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ファースト・キスの魔法  作者: 姫 沙羅


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決戦⑤

「な……?」

 リュートの目の前に広がる光景は、宙でぴたりと時を止めた闇色の魔力弾と、それを防ぐべく口を開きかけて固まっているシャロルの姿。そしてその向こうでは、こちらに向かって腕を突き出すアドレシアの姿もあった。

「よかった。ちゃんと成功したみたいで」

「ラヴィアンさん?」

 ほっと安堵の吐息を零しながら嬉しそうに笑うラヴィアンの声が聞こえ、リュートはすぐ傍にいるラヴィアンのほうへ顔を向けた。

「シャロルから時間操作の魔術についての知識は一通り教え込まれたけれど、だからといってできるかどうかは別の話じゃないですか」

 くすり、と小さく苦笑して、ラヴィアンは悪戯っぽくはにかんだ。

「でも、今ならなんでもできそうな気がして」

 ラヴィアンがシャロルから時間操作魔術にかんする鬼指導を受けていたことはリュートも知っている。だからといって、高度すぎる魔術は一朝一夕で習得できるものはもちろんなく、知識のみに留まっているはずだった。

 現時点でラヴィアンが扱える時間操作魔術は、身体治癒に対する時間逆行と対象者を過去へ飛ばす時間移動能力の二つだけのはずで、このような闘い方は想定していなかった。

 けれど、危機的状況の中で、ラヴィアンの魔力(ちから)が劇的に開花したらしかった。

「リュート様は動けますよね?」

「そう、ですね」

 どこか楽しそうに確認され、発動主であるラヴィアンはともかくとして、なぜ時間が停止した世界で自分だけが除外されているのだろうと不思議に思う。

「わたしが触れた相手は魔術が解除されるみたいで」

 その言葉に、ラヴィアンの腕の先へ視線を向ければ、ラヴィアンの指先がリュートの肘の辺りに触れているのが見えた。

「シャロルも」

 ラヴィアンがシャロルの元へ歩いて行き、背中のふさふさとした毛に触れる。

 と。

『!? にゃんだ!?』

 時間停止が解除されたシャロルが驚愕の声を上げ、時の止まった異様な世界をぐるりと見回した。

『……娘。そなたの仕業か』

 古の時代から生きる聖獣としての経験と知識は間違いないものだ。すぐに状況を理解したらしいシャロルは、自分の斜め後ろに立つラヴィアンをじっと見つめ下ろす。

「はい」

『して、どうする』

 こくりと頷いたラヴィアンへ、その能力を問うかのようなシャロルの冷静な声が響く。

「そうですね」

 顎に手を置き、考える仕草をしたラヴィアンは、すぐに顔を上げるとシャロルに向かって無邪気に首を傾げてみせる。

「とりあえず、これの軌道を変えましょうか。できますか?」

 これ、というのは、アドレシアが放った途中で停止している闇色の魔力弾だ。無数の弾丸の一つにラヴィアンが触れかけると、その指先で光の粒が揺らいだ。

『よかろう』

 合格点を出すかのように目を細めたシャロルが頷き、こちらに向かっている弾丸の軌道をすべて逆方向――つまりは、アドレシアのほうへ向かうように修正する。

「なるほど。そういうこと」

 リュートはリュートでこの世界での闘い方を瞬時に理解して、なんて恐ろしい能力だと怖れつつ感心しつつ、くすりとおかしそうに口の端を引き上げた。

「だったら僕は……、せっかくだからこれらを使おうか」

『! それ……』

 懐に隠し持っていたものを取り出せば、それを確認したラヴィアンの瞳が見開いた。

 それは、魔王を封印するための三つの秘宝のうちの一つ。魔王を拘束し、地に縫い留めるための鎖だった。

 軌道修正した攻撃をすべて確実にアドレシアに命中させるためにアドレシアの自由を奪おうと、リュートはその鎖をアドレシアに巻き付ける。

「――!?」

 その瞬間、一瞬魔王がびくりとした動きを見せ、ラヴィアンたちはぎくりと肩を震わせた。

「ラヴィアンさんが触れなければ大丈夫なはずじゃ……?」

『それだけ膨大な魔力を有している証拠じゃにゃ。この状況下でも無意識に強行突破しようとしておる』

 よくよく見ればアドレシアの身体が少しだけ震えているようにも感じ、こくりと息を呑んだリュートへ、シャロルの厳しい目が向けられる。

 アドレシアであれば、この時間停止の世界の中でも、強制的に自分の時間だけを解除できてしまうかもしれない。

「それにかんしてはこっちの出番かな」

 今度は美しい装飾の輝く手鏡を取り出して、リュートはアドレシアの前にそれを浮かばせる。

 こちらも秘宝の中の一つである鏡は、対象者の魔力を反射して利用することで相手の精神力を削るものだ。

「これで、解除した瞬間に全員で魔力を叩き込めば……」

