昔噺①
昔々、それは遥か遠い過去のこと。
この国のみならず、すべての国を征服しようとした一人の魔術士がいた。
その魔術士は己の野望のためにありとあらゆる魔術を極め、結果的に今は禁呪とされる魔術を生み出し、人ならぬ者へと進化してしまった。
人としての心を失い、残虐の限りを尽くす魔物となった魔術士は、人々を恐怖のどん底に陥れた。
そんな時、彼――〝魔王〟とでも呼ぼうか――の前に立ち塞がったのが、この国の王家の祖先である双子の王子だった。
双子の王子は共に魔術の才に溢れていたが、力を合わせようとも魔王を討伐することは叶わなかった。
民は殺され、大地は荒野と化していく。
もう一刻の猶予もないと判断した双子の王子は、最終手段として魔王を〝封印〟する魔術を編み出し、なんとか平穏を取り戻すことに成功した。
だが、その代償として、兄王子はすべての魔力を失ってしまった。
王家は弟王子が継承し、兄王子は恋人の女性とともに王族を離れ、片田舎で穏やかで幸せな一生を過ごしたというが――……。
「……王家の、傍流」
はじめて耳にした大昔の出来事に、ラヴィアンは呆然とリュートを見つめた。
リュートは、王家を離脱したその兄王子の末裔なのだという。
「ものすごく正確に言うならば、こちらが正統で今の王家が傍流なんですけどね」
本来であれば、兄王子が継いでいたはずの王家。だが、そんなことはどうでもいいと苦笑して、リュートは腰かけた木箱の横に転がっていた芋を拾い上げ、律儀にも箱の中に戻してやる。
「歴史書にも載っていませんし、どこまでが本当のことなのかはわかりません。代々口頭で言い伝えられてきた話なので、間違っている部分もあるかもしれません」
リュートと同じく、横の木箱に座っているラヴィアンへ真剣な目を向けて、リュートは「ただ」と拳を作った手に力を込める。
「実際に、魔王は復活してしまった。それだけは間違いない真実です」
重々しい宣言に、ラヴィアンは呼吸を呑み込んだ。
先ほどリュートは、「この国の王が、王に成り代わった偽物」だと言ったが、正しくは、現在王は、傀儡状態にあるという。そのことに、王太子はじめ、周りの者たちはまだ気づいていないらしいが、それも時間の問題だとリュートは言う。
実際に、ここ最近王が打ち出す政策はおかしなことが多く、王の行動に不信感を抱く者も現れつつあるということだった。
「ですが、とりあえず今の魔王は、僕を捕まえることに躍起になっていますから」
たくさんの国々がある中で、魔王が最初の活動拠点としてこの国を選んだのは、かつて自分を封印した双子の王子への恨みからだろうか。
おそらくは、リュートが伝え聞いた過去と同じ話を、王家も代々語り継いでいる。王を傀儡にする過程で、魔王は兄王子のその後を――、末裔であるリュートの存在を知ったに違いない。
今は過去の恨みを晴らすべく、自分を封印した人間の末裔であるリュートを探し出し、復讐することに躍起になっていて、とりあえずかつての野望を叶えることは二の次に回されているらしいというのは、吉と取るべきなのだろうか。
おかげで現在、一応の平穏は保たれていると聞かされれば、複雑な気持ちになるラヴィアンだ。
「怪盗の正体が兄王子の末裔だなんて、どうしてわかるんですか?」
魔王が、リュートを探し出そうとしていることは理解した。だが、なぜ魔王は、怪盗の正体がリュートだと気づいたのだろう。
リュートとは関係ない、まったくの別人だという可能性だってあるはずなのに。
「それが、秘宝に繋がります」
湧いた疑問に純粋な謎で瞳を瞬かせた乗せたラヴィアンに、リュートはその質問はもっともなことだと頷いて丁寧に説明してくれる。
「元々秘宝の存在は秘匿されていますから。内部犯だという可能性が限りなく低いことを思えば、その秘宝を手に入れようとしている時点で、その人物は秘宝のことを知る外部犯――つまりは、兄王子の末裔、という計算式が成り立ちます」
「なるほど……」
犯人は、秘宝の存在を知っている者。となれば、たしかに候補はかなり限定した範囲にいるということになる
「兄王子は、その後のことも考えて王家とは断絶したらしいのですが、城を出る際に弟王子が一つの約束をしたと聞いています」
もはや真実を知るすべはないが、兄王子はいつか後継者争いが起こることを危惧して王家から関係を断っただけで、弟王子と仲が悪かったわけではない。
ラヴィアンの頭の中には、互いに思い合った二人が身体を硬く抱き締め合い、別れを惜しむ姿が映像化されて浮かんだ。
「秘宝と呼ばれているものは、いつか復活するであろう魔王を滅ぼすために作られた魔道具なんです」
魔王は、討伐ではなく、生きたまま封印されただけ。封印は永久的なものではなく、だんだんと綻び、いつか魔王を抑え込めなくなってしまうことは、当時からわかっていた。
よって、今度こそ〝封印〟ではなく、確実にこの世から〝消滅〟させるために。
魔力を失ってしまった兄王子のためにも、弟王子は魔王に対抗できる魔道具を作ってみせると約束した。
――いつかその時が来た時には、互いの子孫たちを共闘させ、今度こそ、と。
硬い絆で結ばれた双子王子は、そんな願いを込めて、子から子へこの話を語り継ぐよう言い遺したのだ。
「兄王子は魔力を失ったわけではないのですか?」
そこで新たに浮かんだ疑問に、ラヴィアンはリュートへ静かな目を向ける。
魔力は、両親から遺伝するというのが通説だ。
先ほどのリュートの説明では、兄王子は魔力を失ったとの話だったが、魔力を失っても子供に影響は出ないのだろうか。




