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ファースト・キスの魔法  作者: 姫 沙羅


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最終話

 アドレシアの消滅と同時に洗脳から解けた国王は、ぐったりと力なく肩を落としていた。

 その姿は、玉座という高い位置に座りながら、階段下にいるラヴィアンとリュートよりも小さく見えた。

「……情けないとしか言いようがないな」

 すべてが終わり、魔王の復活と自分の身に起こったことを理解した国王は、完全に消沈した様子で弱々しい呟きを洩らす。

「陛下……」

 国王はなにも悪くない。だからといってどんな言葉をかけていいのかもわからずに、ラヴィアンはただ口を閉じ、リュートは気遣わしげな目を向ける。

「父上。それを言うなら私もです」

 今、謁見室にはラヴィアンとリュートが並んで立つ足元にシャロルの姿があり、玉座には国王が。その横には王太子が控えていた。

 苦悩の表情で父親である国王へ声をかけた王太子は、身体の横に作った拳を、ぐ、と悔しげに握り締める。

「魔王の存在については、王家の最重要使命として代々語り継がれてきたというのに……」

 秘宝の在り処からはじまって、そもそもの秘宝の使用用途や秘宝が厳重に守られてきた歴史的背景など、かつての双子の弟王子がすべて事実に違わず後世に伝えていくことを厳命していたという。

 その時が来たならば、かつての兄王子の子孫とともに再び魔王を封印するように、と。

 それを、代々の王族たちは己の使命として心に刻んで生きてきたとのことだった。それが。

「まさか、洗脳されるなど……」

「親子そろって本当にふがいない」

 二人揃って項垂れて、なんとか先に回復した王太子がリュートを真っ直ぐ見つめた。

「リュート」

 呼びかけに視線を返したリュートへ、王太子は深々と頭を下げて謝罪する。

「一人で背負わせてしまって本当にすまなかった」

 その姿は誠実で、本来であれば本当に共に魔王に立ち向かいたかったという真摯な思いが伝わってきて、ラヴィアンの隣でリュートが小さく苦笑する気配を感じた。

「いえ、殿下。すべて終わったことですから」

 気に病む必要はないとリュートが告げても、王太子も国王も揃ってそれを否定する。

「だが、リュート。本来であれば王家の正統な血筋はお前のほうだ。これを機にお前に戻すのが筋というもの」

「そうだな。その件については、双子の弟王子から受け継がれてきた遺言書が残されている」

 そうして知らされた、遥か昔から王家が脈々と負ってきた責務に、リュートの瞳が驚きで見開いた。

「え?」

「『いつか再び世界が脅威に晒され、ともに魔王に立ち向かうことがあったなら。平和を取り戻したその時には、王家を正当な血筋に戻すように』と」

 双子の弟王子が子々孫々語り継ぐことを厳命したという遺言の中身を告げ、国王はリュートへ真剣な眼差しを向ける。

「我々は代々、そのつもりで王家を護ってきたつもりだ」

 自分たちは、いつか正当な血筋へ王家を戻すための中継ぎの存在であることを肝に銘じて仮初の王の座を受け継いできたのだと語る国王へ、リュートはあっさりと、かつ丁寧に口を開く。

「その件につきましては、丁重にお断りさせていただきます」

「なにを……」

 国王が動揺するのも当然のことかもしれなかった。

 彼らは代々、「いつか王の座を返す」ことを使命として弟王子の血を継いできたのであろうから。

 けれど、きっと、兄王子は、一度手離したものに未練などはなかったのではないだろうか。

「誰しも向き不向きというものがあります。僕に王の器はありませんから」

「そんなことはない!」

 きっぱりと言い切ったリュートに焦った国王の声が飛び、王太子もまた困惑の目を向ける。

「そうだぞ、リュート。私はお前の有能さを充分理解しているつもりだ」

 今となっては立場は同等かもしれないが、これまでの関係もあってリュートを評価して説得にかかる王太子へ、リュートは首を軽く横に振る。

「それでも、です」

 それからリュートは苦笑を零し、国王と王太子をしっかりと見上げた。

「単純に、そんな堅苦しい立場にいたくないだけです」

「……そういう問題では」

「そういう問題ですよ」

 食い下がる王太子へきっぱりと自分の思いを告げ、リュートは穏やかな微笑みを浮かべる。

「僕に王の地位は務まりません。必要とあればいつでも殿下をお支えしますが……。僕にはそれくらいがちょうどいいです」

 元々身分にも名誉にも興味はなく、ただ課せられた責務を果たしただけだと笑うリュートは、ブライス家にかけたまやかしの魔術を解いた後、もし王太子が望むのであればそのまま側近として仕える道を提案する。

 そうしてその微笑みはラヴィアンへ向き、瞳には甘い色が浮かぶ。

「僕には、愛する人と穏やかな家庭を作ることのほうが大切ですから」

「リュート、さま……!?」

 驚き、一瞬にして顔を赤くしたラヴィアンへ、王太子は王太子で驚愕と納得の入り混じった複雑な表情を浮かべ、不承不承リュートの言い分を受け入れる。

「……なるほどな」

 きっと、かつての兄王子も、恋人との穏やかな未来を望んだのだろう。

「それを言われてはなにも言葉を返せないな」

 これ以上の説得は無駄だと判断したらしい王太子は、小さく肩を落とすと今度は一転、リュートへからかうような目を向ける。

「というか、本当の本当に、本気、だったんだな」

「ですね」

 意外だ、とばかりの王太子の反応に、リュートは楽しそうな笑みを返す。

「ですから、すべてはこれまで通り、ということで」

 その言葉を耳にして、ラヴィアンの胸の奥に安堵の気持ちが生まれるのはなぜなのだろう。

 今まで通り。変わらずそこにリュートがいてくれるということ。

「……わかった」

 渋々と頷いた国王に続き、王太子の真剣な目がリュートを捕らえて口を開く。

「これからも私たちを支えてくれ」

「もちろんです」

 ともに国を支えていくことに異論はない。そう笑うリュートの横顔を、ラヴィアンは眩し気に見つめていた。

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