決戦②
シャロルの身体から閃光が輝き、アドラシアの目は見開いた。
「!? な……?」
「ラヴィアンさん!」
シャロルに続いて祭壇の前に身を躍らせたリュートが、今度は口に出してラヴィアンに呼びかければ、元気な声が返ってくる。
「はい!」
深い眠りにつかされていただけで拘束などはされていなかったラヴィアンは、祭壇から転がるようにして白亜の床へと着地する。
「大丈夫ですか!?」
「はい。おかげさまで」
緊迫した空気でちらりと背後に視線を投げたリュートの瞳に、にこりと笑うラヴィアンの姿が映り込み、安堵の吐息が零れそうになった。が。
『そんなことをたしかめ合っている余裕はにゃい!』
すぐに響いたシャロルの厳しい声に、リュートもラヴィアンも一瞬にして気を引き締める。
『行くにゃ!』
「わかってる!」
「はい!」
宣誓布告の声を上げたシャロルの後ろに並んで立ち、臨戦態勢を整えた二人と一匹は、少しずつ視覚を取り戻していくアドラシアへ鋭い目を向ける。
「お前は……、お前たちは……、……く!?」
先手必勝でシャロルが口から無数の刃を放つ咆哮を上げ、続いてリュートがアドレシアを捕らえるべく魔術で細い鎖を生み出した。
基本的に防御担当のラヴィアンが反撃に備えて身構える中、それらの攻撃から寸でのところで身をかわしたアドレシアが、悔しさと驚きの入り混じった顔を向けてくる。
「まさか、盗人がこんなに近くに潜んでいようとは思わなかったな」
アドレシアの魔術に洗脳されたふりをしていたリュートの演技は、見事にアドラシアを騙せていたらしい。
秘宝を狙う〝怪盗〟の存在を警戒しつつも正体までは辿り着いていなかったアドレシアはまじまじとリュートを見つめてくるものの、その姿にどこか余裕が浮かんで見えるのはリュートの気のせいではないはずだ。
本来であれば共闘すべきはずの王太子はその役目を果たすことができず、アドレラシアからすれば敵方は三種の秘宝も揃えられていない。この状況は間違いなく、リュートたちが圧倒的に不利であることを示していた。
「そっちこそ。とうとう正体を現したな」
ぎりりと唇を噛み締めて、リュートはアドレシアを睨み付ける。
「魔王・アドレシア!」
今は〝アドレシア〟を名乗るかつての天才魔術師の名を叫べば、もはや人ならざるものとなったアドレシアは、くつくつと喉を鳴らして低い笑みを洩らす。
「まったく。いいところを邪魔してくれたな」
おかしそうに嘲笑しつつもその声色からは苛立ちが滲み、とても笑っていない目には怒りの感情が垣間見えた。
ラヴィアンを生贄にどんな欲望を叶えようとしていたのかはわからないが、その姿からは儀式を邪魔されたことに対する明確な殺意が見て取れた。
「簡単に楽になれると思うなよ」
長い髪を片手でかき上げ、一つに束ねたかと思うと、もう片方の手の中指がナイフのように伸び、ザシュ……ッ、という音とともに髪の束が切断された。
「な……っ?」
突然の行動に驚いている間もなく、一瞬にして鋼のように硬くなった無数の髪がリュートたちに向かって迫ってくる。
「……ラヴィアンさん……っ」
「まかせてください!」
避けるべきかと悩んだが、ラヴィアンと二人で並んで防御壁を作り上げ、その髪を消滅させる選択をする。
「ほう……?」
もしかしたらその髪は、消滅させない限りは他の形でまた攻撃の道具として使えるものだったのかもしれない。
アドレシアは感心したような吐息を洩らし、くつくつとおかしそうに喉を震わせる。
「守ってばかりでは俺には勝てんぞ」
元々が中性的な美貌の持ち主だったからだろう。先ほどまでは迫力美人に見えたアドレシアは、もはや完全に男の姿をしてリュートたちの前に立ち塞がっていた。
「リュート様」
リュートの隣に立つラヴィアンが、真剣な表情で声をかけてくる。