「……勝てます、か?」

 リュートの呟きに、ラヴィアンが真剣な眼差しで窺ってくる。

「たぶん」

 それなりに勝率は高いと思っているものの、相手は計り知れない魔力(ちから)を持つ古き天才魔術士だ。必ず、という確信はない。

「……〝たぶん〟……」

 ラヴィアンもそれは重々わかってはいるのだろう。不安げに唇を噛み締めたラヴィアンを見つめ、リュートはぐっと拳を握り締める。

「いや」

 今は動きを止めているアドレシアを振り仰ぎ、リュートの力強い声が飛ぶ。

「この攻撃で、消滅させてみせる!」

『にゃ!』

「はい!」

 それに力を得たシャロルとラヴィアンはしっかりと頷き、アドレシアに向き直る。

「それじゃあ、解除しますね」

 ラヴィアンが世界を動かす宣言をして、臨戦態勢に移りかけた時。

「あ。ラヴィアンさん、その前に一つだけ」

 どうしても一つだけ言っておきたいことがあり、リュートは数秒だけその動きを制止した。

「はい」

 不思議そうに振り向いたラヴィアンへ、リュートは柔らかな微笑みを向ける。

「貴女と巡り会うことができてよかったです。ラヴィアンさんは僕にとって最高の女性(パートナー)です」

「!」

 相棒のシャロルがいても、本来であればともに魔王へ立ち向かうはずの王太子がすでに相手の手中に落ちていると知った時。魔王へ独りで挑む決意をした。それが、自分の中に流れる血に課せられた運命だと、覚悟をしていたからだ。

 孤独の闘いになるはずだった。場合によっては己の命を賭して刺し違える覚悟もあった。

 けれど、それが、こんなふうに自分の背中を預けられる存在ができるなど、思ってもいない奇跡だった。

「ありがとうございます」

 魔王に打ち勝ち、この国の未来だけでなく、自分たちの未来も掴み取ってみせる。

 不思議と、なにも怖くなかった。

「いきましょう」

「はい」

 アドレシアへ鋭い視線を向けたリュートに頷いて、ラヴィアンの詠唱が小さく流れた。

停結解除(ロック・リリース)!」

 そうして時計の針が動き出し、世界が音を取り戻す瞬間。

「な、に……!?」

 軌道を捻じ曲げられた闇の弾丸がアドレシアへと襲いかかり、それと同時に光輝く鏡がアドレシアの姿を映し出し、防御力を低下させる。

「ぐ、ぁぁ……!」

 その場から身を捻ろうとも、魔の鎖で地へ縫い留められた状態では攻撃を避けることは叶わない。

「これで終わりだ……!」

 終わりを告げるリュートの声に、三方から光の刃が放たれた。

「が……、ぁぁぁぁ……!」

 すべての攻撃が直撃し、アドレシアの口からは絶叫が迸る。

 世界が白い閃光に包まれ、その光はアドレシアへ収拾し、弾け飛ぶ。

 そうして世界が元の姿を取り戻した時、そこからは魔王・アドレシアの姿は消えていた。

「……終わった、の……?」

 動き出した世界に流れたラヴィアンの静かな声に、シャロルとリュートもそっと吐息をつく。

『じゃにゃ』

「こうしてみると終わりは呆気なかったな」

 封印すら叶わないかもしれないと思っていたというのに、世界の脅威は永遠になくなった。

 本来であればありえない奇跡だ。

『そう思えるのはすべて娘の力があったからこそ、だにゃ』

 自分の意志で姿を変えることができるのか、成体から小さな猫の姿へ戻ったシャロルがリュートの足元で鳴き声を上げた。

「そうだね」

「そんな、ことは……」

 にこりと笑ったリュートに、ラヴィアンの戸惑いの目が向けられる。

 本当に自分のことをなにもわかっていないラヴィアンのその姿には、自然と口元が緩んでしまう。

「ラヴィアンさん」

 ラヴィアンの正面に立ち、リュートは穏やかな表情でラヴィアンを見つめた。

「世界が止まったあの瞬間、僕がなにを考えたかわかります?」

「リュート様?」

 不思議そうに小首を傾げるラヴィアンへ手を伸ばし、そっとその髪を撫で下ろす。

 闘いの最中で、生死を意識していたからこそ強く願ったことがある。

 信じ難い奇跡を前に、望んだ未来があった。

「真っ先に、貴女のことを想いました。守りたい。失いたくない。時間を操るその手を離したくないと」

 ラヴィアンを真っ直ぐ見つめ、自分の中に芽生えた思いを口にする。

「どうか、僕と一緒に未来を紡いでくれませんか?」

「え……」

 リュートの真摯な願いにラヴィアンの目は見開いていき、揺れ動いた。

「返事はすぐにとは言いません」

 ラヴィアンが戸惑うのも無理はない。

 今すぐ答えが出るものだとも思っていない。

「ですが」

 自信に満ちた笑みを浮かべ、リュートは宣言する。

「必ず、振り向かせてみせます」

 世界が、新たな未来に向かって動き出す予感した。

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