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ファースト・キスの魔法  作者: 姫 沙羅


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first kiss④

「……え」

 リュートを〝怪盗〟と呼んだのは国で、正確にはリュートは怪盗でもなんでもない。ただ、その呼び名に悪乗りして瞳を悪戯っぽく光らせて、リュートはわざとらしい笑みを向けてくる。

「そうなんですよ。僕は盗むほうで、盗まれるほうではないはずなんですけどね?」

 ラヴィアンに話しかけているようでいて己に疑問をぶつけているリュートは、いったいなにを言いたいのだろう。

 リュートが盗む立場であることは間違いない。微妙に不満そうな自問自答は、ラヴィアンに向けられているのだろうか。

「貴女の〝はじめて〟をちゃんと奪えて、それはいいんですけど。複雑ですよね。ラヴィアンさんにとってはアレは二回目とか」

 リュートの言う〝二回目〟は、数カ月前の出来事を指しているのだろう。だが、なぜアレが〝はじめて〟でなければならないのか。

 ラヴィアンにとっては十年前に。リュートにとってはほんの数分前に、しっかり〝はじめて〟はリュートのものになっている。

「自分に嫉妬しているとかでは全然ないんですけど」

 ただ本当に複雑なだけだと呟くリュートだが、声色に不満そうな色が覗いているように見えるのはラヴィアンの気のせいだろうか。

「なにを……、言って……?」

 リュート本人がわからないことなど、ラヴィアンにはもっとわからない。

 困惑で揺らぐ瞳を向けるラヴィアンへ、リュートは優しく笑いかけてくる。

「ラヴィアンさん」

 はい。という返事の代わりに後方へ身を引きかけたラヴィアンを許さず、リュートの笑顔と視線がラヴィアンを絡め取る。

「ラヴィアンさんは、ずっと僕を追ってきてくれていたんですよね」

「!」

 たしかにそれは間違いない。

 ――『追いかけてきて? 掴まえてよ』

 その言葉に囚われて、この十年を過ごしてきた。

「そう考えると、やっぱりあの行動は正解だったわけですね」

 もし、あの時リュートが残したものが言葉だけだったなら。

 ラヴィアンは今ここにおらず、リュートと再会する未来はなかったかもしれない。

 すべては憶測でしかないけれど。

「忘れずに掴まえに来てくれた」

 約束をしたわけではないけれど、そう笑うリュートは嬉しそうだった。

「ラヴィアンさん」

 そっとリュートの手が伸びてきて、指先が優しくラヴィアンの頬に触れた。

 柔らかな瞳で見つめられ、視線を逸らせなくなる。

 逃げろ。という警告音が頭の中で響くのに、指先一つ動かせなかった。

「好きです」

 ラヴィアンを真っ直ぐ見下ろしたまま告げられた言葉に、一瞬意味を理解しかねて固まった。

「……は?」

 ただしくは、言葉の意味自体はわかる。だが、理解はできなかった。

「今度は貴女が僕に振り向く番です」

「……っ」

 リュートの指先がそっと唇を辿っていって、息を呑む。

「貴女のファーストキスを奪ったのは僕ですが、僕の心を掴まえたのは貴女です」

 にこり、と笑い、リュートは次のターゲットを宣言する。

「今度は貴女の心を盗ませてください」

「……え、と……?」

 わけがわからない。

 リュートはいったいなにを言っているのだろう。

 ――『追いかけてきて? 掴まえてよ』

 ラヴィアンは十年前の挑発にまんまと乗せられ、あの時の不審者を掴まえようとしただけだ。

 物理的に探して追いかけてきただけで、心を掴まえたつもりはない。

 そもそも、女性慣れしたリュートの関心を惹くような魅力もなければ、リュートに好かれるようなことをした覚えもない。

 これはなにか質の悪い冗談か新手の嫌がらせの類だろうか。

 ――『リュート』

 ぐるぐると思考を困惑させていると今まで沈黙を守っていたシャロルが平淡な声をかけてきて、リュートとラヴィアンの視線はベッドの上に向く。

「シャロル」

「!」

 ちょこん、と座ってただじっとこちらを見ているシャロルに、リュートはなにごともなかったかのように通常運転へ戻り、ラヴィアンは今のやりとりの一部始終を見られていたことに動揺する。

「ごめんごめん」

 完全に蚊帳の外にしてしまった相棒にリュートが苦笑すれば、シャロルはなにも見ていなかったかのように確認を取ってくる。

 ――『本題に入っても?』

 ここまで無関心な態度を取っておきながら、一応は気を遣ってはいるのだろうか。

「うん。大丈夫」

 あっさりと頷いたリュートへ、シャロルは目を細めて探るような視線を向けてくる。

 ――『秘宝はどうした』

「ここに」

 緊張の滲む厳しい声色で窺われ、マントの内側の胸元あたりへ手を差し入れたリュートが、掌の上に収まるなにかを取り出した。

 ラヴィアンは、これまでリュートが手に入れた秘宝二つを見たことがない。

 秘宝とはいったいどんなものなのだろうと身を乗り出せば、そこには色とりどりの宝石で装飾されたたまご型の壺が神秘的な光を輝かせていた。

「これが……、最後の秘宝……」

 ラヴィアンの口からは、思わず「綺麗……」という感嘆の声が洩れた。

 美しく輝く多色の光は、目には見えない幻想的な魔力の波動からして、もしかしたら宝石ではなく魔石かもしれない。

「そうするとやっぱり、十年前に王家の墓から秘宝を盗み出したのはリュート様で、だから現在、王家の墓には秘宝がないんですね」

 秘宝の美しさにうっとりと魅入りながら、ラヴィアンは今までの謎の真実を確認する。

「そういうことではあるのです、が……」

「なにかあったんですか?」

 そこで表情を曇らせて俯くように視線を下に落としたリュートへ、ラヴィアンは神妙な面持ちで眉を寄せる。

 リュートの様子はなんだかおかしかった。滲み出る雰囲気(オーラ)が重い気がする。

「過去があるから現在(いま)がある。起こるべくして起こって、結局過去は変えられない……、変えてはならないということなのでしょうけど」

 ぶつぶつと独り言のように呟くリュートの表情は苦悩に近く、ぐ、と握られた拳はなにか責任を感じているかのように悔しげな空気が伝わってくる。

 ――『にゃにかあったのか?』

 眉を顰めたシャロルがリュートの横顔を窺うと、リュートは唇を噛み締めてから口を開く。

「皮肉だな。おそらく、十年前に魔王を封印から解き放ったのが僕だなんて」

「え……?」

 予想外も予想外の突然の独白に、ラヴィアンの瞳は少しずつ見開いていき、固まった。

 ――『どういうことだ』

 シャロルが厳しい目を向け、リュートは重い口で己の推測を組み立てていく。

「それが……」

 あくまで己の直感と推論であって真実はわからないと前置きし、リュートは十年前の王家の墓での出来事を教えてくれる。

 奉納庫の奥に、この時代にはなかった隠し部屋があったこと。そしてその部屋からは禍々しい魔力(ちから)を感じたこと。秘宝を手にした後、石櫃(せきひつ)と思わせる立方体の黒い石の蓋がずれていることに気づいたこと。そしてその隙間から〝得体の知れないなにか〟が解き放たれたような感覚がして、禍々しい魔力が壁や天井を伝って外界に出ていったように視えたこと。

 それらの事象から考えるに、隠し部屋には最後の秘宝だけでなく魔王を封じて閉じ込めた石櫃も納められており、リュートがなんらかの刺激を与えてしまったことにより、封印が解かれてしまったのではないかということだった。

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