決戦④
リュートの叫びと顔が絶望に迫り、一気に身体が凍り付く。
その時。
「……だいじょう、ぶ、です……」
ラヴィアンの声が弱々しく届き、目を見開いたリュートの瞳の中に、胸元から血を流すラヴィアンの姿が映り込んだ。
「ラヴィア……」
唇が震える。
どうやらギリギリのところで身を捻って致命傷は逃れたらしいが、危機的状況は変わらない。
だが、すぐに第二派がラヴィアンに迫ることはなく、代わりにアドレシアの口からはぶつぶつとした詠唱が洩れ聞こえてくる。
「……ぅ……」
「ラヴィアンさん!」
ラヴィアンはラヴィアンで、激痛に耐えながら自分自身へ治癒魔術をかけている様子が窺えて、ほんの少しだけ安堵しつつも一刻も早く救出しなければと焦りが募る。
そして、そんな中。
『にゃ、んだ……、これ、は……』
「シャロル!?」
ラヴィアンの血を浴びて身体を赤く染めたシャロルから動揺の声が聞こえ、こちらはこちらでなにが起こっているのかとリュートの鋭い視線が飛ぶ。
『……ぐ、ぁ……!』
「シャロル!?」
シャロルの苦しげな声が響き、リュートの目は焦りで見開いた。
『が、ぁぁぁぁ……!』
「シャロル……!」
シャロルの身にいったいなにが起こっているのだろう。
シャロルの絶叫が響き、小さな身体が真っ白に発光する。
その直後。
――グァァァ……ッ!
低い咆哮が大地を震わせ、白い発光体が膨張――否、育っていく。
「シャロ……」
そうして真っ白な光が少しずつ収まっていき、大きくなった発光体の全貌が見えてくる。
そこには、光を身体に纏わせたシャロルが――成体へと姿を変えた聖獣が美しく輝いていた。
『……にゃるほどな』
呼吸を落ち着かせたシャロルが冷静な呟きを洩らす。
『聖なる血、とはよく言ったものだ』
猫だった時の身体に付いたラヴィアンの血は消えていたが、ぺろりと唇を舐め、シャロルは感嘆の吐息をついた。
『まさか、今さらこの身体が成体と進化するとはな』
「シャ、ロル……」
シャロルは、リュートが物心ついた時から小さな猫の姿をしており、姿を変えられるなど聞いたことも見たこともない。
シャロルの呟きから察するに、シャロル自身も思ってもいなかった進化だったことが窺えて、リュートは見開いた瞳で幼い頃からの相棒が成長した姿を見つめた。
「な、んだ、お前は……」
アドレシアが驚愕の息を呑み、詠唱が途中で途絶えた。
『娘は返してもらうぞ!』
その隙を突き、シャロルが首を大きく奮った。
「な……っ!?」
風が巻き起こり、アドレシアが顔を庇って怯んだ瞬間を狙って地を蹴ったシャロルが、アドレシアの腕の中からぐったりとしたラヴィアンを奪い取る。
「ラヴィアンさん……!」
シャロルが口に咥えたラヴィアンを受け取って、リュートは腕に抱いたラヴィアンへ声をかける。
「リュート、さ……」
ゆっくりと顔を上げたラヴィアンの瞳の中にリュートの姿が映り込み、リュートはほっと安堵の吐息をつく。
顔色は決していいとはいえないが、自ら治癒魔法を施していたこともあり、傷自体は塞がっているようだった。
『ここは儂に任せて治療に専念しろ』
「……頼んだ」
二人を庇うようにして前に出た頼もしい相棒の背中を見つめ、リュートは神妙な面持ちでこくりと頷く。
「だいじょう、ぶ、です……。命に別状はありませんから……」
「ラヴィアンさん!」
荒い呼吸で無理矢理笑顔を作ってみせるラヴィアンの姿に、ぎゅう、と胸が締め付けられる思いがした。
ラヴィアンにこんな怪我を負わせてしまったのは自分のせいだ。
