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空間をあらわすシリーズ

ホムンクルス姫のおくりもの

作者: ミルミル
掲載日:2025/12/23

 その話を聞いたのは、いつもの女子会の席だった。


 出席したメンツは、私と、妖精巫女様の分身体であるちびっ子アイテールちゃん、メガラニカ公妃で妊娠中のヒュパティアさんと、ホムンクルス姫で公爵夫人で()()()のウィノナさん、そして食べ物に釣られた魔国の王子殿下フワフワちゃんである。


 ウィノナ・ウーラ・モルジェイユという、この元王女である現公爵夫人は、よく手入れされた金髪をしっかりと縦ロールにセットしていて、イメージ的にはテニスしてそうな感じ。


 私はずっと『ホムンクルス姫』って呼んでたんだけど、私の夫となった勇者ベアトゥス様の妹さんであるヒュパティアさんも『ホムンクルス』で、ある意味『姫』なので、設定として完全に被ってしまう。


 しかも、公爵夫人とは毎月女子会を開く勢いで仲良しになってしまったので、呼び方を変えなくてはいけない状況に追い込まれたのだった。


 昔、現実世界にいた頃も、名前も知らないまま世間話をする関係になっちゃって、しばらく盛り上がってから「ごめん、名前なんだっけ?」とかいう失礼極まりないムーブをぶちかましていた私だけど、公爵夫人にそれをしていいのか悩んだりした。


 でも、相手は押しも押されもしない公爵夫人。有名セレブだし、名前は余裕で調べられる。というか、執事悪魔のマーヤークさんに教えてもらった。マーヤークさんは、ちょっと微妙な顔をしながらも、「下の名前で呼び合う関係になれば、周囲への牽制になるでしょう」とアドバイスしてくれたのだった。


 それってつまり、一般人の私でも、公爵夫人を下の名前で呼んでもいいってことだよね……?


 ただ、今までずっと、「ちょっと、姫」とか「ですよね、公爵夫人」とかテキトーに呼んでいたので、急に呼び方を変えるのも何か気まずい。


 ヒュパティアさんも公妃ってことになってるし、かなり身分は高いほうだと思うんだけど、一応は私の義妹ってことで、何となく最初から『ヒュパティアさん』で定着している。


 アイテールちゃんは、ちっちゃい頃から教育係として接しているので、脳内では『アイテールちゃん』呼びだけど、対外的には「いいですか、王女様」とか「さすがです、妖精巫女様」って感じで体裁を整えているつもり。


 たまに追い込まれてる瞬間とかは「アイテールちゃん!」なんて叫んじゃってるらしいけど、自分では無意識なのでわからない。


 そんでもってフワフワちゃんには、ジェヴォーダン王朝の魔国の王子として、タウオン・イム・ジェヴォーダンという立派な名前があるんだけど、ご本人様のご意向で「フワフワちゃん」呼びが指定されているのだ。


 友達をどう呼べばいいか悩むなんて……


 まさかこの年齢になっても、そんなことで戸惑うとは思わなかったけど、案外大人はしょうもないことで悩んでいるのだ。


 安心したまえ、子供諸君。


 いや、もしくは……絶望したまえ!



「……ですから、公爵領で見つかった宝石鉱ですし、できるだけわたくし達だけで開発したいとは思っていたのですけれど……どうにもならないのですわ」



 おっと、しょうもないことばかり考えていたら、公爵夫人のお話が終わってしまったぞ。


 話の内容は、地理的な説明と、地質学者の調査結果と、あとはその鉱山に棲むという害獣……?



「ドラゴンでしたら、お兄様に討伐を依頼すれば問題ないと思うわよ? ……まあ、あの人が引き受けてくれるかは保証できませんけれど、ミドヴェルトから言えば大丈夫でしょう」



 そうそう、ドラゴンね……って、え!? 私!?



「わ、私ですか!? ベアトゥス様は、確かにお強い勇者様ですけど……えっと、ドラゴンの種類は?」



 『モルジェイユ様』……と続けそうになって、私はグッと喉が詰まったようになり「んんっ!」と軽く咳払いをしながらお茶を飲む。


 今まで散々仲良くしといて、急に名字呼びは、ちょっと他人行儀過ぎるかな……?


 やっぱり、私とホムンクルス姫の関係性で呼ぶなら『ウィノナ様』かな……?


 でも、ご本人様から「そう呼んでくださいまし」とか言われてないのに勝手に呼ぶのはトラブルの元だよね……?


 そういえば、現実世界でも先輩同士で牽制し合ってて、なんかの集まりのときに「初対面なのに、下の名前で呼んできた奴がいた!」とか言って激怒してる人とか居たっけ……


 大人になると、誰が上座に座るかとかで、なんか面倒くさい水面下の政治力学があっちこっちに作用して、何かやらかせば噂があっという間に広がり……って、現実世界でも異世界の王宮でも、たいして変わんねぇな……


 え、もしかして、現代日本社会って王宮だった……?


 そういや、ちょっと下の世代から、学校でカースト制とかも生まれてたみたいだしな……


 カースト制ってなんだ? インドかよ。


 ……なんて、またまた私がしょうもないことを考えていると、公爵夫人でもありホムンクルス姫でもあるウィノナ様がご説明を付け加えてくださった。



「それが……ドラゴンに詳しい者を調査に向かわせたのですけれど、一向に種類がわからないのです」


「……それって、新種のドラゴンってことですか?」


「新種……というのでしょうか? 調査隊が近づこうとすると、煙のようにかき消えてしまって、(よう)として行方がしれないのだとか」


「きえる……じゃと?」



 ホムンクルス姫の話に興味をそそられたのか、フワフワちゃんから勧められたアイスが挟まった板チョコに夢中で齧り付いていたアイテールちゃんが、急に会話に混ざってきた。もちろん口の周りはチョコでべったべたである。



「くりすたるどらごんであれば、からだのなかみは、すけてみえるものじゃが……」


「え、そんなデメニギスみたいなドラゴンがいるんですか!?」


「でめ……? なんじゃそれは。きょういくがかりどのよ」


「デメニギスは、ニギス目の深海魚で……えーと、出目金的な? 出てないけど……目がおっきくて……頭が透明なんです……」



 うろ覚えでデメニギスのことをうまく説明できない私は、尻切れトンボのように声を小さくして追い込まれた。


 え、何で皆んなこっち向いてんの!?


 注目されると緊張するんですけど……!



「そんなさかながおったとは……さすが、きょういくがかりどの。ちけんのひろさは、ずいいちであるな」


「あー……いえ、お恥ずかしい限りです」



 やば! ナチュラルに現実世界のことを説明しようとしてしまったけど、私が異世界転移してるってことは、アイテールちゃん以外の2人には秘密だった!


 いや待って? 私は青髪悪魔のロンゲラップさんとも交流があるし、そっち系の知識ってことで勝手に納得してもらえたのかな……?


 そうだ、暗黒海の貴公子ヴァンゲリス様に聞いたってことにしとくか……


 あとでヴァンゲリス様に、この異世界にもデメニギスが居るかどうか確認しておかないと。


 魔物とか変な生き物も多いけど、この異世界って、わりと普通の動植物は現実世界と被ってるし……大丈夫だよね?


