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5 ◆ 煌く湯 ほうこう何処に ひとしおか ◆

 レベルも15となり、習得した魔法の数は増え、装備も襦袢(じゅばん)、長着、手甲、足袋、草履、扇子とかなり揃った。現実的なゲームかと思えば、着流しという器械体操の類の動きは取れないはずの服装でも全く関係無く動かせる辺りは、とてもゲームらしかった。


 またレベル15迄で新しく覚えた魔法はというと、次の通りである。


 〈ラージ・ヒル〉:〈ヒール〉の上位版で単体回復魔法。

 〈トーチ〉:自動浮遊の松明を出現させる。

 〈スケール〉:対象を計量・計測する  ※全員習得可能

 〈クリーン〉:対象を綺麗にする    ※全員習得可能


 〈セイクリッド・アロー〉 

 〈ブライト・アロー〉

 〈アクア・アロー〉

 〈ファイア・アロー〉

 〈プラント・アロー〉

 〈フリーズ・アロー〉

 〈ストーン・アロー〉

    (※アロー系は全て射程:30m程)



 それは冒険に必要なのか疑問に思うものも含まれているが、実際の所非常に役に立っている。

 

 まず〈トーチ〉は、自身から半径5m以内で自動浮遊または念じて操作させられ、半径5m程を照らしてくれる松明である。アレクには不要であるが、フェルサにとっては夜間の活動において有用である。初期では最低継続時間が10分に対し、再使用時間が20分と設定されている辺りにこのゲームの意地の悪さが表れているだろう。


 次に〈スケール〉、距離や重さ・時間等を計測出来るため、射程や荷物の所要限界量や再使用時間などが厳密に判るようになった。この魔法を覚えるまでは尺度自体にズレが生じやすいのか、表示では再使用時間が過ぎて使用可能となっているはずなのだが実際にはまだ使用出来ないとか、射程が安定しないとかの不都合が生じることが度々あった。しかし、この魔法を習得してから日々意識を向けるようになると、正確性が格段に上昇したのである。それはフェルサも同様であった。


 そして〈クリーン〉、こいつは住居や装備類といった様々な物を綺麗に出来る。大雑把に言ってしまえば、装備類等の簡易手入れが行えることで物持ちが良くなるということだ。家の掃除も非常に楽で、練習を積み重ねたら家全体の掃除を〈クリーン〉1発で行うことも可能になった。


 〈アロー系〉の攻撃魔法と〈ボール系〉との違いは威力が少し上がったこと、射程がほぼ倍であること、発動に掛かる時間と再使用時間が少し長いこと、貫通特性を持っていることである。実はこの“貫通”が厄介でもある。一人の時は気にする必要がほぼ無いが、PT時には注意を要する。何せ貫通して仲間にも命中する危険性があるのだ。

 どうにかアレクは貫通特性を加減することで極力仲間に被害が及ばないようにすることが可能な時もあるが、フェルサが敵を引き付けてくれている際には使用したくない魔法であることに変わりない。射程を活かした先制用の攻撃手段が主な使い道だ。




「アレクっ! 今日は温泉探検隊だっ!」


 毎度ながら元気なフェルサ。互いにレベルも15となり、今日はにゃん吾郎と3人で温泉洞窟へと繰り出すのだ。


「張り切り過ぎて、のぼせるなよ」

「ははは、その心配は無用だっ! 俺は早風呂だっ!」


(そこは心配していないから……遠回しな表現は駄目っと。今日はにゃん吾郎さんもいて全滅の心配はないから、好きにさせとこう)


