドに属して、ガンガンブイブイ言わせとった口やろ、自分?
嘘つきは、泥棒とかペテン師とか、アレな人の始まりやで、お嬢さん?」
「……チッ! ばれたか」
「今、舌打ちしたやろ?」
「まぁまぁ、その辺で」
ユウタが間に入り、その穏やかな声にレオ丸とヤエは、一先ず矛を収める。
「折角、煩わしい関係から離れて、ユウタ君とイチャイチャしようと思っていたのに、変なオジサンに邪魔された!」
「いや、ワシの方からは邪魔してへんで?」
収めた矛を、またもや振りかざし突きつけ合う二人に、再びユウタが仲裁に入った。
ユウタは、手馴れた感じでヤエを宥めながら、レオ丸に事情を話しだす。
「僕は五年ほど前に、一年間だけ<エルダー・テイル>をプレイしていたんですが、仕事が忙しくなり止めていたんです。
ですが、……彼女と付き合い出してから、再開する事になりまして。
御互い忙しい時でも、これなら一緒に時を過ごす事が出来ますから、ね。
彼女の方は仲良しの友人と、ずっとプレイしていたようですが。
二人で始めるに当たり、共にLv.1からの初心者でやり出したんです。
レベル差のある同士では、面白くありませんので、ね。
基本的には、アキバの近辺で活動していますが、先日はミナミにも行きました。
うっかりと迷い込んだトワイライトヒルズで、<動く骸骨>の集団に追いかけられた時は、マジで死にそうになりましたが」
「ほうほう、それはそれは。リア充アベックには、実に良いお灸で♪
ミナミの街は、ワシの本拠地やさかいに、もしかしたらニアミスしてたかもしれへんねぇ。
しかし、なるほどなぁ。……恋人さんが、畜生め、ゲーマーで良かったね」
「有難うございます」
「いや、本音がダダ漏れで堪忍な。……そいつぁ確かに、御邪魔さんやったなぁ」
「いえいえ。僕達の事を、特に彼女の事を知らないプレイヤーさんとなら、“団体行動”もしてみたかったですし。
まぁ、突然の成り行きに巻き込んでしまい、こちらこそ失礼致しました」
「しかし、此方のお嬢さんは、そないに顔が差す人なんやねェ……。
……待てよ、彼女の名前! “ヤエザクラ”ってのには覚えが無いけど……」
暫しの沈黙の後、レオ丸はヤエに変に明るい声で、問いかけた。
「なぁ、お嬢さんや。“八枝”って書くヤエって名前に、聞き覚えはおまへんか?」
「ギクッ!」
「ヤエ、ヤエ、ヤーエ、……“ヤーヴェ”って名前は知らへん?」
「ギクギクッ!!」
「なるほどなぁ……、そら確かに、顔を差すわなぁ。ちょー有名人やもんなぁ。
以前、<黒剣騎士団>に属しとる友人が、ぼやいてたで。
“兄やん、ほんなごつ蹴たぐられたとよ! バリくらわされたばい!”ってな」
レオ丸の声に、意地悪な色が混ざる。
ヤエは、女性らしからぬ声で低く唸った。
それが急に途切れ、突然に楽しげな声で捲くし立て始めた。
「あ、そう言えば!
ミナミで知り合った、<ちんどん屋>さんに聞いたよね、ユウタ君!」
「え? 何だっけ?」
「ほら、ミナミには名物が幾つかあるけど、その内の一つに、ストリート漫才があるって言ってたじゃん!」
「ああ、そう言えば」
「一番面白いのは、<ハウリング>って戦闘ギルドの親分と、ぼっちプレイヤーの罵り合いだって、ね!」
「……確か、ソロプレイヤーの人が、大手ギルドの強引な勧誘から逃げ回っているん、だったっけ?」
「そうそう! その僧侶みたいなアバターの<召喚術師>の人は、インチキ臭い説教を垂れながら、ギルドの親分をいつもやり込めるんだって、言ってたじゃん?
それで、どつき合いになって、最後は<衛兵>に殺られちゃうって!」
「ソンナコトハシリマセンヨー」
不敵な笑い声を上げるヤエに、レオ丸は機械的な声で否定する。
「ぼーさんも、鬱陶しい相手から逃げて来たんだ。こーんな此処まで?」
「逃げたやなんて、外聞悪い事を言わんといてや、お嬢さん。
……所謂一つの、戦略的転進ってヤツやで?」
「語るに落ちてるよ、ぼーさん?」
「けっけっけ! 中々の兵やな、お嬢さん。いや、ヤエザクラさん」
「ぼーさんも、負けてないよ?」
「自分を倒すにゃ、大規模編成でも無理っぽいなぁ?」
「ユウタ君! このインチキぼーさん、結構酷いよ! 悪辣非道、言語道断だよ!
こんな純情可憐でプリティーでキュートな乙女に、暴言を吐いたよ!
