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ヴルムの世界  作者: 寿和丸


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11.逃避行

先頭を行くラキッチが森林帯を抜け、ハイマツ帯に入ったと告げてきた。

「ハイマツは標高の高い所に密生しています。これからは相当歩きにくくなります」藪などを払いのけながら道を探っていくのだから彼の負担は大きい。

その彼の口ぶりで、次に待ち受けるルートの困難さが察せられる。

「ハイ松は進みにくいの?」

「普通の藪なら、切り払って進めますが、ハイ松は根元が密生していて切り払うのが困難です」

ほぼ人間ほどの高さしかないハイマツはその名の通り地面を這うように生えている。

それが人間たちには大変な障害となった。人間が全く足を全く入ったことのない原生林には道筋はなかった。

先ほどまでの森林地帯だと障害になるのは藪ぐらいで、切り払えばよい。しかし密生したハイマツは簡単ではない、なるべくまばらな所を見つけながら、少しずつ斧と鉈で薙ぎ払いながら前に進むしかない。

先頭の5人集団はルート探索とともに、重労働を強いられる山登りとなり、行進速度は急激に落ちた。


ハイ松帯に入って、2時間後、イワン隊が追いついてきた。それは怪物が間近に迫ってきたことを意味する。

怪物にとって、森林地帯は大きな木が邪魔になって速度を上げられなかったが、ハイ松では障害にならない。芝生のように踏みつけて進んでくるだろう。

地球人がハイマツで難渋している間に、巨大蛸に差を縮められると予想された。

「ヨーコいざとなればここで散開しましょう。散り散りになればそれだけチャンスは広がるでしょう」怪物に追いつかれはしまいかというイワンの提言だった。

「いえ、一人一人になれば対抗する手段はより少なくなる。今はハイマツを抜け切ることに全力をあげるのよ」

地球人と怪物との鬼ごっこの開始だった。


ラキッチ隊に他の男たちも加わり、必死で道を開く。

怪獣に追いつかれる前に何としてでも、ハイ松帯を抜けないとならない。

懸命になって鉈を振るいハイマツをなぎ倒す。追いつかれたら最後という思いで、後ろを振り向く余裕もない。

ハイ松の一本を切り払うと、急に目の前が開けた。

「やったぞ。抜けたぞ」そこは石や岩が転がるばかりの世界だ。高度があり、寒すぎてもうハイマツは生い茂れることの出来ない地帯だった。

ハイ松も点在しているが、密生しておらず避けて通れる。これからは岩と雪の地帯に変わるのだ。


人間たちの進行はぐっと早まった。そして蛸にとってもハイマツ帯は厄介だったようだ。

人間たちが切り開いた道は蛸には狭すぎて使えなかった。かといってハイマツの上に乗れば、蛸の重に耐えきれず、木はめりめりと倒れてしまう。

踏ん張ると足が松の枝に挟まってしまう。その枝が楔となって、足を縛ってしまうのだ。足を抜こうとすると、松まで引きずる。

松は山の肌にしっかり根付いており、怪物の力でも簡単には引っこ抜けない。

それでも最後は力技で引っこ抜いたのだが、時間は大分ロスした。

結局ハイ松帯を怪物も簡単に突破できなかった。

森林とハイマツ地帯での人間と蛸の追いかけっこはどうやら人間の逃げ切り勝ちに終わった。


次の逃避行のラウンドは岩石地帯だった。

岩石地帯は今までより、さらに急斜面となって高度を上げていた。

石と砂だらけの斜面に足を取られる。また時々出現する巨岩を越えるのも難儀だった。

ただ、地球人たちは足を停めなかった。

苦しい息遣いをしながらも、歩みを止めることはなかった。

そして、蛸の方でも砂の斜面は進行を遅くした。

蛸の巨体を支えるには砂はあまりに頼りない。

8本の足を交互に伸ばし縮めて、戦車のキャタピラーように前進しようとするのだが、砂の地面が次々と崩れていく。

時に蛸の巨体と一緒になって、砂は崩れる。

前に進むより、後ろにずり下がるのが大きかった。


この様子を見ていたイワンが提案する。

「ヨーコ。火薬を仕掛けて蛸を斜面から落とそう。」

「私も賛成だ。このままでは蛸に追いつかれる」ヘンリーも同調する。彼は全員の健康状態を気にしていた。地球人は朝から歩き続けで、休憩をあまりとってない。女性陣、とりわけ高齢のヨーコなんかは口に出さないが疲れが見える。もう少し経ったら、休憩を提言するつもりだった。