 二人は猫柄外装のにゃんこ商会万屋へと赴いた。


「やっぱ、ころにゃんの描いた猫の絵は良いよなー♪」


 外装をじっくりと鑑賞しては幸せ全開のフェルサ。どうやら彼は勘違いをしている。

 アレクは暫し悩む。伝えるべきか、黙っておくべきか。

 左手で顎を撫でること10秒程、アレクは決意した。


「なあフェルサ、その絵はころろが描いた絵じゃないぞ」


 フェルサがアレクの肩を組みながら陽気に言った。


「まーたまた、アレクっ! そうやって俺をからかおうだなんて人が悪いなぁ♪ ほーら見ろよ、ころにゃんが良く取る姿勢が満載の猫達を。どれもこれもくぁわいくてころにゃんの分身みたいだろ♪ 色が違ったりしてるけど。それにな、この間二人切りの時にころにゃんが描いたって教えてくれたんだぜ♪」


 アレクは瞼を下ろし、心の中で長いため息をついた。


(ああ、おばうさころろ……嘘は如何ぜよ。ころろの様子や姿勢“も”猫達に当て嵌めて描いてみたの間違い。それにどう見てもこの線、それに色彩感覚、空間の捉え方はにゃん吾郎さんだろう)


 少しすると、にゃん吾郎が店の外に出て来た。


「お待たせしました。おや、どうかしましたか?」

「フェルサがこの外装を(いた)く気に入っておりまして……」

「ははあ! それはそれは、とても嬉しいですね! 猫を一面に詰め込み過ぎてしまったので、賑やか過ぎるという不評も多いのですが、いやあ、やはり好きと言って下さる方や判って下さる方がいるというのは、描き手にとって力になりますねえ」


 にゃん吾郎が感慨深く頷いている。その意味を察する様子なぞ微塵も見当たらないフェルサ。

 そんなフェルサを見やり、アレクは心の底から心配が噴出するのだった。


「にゃん吾郎さん、今日は案内をお願いします」

「お任せ下さいっ! このにゃん吾郎、嫌になるほど温泉を堪能出来る行程を用意致しておりますっ!」


 アレクは軽く左眉を吊り上げる。


(嫌にさせちゃあ駄目っしょ、にゃん吾郎さん)


 心の中では突っ込まずに居られないものの、アレクは以前から非常に温泉洞窟を心待ちにしており、期待に胸を膨らませていた。




 まずは町に接している温泉湖を3km程泳いで突っ切り、温泉川に沿って上って行く。途中で巨大な間欠泉に飛び込んで吹き飛ばされてみたり、温泉の滝に打たれてみたり、秘境温泉で紅葉し始めた景色を楽しんだり、岩間から勢い良く吹き上げ続ける噴水温泉池で遊んだりと、本当に温泉尽くしだった。



「さあ、あそこが温泉洞窟の入り口ですよ」


 にゃん吾郎が何の変哲も無い洞穴を指差す。


「にゃんゴロさん、唯の洞窟だぜ?」

「まあまあフェルサさん、そう慌ててはいけませんなあ。洞窟の中は外よりも強い魔物が出現しますので、一休みしてから参りましょう」

「そうですね」


 アレクはにゃん吾郎に同意するや否や、道具欄から“ピラネーア”と“塩”を取り出し、“ピラネーア”に“塩”を振り〈ファイア・ボール〉で丁度良い焼き加減に焼く。そして二人に鹿肉の燻製、兎肉の燻製、ピラネーアの燻製と共に手渡す。