 もし居なかったら、古本屋で見つけた古代魚の図鑑に載ってたってことにしよ……



「とにかく、ですわ。わたくしは、公爵領を豊かにする責務を負っておりますの。ジャマナ様は、現状でご満足なさっているからとおっしゃって、宝石鉱の開発については消極的でいらっしゃったのですけれど……」



 そこまで言うと、ウィノナ様は言いにくそうに視線をずらす。


 ジャマナ・ストーカー公爵は、元はといえば前王朝ストーカー朝の王子だったらしい。


 そのせいで、まあまあ強いのだ。


 それを笠に着て、生前は婚約者だったウィノナ様をさんざん苦しめたらしい。


 でも、いろいろあってジャマナ王子は悪魔マーヤークさんに殺され、なぜか吸血鬼として生き返った。


 というのも、ちょうどその瞬間、ジャマナ王子の体には、現実世界から今の公爵様の魂が転移したから。


 それって転移なのか? それとも転生……?


 厳密なトコロはちょっとよくわかんないけど、とにかく現公爵のジャマナ・ストーカーさんは、私の数少ない異世界転移仲間である。


 ちなみに、そのことを知らないマーヤークさんは、魂を抜くのに失敗したと思い込み、悪魔としての自信をちょっと傷つけられて、すっかり謙虚になってしまったらしい。


 現ジャマナ公爵の中の人は、元日本人の若い子なので、あんまり政治的野心がないみたい。


 まあ、前王朝の関係者が野心ダダ漏れでも困るけどね。


 今は、もっぱら私があげたスマホ魔法のデバイスでゲーム三昧らしい。


 それはそれで問題だ。


 ゲームは1日1時間ぐらいにしておくべきだろう。


 そんな現公爵様を夫に持つウィノナ様は、初めこそ私との友情のためにその身を犠牲にする覚悟で結婚に臨まれたみたいだけど、今じゃすっかりラブラブ夫婦って感じで、なんかいい雰囲気っぽい。


 だから、見つかった宝石鉱をなんとかして開発し、今度のお誕生日に公爵様へのサプライズプレゼントとしたいらしい。


 宝石鉱ってとこが貴族っぽくて、ドラゴンが邪魔ってとこも異世界っぽくて、なかなか興味深い話ではある。


 でも……



「公爵様は、宝石とかコレクションしてましたっけ?」



 私が素朴な疑問を口にすると、公爵夫人のウィノナ様は少し笑って困ったように言った。



「ミドヴェルトのご想像どおりですわ。ご興味ありませんの……それどころか、ドラゴンのほうに夢中で」


「ああ……」



 男の子だもんね。


 たしか、公爵様がハマってるゲームも『ドラゴンなんちゃら』とかいうタイトルだった。ドラゴン好き男子なのだ。


 むしろ、ドラゴンは討伐せず生け取りにして、ペットとしてプレゼントしたほうが公爵様は喜ぶのではないか。


 そんなふうに思ったりしたけど、流石に一般家庭より大きめの公爵邸とはいえ、ドラゴンを飼う余裕なんてないだろう。


 馬丁ならぬドラゴン丁も見つかるワケないしね。


 だいたいドラゴンて何食ってんの……山?



「宝石鉱をどうするかはともかくとして、ですわ!」



 ウィノナ様は空気を変えるように立ち上がり、胸の前に右手で拳を作る。



「ドラゴンを放置しては、領民に危害が及ぶやもしれません!」



 公爵夫人の決意は固かった。


 そして勇者の妹もドラゴン討伐に興味を示し、ついでに王子殿下も「ムー! ムー!」と興奮気味にぴょんぴょん飛び跳ねている。


 魔国の王子殿下であるフワフワちゃんもまた、ドラゴン好き男子だったのだ。





∬∬∬∬∬∬★∬∬∬∬∬∬





「あれが(くだん)の宝石鉱か……」


「その……ようです……地図によれば……もう少し先に降りられる場所が……」



 急勾配の山道にすっかりやられた私が、息も絶えだえでヘロヘロになりながら茶色い紙を広げると、ベアトゥス様が上からぬっと覗き込む。



「お前まで無理についてくることはなかったのだがな……」


「ご心配いただきまして恐縮ですけど……」



 宝石鉱が見える森までやってきた私たちは、ドラゴンに察知されないよう慎重に進むことにした。


 王族であるフワフワちゃんと、まさかの大精霊様が同行することになって、近くの街まで竜車の使用が認められたんだけど、そこからは歩きでほぼ登山だった。


 宝石鉱探索チームは、私とフワフワちゃん、勇者ベアトゥス様、なぜか付いてきたアイテールちゃん、あとマーヤークさんといつもの護衛騎士さんたち数名。


 ホリーブレ洞窟からは、大精霊のゴシェ様、スファレ様、デュモルティエ様、あと護衛の麗人アミルカレさんとファビウスさんだ。


 私にとっては西の森ホテルでおもてなしした時にお会いした面々だけど、カルセドニー様とかペッツォ様みたいに軽い雰囲気の大精霊ではないので、はじめて会った魔国民の皆さんたちは、神のごとき大精霊様方のお姿に若干緊張気味だ。


 ベアトゥス様ですら、ホリーブレ洞窟で揉めた記憶もあってか、いつもより少し態度が固い気がする。


 それでも、ホリーブレ洞窟代表代行のアズラ様が直々に、人当たりソフトで癖のないメンツを選んで寄越してくれただけあって、御三方の雰囲気は想像以上に柔らかい。


 白から青へのグラデーションが美しい髪のデュモルティエ様は、なぜか竜車に乗り込んだときからずっとフワフワちゃんを抱っこしており、透明感が凄過ぎるゴシェ様は、何かと皆んなに気遣いのお言葉をくださって、騎士の皆さんが感動していた。


 レモンイエローの明るい髪に一筋だけオレンジ色のエクステみたいなのが入っているスファレ様は、そんな御二方のお目付け役っぽい雰囲気で、すごく細かいとこまでキッチリしていた。


 麗人のアミルカレさんは、なんかすごく苦労人だった気がするけど、初対面の頃よりリラックスした感じになっていて、今回同道する御三方に()()()()()()()()()


 もうひとりの麗人ファビウスさんも、皆様に負けず劣らずのイケメンで、クリエーターのこだわりが随所に感じられる造形美の持ち主だった。


 仕組みはわからないけど、麗人さんたちは大精霊様が作ってるらしいんだよね。


 下っ端天使さんみたいな感じ……なのか?