「火薬はどれくらい残っているの?最後の手段に残しておきたいわ」火薬は獣を狩るために乏しい資材から作り出したものだ。今度の作戦で秘密兵器になり得るもので、大事に使いたかった。

「斜面が崩れるぐらいの最小限にする」

「いいわ、やってちょうだい」


イワン達はすぐに作業にとりかかる。

「この斜面なら、小さな爆発でも、山崩れを起こせる」

イワン達は慎重に穴を掘りそこに火薬を仕掛け、蛸が来るのを待つ。

怪物は人間達の後を忠実に追っていた。山崩れに何度か経験をして学んだのだろう、足を出来る限り広げ慎重に上って来る。

「よし、いまだ」イワンが導火線に着火。

蛸が仕掛けた火薬から5m下に来た辺りで爆発が起きる。山肌がめくれ、一瞬で山崩れが発生する。

蛸は土砂と一緒に400mは流れ落ちた。土塊の中に埋もれた蛸が見える。

「不死身のような怪物だ、このくらいでくたばりはしないだろう。」

「でも、あそこからなら、這い上がるには1時間はかかるでしょう」

「うん、これで少しは時間を稼げたな」

イワン達は本体を追いかけることにした。


そして岩石地帯を抜け終わるとそこに雪山が待っていた。

天候は良く、晴れた空にまぶしく光る太陽の下、白銀の世界を、全員宇宙服を着ての行進となった。

宇宙服は軽量で、リュック内に折りたたんで持ち運べる構造だ。

ヨーコは雪山が最後の決戦場と考えている。

この地形を利用して、巨大蛸を退治する計画だった。それには宇宙服が絶対必要だ。

「重くなるけど、宇宙服は全員持って来て」今度の遠征前に厳命しておいた。

そして、今、宇宙服が威力を発揮している。

厳寒の雪山でも宇宙服により、体温を奪われずにすんだ。

ただ防寒は万全だったが、雪山は全くの素人ばかりで、脱落者が出ないよう休息をしながらの行進だった。


ヨーコの考えでは雪山に入れば宇宙服を着用した人間の方が、蛸に比べずっと有利なはずだった。

軟体動物の蛸の体は、オットセイのように脂肪で体が覆われているはずもなく、雪の寒さがもろに体の中心部に届くはず。

うまくゆけば雪に怖気づいて退散するかもしれない。雪山が蛸を怖気づかせるかもしれないと期待をしていた。

しかし人間にとっても新雪が思いのほか苦しませた。重力が少ないとはいえうっかりすると膝まで体が雪に沈むし、そうでなくとも足にまとわりつき歩きづらいのだ。まして体力のない女性にとり辛い行進となった。女達の負担を少しでも減らそうと男達は交代で先頭に立ち雪をラッセルし、さらに踏み固めていくがそれだけ体力の消耗はしていく。20分おきに休息を取らなければならなかった。


そして意外なことに蛸は雪山を全く苦にしない様子だった。先ほどまでのハイマツは人間にも怪物にも大障害であったが、雪山は違った。8本のうち6つの足を交互に前に出してまるで雪上車のように新雪を巻き上げながら進んでくるのだ。大きな体は1mに達しない雪はさしたる障害ではないようだ。何よりも上空からは鷲がいつも旋回しており、人間の行く道を蛸に伝えていて、着実に人間との距離を詰めて来た。

「ヨーコ、気を付けてくれ。蛸の奴、雪に全く平気だぞ」イワンの無線にも切迫感が伝わってくる。

「イワン、もっと近寄られたら、また報告して」ヨーコにも焦りの気持ちが出ていた。

海に生きる蛸が陸地の奥まで山岳地帯に入ることは考えられず、まして雪山も苦にしないことは全く想定外であった。雪を利用して蛸から逃げきろうとしたヨーコだが、追い詰められていくのは自分達人間になってしまったことに気付いた。自分の考えが甘かったことを悟った。