「んんん、これはとても美味しいですねえ」


 にゃん吾郎が燻製肉や燻製魚、魚の塩焼きに舌鼓を打つ。


「この間……もぐ……煙を大量に……もぐもぐ……発生させていると……モグ……思ったら……もぐもぐもぐ……これを……もぐ……作っていたのか……もぐもぐ……」


 燻製肉を豪快に流し込みながらフェルサが言う。

 フェルサの良い食べっぷりにアレクは頬を緩ませる。


「その通り。いつも魚の塩焼きじゃ詰まらないだろ? そこらの森に山桜、楢、胡桃とかの木があるからな。木片にして燻してみたんだよ。中々にいけるだろ?」


 アレクは道具欄から“水”も取り出して二人に手渡す。


「ああ、もっとくれっ♪」


 二つ返事でアレクはおねだりフェルサに沢山餌を与えるアレク。


「お二人は食べる派なんですね」

「食べる派? にゃん吾郎さんは食べないんですか?」

「私は食べなくても構わない派ですよ」


 アレクは首を傾げた。


「このゲームには、餓死ってありますか?」

「私の知る限りでは聞いたことはないですねえ。恐らく無いと思いますよ。全く食べない方もいるようですし」


(飢え死にしないの、か? これまでの様子と文脈から察するに、食品の需要自体が無いから店に置いてなかったわけか。確かに食べ物を食べている人なんて滅多に見掛けないもんなあ)


「にゃん吾郎さんは空腹を感じないんですか?」

「空腹ですか? 感じませんねえ」

「……そうなんですね」


 そうしてアレクはフェルサに視線を移す。その脇で今度はにゃん吾郎が首を捻っていた。


(肉にむしゃぶり付いているフェルサ……あれは腹減り虫だよな)


 ひたすら(せわ)しなく肉や魚を頬張るフェルサ。よく()せることなく食べられるものだと、アレクはいつも不思議に思うのだった。




 腹ごしらえと休憩を済ませた所で、お楽しみの洞窟へと向かう。


「アレクさん、一つ注意して欲しいことがあります。洞窟内は暗いですが〈トーチ〉や火属性魔法は使わないで下さい。可燃性の気体が所々で噴出していますから、爆発の恐れもあります」


 アレクは俄かに不安を抱く。


「ガスマスクとか必要ないんですか?」

「ええ、必要ありませんよ。最初に来た時は私も用心したものでしたがね」


 アレクは左口角を上げて、鼻からスッと息を吐く。どうも現実っぽさの追求と、ゲームとしての路線がイマイチ判然としない。


「それじゃあ、灯りはどうするんだ?」

「〈サーチ・ライト〉という光魔法を使います。それに“懐鳥灯”という道具もあるんですよ」


 フェルサの問いに答えると、にゃん吾郎は“懐鳥灯”を2つ取り出し、アレクとフェルサに手渡す。手渡された物は、羽の生えた球状の懐中電灯の如き代物だった。


「では参りましょうか」




 洞窟内は確かに硫黄臭や鉄錆のような臭い、潮風の臭い、それにゴムっぽい臭いだろう、様々な臭いが充満しており、鼻を(つんざ)く臭いにアレクは鼻が(ひしゃ)げそうだった。気分的には既に()げ落ちている。

 確かに温泉の臭いはするのだが、まだ湯は見当たらない。アレクは辺りを見回し、そして耳を澄ます。


 ――!?


<にゃん吾郎さん、それにフェルサ、前方25m程から音がします>

<ん? 何も聞こえないぜ?>

<んんん、それは恐らく蝙蝠の魔物ですが、よく気付きましたね>


(二人には聞こえてないのか……おっと!)


<こっちに、恐らく3匹向かって来ます>


 アレクは迷わず〈グラビティ・ショット(6弾)〉、間髪入れずに〈シャイニング・ボール(6弾)〉を放散する。〈シャイニング・ボール〉が蝙蝠に当たる直前にしてやっと二人は敵の存在をしっかりと認識した。即座ににゃん吾郎が〈メタル・ブラスト〉を放ち3匹を同時に退ける。


<あと20匹程が、一斉に同じ方向から来ますね>


 その言葉に反応して、にゃん吾郎が勘で〈ウィンド・キャノン(4弾)〉を放散する。50cm程の乱気流の弾の1弾目は外れて壁面に当たった後に消失し、3弾が蝙蝠に直撃して弾け、周囲1.5m程にいた蝙蝠を18匹も屠って行く。討ち漏らした5匹に向けてアレクが〈スパーク・ショット(5弾)〉を放散し、見事に直撃させて少しの間痺れさせる。痺れて地へと落ちた所へにゃん吾郎が〈ウィンド・ブラスト〉を放って倒した。