 天使さんたちも、上層部の10人くらいだけが遺伝子操作で羽とかを生やした強化人間みたいな人たちで、下っ端は皆んなAIっていうかプログラムっぽい存在なのだ。


 よくわからんけど、形状記憶合金的な謎の素材でできていて、下っ端天使さんは、なんかあると水銀みたいな液状になってしまう。


 今、厨房のおばちゃんが王城でお世話してるイケメン天使さんも、元は裏庭でドロドロの状態で見つかった。


 それをピンクの堕天使マルパッセさんが再調整してくれて、魔国の王様が宇宙船にいるサリー船長と政治的な協定を取り交わして、そんでやっと正式に駐在できることになったみたいな話を聞いた。


 魔国は何でも契約ありきなので、そこら辺は意外にしっかりしている。


 青髪悪魔ロンゲラップ大先生の助手として働くマルパッセさんも、元は仕事でミスったかなんかで、謎の暗闇で1000年の罰をくらっていたけど、今は正式に魔国民となって以前よりはホワイトな職場で働いている。「以前よりは」っていうのは、錬金術アトリエの特性上、ほぼ24時間勤務で軽くブラック企業なんだけど、上司があんまり怒らないメガネをかけた青髪悪魔錬金術博士なので、ハラスメントや理不尽なペナルティが無いって点でホワイトなのである。


 天使業界は、ちょっと話を聞いただけの私ですらビビるレベルで、とんでもないブラック企業だったのだ。


 まあそんなこんなで、この宝石鉱探索チームには、いろんな人種が居過ぎてまとまるワケもないため、ベアトゥス様に丸投げするのはマズいって思ったから私が出張っているのだ。いわば飲み会の幹事役なのである。


 一応、公爵領の大事な収入源になるかもしれないのだし、異世界の強者さんたちにテキトーに暴れられて変に大爆発とか起こされても困る。


 できるだけ現状を維持した状態で調査・討伐を終わらせたいんだよね……


 でもそんなこと言ったら失礼かなと思って、私はモゴモゴと言葉を濁すしかない。



「きょういくがかりどのは、ゆうしゃどのといっしょにいたいのであろう?」



 私の左肩に当たり前のように腰掛けたアイテールちゃんが、自信たっぷりに持論を展開してくれる。


 面倒くさいから、まあそう言うことにしといてもらいましょうか……


 曖昧に笑う私の顔を見て、ベアトゥス様は赤黒い髪をワシワシとかきながら「信用ねぇなぁ……」とつぶやいた。


 何かがバレバレである。



「そういえば妖精巫女様、ポヴェーリアはつつがなくやっておりますでしょうか?」



 気楽な雑談がはじまったせいか、麗人ファビウスさんが急に話を振ってきた。


 ポヴェーリアさんは、当初は精霊女王ベリル様と結婚するため、大精霊アズラ様に作られた麗人の王だったんだけど、自分の運命から逃れるために子ギツネに化けてホリーブレ洞窟から逃げ出し、アイテールちゃんに懐いたのだった。


 余命が短いことで当時いろいろ悩んでいたアイテールちゃんは、ポヴェーリアさんのイケメンモードに期待して恋人候補になってもらおうとしたんだけど、レベルアップの薬を飲んで等身大に美しく成長したアイテールちゃんの強者オーラに圧倒されたポヴェーリアさんは、流れで(しもべ)になる契約をしてしまった。


 ポヴェーリアさんは、(しもべ)となれば契約の力でずっとアイテールちゃんの側に居られると思ってたらしいんだけど、真面目な彼氏に物足りなさを感じたアイテールちゃんは、急に突き放すような命令を下し、主人に失望されたと弱気になったポヴェーリアさんは敵側に取り込まれちゃったのだった。


 いろいろあって麗人だったポヴェーリアさんは妖精として生まれ変わり、今は妖精巫女様の護衛の任についている。


 妖精になったばかりのポヴェーリアさんは、自由すぎる不思議キャラで、室内で花を千切っては床に撒き散らしたりしてたけど……



「ぽゔぇーりあは、ようやっとおちついたところじゃ。ぐんぶのととのえも、さくじつあたりおわったゆえな」


「麗人の王は、本来が将の(うつわ)。ポヴェーリアは、貴女様の元でこそ、お役に立てるでしょう」


「うむ。そなたのげんは、あのものにつたえておこう」



 ファビウスさんは、アイテールちゃんの返答に一礼をすると、もうひとりの麗人アミルカレさんのほうに近づいていった。


 麗人さんたちは、大精霊様の護衛ってことで参加してるけど、実際は従者みたいな感じでお世話係というかマネージャーみたいな雰囲気だ。大精霊様が片手を上げたら、その手にペンをお渡ししたり、なんかお手拭きみたいな布をお乗せしたりしている。


 御三方様は穏やかとはいえ、大精霊だもんね。


 たぶん全員がベアトゥス様ぐらい強いはずなのだ……たぶんだけど。


 この異世界における大精霊様は、神様レベルの存在なので、小者相手には単純に強過ぎる。


 だから、ちょっとした戦いには麗人さんが出るらしい。


 一見必要なさそうな護衛だけど、露払いとして役立っているってワケだ。


 宝石鉱は、すでに結構深くまで掘られているらしく、割と大穴が空いててコワイ。


 なんか、でっかい物ってちょっとコワイよね……


 とくに穴とか、向こう側が暗いものは……



「ど、ドラゴンて……何系の種類なんでしょうね……?」


「ここからでは何もわからんな……本当に居るのか? 気配がしない」



 私が洞窟にビビり倒していると、いつの間にか大精霊デュモルティエ様から逃れてマーヤークさんに抱っこされていたフワフワちゃんが、ぴょんと飛び降りて私の足元に寄り添ってくれた。あんがと、オキシトシン。


 ベアトゥス様は、周囲を警戒しながら、何も感じられないと不機嫌そうに(つぶや)く。ご自分の感覚に、かなりの自信があるからこその違和感なんだろうね。



「ドラゴンは居ないようだ。アミルカレ、周辺を調査せよ」


「は! ファビウス、行くぞ」



 大精霊スファレ様がテキパキと麗人さんたちに指示を出し、騎士さんも散開して連携してる。


 私は、山の窪地ってことで毒ガスに注意しながら、そろりそろりと強度が怪しそうな木枠に足を掛けてみた。


 鉱山っていうと、急な崩落とかいろいろあるよね、現実世界でも大事件があったし……


 念のため、周囲に結界を張っておく。


 思い切って穴の中に入ると、先に入った皆さんが明かりを設置してくれてて、まあまあの視界が確保されていた。


 宝石が出るってことで、周囲は土より石灰っぽい感じでうっすら白く、ところどころカラフルな石っぽいものが見えてて、なんともダンジョンらしい。


 これはテンション上がるね!


