決戦③
「――――っ!」
リュートとラヴィアンは同時に両手を突き出し、シャロルは大きく口を開けた。
全員で強固な防御壁を作り出し、後方へ押し飛ばされないように大地を踏み締める。
全員で力を合わせなければ、とても防ぎきれないほどの衝撃が防御壁を通してさえ伝わってきて、腕が痺れる感覚がした。
「次は火属性でどうだ!?」
「!?」
これくらいで根を上げられてはつまらないと嘲笑し、アドレシアは顔の前で軽く掌を開くと、そこに炎の塊を生み出した。
「火だるまになってみるか!?」
「リュート様!」
ラヴィアンの呼びかけに意図を察したリュートは、シャロルと共にラヴィアンの盾となるべく一歩前へ踏み出した。
その行動は、なにもラヴィアンを庇うためのものではない。呪を詠唱するラヴィアンの動きを邪魔されないためのものだ。
「いい心がけだ」
リュートとシャロルの動きになにを思ったのか、口元を歪めたアドレシアが手元に軽く息を吹きかけると、膨れ上がった炎がリュートたちへ迫ってくる。
『娘』
「大丈夫です!」
少しの緊張と自信に満ちたラヴィアンの声が響き、両手を高く掲げたラヴィアンの頭上にキラキラとした雨粒が舞った。
「黒こげはお断りよ!」
怒ったようなラヴィアンの言葉と共に、炎の上へと滝のような雨が降り注ぎ、じゅわじゅわという白い煙を立ち昇らせながら炎は鎮火した。
「たしかに、焼死体は醜いな」
自分の攻撃が防がれたことにとくに悔しそうな様子を見せないアドレシアは、まだ遊んでいる程度のつもりなのかもしれないと思えば、背中には冷たい汗が流れていく。
「少しだけ本気を出すか」
「!」
くすりと笑ったアドレシアから禍々しい空気を感じて身構える。
「まずは……」
「――!?」
細くなった目に見つめられたと思えば、鋭い眼光に姿を囚われ、びくりと身体が反応した。
「な……っ?」
蛇を思わせる禍々しい視線に全身を巻き取られ、身体が痺れるように動かなくなる。
「なん、だ……っ、これ、は……っ」
『彼奴の視線から目を逸らせ……!』
ぐっと奥歯を噛み締めるリュートへシャロルの指示が飛び、だからといって、シャロル本人も苦し気に喉を唸らせる。
「それができれば……!」
なんとか抗おうとするも逃れることができず、リュートは悔しげにアドレシアを睨み付ける。
この状態では、次の攻撃から身を護ることも、当然反撃することもできない。
すぐに次の攻撃が来るかと身構えるリュートたちの前で、ぴたりとラヴィアンに視線を止めたアドラシアが低く口を開く。
「女」
自分が呼ばれていることを察したラヴィアンが顔を上げ、不快の表情を浮かばせるものの、それをアドラシアが気に留めることはない。
「ラヴィアン、といったか」
やはり、アドラシアの関心はラヴィアンにあるらしい。
アドラシアはじっとラヴィアンの顔を見つめ、くすりと残忍な笑みを零す。
「お前がこちらに来るなら、今だけはそこの男を見逃してやってもいいんだぞ?」
言葉自体の意味はわかるが、意図するところはわからない。
圧倒的にリュートたちが不利な状況でその条件を出す意味はない。この状況下なら、リュートとシャロルだけを処分することは可能なはずだ。
「なにを……」
ラヴィアンも同じことを思っているのだろう。困惑の声を洩らすラヴィアンに、アドラシアの口元はくすりと引き上がる。
「お前の血には価値がある」
たしかに先ほどアドレシアは、ラヴィアンを使ってなにかの儀式を執り行おうとしていた。
「聖なる血があれば、俺の望みは確実に現実のものとなるだろう……!」
聖女なる清らかな乙女の血には奇跡を起こす力がある。たしかにそれはアドレシアの言うとおりで、聖女の力に目覚めたラヴィアンを生贄にすることにより、アドレシアは長年の野望を叶えることができるようになるのかもしれない。
それは新たな悪魔の力か、不死の力か。
アドレシアの最終目的は知らないが、興味もなかった。
「だめですよ、ラヴィアンさん」
まさか承諾はしないだろうが、リュートは指一本思い通りに動かせない中で穏やかにラヴィアンへ話しかける。
「くれぐれもバカなことは考えないでください」
「わかっています」