「俺、役に立たない状態なんだけど」

<たまにはお休みってことでいいんじゃないか。いつも前線で盾役を務めてくれているんだしな>

<こういった素早く小さな敵は魔法の方が用意に倒せますからねえ>

「うん……」


 フェルサは力無く返事をした。

 アレクはにゃん吾郎に1対1の念話を送る。


<前衛が活躍する敵とかって出現します?>

<亀の魔物が出てきますよ>


 アレクは颯爽と元気の無いフェルサに向かい、フェルサの方を掴み、反響する程力強い声で言った。


「フェルサ、亀が出て来たらお前の出番だっ! しっかりぶった斬ってくれよっ!」

「おうっ! 任せろ♪」


 やや俯いていたフェルサはアレクの方をしっかりと見て元気良く答えた。立ち直りの早いフェルサだった。


<中々にお手の物ですねえ。前から思っておりましたが、アレクさんは随分と早熟な方なんですねえ>

<俺は28ですよ>

<なんとっ!>


 にゃん吾郎は驚愕する。


<そ、そうですか。通りでしっかりした応対を……ふむ、成程成程、確かにそれならば納得行きますねえ>

<やっぱり珍しいですよね、この年齢までサタルーダ・クエントをやっていなかった人というのは>

<そうですね。私の国でも大分前から皆がやっておりますね。そうですか、これで“達成がちゃ”が全員に配布された理由が判明しましたよ。アレクさんだったのですね。最後の一人というのは>

<そうみたいです>

<ははは、その話はおいおい聞かせて貰いましょうかね。ひとまず先へ進みましょう>




 蝙蝠が大量に生息する入り組んだ洞窟を進むこと15分、水の滴る音が聞こえ出す。


(もしや、ついに……)


 更に歩を進めるともわっとした蒸気が漂い始め、水溜りが散見され出す。天井から雫が滴り落ち、所々で溢れ出た水が緩やかな流れを作っている。また、氷柱のように石灰岩が幾つも垂れ下がり、辺りは鍾乳洞の様相へと変化して行く。


 そこで、何かの気配がした。アレクは二人に注意を促す。


<何かいますよ>

<恐らく亀の魔物でしょうね>

<何っ!? どこだっ!>

<フェルサさん、落ち着いて下さい。アレクさん、距離と方向は判りますか?>

<2時方向、20m先ですね。見た目は……岩、ですよ?>


 アレクは〈サーチライト〉の光が届かない地点にいるものの様子を伝えた。


<やはり、灯りが無くともしっかり見えているのですね。周囲とは違う柄の石が亀の甲羅です。まずは私が攻撃力上昇の支援魔法を掛けますから、その間に亀へ向けてなんでも構わないので魔法を放って下さい。甲羅ではなく、なるべく中身に当たる様穴を狙って下さい。動き出した後に私が眠らせますから、その後はフェルサさん、頼みますよ>

<合点、任せろっ!>


 にゃん吾郎が〈フレイム・オーラ〉を一行に掛け、その間にアレクは〈プラント・アロー(2射)〉を射出して岩に命中させると、岩が振動して亀と判る形態となった。そこへにゃん吾郎が〈ヒプノティック・ウェイブ〉を命中させると亀はその場で眠り始め、すかさず無防備となった亀にフェルサが斬り掛かる。頭部を一刀両断され、一撃で亀は消え失せた。


「うぉっほー! やっぱ、支援魔法が掛かっていると違う違うっ! 切れ味抜群♪」


 フェルサの弾んだ大声が反響する。


<眠らせた状態を一撃で倒せるならば、起きている状態でも苦戦はしなさそうですね。先程の眠らせる魔法は再使用時間が5分あるので、その前に亀と出くわしたら力押しで行きますよ>


