エピローグ
それから約半年の月日がたち、今は王太子の婚約パーティーが開かれた後のことだった。
「まるで結婚式みたいに素敵なひとときでしたね」
中庭に出たラヴィアンは、パーティードレスの裾を翻して少し後方にいるリュートのほうへ振り返る。
「そうですね」
「お二人ともとても綺麗で……。婚儀の日が今から楽しみです」
あの事件の後、かねてから婚約者候補だった女性と仲を深めた王太子は、少し前に王太子妃となる女性を正式に決め、今日の婚約発表パーティーに至ったのだ。
多くの人々から祝われて上座で並んで微笑む二人は綺麗で美しく、なによりもとても幸せそうで、その姿を思い出したラヴィアンはほっと感嘆の吐息をついていた。
「ラヴィアンさんもしたくなっちゃいました?」
「え……」
そこで、隣に並んだリュートにふいに手を繋がれて、ラヴィアンの心臓はドキリと高鳴った。
したい、というのは、婚約のことか、それとも結婚式のことを言っているのだろうか。
絡んだ手はあたたかく、ドキドキと刻まれる鼓動は、言われたセリフに対してなのか感じるぬくもりなのかわからない。
「純白のドレスに身を包んだラヴィアンさんの隣にいるのは誰ですか?」
横からラヴィアンを見下したリュートに尋ねられ、脳内で、今の状況のままラヴィアンのドレスだけが白いウェディングドレスに変化した。
つまり、純白のドレスに身を包んだラヴィアンの手を取っているのはリュートということで。
「今、誰の姿を思い浮かべました?」
「え、と……」
くす、と笑われ、動揺する。
極々普通に隣にはリュートがいたけれど、それは、今この状況で考えたからではないだろうか。
「答えは出ましたか?」
そっと微笑んだリュートに静かに問われ、なにを聞かれているのかわからずに困惑する。
自分はなにか、リュートから課題を出されていただろうか。
「そろそろ、ラヴィアンさんの気持ちを聞かせてもらってもいいでしょうか」
「……え」
ふいに真剣な表情と声色になったリュートに見つめられ、ドキリと心臓が跳ねた。
――『どうか、僕と一緒に未来を紡いでくれませんか?』
突然頭の中に甦ったのは、あの日、アドレシアを倒した後に告げられた問いかけだ。
あの日以来リュートとは、仲のいい友人同士のような関係を続けてきた。
だから、つい忘れてしまっていた、というわけではないけれど。
「ラヴィアンさん」
「はい」
「もう、我慢の限界です」
少しだけ身を屈めたリュートに顔を覗き込まれ、ラヴィアンの目は見開いた。
「あ、あの……っ?」
限界、とは。この半年、なにを我慢させていたというのだろう。
「リュートさ……」
「キス、してもいいですか」
「え……」
すぐ傍まで迫った真剣な瞳を前にして、ラヴィアンの身体は固まった。
「我慢の限界だ、って言いましたよね?」
「そういう意……、って、ちょ……っ」
空いていた手のほうで肩を引き寄せられ、ラヴィアンは軽い混乱に陥った。
そういえば、半年前は魔力の安定を量るために何度も口づけを繰り返してきたけれど、あれ以来ぴたりとそういった接触は止んでいた。
ラヴィアンはそれを、とくに寂しいと思うことも気にしたこともなかったけれど。
「好きです」
「!」
吐息がかかるほどの距離で告げられて、ラヴィアンは大きく息を呑む。
「どうか、応えてください」
「わた、し、は……」
突然、でもないけれど、それでも思ってもみなかったタイミングでの告白に動揺する。
唇が渇き、心臓がドキドキと早鐘を打った。
「はい」
真剣な顔でラヴィアンからの返事を待つリュートに、ラヴィアンが出した答えは。
「……ごめん、なさい」
「え?」
恐縮するラヴィアンの姿を前にして、リュートの顔から熱が引いていった。
だが。
「待たせてしまって」
「……は、ぃ?」
一瞬の間を置いた後、謝罪の本当の意味を理解したリュートが目を丸くて尋ねてくる。
「それは、僕の都合のいいように解釈してしまっても?」
都合のいい解釈、というのが具体的にはどういったものかはわからないものの、自分の認識とそこまでかけ離れてはいないだろうと、ラヴィアンは静かに頷いた。
「はい」
本当は、どこかでずっとわかっていた。
ただ、なんとなく、前に進むことが怖くて。
リュートの優しさに甘え、ぬるま湯に浸かり続けてしまっていた。
――『追いかけてきて? 掴まえてよ』
遡れば、もしかしたら。
十年前のあの時に、唇だけでなく心も奪われてしまっていたのかもしれない。
「キス、してもいいですか」
「は、はい」
触れるか触れないかの距離まで迫った唇に、緊張の面持ちで頷いた。
半年前までは一日に一度ならずしていたというのに、急に恥ずかしさが湧いてくる。
頬に熱が昇り、目元が潤むような気がした。
「ラヴィアンさん」
名前を呼ばれ、おずおずと視線を上げる。
「好きです」
真摯に好意を告げられて、その言葉がじわじわとラヴィアンの胸の中へと染み込んでいった。
「……わ、わたしも、リュート様のことが……、ん……」
自分の気持ちに正直に応えかけたところで、これ以上は待てないという言葉通りにリュートに唇を塞がれて、ラヴィアンの告白は言葉半ばで途切れてしまった。
「……ん……」
重なった唇はとても優しくて。ほんのりとした甘さを感じた。
「リュート、さま……」
ゆっくりと唇が離れていき、そっと瞼を開けたラヴィアンの瞳の中に、リュートの真剣な眼差しが映り込む。
「いつか――……」
柔らかな風が吹き、言葉を運んでいく。
――そう遠くない未来に、時間を重ねて。
「――……はい」
求婚にも近い言葉に頷いて、ラヴィアンは近づいてくる唇に目を閉じていた。




