日常
「私と決闘してください。クラウス・ハーラット先輩!」
どうしてこうなったのだろう。
首元に突き付けられた剣先を見つめながら、クラウス・ハーラットはこんな状況に至った理由を探していた。
憤怒の表情で剣を構えているのは、十代半ばを少し過ぎた少女である。
肩口で切り揃えられた長髪は、燃えるような紅。反して、肌は雪のように白い。四肢はすらりと細長く、平均的な身長よりは些か高いだろう。
吊り上がった鋭い瞳を長い睫毛が繊細に覆っており、真一文字に結ばれた唇は、うっすらとした桃色である。
顔立ちは凛々しく、美少女と言って差し支えない。
名を、シリル・レディスタ。
ハーレーン学園の一年生だ。
クラウスはハーレーン学園の二年生になる。つまりシリルは一つ下の後輩だ。軍事学校であるハーレーン学園において、たとえ一つでも歳の差というのは大きい。先輩は絶対であり、普通なら決闘なんて物騒なことを申し込まれる間柄には、絶対ならない。
何か原因があるはずなのだ。そんなことになる、大きな原因が。
もっとも、クラウスはそのことについて検討がついていた。自分でも色々と自覚はしている。分からないのは、それが原因で、どうして決闘に行き着くかだ。
「どうしておれが、お前と決闘なんてしなければならん。シリル・レディスタ」
「なっ!?」
質問があまりに意外だったのか、シリルは目を見開く。
「先輩の性根を叩きなおすためです!」
シリルは怒鳴るように宣言する。手元がぶれて、うっかり剣先が喉を貫きそうだ。
予想通りの返答に、クラウスはため息をついた。
シリル同じ班になって、一ヶ月間の行動を鑑みてみる。
訓練はサボる。
話し合いのときは寝ている。
他班との模擬戦闘は途中で放棄する。
なるほど確かに、これならクラウスの性根は腐っていると思われるかもしれない。
しかもそれでなんとかやっていけているならまだしも、彼の成績は下の下だ。軍は甘くない。このまま行けば退学は目に見えていた。
しかしクラウスはそれいいと思っていた。いまさら学生生活など彼には意味がないのだから。それにどうせ退学にならないことは、ある理由から知っていた。
だが本人はそれでいいと思っていても、巻き込まれる方はたまったものじゃないだろう。この班で臨まなければならない実践予行演習の結果は、大きく成績に関わってくる。班員が足を引っ張れば、自分さえも危ないのだ。
しかし、だからといって決闘で解決しようとするのは、クラウス的には大いに間違っていた。
「一応聞くが、お前が勝ったらどうするんだ?」
「きちんと班の決定に従ってもらいます」
「おれが勝ったら?」
「どうぞご自由に。好きなようにしてもらっても構いません」
「馬鹿か。お前は?」
「ば、馬鹿ですって!?」
「うおっ!?」
とうとう剣が大きく動いた。銀閃が煌めき、クラウスの肉すれすれの部分に、斬撃が奔る。
「お前、殺す気か!?」
「わたしは馬鹿ではありません! 訂正してください!」
「…………いや、だってな。よく考えろよ。俺の成績は退学ぎりぎり、お前は今年首席入学。闘って勝つ確率が高いのは、どっち?」
「わたしです」
「だよな。明らかに勝つのはお前で、どう考えてもこの決闘は、おれに不利な条件だよな」
「そうですね」
「なのにおれは、決闘を受けなければならないのか?」
「当然です」
「やっぱり馬鹿だろ」
「馬鹿馬鹿、言わないでください!」
剣が空を斬る。気軽に振り回しているが、シリアが持っている両刃の剣は、相当な品だ。触れれば人など簡単に殺す。クラウスの背筋に冷たい汗が伝った。
「分かった、分かったから。だから、決闘するならもっと格上に挑め。そうしないと、成立しないから」
「うるさいです! もともと悪いのは、ハ―ラット先輩じゃないですか。わたしのせいみたいに言わないでください!」
「おれが悪かった。はい、だからまた今度な」
「あっ、待ちなさい!」
クラウスは一目散に逃げ出す。その速度は落ちこぼれとは思えないほどの速度だ。シリルが追いかけようと走りだすころには背中は見えなくなっていた。
「もうっ! 逃げ足だけは速いんだから。こうなったら……」
シリルは踵を返し、歩き始める。向かう先はただ一つ。学園長室だ。