 フェルサとにゃん吾郎は暗さ故に気付いていないようだったが、実はアレクの〈プラント・アロー〉でダメージをそこそこ与えていたのだ。アレクの攻撃魔法において、重属性以外が一番通るとは珍しい事態である。おまけに、〈プラント・アロー〉が命中した箇所は甲羅だ。


 疑問に思いつつ、アレクは二人の後を追う。




 やがて大きく開けた空間に出ると、そこには幻想的な景色が広がっていた。天井には青や緑、紫など星が散りばめられ、地には赤褐色、緑色、青色、乳白色などの畦石池(あぜいしいけ)が散在し、様々な色の鍾乳石や石筍(せきじゅん)が群生している。中には水晶やダイヤモンドのような見た目のものもある。とは言っても、その光景を奥までしっかりと見えているのはアレクだけである。


 目や顔を大きく広げ、アレクは息を飲む。そしてにゃん吾郎やフェルサの方に視線を移し、暫し瞬きをする。


「うわっほーい♪ アレク、見ろよ、やっと温泉の登場だぜ♪ 奥はどうなってんだ!?」


 賑やかなフェルサの声がこだまする。


<ここから彩り豊かな温泉のお出迎えですよ。ただし、亀がかなりおりますから単独での行動は控えて下さい。私はどんなに囲まれても死ぬことはありませんが、お二人のレベルだと1体だけでも相当梃子摺(てこず)ると思いますよ>


 アレクは二人の言葉に耳を傾けつつ、黙考する。


 〈サーチ・ライト〉の射程は15m程であり、天井は20m以上はある程の大きな空洞だ。二人がこの光景を見る術を必死に考えるアレク。


 やおら左人差し指で側頭部を軽く掻き、視線を天井へと戻す。


 数分して、邪魔者の存在を感知した。


<左方10m先に亀2体、水中を泳いで此方に向かって来ています>

<フェルサさん、温泉から少し離れて下さい。水中に引き擦り込まれると厄介ですよ>

<今度は甲羅の柄が違いますね。虎眼石とターコイズみたいな色柄>

<おおっ、それは是非倒しましょうか。水面から顔を出した瞬間に私とアレクさんで魔法を放ち、引き付けて陸へと揚げましょう。陸へ揚がった所をフェルサさんが攻撃して下さい>


 2体が水面から姿を現すや直ぐ様、アレクは〈ブライト・アロー(2射)〉を、にゃん吾郎は〈フリーズ・ブラスト〉を放つ。

 〈ブライト・アロー〉を食らった虎眼石柄の亀は怒ったのか、のしのしとアレク目掛けてやって来る。片や〈フリーズ・ブラスト〉を食らったターコイズ色の亀は様子を探る様にきょろきょろしている。


 そこでフェルサは虎眼石柄の亀の頭部目掛けて一閃し、続け様に〈十字斬り〉を放って打ち倒す。未だに水際で見回している亀に向け、アレクは初めに〈プラント・ショット(3弾)〉を、次に〈プラント・アロー(2射)〉を間を置いて放射した。〈プラント・ショット〉が命中した際には何の変化も見せなかったが、〈プラント・アロー〉が当たると先程の虎眼石の亀と同じく、アレク目掛けて一直線に進み始めた。

 

 飛んで火に要る夏の虫、しっかりと陸へと誘い出された亀は待ち構えていたフェルサに一斬りで倒された。



<ふーむ……どちらもアレクさんの魔法には反応を示しましたね>

<いえ、俺の魔法というより魔法の特性だと思いますよ。まだ〈ブラスト系〉は覚えていませんが、その魔法に貫通特性はないですよね?>

<範囲魔法なだけで、貫通の性質はありませんよ>

<さっきの岩みたいな亀に放った時もそうだったんですが、〈アロー系〉の魔法はダメージが僅かに通ります。それに対して〈ボール系〉〈ブラスト系〉はダメージが通らないようですね。それ故、亀は反応すらしませんでした。おまけに、どうやら木属性が弱点のようです。その属性だけは与えるダメージが大きいですね>