 お? ここから急に壁が黒っぽい……



「スファレ……ここは『ある』ようだよ」



 一緒に歩いていた大精霊ゴシェ様が、急に上機嫌で黒い洞窟の壁面を撫ではじめた。



「そうか、では詳細な採掘計画を立てるために、いくつか掘ってからアズラに見せてやろう」



 スファレ様は、くるくると手際よく革の入れ物にくるんでいた採掘道具を取り出すと、ゴシェ様に放って投げた。



「ん、私が掘るのか? デュモルティエは?」


「あそこだ」



 慣れた手つきで道具を受け取ったゴシェ様は、スファレ様が指差した方向を見て「ああ」と納得している。


 今回、ホリーブレ勢が参加したのは、何やら貴重な鉱物を探すためらしい。


 公爵夫人からは、宝石鉱の調査とドラゴン退治を条件として、自由な採掘権が与えられていた。


 大精霊様方は、もともと鉱物を採掘するためにホリーブレ洞窟にたどり着いたんだって。


 でも今やすべての鉱物を掘り尽くし、ホリーブレ洞窟はただの地下都市になってるんだとか。


 だから新たな鉱山を探して、こうやってあちこち地味に掘っているのだ……と、ファビウスさんが教えてくれた。



「スファレ……見てごらん、この断面。これは『ユロア』だ」



 ゴシェ様が、うっとりと小石を見つめながら呟いた。


 なるほど……わからん。


 その小石は、どう見てもただの灰色っぽい小石で、鉱物オタクしか興奮しなさそうな地味な雰囲気っていうか……ちっとも宝石っぽくはない。


 むしろ、その小石を掘り出すときにゴシェ様が無造作に割り捨てた水晶っぽい透明な石のほうが綺麗な感じで、私は欲しいかも……


 スファレ様は、キラキラとしたレモン色の髪を優雅に耳に掛けながら、首を傾げてゴシェ様がつまんだ小石に目を遣る。


 

「崩壊モードはわかるか?」


「測定値からみて魔法数は2……6……14……28……50……82……」


「ベータか……」


「プラスだな」



 大精霊様同士の謎に高度な会話がちっとも理解できず、私はそこから離れてベアトゥス様の様子を見に行った。


 大丈夫だとは思うけど、異常なまでに力持ちの筋肉勇者が問題起こしてたらマズいので、私はお目付役として定期的にチェックしとかないといけない。


 私が近づくと、ベアトゥス様は、アイテールちゃんと一緒に洞窟の白い壁から青い石を掘り出したところだった。



「あ、宝石見つかったんですか?」


「な!? 何だ、どうした? いきなり話しかけるな!」


「きょういくがかりどのよ、すきないろはあるか? われが、よいほうせきを、みつくろってやろう」


「え、好きな色ですか……? 一応、誕生石がエメラルドだから、緑かな……?」


「緑かよ!」



 私の返答を聞いたベアトゥス様は、青い石を太い指で器用につまみながら、ひとりツッコミをしていた。


 もしかして、プレゼントしてくれる予定なのかな……?



「ひとつだけって言われたら緑ですけど……お気に入りだったピアスは、水色とピンクと青の石がそれぞれ違うカッティングで、こう……キュッとまとまってて、すごく好きでした」



 私が慌ててフォローすると、勇者様は何を想像したのか、「水色とピンク……なるほどな」と呟いて考え込んでいる。


 あの青い石の大きさからすると、どデカい何かになりそうだけど……私のお気に入りだったピアスは、全部合わせても5mmくらいの、ちまっとした可愛いやつだった。                      



「ゆうしゃどの、あちらにうすべにいろのほうせきがある。ためしに、すこしほってみるがよい」


「お、おう!」



 ちっちゃい妖精姿のアイテールちゃんに言われるがまま、ベアトゥス様はピンクの宝石を探しに行ってしまった。


 こんな感じで簡単に掘れるんなら、ホムンクルス姫……じゃなくて、ウィノナ様も連れてきちゃえば良かったかもしんない。


 そうしたら、どさくさに紛れて公爵夫人を名前呼びしちゃったり……なんてのは、ムリか。



「王女様、本当にドラゴンの気配はないんですか?」


「うむ……ゆうしゃどのも、けんちできぬほどだ。われでは、それよりせまいはんいしか、かんじられぬのでな……」


「どうしたら出るんですかね……ドラゴン」



 何も起きなさ過ぎて、私は気を抜いていたのかもしれない。


 次の瞬間、



どぉぉおおぉぉぉん………………っ!!



 と、鈍い音がしたかと思うと、我らが勇者様がまんまとやってくれた。



「何やってるんですか、ベアトゥス様!?」


「すまんすまん、面倒になって一気に掘ろうとしてしまった」


「いや、掘ってないし! 壁を殴ってましたよね、今!?」



 私が焦って注意すると、ベアちゃんは怒られたワンコのように目を細めて明後日の方角を見つめた。


 盛大な轟音を聞いて、洞窟内に散らばっていた面々が、何事かと戻ってくる。


 とりあえず、皆さま無事っぽくて良かった……


 こまめに結界で強化しておいたからか、大規模な崩落はないっぽいけど、勇者様が殴った壁は10m四方くらいポッカリと崩れ去っている。


 粉々になった瓦礫の中には、いろんな宝石がゴロゴロ落ちていた。



「こ、これでもキチンと手加減はした! その証拠にだな……」



 ベアトゥス様が、言い訳がましく自己弁護を展開しようとすると、まだ崩れていなかった天井の岩が遅れて崩落し、ドーンと鈍い音を立てる。


 その後、音もなく上から落ちてきた大きめの水晶が、床に激突してガシャンと割れた。


 あ、ナチュラルに音のこと考えちゃった……焦ってマーヤークさんを見ると、目を閉じて何を考えているのかわからない顔をしていた。



「いまのすいしょうは、かなりたかいねがついたであろうな……」


「えぇ……ちょ、ベアトゥス様ぁ〜?」



 アイテールちゃんの(つぶや)きに、私が非難めいた声をあげると、やらかした筋肉勇者は渋い顔をして「すまん……」と消え入るような声で謝った。


 こうなるのが嫌で付いてきたのにぃ〜……ウィノナ様になんて言い訳すればいいのぉ?


 も〜……


 仲良くしてくれる友達だからこそ、迷惑をかけたくないって思うのに、結局いつも謝り倒して許してもらうハメになる。


 なかなかスマートな友情って難しいよね……


 宝石鉱の賠償金て、どんくらいなんだろ……? お金で済むとは思えないけど、後で詳しい人に聞いて、正式な対応をしなければ。


 可能なら、宝石鉱開発のお手伝いを無償でやらせてもらって、そんでタイミングを見計らって、今度こそホムンクルス姫を『ウィノナ様』って呼ぶ!


 そう、こないだからずっとお友達を名前で呼ぼう作戦を遂行しようと頑張っていたのだ。


 全然できてないけど。


 できれば、最高のシチュエーションで、素敵な友情に華を添えるナイスな思い出にしたい。


 だから、報告しにくい謝罪問題を極力避けて、気まずさゼロの良い雰囲気を作りたかったのにィ!!


 などと考えていると、急に洞窟の中に霧が立ちこめてきた。


 気温も何だか急激に下がった気がする……



「でたな……」


「おう、だが……こう来たか!」



 肩に乗ったアイテールちゃんが、警戒しながら私の髪をつかむ。


 その声に反応して、ベアトゥス様が自分の拳をもう片方の手のひらに当てながら楽しそうな声を出した。


 ドドド、ドラゴンが来たってこと……!?