人間達は休息を何度か余儀なくされた。

休息の合間にマルコスはマリアに話しかけた。

「いったいなんだってあの蛸はいつまでの我々を追いかけるんだ。俺がどうして蛸に追いかけまわされなければならないだ。蛸に恨みを買った覚えはないぞ」

「あなたなら、知らず知らずに蛸をいじめていたことありそうよ」マリアはいつしかマルコスならそんな軽口を言えるようになっていた。逃避行の間、仲間を鼓舞しながらラキッチと一緒に先頭を買って出るマルコスを頼もしく思い始めていた。

「俺は蛸みたいな悪魔の生き物を食ったことないぞ。あいつに恨まれる筋合いなどない。だけど、どうして海の蛸が陸に上がれるのかまずおかしすぎる。なんだって雪の上を平気で歩き回れるなんてどう考えても腑に落ちんだろう」

「分からないことだらけよね。地球から連れてこられたのは間違いないとして、1万年であのように進化はできないはずよ。何者かがあれを改造したとしか考えられない」

「じゃあ、パラサイトが蛸を改造したとでも思っているのかい。あんな手も足もない奴がそんなことやれるのかな」

「でも何者かが蛸を改造したと考えてよいと思う。まだ見てないヴルム人がそんなことやったのかもしれないわ」マリアもヴルムの世界の異常さにいつも疑問を抱いていた。

「とにかくあいつの体力には呆れかえる。まったく無尽蔵だ。我々を追いまわし疲れさせてから捕まえるつもりなんかな」

「疲れが一番たまっているのはおそらくヨーコのはずよ。口にこそ出さないけど、相当まいっている顔つきをしていた。マルコス、もっとペースを緩められないの?」

「俺もそう思うがヨーコは20分に5分の割での休息しか許さないんだ。」

「ヨーコ自身が最もつらいはずなのに、やはり蛸に追われている切迫感がそうさせていると思うわ」

「無理をしてなければいいが、もう一度ペースを落とそうと話してみるよ。」行進を始める前にマルコスが進言した。

 しかしヨーコは「私は大丈夫。」とペースを落とすことは容認しなかった。

「でも、何だってそんなに急ぐんです」

「雪の浅いところでは蛸は雪上車のように歩けるのに、私たちは膝まで雪に埋まり速度が遅いわ。雪が深ければ蛸の体も相当雪に埋まると思う。それまでは追いつかれたくない」

 イワンからの報告で1時間以上遅れていた蛸にすでに20分近くまで来ていると連絡がきていた。


ヨーコの疲労を心配していたのはマリアだけでなかった。年若いシンシアが逃避行の間、常にヨーコの傍にいて気を使っていた。

船長が亡くなりヒステリックになった時、彼女は平手をヨーコから受けた。その後、彼女は憑き物落ちたように冷静になった。

今ではヨーコに心酔するようになっている。

(どんな状況でもヨーコは最善を尽くそうとしていて、弱音なんか絶対言わない。彼女こそ本物のリーダーよ)

そのリーダーを少しでも助けようと荷物を肩代わりして、疲れてないか、顔色をいつも窺っていた。


蛸との雪上レースをし始めて1時間以上も続いた後、イワンから連絡が入る。

「蛸は本体よりもまだ2キロほど後ろです。我々と蛸との距離はほとんど詰まらなくなりました」

「蛸の様子はどうなの」

「あいつも雪には相当困りだしてきてます。巨体を雪が支えられなくて深い雪に沈み始めました」

人間たちを苦しめていた雪が深くなるにつれ、蛸にも負担を与え始めていた。1mぐらいなら蛸にとり何でもなかったが、5m近くなると蛸の巨体も大きく雪に埋まる。

軽量な人間なら膝が埋まるくらいでも、重量級の蛸は深い雪に沈み込んでしまう。

「そのまま、雪に埋まることないかしら」

「まだ蛸が埋まるほど雪が深くありませんから、それは期待できませんね」

「そう、残念ね。」ヨーコの期待はかないそうもなかったが、徐々に雪は地球人に有利に働きだしていく。これが蛸の追撃を随分遅らせてくれた。

「相変わらずしつこく追いかけて来ますが、雪に相当てこずりだしてます。さっきは深い雪に体の半分ほども沈んでしまいました。すぐに這い出してしまいましたがこれからも手こずるのは予想できます」イワンの声には少し安堵が出ている。

ただ、雪に足を取られながらも蛸は人間達を追いかけるのを全くあきらめようとしない。

「まったく、なんという執念深さなんだね」

誰に言うことでもなく、スコープから目を離さずにイワンはうんざりするしかなかった。


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