<成程。貫通の性質を持つ魔法ならば、あの甲羅に跳ね返されないわけですか。とは言うものの、然程ありませんよ、貫通特性の魔法は>

<そうなんですか?>

<ええ、〈アロー系〉と〈レイ系〉の魔法くらいでしょうね>

<魔法職泣かせの敵ですね、それは>

<いいえ、前衛職泣かせでもあるのですよ。無闇に近付くと甲羅に引っ込まれてしまい、前衛職の攻撃も甲羅の前ではお手上げですし、何よりその後中々出て来ないのです。おかげで、依然来た際は低レベルの敵なのに倒すのに苦労しましたからねえ。しかし〈アロー系〉ならば甲羅も関係無いとなると、これは倒すのが楽になりますね>

<早速別のがお出ましですよ>



 今度はオパールの甲羅の亀が3体やって来た。先程の亀と同じく、攻撃を仕掛けずにいると、水際より陸側へと出てくる様子はない。


<ここは私が〈アロー系〉のものを放ってみます。駄目そうな場合は止めをお願いしますよ、フェルサさん>

「判ったぜ」


 にゃん吾郎は〈メタル・アロー(4射)〉を放射する。1体には2射当て、2体には1射ずつ命中させた。何れも倒すには至らず、怒った亀が此方に向かって来る。にゃん吾郎は〈ウィンド・アロー(4射)〉を2体に向けて放つも、合計で4発分を当てた亀でさえ倒せなかった。


<フェルサさんっ!>

「おうっ!」


 フェルサが4発分食らっている亀に対し、刀を素早く薙ぎ払うように振るう。その亀はフェルサの〈一閃〉一撃で絶命する。3発分食らっている亀には斬撃1発と〈十字斬り〉で仕留めた。フェルサが2体を相手にしている間、アレクは残りに向けて〈プラント・アロー(3射)〉を放つと、亀は消滅した。



<これは、貫通の性質を持つ木属性魔法か斬撃でないと駄目みたいですね>

<そのようですね。はてさて、困りましたね。私は木属性の魔法を使えないんですよ>

<そうなんですか?>


 アレクは思いの外驚きを見せる。


<おや、意外ですか? 依然お話した通りこれでも私は獣奏士ですから、魔導士ほど多種の魔法は扱えません。それに、流石にここでは狭くて使役獣も使えませんしねえ>


 にゃん吾郎の言葉に、アレクは右眉を上げつつ首を捻る


<使役獣は猫でしたよね?>

<ははは、それは店番用ですよ。戦闘用は大型の虎3頭です。大きく育ってしまったので、ここまで連れて来るのは無理ですねえ>

「でっかい虎かぁ……食われそうだな」


 フェルサが(しか)め面で吐く。


<そうなんですよ。とても食いしん坊で、見知らぬ人には大抵噛み付くから困っておりましてねえ>

<それは、間違いなく俺達を“餌”と認識しそうですね。ちなみに、どれくらいの大きさなんですか?>

<にゃん吉が4mで、にゃん兵衛が5.5mで、にゃん助が6mです>


 アレクは目を閉じ、俯き加減となる。

 

(おぉいっ! デカ過ぎだろ、それはっ! 一番小さい奴でも、絶滅しちまった最大級の虎より少し大きいやんっ!)