「こここ、ここで戦闘がはじまるのは、ちょっとマズいんですけどぉ……」



 どうにかして場を納めたいけど、私は寒さのあまりに声が震えてうまく話せなかった。


 鉱山……崩落事故……ドラゴン……火を吐く……トンネル火災……終わった……


 すると、大精霊スファレ様が不機嫌そうに腕組みをしながらゆっくりと歩いてきた。


 あの騒音を聞いても、そんなに落ち着いていられるとは……さすが大精霊様としか言いようがない。



「いい加減にしてくれないか? いまちょうど、ユロアの鉱床(こうしょう)が見つかったところなのだ。これから忙しくなるというのに……」



 その声をかき消すかのように、地響きのような低い唸り声が聞こえてきた。



『ドロロロ……ドロロロ……』



 一瞬で皆んなが黙り込み、周囲に耳を傾ける。


 霧のせいか、不気味な響きがどこから来るのかはよくわからない。


 これって……ドラゴンの唸り声なの……?



『我が宝物を奪いにきた盗人(ぬすびと)は去れ……』



 洞窟内に、めちゃくちゃ重低音のデスボイスが響く。


 いつの間にか、マーヤークさんが魔国の王子殿下であるフワフワちゃんをしっかりと腕に抱いている。


 好奇心旺盛な王子様が、危険な場所に飛び込んで行かないように押さえているのだろう。


 霧の中、だいぶ高い位置に小さな青い光が二つ見えた。


 どデカい影は、どう見てもドラゴンの形だけど、虹色の光に包まれている。



「ドドド、ドラゴンですか!?」


「いや、待て……あれは」


「と、とりあえず霧を飛ばします!」



 私は、良かれと思って風魔法を発動する。


 どっちみち、寒すぎるので空気の入れ替えをしたい。


 少し強めの風が吹き去ると、ドラゴンの気配は消え去っていた。


 ついでに坑内に設置された松明(たいまつ)の火も消えてしまって、辺りは真っ暗だ。



「……あれ?」



 視界をクリアにしてから、勇者様や大精霊様方にどうにかしてもらおうと思ったのに、ドラゴンはどこへ?


 私が状況を把握できないまま固まっていると、スファレ様が暗闇の中でもうっすら光るレモン色の頭を振りながら、「ばかばかしい……」と吐き捨てた。


 麗人さんと騎士さんたちが、素早く明かりに火をつけて回っている。



「よいか、ミドヴェルトよ……我々は今、非常に重要な作業をしている。ゴシェとデュモルティエの邪魔だけは絶対にしてはいけない。無論、私にも気軽に話しかけないことだ。では、そう言うことで」


「あ、しょ……承知いたしました……」



 スファレ様は、澄ました顔でそれだけ言うと、クルッと(きびす)を返して宝石鉱の奥へ戻って行ってしまった。


 大精霊様方は、さっき何やら大発見をしていたようなので、ドラゴンのことなど気にかけている場合ではないのだろう。


 どっちみち大精霊様方は、こちらからご招待して来てもらったわけではなく、公爵領の鉱山を正式に調査したいからとのことで勝手についてきたのだ。どうせ下々(しもじも)の者たちの言うことなんか聞いてくれないだろうし、「どうぞお続けください」としか言いようがない。


 むしろ、わざわざ説明しに来てくださって、ありがとうございますって感じ。


 でも……たしかこの鉱山の採掘権は、ドラゴンへの対処と引き換えだったような……まあいいか……


 たとえ大精霊様が神にも等しい存在といえど、契約の力は自動的に働く。


 それこそが魔国の秩序を保っている、信頼と実績の契約システムなのだ。


 契約違反のペナルティ的なイベントが何も起こらないって時点で、まあ問題ないのだろうから、私には手に追えない案件だ。


 しかし、採掘権の剥奪って、どういう感じになるんだろ?


 もしかすると、公爵領を出た瞬間、大精霊様方が採掘した鉱物が手元から消えるとかかな?


 だとしたら、今何も起きなくても、後からペナルティがあるってことかもしれない。


 ……まあ、考えるだけ無駄だね。


 さ、ドラゴンドラゴン!


 私は気持ちを切り替えて、消えたドラゴンの謎に意識を集中させることにした。





∬∬∬∬∬∬★∬∬∬∬∬∬





「ところで、ユロアって何なんでしょうか?」



 だんだんドラゴン捜索に飽きてきた私が、何とはなしに疑問を口にすると、いまだに大精霊様方と交流のあるらしきアイテールちゃんが答えてくれた。



「ゆろあというのは、ほりーぶれでつかわれておるねんりょうじゃな」


「燃料……? え、石がですか? あ、石炭みたいなこと?」


「せきたんとは、またべつじゃな。とうじさいの、かざりになるらしい」



 冬至祭ってのは、いわゆるクリスマスみたいな冬のお祭りである。


 アイテールちゃんの説明によると、ホリーブレ洞窟のいたるところにユロア燃料が使われており、私たちがはじめて降り立った青白いあの草地、あれもユロアの残滓(ざんし)らしい。


 言われてみれば、何だかデカい車輪とか歯車みたいなガラクタが放置されてたような……?


 青白い光は神秘的だけど……現実世界ではあんまり良い印象がない。まさか被爆とかしないよね?


 急に不安になって自分の身に(まと)う結界を強化してみるけど、入洞して数時間……体調に変化はないし、今更なので気にしないことにした。新たな情報を入手すると、今まで気軽に楽しんでいたファンタジーな宝石鉱のキラキラした壁面が、何だか不穏なものに見えてくる。



「それにしても、あんなでっかいドラゴンが瞬間的に姿を消せるもんなんですかね?」



 気を取り直して話題を変えると、その辺を飛び回っていたアイテールちゃんが、ため息をつきながら私の肩の上に戻って来た。


 ドラゴンの気配が消えてから、どこをどう探しても痕跡は見つからなかった。


 そもそも、ドラゴンがいたであろう場所に、足跡もしっぽの引きずり跡も何もない。


 魔法陣で現れて、そのまま消えたとか……?


 「ドラゴンの気配はしなかった」という勇者様とアイテールちゃんにも詳しく話を聞いたけど、イマイチよくわからない。


 フワフワちゃんとマーヤークさんは、何やら丸い石を見ながらキャッキャしている。


 フワフワちゃんは新しい技『泥団子レベルにまんまるな石を切り出す技術』を編み出したらしく、目にも止まらぬ素早さで自分自身がくるくると回転して、宝石が混じった石をつるつるのまんまるに仕上げていた。


 それを、王子殿下のイエスマン筆頭であるマーヤークさんが手放しに誉めるものだから、フワフワちゃんも楽しくなっちゃったのか、いろんな大きさの完璧に丸い石がそこら辺に何個も生成されていた。


 普通の宝石は、ほかの石と分離されて単独でカットされてしまうので、いろんな鉱物が一緒くたになったピカピカ光る丸い石は、見たことがないほどカラフルで異世界のお宝感がすごい。なんか、ちょっと欲しい。



「ねえ、フワフワちゃん?」


「ムー?」



 何やら夢中で丸石作りをしている王子殿下に声をかけると、フワフワの白い毛に覆われた大きな目が振り向く。


 くっ……振り向き猫みたいなフワフワちゃんかわい過ぎっ……!


 正確には、首とかないから振り向き球体みたいなナニカだけどっ……!