守りたいと思った気持ちに嘘は一つもなく、守らせてほしいなどとかっこつけたにもかかわらずこんなことになってしまい、情けなさでラヴィアンの顔を真っ直ぐ見ることができなくなる。
たとえ命に別状がなかったとしても。
たとえ傷痕が綺麗に癒えたとしても。
リュートの胸に突き刺さったこの痛みは消えないような気がした。
「本当に、大丈夫ですから」
だから気にしないでください、と告げてくるラヴィアンの声色はかなりしっかりしたものへ戻り、ラヴィアンを抱く腕に少しだけ力が籠る。
気づかされる。
芯のしっかりしたこの女性のことを、自分は大切な存在だと思っていることを。
「あ……?」
その時、ふいにラヴィアンの瞳が驚いたように瞬いて、リュートもまた不思議そうにラヴィアンの顔を見つめた。
「ラヴィアンさん?」
気のせいか、ラヴィアンの身体がほのかに発光し、怪我が急速に回復していっているように感じた。
「リュート様」
ラヴィアンのしっかりとした声が響き、強い瞳がリュートを見上げた。
「こんな時ですが、わたし、時間の魔術がコントロールできるようになったみたいです」
「え?」
本当にこんな時になにを言っているのだろうと、ラヴィアンの言葉の意味への理解が遅れた。
「もうすっかり大丈夫です」
言葉通り、まるで身体の時だけが戻ったようになにごともなく身体を起こしたラヴィアンがにこりと笑い、「なので」と力強い瞳を向けてくる。
「いきましょう」
いく、というのは、今、独りでアドレシアに対峙しているシャロルの元へ、という意味に違いない。
今この時も、成体として覚醒したシャロルがアドレシアと激しい攻防戦を繰り広げている様子が見て取れた。
「シャロル……!」
シャロルを援護すべく急いで駆け寄れば、ちらりと視線だけを投げたシャロルが語りかけてくる。
『知っているか?』
アドレシアが放つ闇色の刃を光の壁で防御して、今度は攻撃に転じたシャロルが超音波の塊を砲撃する。
『始祖は、聖獣を従える偉大な王だったという』
リュートたちが暮らす国を建国した初代の王は、神の化身のような存在で、傍らには常に聖獣の姿があったという。
『リュート』
顔を上げたリュートの瞳に、聖獣・シャロルの逞しい姿が映り込む。
『お前にはその血が流れている』
本来、正当な王家の血を継ぐ者。
『そして娘。そなたには聖女の血が』
シャロルの視線はラヴィアンへ移り、かつての双子の兄王子の妻となった女性と同じ血を汲むことを告げてくる。
聖女の血は、奇跡さえ起こす神聖な力だ。
『古より力は失ってしまったが、それでも』
リュートとラヴィアンへ順番に視線を投げ、シャロルの瞳は鋭い光を放って魔王・アドレシアへ向いた。
『封印ではなく、消滅を』
本来は封印するはずだった意向を覆し、シャロルはきっぱりと宣言する。
シャロルも、そしてリュートたちもわかっている。
時の流れとともに薄れていく魔力では、またいつか魔王の封印が解けた時、もうその脅威から国を護ることはできないだろう。
ならば、今、魔王の完全消滅を。
「あぁ」
「はい!」
リュートが深く頷くと同時にラヴィアンの強い返事が飛び、その逞しさに口元が緩みそうになってしまう。
ラヴィアンとならば、不可能を可能にすることができるような気がした。
『来るにゃ……!』
緊迫したシャロルの声が脳内に響き、リュートとラヴィアンはシャロルの後方で身構える。
直後、アドレシアが放った闇の奔流が唸りを上げて迫り来――……。
「時間停結」
ラヴィアンの瞳が光り、その瞬間、世界が息を呑むように止まった。