「防御は任せてください」
リュートが怪盗としてラヴィアンと対峙した時から護りの能力に長けていたラヴィアンは、聖女として覚醒してからさらに守護の力に磨きがかかっていた。
主に、攻撃はリュートとシャロルが。防御はラヴィアン担当で、時にシャロルが援護に回る。あらかじめそういった役割分担を決めて予行演習を繰り返してきたのだが、リュートの口からは困った苦笑が零れ出た。
「それは頼もしい限りなのですが」
攻撃は最大の防御、というのは間違っていないと思う。リュートはもちろん魔王を倒すべく持て得る限りのすべての攻撃魔術を使って対抗するつもりだ。
それでも。
「ラヴィアンさんのことは、僕に守らせてください」
「!」
ともすればリュートを守るために前に出そうなラヴィアンを差し止めて、リュートはにこりと微笑んだ。
「そこは、男のプライドで」
横からリュートを見上げたラヴィアンの目が見開いていき、瞳はすぐに戸惑いに揺れた。
「あ……、いえ……、それは……」
「もちろん、今までの作戦に変更はありません。ただ、決して前に出すぎないでください」
互いの持つ能力と得意分野の関係で、基本的な役割分担ができてしまうのは当然だ。リュートとしても、守りは任せて攻撃だけに集中できるほうが確実に勝率は高くなる。
聖女の力を開花させ、シャロルの鬼指導を受けたラヴィアンの守護能力は信頼している。その上で、リュートがなんのしがらみもなく闘いに臨むために絶対的な安心がほしかった。
「間違っても、僕を庇ってラヴィアンさんが負傷するようなことだけはないようにお願いします」
安易な気持ちでラヴィアンを巻き込んでしまったことを、途中で何度か後悔し、申し訳ないとも思った。けれど、結果的には、戦力としても精神的な支えとしてもラヴィアンは絶対不可欠な存在になってしまった。
だからこそ、これだけは、と願うのだ。自分の身になにが起ころうと、ラヴィアンだけは、と。
「……いえ、えと……?」
「約束してください」
困惑の隠せないラヴィアンの返答に、リュートは有無を言わせない強い瞳を向ける。
ラヴィアンの身の安全よりもリュートのほうが優先されるなど、絶対にあってはならない。これは元々、リュート一人の闘いであるはずなのだから。
「……はい。わかりました」
リュートの真剣な思いが伝わったのか、完全に納得できているわけではないだろうが、なんとか約束を取り付けることに成功したリュートはこっそりと安堵する。
だが、安心している場合ではない。
『リュート!』
「わかってる!」
シャロルの呼びかけに応えたリュートは両腕を前方に突き出して、シャロルが口から超音波を発すると同時に掌から衝撃波を放つ。
一直線にアドレシアへ向かっていった攻撃は、アドレシアが片手を大きく薙ぎ払ってできた空気の裂け目に呑まれて霧散した。
「この程度の力で俺に挑むとは、その無謀さは称賛に値するな」
「……く……」
悔しげにアドレシアを睨み付けるリュートとは反対に、アドレシアはくつくつとおかしそうに嫌味を口にする。
秘宝が手元に揃っていても、それらを発動させるためには、まず隙を作らなければならない。
古の時代の天才魔術師と稀有の力を持つ現代の魔術師との間にある実力差は明らかで、そもそもその第一段階に昇れるかどうかもわからない。
「少し、手本を見せてやろう」
「!?」
おかしそうに目を細めたアドレシアの視線がリュートたちを捕らえ、一斉に緊張感が走った。
「攻撃というものは……」
アドレシアが頭上へ手を指し伸ばすと、上空から雷のような黒い光がバチバチと流れてきて、そのプレッシャーにこくりと息を呑む。
「こういうものだ!」
アドレシアが勢いよく腕を振り下ろす。
「シャロル! ラヴィアンさん……!」
リュートの口から焦燥の声が上がり、その直後。