 はー……やっぱ、フワフワちゃんはフワフワしてて最高だなぁ……背中とお腹でちょっと匂いが違うのもまた、たまらん……



「ム、ムー!」


「あの……ミドヴェルト様……?」


「はっ! す、すみませ……!」



 王子殿下とマーヤークさんの戸惑うような声を聞いて我に返ると、私は無意識のうちにフワフワちゃんを抱き上げて、猫吸いならぬフワフワ吸いをしていたようだ。


 「その丸い玉、1個ちょうだい」って言おうとしただけなのに、ストレス溜まってたのかな……?


 なんてことを考えていると、地面に無造作に置いてあった玉のひとつが、コロリと不自然に動き出した。



「あれ……?」



 よりにもよって、その動き出したまんまる宝丸は、私が欲しいと思って目を付けていた、赤と緑の石が入ったキュートな仕上がりの玉だった。


 玉の動きが不自然すぎて思わず見入ってしまったけど、下のほうにチラチラと小さくて茶色い靴が見え隠れしている。ズボンは緑だ。



「え!? 何アレ!? キモッ!! 虫!?」



 ワケがわからなすぎて私が叫ぶと、動いていた玉が止まって、ちっちゃいオッサンが顔を出した。



「誰が虫じゃ!! 失礼な……あ、しまった!」



 何やら逆ギレしたオッサン小人は、わかりやすく緑色のとんがり帽子を被っている。


 私の叫び声を聞いて駆けつけて来た勇者様が、「どうした!?」と声をかけると、皆んながそっちに目をやった隙に、緑色の小人は素早く逃げ去った。


 後に残ったフワフワちゃんの玉だけが、コロコロと慣性で揺れている。持って行くのは諦めたらしい。



「なんか……今、すごく小さいオジサンが居て……」


「はぁ? おっさん?」


「ムー! ムー!」


「あれは……おそらくレプラコーンでしょうか。ノームかもしれませんが……」



 博識な執事悪魔のマーヤークさんが、小さい緑のオジサンの種族名を推測してくれた。


 どっちにしろ、盗人(ぬすっと)を放置しては、安心して宝石鉱の開発ができない。


 ドラゴン退治も大切だけど、割れ窓理論を軽視しちゃいけないよね!


 公爵夫人の大切な宝石とかを()()()()()された日には、大事件になってしまうかもしれない。それに、私が狙ってたフワフワボールを無断で()(さら)おうなんて、許せないもんね。


 適当な言い訳をつけて、私はベアトゥス様に追撃をお願いした。


 フワフワちゃんは、ぴょんぴょん飛び跳ねてそこら辺を走り回っている。


 ドラゴンのときは王子殿下を押さえていたマーヤークさんも、相手が小人なら問題ないとばかりに、薄い悪魔笑いを浮かべているだけだった。



「あ! 今そっちに行ったよ、フワフワちゃん!」


「ムー!」


「ったく、こんなときに小人探しなんか……」


「きょういくがかりどの、くるぞ」



 皆んなで緑のオジサンを追いかけていると、今まで無言だったアイテールちゃんが、急に私の耳元で(ささや)いた。


 その言葉を聞くか聞かないかのうちに、冷たい霧が立ち込めて、またドラゴンの唸り声が響いて来た。



『ドロロロ……ドロロロ……』



「え!? なんで……!?」



 思わず体がすくんで、私は後ろからついて来たマーヤークさんにぶつかってしまう。



「大丈夫ですか? ミドヴェルト様……」


「おい……」


「やはり、そうであろうな……」



 ベアトゥス様は、アイテールちゃんと何やら話し合っている。話し合いながらも、チラリと私の肩に手を置いたマーヤークさんに殺気を送って来た。とはいえ、ドラゴン戦がこのまま開始されるのであれば、私は邪魔だろう。


 勇者様のアイコンタクトを受けて、執事悪魔は黙って一礼する。何だかんだ言ってツーカーの仲なんだよね、この二人。



「ミドヴェルト様、こちらへ」



 そのまま私は離れた場所まで退避させられて、アイテールちゃんはベアトゥス様の肩に移った。



『我が宝物を……』



 ドラゴンの低音ボイスが響きはじめると、フワフワちゃんが、霧の中に見えてきたドラゴンの頭部に回転蹴りアタックを叩き込む。


 ……って、え!? 押さえなくていいの? マーヤークさん!?


 私が焦って執事さんのほうを見ると、悪魔は何も言わずに、ただアルカイックスマイルを浮かべている。



「な、何をするんじゃ!」



 フワフワちゃんの回転蹴りが辺りの霧を掻き消すと、そこにはドラゴンの姿はなく、小さな映写機を操作している緑の小人が居た。



「やっぱりそうかよ、どうも気配がおかしいと思った」


「おぬし、このようなばしょで、なにをしておる?」


「え、ドラゴンじゃ……ない?」



 薄々、正体に気づいていたらしい勇者様とアイテールちゃんが、呆気に取られた私をよそに尋問をはじめた。


 仕組みはこうだ。


 緑の小人が自作した映写機で、霧をスクリーンにしてドラゴンを映し出していた……らしい。


 ブロッケン現象みたいなこと……?


 緑のちっちゃいオジサンは、なんか時給のいいお仕事をしていたみたいなんだけど、季節労働者ということで派遣切りに遭い、この洞窟に棲み着いたとのことだった。



「ユールセルスケイブは、極悪非道の悪徳企業じゃ!」



 どうやら、その会社に解雇されたらしい……



「そうは言っても、冬至の祭りのオーナメントを作るだけの契約なら、今はもう必要ないでしょう。妥当な対応です」



 いつの間にか書記のような位置に収まっていたマーヤークさんが、なにやら紙の束をめくりながら、文句タラタラのオジサンをたしなめる。


 これは、アレか?


 天使さんのとこみたいなブラック企業案件か?


 でも、契約関係に詳しい執事悪魔が問題ないってんなら、まあ……


 ……いいのか?



「あのー……」



 私が恐るおそる手を挙げると、アイテールちゃんが発言を許可してくれた。



「なんじゃ、きょういくがかりどの、いってみよ」


「行き場がない方を、着の身着のままで追い出すのは可哀想ですよね……」


「あぁ? またお前、面倒なことに首を突っ込もうとしてねぇか?」



 ベアトゥス様が、渋い顔で横から見下ろす。



「いや、適材適所っていうか……このまま、この宝石鉱の管理人のお仕事を任せてみたらどうかなって……」



 私が思いついたことを全部言い終わらないうちに、緑のオジサンは大げさに手を広げて賛同した。



「おお、お嬢さん! 何とも慈悲深きお言葉ですじゃ! ありがたや、ありがたや!」



 そのまま、私の指を握りしめてブンブンと振り出した緑のオジサンは、オペラの俳優みたいな仕草で手を胸の前に合わせながら、妙な(ふし)をつけて喜びのセリフを長々と語った。


 それはまるでスポットライトを浴びた主人公のようなワザとらしさで、私はちょっと失敗したかなぁと反省しつつ、言葉を続ける。



「もちろん、ひとりに丸投げするワケじゃないですよ。開発チームは別に送り込んで、このオジ……小人さんには、警備面をお願いするのはどうかなって……」


「何でまた盗人に警備なんかさせるんだ?」



 ベアトゥス様が、呆れたように腕組みをしながらツッコんでくる。機嫌は悪そうだけど、こういうポーズになるってことは、私の話を聞いてくれるつもりになっているのだ。もうひと押しである。



「これまでの実績ですよ。公爵領のお役人さんたちが手も足も出なかったってことは、一般的な盗掘目的の部外者なんかは撃退できると思うんです。今回はちょっと、勇者ベアトゥス様を筆頭に、錚々(そうそう)たるメンバーがいらっしゃったので、こうなってしまいましたが……」



 緑のオジサンのワザとらしさが、私にも移っちゃったかな?


