曲がりくねった人
妻に何の不満があるわけではない。
一人息子の子育てはほぼ任せきり。
在宅ワークとはいえ、2歳の子どもを一人で育てるのは並大抵ではなかろうと思う。
そのうえ、帰宅すると食事は一汁三菜が用意されている。
どこに出しても恥じることのない自慢の妻だ。
仕事は深夜に及ぶこともあり、帰るころには妻子ともに眠りに就いている。
二人の寝顔を見るにつけ、幸せな結婚生活を節に感じる。
ただ、それでも息子は8時には寝てしまうと聞いているから、
仕事が8時を過ぎる場合は帰社を急がない自分がいる。
その場合、なじみのバーで少しばかり時間をつぶし、深夜“いつもの時間”に帰宅する。
“毎日ご苦労様”。
時折、起こしてしまうと妻は薄く目を開けて優しい言葉を投げかける。
僕はごまかすことだけを考えている。
安らぎや感謝・・すべてひっくるめると「愛」と呼ぶのでしょう。
一人目が生まれて以来、夜の営みは二人目を作ることを目的としない限り無い。
セックスレスといえばそうなのだろう。
ただ、世の中で問題視されているようなものではないと二人とも感じている。
セックスを求めて愛し合う時期は過ぎた。
セックスがなくとも愛し合い、わかり合える域に達しているのだ。
セックスレスが夫婦間、あるいは恋人同士で取りざたされるのは、
つまるところ、どちらかいっぽうが不満を感じているからにほかならない。
どちらも不満であるならすればいいし、
どちらも不満ではないのであれば、する必要はない。
必要がないところに達するためにするだけするんだと達してみれば気づく。
かといってしたい気持ちがなくなるわけではない。
多くの男性が浮気に走るのはそこに理由があるのではないか。
しかし、今の僕は違う。
もっと純粋な気持ちで恋をしている。
なじみのバーで出会った彼女は 安心とはほど遠いところにいる。
同僚が彼氏で、その彼氏には同棲している女がいるという。
僕の仕事はその日にならなければ何時に終わるかが読めないから、
彼女を誘う場合、当日いきなりということになる。
応じてくれることもあれば断られることもある。
“友人と約束がありまして・・”などと返答があると、
彼氏と会うの間違いではないかと勘ぐってしまう。
応じれば、彼女の終電まで時間の許す限り、飲み屋で過ごす。
1時間のこともあるし、早ければ4時間5時間ということもある。
とにかくタイムリミットまで、彼女となら何時間でも過ごせる。
他愛のない会話であっても話は尽きないから、別れたあとはスグにまた会いたくなる。
それでも状況が許さない。
僕には家庭があり、仕事があり、彼女には恋人がいるし、その恋人と同じ仕事がある。
できればいいが、それがなくても構わない。
一日のうち、彼女と共有する時間が多ければ多いほど僕は満たされる。
妻に抱く安心感とは違う昂揚がそこにはあるのだ。
気がつけば彼女のことばかりを考えていて、
彼女の存在が妻子以上に仕事に向かうモチベーションになっている。
昂揚とは恋。恋とはストレス。
いま確実にこのストレスが僕の人生を支えている。
これから連絡してみようか。
でも数時間前に僕が送ったメールで音信は途絶えてしまった。
実話ではなく実話風。
普段ぼんやりと考えていることを書いてみました。