(なり)は大きいですがとても可愛いんですよ、これがまたっ! 子猫のように甘えて来るものですから、ついつい私も食べ物を沢山与えてしまうのですよ」


 子供自慢をするような晴れ晴れしい程の笑顔を浮かべて、嬉しそうに“愛虎”の話を展開するにゃん吾郎。絶賛親馬鹿発動中だ。


 最初は通常の猫位の大きさだったらしいのだが、それがあれよ、あれよと成長して今に至るそうだ。普段は店の奥にいるとかで、ころろにはデブ猫呼ばわりされているらしい。そして、今度合わせてくれる次第となった。


(食われは、しないよな……虎の餌体験は願い下げだなあ)


 これまで不安に(おのの)くことは無かったアレクの胸中にも、流石に不安が立ち込めた。




 その後も幻想的な温泉鍾乳洞の景色を満喫しつつ、様々な亀を倒して行く。そして、現在は浅い畦石(あぜいし)池にて3人は温泉極楽気分を堪能中である。ここならば亀に水底へ引き摺り込まれる心配もなく、湯に浸かって楽しみつつ、時にやって来る亀を撃滅してあげれば良いだけの絶好の場所だった。


<様々な種類の鼈甲が向こうからやって来てくれますから、ほくほくですねえ>


 にゃん吾郎は虎眼温泉亀、ターコイズ・スパ・スッポン、スパ・オパール・スッポン等の種々の亀が落とす稀少素材に御満悦の様子だ。

 勿論稀少度の高い物の9割以上がアレクの道具欄に収まって行くのだが……。にゃん吾郎やフェルサの道具欄には、ただの石、亀肉、すっぽん肉、(普通の)鼈甲で凡そ埋め尽くされて行き、稀に虎眼鼈甲、ターコイズ鼈甲、オパール鼈甲、アクアマリン鼈甲等の名称が混じっている。

 それにしても、大量に湧き出る亀達だった。既に300体以上倒している。


 半ば呆れつつ〈プラント・アロー〉を放っていると、ふと、黒い空間がアレクの目に留まった。凝らして見ると奥まで続いている空洞のようだ。しかし、空洞ならば他にも大小様々な空洞が存在している。何も考えずに気ままに進んだが最後、迷って帰れなくなりそうな気配の場所だ。




 温泉と亀を堪能した後、アレクとフェルサはにゃん吾郎の案内に付き従い、10km程温泉洞窟を進んで行った。水の気配が無くなると再度蝙蝠の群れの出迎えが待ち受けており、更に暫くすると暗闇とはお別れして光の差す世界へと戻って来た。


「いやー、楽しかったなあ! 温泉洞窟探検隊♪」

「いえいえ、まだあと1つ温泉は残っているのですよ」

「本当に温泉尽くしなんですね」

「当然ですっ!」


 舌を巻く程の温泉への情熱と入れ込み振りに、アレクは驚愕しきりだった。



「次はあそこを登りますよ」

 視界に屹立する岩の壁が迫り来た所でにゃん吾郎が口を開いた。

 それから岩壁を()じ登ること3000m。頂上には見事に温泉があった。


 アレクは眉間に皺を刻み、両の眉を吊り上げる。


(どこに存在しとんの、温泉っ! そしてにゃん吾郎さん、どうやって見つけたっ! それにこんだけ動き回っていて、なしてその体型……)




 それにしても見事な絶景だった。眼下には雲海が広がり、まるで瘤のある雪原の様でモーグルやジャンプなどを楽しめそうだ。そして陽が傾くに連れて空も雪原も茜色、紫色へと染まり、やがて陽が完全に沈むと満天の星空が登場した。

 二人の歓喜溢れる様子を、にゃん吾郎は微笑を湛えて眺めていた。

 一頻(ひとしき)り風光明媚を楽しんだ所でにゃん吾郎が口を開いた。


「さて、一日しっかりと楽しみましたし、帰るとしましょうか」

「登った道を、今度は下るのか?」


 勘弁して欲しいという声でフェルサが訴える。


「いえいえ、そんなことしませんよ。〈リターン〉で帰るんです」

「確かに、それなら5秒程で最寄りの町へ一っ飛びですね」

「ああ、そうか。その方法があったか」


 3人揃って〈リターン〉でユサベ温泉郷へと帰り、温泉探検隊の旅は幕を閉じたのだった。

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