 軽くベアトゥス様をヨイショしてからチラリと様子をうかがうと、勇者様は腕組みをしたまま、まんざらでもない顔をしていた。



「まったく、ちょろすぎるだんなさまじゃの」



 アイテールちゃんが、軽くため息をつきながら私のほうへ飛んできた。



「で? こうしゃくふじんには、いったいどのようなぷれぜんとをすすめるつもりじゃ?」





∬∬∬∬∬∬★∬∬∬∬∬∬





「やっぱり雪の季節は公爵領にお邪魔したくなりますよね!」


「ムー! ムー!」


「皆様、本当にありがとうございました。冬至祭にお越しいただけて、誠に光栄ですわ王子殿下」


「王都は雪降らないみたいだし、たまにはこういうのもいいね」


「うふふ……ここに来れたのは、お兄様のおかげなのよアストロラーべ、今日だけでいいから仲良くしてね」


「俺は何もしとらんが……」



 公爵領で盛大な冬至祭のパーティーをやるということで、招待を受けた私たちは、それぞれ贈り物を用意して集まった。


 領主館の大きなホールは、たくさんの領民たちでごった返している。


 ピエノ村からもピエッ子たちが来てるみたいで、ひさびさにパタタパタタ……と足話(あしわ)が聞こえたり。


 公爵領に残っていた人間さんたちも元気みたいで、前より少し魔国に馴染んでいるっぽい。


 テーブルには美味しそうな料理が並べられ、領民の皆さんが食料に困っているという話も聞かなくなったし、とりあえず今ここに不幸な人はいないみたい。



「おい、火祭りもやるのか? 俺も何か焼いていいか?」



 領主館の広い庭では、大きな井桁みたいな感じで丸太が組まれて、煌々と火が燃やされていた。


 ちょっと……何ていうか『どんと焼き』みたいな感じで、皆んなが長い枝を差し込んで思い思いの食べ物を焼いている。


 公爵領のほぼ全ての領民が集まるというだけあって、領主館のホールに入れない領民が暖を取るための特別措置らしい。


 それが、でっかいキャンプファイアーみたいに人気を集めていた。


 いつも何かを焼きたがるベアトゥス様が、その大きな火の塊に興味を示さないわけがないんだよね……



「まったくもぅ……いいですけど、今日は公爵様のお誕生日をお祝いするんですから、ちゃんと忘れないで戻って来てくださいね?」


「おう、任せろ! イイモン焼いて来てやるからな!」



 そんなこと言って、勇者様は飛んで火に入る夏の虫みたいに、焚き火のほうへとすっ飛んで行ってしまった。今、冬だけどね。


 ……もしかして、その焼いたモンを公爵様への誕プレにする気か……?


 筋肉勇者の姿を見送っていると、ひと通り挨拶を終わらせたらしき公爵夫人がやって来た。



「ミドヴェルト、どうしましょう……わたくし緊張して来ましたわ!」



 よし、今度こそ公爵夫人を『ウィノナ様』呼びするぞ……!


 私も緊張しながらホムンクルス姫に向き合う。


 

()()()()()、準備は完璧です。今回のお誕生日プレゼントは、公爵様もきっとお喜びになるでしょう」


「そうよね、そう……って、ミドヴェルト!? 今わたくしを下の名前で呼びましたの……?」


「あっ、たわ、えっと……失礼いたしました。どちらのお名前で呼ぶべきか迷ってつい……」



 やっぱ、いきなりはマズかったか……!?


 私が慌てて訂正しようとすると、ウィノナ様はガシッと私の両手をつかんで力強く目を合わせてくる。


 ち、近い……顔が近いでございます……!



「ミドヴェルト……! ウィノナでいいですわ。わたくしのことは、ただウィノナとだけお呼びになって。様なんて水臭いですわよ!」


「え、いいんですか……? わたしはてっきり馴れ馴れし過ぎるかと……」


「まあいやだ、貴女とわたくしの仲じゃないの! ヒュパティア様とだって、本当は愛称で呼び合いたいくらいですわ。でもあの方は公妃でいらっしゃいますし……」


「あら、私はそういうの、(こだわ)らないほうなのだけれど?」



 緊張のあまり周囲に気を配る余裕がなかったけど、いつの間にか私たちのすぐ横にヒュパティアさんが立っていた。


 勇者様の妹さんだから、実際は私よりもかなり年下のはずなのに、大人の余裕で微笑む姿は完全なる年上キャラである。



「えー!? じゃあもう、いっそアレですね、ここでお互いの愛称を決めちゃいましょうか?」


「いいわね、それ。さすが()()()()


「ええ!? お友達からの愛称呼び、憧れでしたわ!」



 つい仲良し女子会のノリでキャーキャーしてしまったが、この場に面倒な魔国貴族はいないので、とくに嫌味を言われることもなく、私たちはまるでコードネームのようなお互いの愛称をそれぞれ決めたのだった。



「……ふむ、それでこうしゃくふじんは『のな』、ひゅぱてぃあどのは『ぱてぃ』、きょういくがかりどのは『べる』となったわけじゃな」


「そうなんです……それでその、失礼でなければ王女様も愛称呼びなんてどうかなー……と、思いまして……」



 女子会メンバーが愛称で呼び合うとなると、アイテールちゃんを仲間外れにするわけにはいかない。


 でも、各国の王様より偉いかもしれない立場だという妖精巫女様になっちゃったアイテールちゃんを、果たして愛称で呼んでいいものかどうか……


 でも、意外と傷つきやすいアイテールちゃんに、また疎外感とか与えちゃいけないなとも思うし……


 でも、大精霊様とも対等に喋れちゃうアイテールちゃんを気軽に愛称呼びって、対外的にどうなのよ……それって神にも等しい存在の大精霊様を、下々の我々ごときが愛称で呼べちゃうってこと……? とかなんとかゴチャゴチャ考えてワケがわからなくなった私たちは、素直にご本人のご意向を聞くことにしたのだった。



「ふむ……その()()()()でいくと……われは『てお』となるであろうな」



 あ、法則に気づいちゃった?