くす、と苦笑して上目遣いを向けてきたラヴィアンは、次ににこりと柔らかく微笑んだ。
「そんなに心配してくださらなくても大丈夫です」
自己犠牲などまったく考えていないと告げられて、あらためてラヴィアンの芯の強さを思い知らされる。
ラヴィアンを選んだことは正解だったと、自分の見る目の正しさに自信が湧く。
「仕方がない。ならば力づくでどうにかするしかないな」
自分のほうが圧倒的に優勢であることを確証しているのだろう。余裕の滲む笑みを浮かべ、ぶつぶつと次なる呪を唱えながらアドレシアの腕が前に伸びてくる。
『できるものにゃらにゃ!』
身体が痺れに犯される中で、シャロルの強気の声が上がった。
「……っぅ……!?」
その直後、アドレシアの目の前で光が弾け、ふらりと身体を傾けたアドレシアが目を覆った。
『油断大敵とはこのことにゃ!』
たしかに、本日二度目の光による目くらましは、アドレシアがリュートたちを絶対的に下に見ているからこそ成功した技とも言える。
このまま格下だと侮り続けてくれれば油断をつくチャンスが訪れることもあるかもしれないと思いつつ、リュートは痺れの溶けた手で印を描く。
『リュート!』
「わかってる!」
長年の相棒は目と目で意思を交わし合い、同時に攻撃態勢に移る。
シャロルが大きく口を開け、そこから滝のような水飛沫が放出されると同時にリュートが激しい旋風を巻き起こし、無数の氷の刃と化した攻撃魔術がアドレシアに向かって飛んでいく。
「子供だましだな」
まだ回復しきっていない目で、それでも自分へ向かってくる凶器を察したアドレシアは、嘲笑を零しながら腕を大きく薙ぎ払う。
「……ちっ」
氷の刃を突風の力で叩き落とされたリュートは、悔しげな舌打ちを洩らす。
それから、攻撃しては防がれ、逆に攻撃を受けては護るという激しい攻防戦をどれくらい繰り広げただろうか。
「……は……っ」
魔力は無尽蔵に湧いてくるものではない。完全に息が上がり、苦しげな呼吸を吐き出したリュートへ、ラヴィアンの心配そうな目が向けられる。
「リュート様……!」
「だいじょ……」
呼吸を整え、体制を持ち直そうとした時だった。
ぐらり、と視界が揺れ、リュートの膝ががくりと落ちた。
どうやら、自分が思っている以上の魔力を放出してしまっていたらしい。魔力の枯渇は体力にも影響し、片足が地面についた。
「大丈夫ですか!?」
振り向いたラヴィアンが駆け寄ってきて、リュートは荒い呼吸の中で無理矢理笑顔を作り出す。
「はい。なんとか」
リュートの視線の先では、シャロルが宙を跳び回りながらアドレシアへ咆哮での攻撃を繰り返していた。
アドレシアはそれらの攻撃を、時に軌道を逸らし、時に撃ち落とし、時に力技で真正面から消滅させながらすべて防衛し、ちらり、と視線がこちらに向いた気がした。
シャロルの前に閃光弾が生み出され、シャロルがカッ! と目を見開いた瞬間、それはアドレシアに襲いかかる。
だが、目の前に迫ったそれを魔力の込められたアドレシアの手刀が振り払い、その直後。
「! ラヴィアンさん! 後ろ……!」
弾かれた閃光弾は真っ直ぐラヴィアンへ向かっていき、リュートの口から焦燥の声が上がった。
「え……っ?」
ラヴィアンの目が見開いて、そのまま護りの体勢を取ることも交わすこともできないかと思われたものの、リュートの予想に反し、ラヴィアンは寸でのところで身を捻って閃光弾を避けることに成功した。
しかし、リュートがほっと安堵の吐息を洩らしかけたのも束の間のこと。
「あ……!?」
一瞬にして距離を詰めたアドレシアがラヴィアンへ手を伸ばし、その身体を拘束した。
「ラヴィアンさん……!」
『離せ……!』
リュートの叫びに押されるようにシャロルがアドレシアに向かっていき、アドレシアの口元がにやりと歪んだ。
「私の欲望の糧になれるのだから光栄だろう」
「な……? ……ぁ……!?」
アドレシアの指先が鋭く光り、ラヴィアンの喉元に向かって手が振り払われる。
「ラヴィアンさんっっっ!」
「――――っ……!?」
ザシュ……ッ、と肉が裂ける音がして、ラヴィアンの身体から赤い飛沫が舞った。
「ラヴィア……、ラヴィアンッッ!」