構わないから、ボコボコのギッタギタに殺っちゃってくれていいよ!!」
ユウタは、聞く者全てが惚れ惚れとする、実に爽やかな声で笑った。
「どっちもどっち、似た者同士ですね!」
「違うよ、似てないよ、ユウタ君!」
「違うで、似てへんで、ユウタ君!」
レオ丸とヤエは、異口同音に反論するが、ユウタは笑うばかりで発言を訂正しない。
「ぶ~~~! こうなりゃ勝負よ、ぼーさん!」
「お、エエで。いつでもかかっておいで」
「勝負は、一週間後に!」
「ほな、場所はミナミにしよか? 大阪の名所を案内がてら、相手したろ」
「逃げたら酷いんだからね!」
「自分も、首やら足やらを、ようよう洗っとく事やな!」
ユウタの楽しそうな笑い声をBGMに、二人の言い合いは日付変更線を超えても、まだまだ続いた。
そして、約束の一週間後。
「逃げも隠れもせずに、よう来たな、お嬢さん!
ユウタ君も、遠路はるばるお越しやす」
「対応が違い過ぎるよ、ぼーさん!」
「しーーッ! 声が大きい!」
「お招き戴き有難うございます。……どうして、マントを頭から被りながら、物陰に隠れて居られるんですか?」
「筋金入りの、脳みそ筋肉野郎に見つかりたくないからや」
「そーなんだ、ぼーさん! レ」
「叫ぶんはエエけど、トラブルは一蓮托生やで?」
「レ……れっつ・ごー?」
「ほな、行こか。……ついといで」
トランスポートゲートで合流して直ぐ、<黄金廃城>に赴く三人。
僅か一時間ほどのプレイではあったが、内容は盛沢山であった。
ヤエが、内部のダンジョンに溢れる金銀財宝に目が眩み、要らぬ事をしてはモンスターを招き寄せる。
レオ丸とユウタがその対処に追われ、どうにかこうにか撃退する。
ダンジョン入り口の大手門を潜ってから、天守閣中層階までの間、ルーチンワークのように同じ展開を、ずっと繰り返す三人。
ヤエとユウタのレベルでは、挑戦するには無理があるため、最上階のラスボス戦はせず、早々に帰途に着く事に。
山ほどの金貨とお土産を抱え、ウキウキのヤエ。
ユウタとレオ丸に礼を言うものの、気は漫ろである。
エレベーター・ワープで一階に降り立ち、城塞広場へと進んだ時。
上の空で歩いていたヤエは、うっかりと闘争の場に踏み込んでしまった。
争おうとしていたのは、冒険者同士。
それは、<キングダム>と<ハーティー・ロード>のメンバー達が、今まさに|<対人戦(PvP)>を開始しようとしていたタイミングであった。
「なに、さらすんじゃゴルァッ!!」
「ようも邪魔しくさりやがったのぅ、おぅッ!!」
ユウタは、ヤエを抱きかかえた。
レオ丸は<ダザネックの魔法の鞄>から、あるアイテムを二つ取り出す。
「喰らえ! <ジライヤ蝦蟇の煙玉>!!」
レオ丸が二組のギルドの眼前に投げつけたのは、視覚に状態異常効果を与えつつ、移動にも制限を加える、特殊アイテムであった。
水を注された双方の冒険者達から遁走し、どうにかこうにか這う這うの体で、ミナミの街に帰還を果たす三人組。
何とも締まらぬ結果に、失笑しながら臨時パーティーは解散した。
「今日は色々と有難うございました、レオ丸和尚さん」
「ぼーさん、ありがとね!」
「まぁ、色々……ホンマ色々あったけど。……ユウタ君、頑張りや!」
「ああ、はい、頑張ります」
「え? 何を頑張れって言いたいの、ぼーさん?」
「“小さなならず者で、よかったわ。だって、チビ悪党は、扱い易いし、潰し易いでしょ”」
「なんですって!!」
「ワシが言うたんとちゃうで。『ムー●ン谷の夏まつり』に出て来る、台詞やで?」
「ユウタ君! 扱い難くなるくらいに、潰しちゃっていいよ!!」
「あっはっはっは! では、今回はこれで!」
「ほな、また!」
「はい、また宜しく御願いします」
「次は、絶対に許さないからね!」
細かくパンチを繰り出すヤエを抱えたユウタが、トランスポートゲートに消える。
胸をドンと叩いてから、レオ丸は手を振り見送った。
「さて、と」
身を低くして、素早く街中へと走り出す、レオ丸。
その姿勢は、<大災害>が発生するまでの間ずっと、レオ丸の過ごし方となった。
あ、此処にも地味に、エンちゃんが!
何だろう、私はエンクルマ氏の追っかけか? 付き纏いか!?
実は、自称ファン第一号です。
と、言う訳で、佐竹三郎様。地味に小さく小躍り下さいますれば、誠に幸甚にて(苦笑)。