 なんか知んないけど、皆んな名前の最初の2文字を抜いて、3文字目からを愛称にすることになっちゃったんだよね……


 さすが、IQ高い妖精巫女様である。


 アイテールちゃんの愛称は、文字としては『テール』だけど、発音だけ拾うと『テオ』って感じに聞こえるのだ。


 そうなると、厳密には私も『ベウ』か『ベホ』になっちゃうんだけど、何となく『ベル』を死守した。



「では、決まりですわね! よろしいかしら、ベル、パティ……それから、んんっ……テオ!」



 きゃ、言っちゃった☆ と照れるウィノナ様は……じゃなくてノナは、すっかりティーンな感じで可愛らしくはしゃいでいる。


 私も何だか急に恥ずかしい気分になってきちゃったけど、仲良し女子会メンバーだけの特別な愛称は純粋に嬉しい。


 というわけで、せっかく短く呼びやすい愛称を決めたのに、私たちの呼び名は、この後『ノナティー』『パティルン』『テオチー』『ベルリン』へと変化していくのだった……



「よろしいですかしら、皆さま!」



 カンカンカン!


 と、ゴブレットをスプーンで叩いたノナ公爵夫人が、周囲の注目を集める。


 ざわめいていた客たちは、この領主館の女主人が何を言うのか聞こうとして、シンと静まり返った。



「本日は、遠いところをお集まりくださいまして、誠にありがとうございます! 今年1年の感謝を込めて、皆様と冬至祭を祝えますことを、心よりお喜び申し上げます!」



 ワーワー! と、歓声と拍手が起こった。


 ノナ公爵夫人は、ゴブレットを高く掲げたまま、四方に(うなず)いて見せながら声援に応える。



「さらに、先日公爵領で見つかった宝石鉱にて、ドラゴン退治が完了し、無事開発計画が進みますことをご報告いたしますわ! よろしいかしら? ひと言どうぞ!」



 めでたい話に、領民の皆さんから歓声と拍手に加え、指笛のようなピィーッという音も聞こえた。


 公爵夫人が、少しかがんで持ち上げた手のひらには、あの緑のオジサンがちょこんと座っている。



「あー……どうも、皆さん。私の名は、コルトスミッケ。ユールセルスケイブのほうから来ました。私はレプラコーンじゃありません。ニッセです、そこんトコよろしく。えー……ユールセルスケイブは、悪徳企業のコングロマリットでして……制服は赤だったんですが、私、間違えて緑の服を着てしまいまして、そのせいで契約延長してもらえずに……」

「ありがとう、コルトスミッケ。彼は新しい宝石鉱の管理人兼小間物職人として、宝石鉱に住み込みで勤務していただくことになりましたので、皆さまお見知りおきを」



 パチパチ……と、控えめな拍手が起こる。


 ノナ公爵夫人がコルトスミッケを作り笑顔で追いやりながら困っていると、使用人らしきお仕着せを着たクマみたいな獣人さんがサッと近寄り、綺麗に45度くらい腰を曲げて女主人に何かを囁いた。


 それを聞いたノナは、驚いてキッ! と私のほうを見ると、背筋をピンと伸ばして顔をこれでもかと上にあげ、大声で言った。



「皆さま! ただいま、ホリーブレ洞窟より、大精霊様方がいらっしゃいました! 拍手でお迎えください!」



 両手を上げながら率先して拍手をする公爵夫人にならい、その場にいた皆さんが盛大な拍手をする。


 そこに、憮然とした表情の大精霊スファレ様と、困り顔のデュモルティエ様、笑顔で首を傾げるゴシェ様の御三方が入って来た。


 デュモルティエ様とゴシェ様にお声を掛けていただいた領民の皆さんは、感動のあまり涙を流している。


 一方、不機嫌そうなスファレ様に一瞥されたメイドさんは、泡を吹いて倒れていた。


 代表でひと言を、と促されたスファレ様は、眉を(ひそ)めたまま手を上げて場を静める。



「私は、こういった場は苦手なのだが……下々の者が祭りを楽しむのを邪魔するつもりはない。今回、我々は、宝石鉱の開鉱を祝福し、ユロアの採掘に関わる契約をこの地の領主と未来永劫において結ぶものである」



 ウワアァァアアァァァッ……!!



 大きな歓声と共に、さらに盛大な拍手が巻き起こった。


 めっちゃ下々の者とか言ってるけど……まあいいけど……


 大精霊スファレ様は、たいしたこと言ってないよね……でもたぶん、皆さんは『祝福』ってところと『未来永劫』って単語に反応しているとみた。


 まあ、酒も入ってるしね……お祭りのスピーチなんて、こんなモンだろう。


 大精霊様方は、麗人さんたちに護衛されながら、奥の客室に案内されていった。それを見送ったノナ公爵夫人は、場の空気を切り替えるようにパン! と胸の前で手を合わせ、勢いよく宣言した。



「大変ありがたいお言葉でしたわ。続きまして皆さま、本日お誕生日を迎えた公爵様に、感謝を込めた贈り物をさせていただきたいと思いますの!」



 ウワアァァアアァァァッ……!!



 何だかもう、皆んなどうでもよくなってないか!?


 としか思えないほど盛大な歓声が上がり、ノナ公爵夫人に手を引かれたライオン耳の公爵様が緊張した顔で皆んなの前に出てきた。



「あー……んんっ! えーと、皆、集まってくれてありがとう。今日はまあ、その……冬至祭だ。存分に楽しんでくれ。余裕がある者は贈り物をしてもよいが、無理をしないように! 皆も知っている通り、私は生活に困っていないからな!」



 ワハハハハ!!



 領民の皆さんが大爆笑して、たどたどしかった公爵様の挨拶は、最終的に大盛り上がりした。なんだかんだ言って、公爵様はスピーチがうまい。


 それだけ領民の皆さんと打ち解けてるんだね……


 私がちょっと感動していると、今度は公爵夫人が緊張した顔で一歩前に出た。



「コホン……わ! んんっ! ……わたくしからは、ドラゴンをプレゼント……と言いたいところですけれど、こちらをお贈りいたしますわ!」



 公爵夫人のアイコンタクトを受けて、使用人の皆さんが数人出てきて何やら準備をはじめた。


 冷たい霧が出て、辺りにもうもうと立ちこめると、ドラゴンの影が浮かんで青い目が光る。



『ドロロロ……ドロロロ……』


『我が宝物を奪いにきた盗人は去れ……』



 ドラゴンのデスボイスが大音量で流されると、招待客たちは驚いてシンと静まり返った。


 公爵夫人の贈り物だとわかっていても、あまりにも本物っぽい雰囲気だったのだ。


 こんな家の中で見てもドキッとするんだから、洞窟の中で重低音が響いたら誰だって騙されるよね……



「すっげぇ! え、本当に!? これくれんの!? 嬉しい! ありがとう!!」



 公爵様の浮かれたコメントを皮切りに、皆んなが次々と感想を言い合った。


 すごい、本物かと思った、どういった魔法なのか……



「こちらは、先ほど宝石鉱の管理人に就任した、コルトスミッケ氏が開発した魔道具ですの。これからこの公爵領は、宝石とドラゴンの街として発展させていきたいと思いますわ! 皆さまもお力をお貸しくださいませね!」



 ワアァァアアァァァッ……!!



 今宵、何度目かの大盛り上がりをしながら、領主館は明るい笑顔にあふれていた。


 ……今年1年、ありがとう! 来年も、よいお年を!







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